4話 俺ぜんっぜん泣いてねぇし
というか……さっきから豪雨にさらされっぱなしで、俺はいったい何をやっているんだか。
「このままだと本当に風邪引くし、ギルドのロビーで雨宿りさせてもらおう。案内するから」
「親切ですね。水もしたたる眼鏡男子って感じで」
「それ褒めてるのか?」
「褒めてますようんうん」
独り納得したようにクレスは頷いた。その度、小玉スイカほどもある膨らみが胸元でたわわと揺れる。
ぴっちりとした服が濡れて張り付いた谷間につい、視線が吸い込まれてしまった。
これは全裸よりもエロいかもしれない。
「あれ? どうしたんですボーッとしちゃって」
「い、いやいやなんでもないから!」
「なんだかテンション高いですねドルテさん! 泣いてるよりも元気でいいと思います!」
「だから泣いてねぇって!」
俺を騙そうとか利用しようとしている風には見えなかった。
無論、女子とお付き合いしたことのない自分に見る目がないことくらい承知している。
今の俺から取れるものなど命くらいだ。
所持金およそ二千シルバ。ちなみに、この町の冒険者宿は一泊五千シルバからである。
彼女が物取りだとしたら、俺の財布の中身を見てさぞやガッカリすることだろう。
「じゃあ、ついてきてくれ」
「あっ! ちゃーんと手をつないでくれなきゃ迷子になっちゃうじゃないですか」
肩を寄せると俺の左隣にくっつくようにしてクレスは手を握る。
「お、おい! 近すぎじゃないか? 歩きにくいんだが」
「これくらい近いと雨よけになるかなって思って」
「お前なぁ……お互いすでに手遅れ感が半端ないぞ」
「じゃあ手遅れ同志仲良くしましょうね」
彼女にぴたりと身を寄せられたまま、夜の雨に打たれて歩く。
魔力灯がきらめく歓楽街の賑わいも、雨に敗北を喫したようだ。
人通りのない路地を抜け、吐く息が白くなりだした頃――
ようやくたどり着いたギルドの正面入り口は、厚い扉で閉ざされていた。
扉の前にはご丁寧に「クエスト更新のための定例メンテナンスにより閉館しております。再開は明朝午前七時の予定です」という立て札が設置されている。
「なんでだよおおおおおおおおおおおおッ!」
メンテ日と被るだなんて人生最悪の夜だ。
「ックシュン!」
いや、俺なんぞよりも、休める場所があると言われてついてきたのに、裏切られたクレスの方が不幸だな。
ギルドの軒先で雨宿りしながら隣の少女に告げる。
「すまんクレス」
「謝らないでくださいドルテさん。ちょっと歯車がかみ合わなかっただけですって。それにここなら風が吹かなければ雨に当たりませんし」
びゅううっと突風が吹き荒れ、俺とクレスの顔面を横殴りの雨風が殴り抜けていった。
フラグ回収リアルタイムアタックでもしているのだろうか。
ともあれここは安住の地にならなさそうだ。
「さて……これからどうするかな」
「宿に泊まればいいじゃないですか?」
「悪いが今夜はいろいろあって、一泊するだけの金もないんだ」
「えええッ!? 全財産いくらですか?」
「お前、そういうの聞きづらいとは思わないのか」
「怒らないでくださいねドルテさん。大丈夫ですから落ち着いて。どーどー」
「俺は馬じゃねぇよ! 口調は荒いが怒ってないぞ。申し訳ないとは思っているし、情けないとも思うけど」
「よしよし。涙でイケメンが台無しですよ」
彼女は背伸びをして俺の頭を撫でた。
その手は氷のように冷たくなってしまっている。握っていた間のぬくもりが、無くなるほどに冷えていた。
「ちなみにあたしの所持金は……えーと、こんな感じです」
少女は腰のポーチから現金を取り出した。
「大きい硬貨が四枚で、銀色の普通の硬貨が四枚で、茶色の硬貨が……あの、これ全部でいくらくらいです? さっきモンスター退治の報酬でもらったんですけど、きっとホテルのロイヤルスイートに泊まれるくらいの大金ですよね」
「お前は計算もできないのか……ざっと見たところ二千五百シルバだな」
彼女の所持金も俺と大差無かった。畑を荒らす猪を狩っても、もう少しもらえるだろうに。
「それってすごいんですか? あたしってもしかしてお金持ち?」
「俺と大差ないぞ。ちなみに、こちらの手持ちは二千シルバだ」
少女は両腕を万歳させてその場で飛び跳ねた。ぷるんぷるんと胸が躍る。
「やったー! 勝った! 勝ちましたよ!」
「二人合わせて四千五百シルバじゃギリギリ一泊できないぞ」
仮に個室を借りてもベッドは一つ。ソファーがあれば御の字だが、最悪一人は床である。
当然、男の俺が床だろう。
さて、どうしたもんか。