15話 怪奇!? 常人には理解不能なツボで笑い袋と化した少女
隻眼のファイアドレイク運搬解体費用から素材買い取り料金を差し引いた結果=七百万シルバ。
基本報酬=一千万シルバ。
ファイアドレイクの財宝=二千二百万シルバ。
しめて合計三千九百万シルバを、俺とクレスは山分けした。
一夜にして億万長者とまでとはいかずとも、アーリーリタイヤして田舎でのんびりスローライフできるくらいの蓄えである。
冒険者たちでごった返す依頼掲示板前が騒がしくなった。
【朗報】隻眼のファイアドレイク撃破にともない、火山方面の危険度がレベル5からレベル2に下がりました【速報】
「うおおおおおおお! どこのパーティーだか知らんがありがてええええ!」
「エッ!? お前知らないのか? 今朝、その依頼を受けたバカがいたんだぜ」
「成し遂げたのですね。わたくしは彼女ならきっとやると信じておりました」
「さっそく後方匂わせ先輩ヅラとか冒険者として恥ずかしくない?」
「彼女ってことは女なのか? とんでもないやつと同じ時代に生まれちまったなぁ。きっとゴリラみたいな女傑に違いないって」
「まあまあみなさん落ち着いて。あの悪名高い冒険者殺しが倒されたのですから、すぐにランキングで頭角を現しますって」
職業性別種族も関係なく、冒険者たちが歓喜の声を上げていた。
遠目に見ながら小さく息を吐く。
「こりゃあクレスの噂が広まるのは時間の問題だな」
ピンクのポニーテールをフリフリさせてクレスは首を傾げるときょとん顔だ。
「話題になると良くないんですか?」
「有名税って言葉をご存じかなクレスさんや」
「し、知ってますよそれくらい! 今月のお友達料みたいなやつですよね?」
「ちっげーから! けど、今なら名乗り出ればお友達作り放題だな。こっちが金もってるってみんな知ってるから、たかられそうだけど」
「金で買う友情はプライスレスですね!」
「一行で矛盾するのやめろ」
「ここはぱーっと! ギルド酒場でみんなにごちそうしてもいいんじゃないですか?」
「どうして俺がそんなことせにゃならんのだ。このまま隠居してもいいんだぞ」
クレスが目を丸くする。
「他にやってみたいこととか、夢とか野望とかないんですか? 死んだ妹の仇討ちなら助太刀しますよ?」
「架空の妹殺すんじゃねぇって!」
「世界征服のお手伝いだってできちゃいますから!」
少女は腕を曲げて力こぶを作ってみせた。その場でぐいっと胸を張ると、薄布につつまれた胸がゆっさたゆんと上下する。
やはり、端から見れば女の子だ。
鍛えられているものの、ファイアドレイクの下顎を貫くほどの豪腕には見えない。
が、彼女の膂力は本物である。一晩抱きつかれて逃げることができなかった男の回想録より。
「クレスがいたら世界とまではいわずとも、この町のランキング1位にはなれそうだな」
今度こそ信じられる仲間を集め、王都に行った連中を見返す……のも悪くない。
が、正直なところあいつらの顔は二度と拝みたくなかった。
どちらかと言えば、俺は嫌なモノから距離をとるタイプの陰キャなのだ。
自分からしゃしゃってオラつくのは性に合わない。
クレスが不思議そうに俺の顔をのぞき込む。
桜色の唇が目と鼻の先だ。ガチ恋距離やめろ。
「どーしました? 怒ってるんですか?」
「俺は訂正やツッコミをしているだけで、怒っているわけではないと何度言わせるんだ!」
「わーい! 怒った怒った! 怖いなぁ……けど、その意気ですよ!」
まるで怖がった素振りもみぜず、クレスは人なつっこい子犬の眼差しである。
「お前には教育が必要だな」
「大丈夫です! 間に合ってますから」
「間に合ってねぇよ暗算できないだろ。学院入試レベルとはいわんが、一般常識くらい学ばないと手遅れになるぞ」
「だ、誰が手遅れですか!? こんなに可愛いのに! ちょ、ちょっとくらい数字に弱くても生きていけるんですよ? いやむしろ、あたしって数字に強いくらいです」
自信満々に胸を張る。相も変わらず不思議な布地のぴっちりした服の下で、彼女の大ぶりな果実ぷるぷるしっぱなしだ。
「よーし。じゃあ三千九百万シルバを山分けしたら、一人いくらもらえるか言ってみろ」
「ドルテさん……適材適所という言葉をご存じですか?」
「知っているがなにか?」
「あとのことはすべて……託しました。どうか、あたしの意志を継いで三千九百万シルバ問題に決着をつけてください。きっとドルテさんなら成し遂げられますから」
「割り算は偉業じゃねえええええ! 諦めんなよおおおおおお!」
「あっはっはっは! ドルテさんが元気で、あたしはとても嬉しいです! ひーひーふー! ちょ……なんかツボっちゃって……ハァハァ……」
ギルドの受付カウンター前で、クレスはしゃがみ込むとお腹を抱えて「くっくっく……くは! ぷはー!」とわき上がる笑いと格闘し始めた。
収まるまで放っておこう。




