2話 まさかお前にまで裏切られるとかありえねえし!
「いや、いいってザギ。もうこいつは用済みだから先輩でもなんでもねぇし。んじゃ、みんな別の店で飲み直そうぜ」
ジェイドが声を掛けた途端、トニオとグスタフが席を立つ。
トニオは眉尻を下げて明らかに視線を背けている。
「おい待ってくれトニオ! お前はそれでいいのか? 俺から学んでいくって言ってたじゃないか?」
少年は申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみませんドルテさん。あの……ボクもこのままだと陰キャになっちゃうって……」
くっ……こいつも俺を陰キャと思っていたのか。ただ真面目なだけなのに。
ベラドンナがトニオの背後に回ると胸を背中にぐいっと押しつけて、少年の首に腕をからめた。
「トニオはどこかの誰かさんと違って卒業済みだもんねぇ」
あっという間にトニオの顔が耳まで真っ赤になる。
っていうかテメェおいこらああああああ! どういうことだああああ!
女シーフは赤い唇を舐めながら、こちらをちらりと見た。
「たしか三十歳まで童貞だと大魔導師になれるんだっけ? ま、がんばってねぇ~」
「ふ、ふざけんな! つーかトニオ! お前……」
「ボクはドルテさんとはち、ちが、違うんです!」
こいつ裏切りやがった。いや、最初から仲間だと思ってたのは俺だけだったのかもしれない。
問い詰めようと身を乗り出すと、ずいっと重戦士の巨体が目の前に立ち塞がった。グスタフが俺に支払い伝票を押しつける。
どれだけモンスターからダメージを受けても、うめき声一つあげなかった男が渋く落ち着いた声で告げた。
「俺たちのパーティーに童貞はいらねえンだよ。あと支払い頼むわ」
「頼むわって……お前の声、初めて聞いたけど第一声がそれかよ」
「おめぇがいねぇとこじゃけっこう喋ってンだよ。絡まれたくなくてな。ンじゃあばよ」
のっしのっしと巨体の背中が去っていく。
連中は店の外に出ると、新人魔導士のザギが呪文を唱えた。
「こんなシケた辺境じゃなくて、ゴージャスに王都のお店行っちゃいます?」
「お! いいじゃんいいじゃん! つーか、この町はもう狭すぎるしな。頼むぜザギっち!」
「オッケーッス! じゃ、ポータル展開! 王都へ!」
ザギを中心に光の魔法陣が展開する。
あっという間に俺の目の前から、仲間……だった者たちが光に飲まれて消失した。
追いかけようにも王都に行ったことがないので、ポータルをつなげない。
仮に追いかけたとして、こっちから頭を下げて考え直して欲しいとか……思うわけねぇだろクソが!
あんなパーティー願い下げだよ馬鹿野郎!
だいたい戻れたとしてもギスるのは目に見えてるしな。
飲み会一回分の支払いで縁が切れるなら安いもんだ。
伝票を確認すると――
「なにこの……なに? 百万シルバって」
ぼったくり酒場みたいな金額の内訳は、俺が知らないところでジェイドが重ねていたツケ払いだった。
この日、いきなり仲間と仕事と全財産を失ったのだ。
俺、なにか悪いことしちゃいましたか?