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3話 おもしれぇ女? いやヤバイやつかも

 酒場の店主は「払わないならギルドに通報する」とかたくなな姿勢を崩さなかった。犯罪者にはなりたくない。なので、俺はしぶしぶ愛用のマジックワンドを質入れした。買い戻すのに三百万はくだらない代物だ。


 所持金は底をつき、今夜の宿代にも困るという状況で夜の町に独り、放り出される。


 見上げると月明かりを通さないほどの、厚い雲が夜空に蓋をしていた。


 ギルドに相談しようか。


 いや、取り合ってはもらえないだろう。パーティー内での内輪もめだ。手に入れた財宝の分配比率を巡って、メンバー同士で殺し合いをしようとギルドは基本的に不干渉を貫く。


 借金押しつけられてパーティーから追放されたくらいで、何言ってんの? 殺されなかっただけマシじゃない? それが関の山だな。


「俺が悪かったんだろうか」


 見上げた空に尋ねてみる。


 ジェイドの恨みを買った理由は……解っていた。


 パーティーの指示だしを俺がしていたのだ。本来であればリーダーの役目だが、ジェイドに任せていたらパーティーが全滅していた回数は、両手足の指だけで数え切れない。


 俺が仕切ってパーティーの戦闘力が上がり、トニオの加入で盤石になったのだ。


 つーか……。


 トニオのやつだけは許せん。ベラドンナなんぞに籠絡されやがって。


 あの女は姫プレイするパーティークラッシャーだ。


 だいたいだな。


 童貞の何が悪いんだよ。みんな生まれた時は童貞だろうに。童貞一つ守れない人間にいったい何が守護れ……やめよう。


 むなしくなってきた。


 グスタフも初めての会話が「払っとけよ」はあんまりだ。


 何か悪いところがあったなら言ってくれよ直すから!


 はぁ……今更すぎる。


 結局、連中とはこうなる宿命だったのだ。


 上を向いたままの頬にぽたりと滴が伝って落ちる。


 泣きたくなるほど悔しいけど、この冷たさは涙じゃない。


 曇天からポツポツと雨粒が落ちて視界を水滴が埋めた。


 あっという間に粒は大きくなり、バケツをひっくり返したような豪雨になった。


 ずぶ濡れだ。フード付きの耐水マントも質入れしてしまったばかりである。


 この世に神はいないのか。


 馬車道脇の歩道。魔力灯が照らす薄明かりの中、水煙立つ石畳から視線を空に向けて立ち尽くす。


 つい、大きな声で叫びたくなった。


「全員まとめで死んじまえええええええええええええええええええええ!!」


「ああああああああああめええええええええええええええええええええ!!」


 俺の叫び声に被さるように、女の声が響き渡った。


 上に向けていた顔を前に戻すと、女がいた。


 軽装の剣士風? というか、鎧を剥がれたような奇妙な格好だ。


 残っている装甲は上腕から先を覆うアームガードと膝から下のすね当てだけだった。


 太ももやら二の腕は露出していて、濡れた素肌にフェチずんだ色気が漂う。


 身体に張り付くタイツのような不思議な服を身に纏っていた。


 雨を吸って重そうな桃色髪の長いポニーテールが印象的で、しなやかな四肢はまるで美しい競走馬のようだった。


 ずぶ濡れのまま叫んだ女と、ふと目が合う。


「あっ! ダメですよ死ねとか言ったら!」


 初対面でいきなり正論突き。経緯を知れば、俺が叫んだ気持ちもわかるだろう。


「いや失礼した。これには理由がありまして」


「そんなことより、雨の中でぼーっとしてたら風邪引きません?」


 自己紹介もないまま、女の手がそっと差し出された。


「あの……この手はいったいなんでしょうか?」


「なにってほら、手をつながないと迷子になっちゃうかもしれませんし」


「俺は一年ほどこの町にいるんで土地勘はあるほうだが?」


「迷子になるのはあたしの方です。せっかくだから雨宿りできるところに案内してください!」


 やけに元気な女だった。普通、路地でばったり出会った見ず知らずの男に頼むだろうか。


 鍛えられた肉体からして、剣の腕に自信があるのかもしれない。


 俺に乱暴されるなど思ってもみないのだろう。


 その読みは実に正しい。


「ああ、わかった。とりあえず冒険者ギルドに行くか」


「あれ? もしかして冒険者なんですか? その……ええと……誰?」


「いきなり誰とは失礼な」


「だって名前わかりませんし。あ! 自己紹介しなきゃ。いやー、ついつい忘れちゃうんですよ。地元じゃしっかりもののクレスちゃんって言われてるんですけどね」


「ここら辺の出身じゃないみたいだな」


 少女は「なんかいつの間にか流れ着いちゃって」と、恥ずかしそうに笑った。


 この一年、女の笑顔は怖いものという認識だったが、彼女の――クレスの笑みに不思議とほっとした。


「俺はドルテだ。よろしくなクレス」


「えっ!? なんであたしの名前知ってるんですか? 自己紹介もまだなのに……まさか心を読んだとか!?」


 丸く大きな目をしばたたかせて、いちいち反応がオーバーだ。


「自分で言ったばかりだろ。地元じゃしっかりもののクレスちゃんって」


「あっ……そっかぁ。しっかりしてるんですよ普段は。それにしてもドルテさん、初対面の女の子にちゃん付けなんて、なかなか隅に置けませんね」


 少女は隣に立って、肘でこちらの脇腹をぐりぐりとする。


「それはお前が……失礼、クレスさんが仰った言葉を復唱しただけで、他意はございません」


「もー、かしこまらずとも、ちゃん付けでいいですってば!」


 なんだこいつ。人なつっこいというか、なれなれしいな。

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