32話 今更なにしに来やがった!
もう二度と顔なんぞ見たくないと思っていた男だ。
一方的に俺を追放し、新しい魔導士を迎え入れた連中である。
冒険者たちで賑わっていた依頼掲示板前がシンと静まりかえる。
「お、おいおいなんだよ? トップ10ランカーパーティーのご帰還だぜ? もっと盛大に迎え入れてくれてもいいじゃねぇか? 今夜はたっぷりと冒険譚を聞かせてやるから、お代に酒と美味い飯を頼むぜみんな!」
ジェイドは大仰に両腕を広げて、芝居がかった身振りと口ぶりで一同に問う。
剣も鎧もマントも無しだ。ドブネズミよりも薄汚く、もう何日風呂にも入らず野営してきたのかというみすぼらしさであす。
首から提げた水晶板のタグだけが、ジェイドを冒険者だと証明していた。
フロアに居合わせた冒険者たちの視線が冷たい。
ジェイドは気づいていないようだが、その後ろでボロ着の少年僧侶――トニオが頭を抱えて震えている。
パーティーメンバーを守る盾役の大男――グスタフは左腕を失っていた。これでは鍛えた盾技を使うどころではない。壊れた鍋の蓋である。
シーフの紅一点――ベラドンナの顔は醜悪に歪み三十歳は老けて見えた。化粧で整えた美人も今は昔。この顔が彼女の実年齢なのかもしれない。
王都に行ってから、こいつらがどうなったのかなんて聞きたくもなかった。
見つかるとやっかいだな。裏口からこっそり抜け出そう。
「ドルテさんドルテさん! 困ってる人たちみたいですよ? いつもみたく助けないんですか?」
あちゃー……クレスと出会ったのはジェイドたちと決別した直後のことだ。
俺もクレスには以前のパーティーの事をきちんと伝えていなかった。
「あのなぁクレス。俺はお人好しじゃないんだぞ?」
「だったらネプトゥちゃんを保護したりしないですよね?」
「保護じゃねぇよ。放置しておいたら危険だから、目の届く範囲内においてるだけだぞ。ほれ……さっそく病気の症状が出やがった」
奴隷でももう少しマシな服を与えられるというボロ布巻き状態のジェイドたちに、ネプトゥは熱い視線を送っていた。
「あのような辱めを受けてなお、衆目に自らさらされに行くとは……もし我がああなった時に、絶頂せずに……もとい正気を保っていられるか……」
ブルブルッ! プルプルッ! と、小刻みに震えるな。
いやもうこいつは一旦、放っておこう。
こんなやりとりをしていれば、嫌でも目立ってしまう。
俺たち三人を視界に入れてジェイドの表情が途端に険しくなった。
いや、三人というのは語弊があるな。
やつは俺を睨みつけている。
「なんだクソ童貞? おまえまだ冒険者ごっこしてたのか?」
ずいずいとジェイドは俺に向かって迫る。その表情は憎しみに満ちていた。
「てめぇのせいでこっちは散々な目にあったんだぞ! 責任とれよ!」
ジェイド一行の現状を見れば没落したのは一目瞭然だ。
責任の所在を俺に求めるなんて、言いがかりにもほどがある。
クレスが間に割って入った。
「急になんですか失礼な人ですね? ドルテさんだっていろいろと散々な目にあったんですよ? いきなりパーティーから追放されて、雨に打たれて独り泣いてたんですから! なのに……すごく大変な状況だったのに、わたしを保護してくれたんですよ!」
ポニーテールとおおぶりな水蜜桃を揺らす。と、ジェイドの後ろで紅一点のベラドンナが舌打ちした。剣士少女を恨めしげに睨む。
ここでクレスが間に挟まると、話が余計にややこしくなりそうだ。
そっと彼女の肩に手をのせて「この場は俺に任せてくれ」と告げる。
じっと瞳を見つめると、脳筋少女は「で、で、でも!」と食い下がった。
「大丈夫だクレス。俺を信じてくれ」
多くの言葉で説得するよりも、彼女から視線を外さず態度で示す。
「は、はい……やだ、ちょっとそんなに見つめられると恥ずかしいっていうか……あの、がんばってくださいドルテさん!」
よーし良い子だ。あとでタルトか焼き菓子か飴細工でも買ってやろう。




