11話 あんな名誉なら捨ててやる!
クレスはそのまま依頼書を受付カウンターに持っていった。
どうやら彼女は冒険者ではなかったらしく、その場でタグの発行をしてもらっているようだ……ってマジかよッ!?
今まで冒険者面してきたの、なんだったの?
「えっとー、この依頼をドルテさんと一緒に受けます!」
受付嬢は「かしこまりました。ではこちらにサインをお願いします」と、淡々とした声色で事務的に返した。
契約し発行されたばかりの新人冒険者タグを首から提げて、少女は胸をゆっさゆっさと得意げに揺らしながら戻ってきた。
「おいおいおいおい! ちょっと待てえええええええ! お前冒険者じゃなかったのか?」
「もう冒険者になりましたよ? さあ! お腹空いたんでサクサクッとやっちゃいましょう」
ま、まあ、朝飯前に片付くような仕事ならいいだろう。頼むから僧侶必須のアンデッド退治案件とかやめてくれよ頼むよぉ。
「ドルテさん見てくださいよこれ! 一番いいやつとってきましたから」
「う、ううむ……大義であった。簡単にできそうな仕事なんだな?」
「簡単かどうかは解らないですけど、すごくいいやつですよ」
契約内容の確認が怖い。
「お前、難易度と報酬額のことは理解してるんだろうな」
「もちろんですとも。報酬のところにゼロがいっぱいついてますから、絶対に間違いありません!」
契約済みの判が押された書面に記載された報酬額――
本当にゼロがズラリと並んでいる。つい、俺はクレスのように指を折って数えてしまった。
「いちじゅうひゃくせんまん……じゅうまんひゃくまん……い、一千万シルバだと!?」
成功者の年収ほどの仕事である。辺境とはいえ魔導文明の遺跡都市ラディアであれば、こういった高額依頼が舞い込むこともあるだろう。
加えて受注名声値の下限無し!? 高難易度の依頼は名声値による足きりもあるというのに……解せない。
これほどの案件なら上位ランカーに優先的に紹介されるものだが、掲示板に残ったまま誰も手をつけないなんて、珍しいこともあったものだ。
問題は中身だった。
依頼書に描かれていたのは右目を潰され怒りに燃える火竜の姿である。
「お、お前これ……隻眼のファイアドレイク討伐って……」
対象は冒険者殺しの異名も高い隻眼のファイアドレイク。
かつて人間の冒険者に片目を潰されたことから人間を憎悪し、強い冒険者を蹂躙するために財宝をため込み火山地帯に君臨している王のごときモンスターだ。
倒せばラディアの冒険者ランキング上位に躍り出ることも夢ではない。
倒 せ る も の な ら な !
これまで挑んだパーティーの数と、帰ってこなかったパーティーの数がイコールで結ばれる、自殺志願者向けの依頼だった。
上位ランカーもスルーする曰く付きの案件である。
本来なら一億シルバでもお安いくらいだ。
なお、こちらのクエストのキャンセル料は報酬の10%だった。
「なんて依頼を受けてきやがったんだお前は!」
「そんなに褒めないでくださいよ照れちゃいますから」
「褒めてねぇよ!」
「え? ゼロがいっぱいついてるから、多分これが一番いいやつだと思います」
「信じて止めなかった俺がバカだった……あ”あ”あ”あ”あ”ッ!! どうすりゃいいんだああああああああ!!」
キャンセル料を踏み倒そうものならギルドから抹消されて、犯罪者への道をまっしぐらだ。
ファイアドレイクに挑めばもれなく死ぬ。
「どんまいですよドルテさん。人間誰しも失敗はしますし、そのたびに乗り越えて成長していくものなんです」
「失敗したら死ぬんだが? 死んだらやり直すもクソもないだろうに」
「なら死ななきゃいいんです」
まるで勝算があるかのような言いっぷりだ。
「おいおい、口でならなんとでも……」
クレスは腰に手を当てエヘンと胸を張った。
「昨日、似たようなのやっつけましたから」
「はっ?」
「目が片方しかないなんて楽勝です。勝てますって。ぱぱぱっと片付けてブランチにしましょう」
その自信はどこからくるのだろうか。
「お前がやっつけたのって、火吹きトカゲとか小さいやつだろ」
「結構おっきかったですよ。これーっくらいかな?」
クレスは両腕を広げて円を描くようにしてみせた。大きさをアピールするために、ぴょんっと跳ねる。
薄い布地の下からこぼれそうな水蜜桃がポインポインっと楽しげに揺れた。
火吹きトカゲよりは大きかったかもしれないが、それでもせいぜい、ロバ程度のサイズだ。
彼女は続けた。
「倒せたら報酬を山分けして、そのお金でご飯おごってください! ご褒美があるとがんばれますから!」
おごってやろうとも。倒せるものならな!
倒せないからみんなスルーしているのである。
無理だと言葉で理解させるには、あまりにも俺は力不足だ。
「わかった。お前には現物を見せる方がよさそうだし。その目で確かめてみろ」
一つだけ――
たった一つだけだが、まだ俺には支払えるものがある。
クエストキャンセルでは違約金が発生するが、失敗した場合はその限りではない。
失敗の代償として俺が今日まで稼いだ冒険者としての名声値がマイナスされる。
分不相応の仕事を受注して失敗したり、そうでなくとも細かい失敗を繰り返すと名声値が下がっていくのだ。
討伐対象が隻眼のファイアドレイクともなれば、辺境10位クラスの名声など紙切れのごとく吹き飛び、マイナス値になってもおかしくはない。
犯罪者になるよりはマシだが、下級冒険者以下の扱いである。
マイナス名声値で選べる仕事といえば単純肉体労働など、冒険者とは言いがたいものばかりだ。
けどな――
あんあやつらと積み重ねた名声なんて、捨てちまっても構わないさ。




