7話 財閥と契約するために。
「申し遅れました。私白月公社バンデッタ支社長、ワン=ウェイと申します。以後お見知りおきを」
カフェテリアに招かれた俺達に、ワンは恭しく自己紹介をした。
まさか支社長が出ていたとは……どんな悪運の持ち主だよアンナ。ただお陰で話がスムーズに進みそうだ。
「三名のパーティ……いいえ、リチュア様はお手伝いと言った所ですか。家事の苦手なお二人のサポートをしていると。健気でお美しい方だ」
「きょ、恐縮ですっ!」
何も言っていないのに、俺達の事情をぴったりと言い当てた。やはり侮れないな、白月公社。
「コウスケさん、どうしてこの方は私の事を? ちょっと恐いですよ」
「白月公社は世界各地に社員を派遣して情報を集めている、特に冒険者に関する情報は最優先でな」
「その通りでございます。加えて全冒険者の日常行動は出来る限り頭に入れています、周辺人物に関してもですが」
リチュアが青ざめた。そう、これが白月の恐い所なんだ。
白月公社は財閥であると同時にマフィアでもある。使える人材を手にしたら手厚い支援を送る反面、使えないと判断されれば即座に処断されてしまう。関係者を人質にとるのは常套手段だ。
だが逆に目的が目的なだけに、レベル1であろうが入れるってメリットがある。というか唯一の財閥と言っていい。
「話を戻しましょう。銀級冒険者コウスケ様に、同じく銀級冒険者アンナ様。私から裏名刺を取ったという事は、白月への加入を望んでいるようですね」
「そうだよー。あんたらの支援を受ければレアアイテムがゲットできる場所に入れるし、消耗品も援助してくれるし。盗賊と狩人にとっちゃメリットありありだからさー」
「アンナさん! その口の利き方失礼ですよ!?」
「それに俺の事情を鑑みると、あんたら以外に選択肢がない。ある意味苦肉の策ともいえるがね」
「コウスケさんも! すみませんこんな不躾な!」
「いいえ、大丈夫ですよ。むしろ私如きに臆するようでは……この話自体切り上げねばなりませんから」
冒険者は舐められてはおしまいだ。ワンの言う通り、支社長如きに臆する様では白月の求める人材には認められない。入社する会社の事は嫌って程調べなくちゃな。
白月が求める人物像は財閥に利益をもたらすのと同時に、他者を蹴落としてまでも上へ行こうとする向上心を持つ者。すなわち弱肉強食の世界を生き抜く力を持った使える働きアリだ。
すでに一次面接は始まっている、これは白月公社の入社試験なのだ。
「コウスケ様。貴方は三日と十七時間三十一分二十八秒前にレベル1へ弱体化する呪いを受けましたね。しかしその後、弱体化をカバーする術を手に入れたようで」
「流石白月、そこまで耳にしているか」
「勿論。先ほど申した通り、私は全冒険者の些末事すら頭に入れています故。その詳細も存じ上げていますよ」
ゲームギアに関してまで見抜いているか。白月は財閥にメリットのある要素があれば、積極的に情報を仕入れるからな。
「アンナ様も神に愛された運をお持ちのようですし、白月の求める人材像に叶っています。ではお伺いいたしますが、貴方方は我々が求める仕事をご存知でしょうか」
「白月が管理するダンジョンへ向かい、レアアイテムとレア素材を手にして納品する」
「正解です。それさえこなせるのであれば、レベル1であろうと構いません。普段自由に過ごされても結構です。何しろ盗賊と狩人は直接戦闘する必要はない。アイテムや素材を運ぶのに特化していれば、戦闘力は必要ありません。むしろ下手に戦闘して医療費や装備の経費を請求する前衛職、一人じゃ碌に行動できないくせに高い報酬を要求する後衛職など、コストパフォーマンスが悪くていけません」
そう、これが白月がレベル1でも入れる理由だ。
狩人は獲物を殺すだけでなく、捕獲したり眠らせる事でもレア素材を入手できる。盗賊は「ピックポケット」で戦わずともレアアイテムを手にできる。たとえレベル1であってもだ。
アイテム収集が目的である白月ならば、目当ての物さえ手にしてくれれば、レベルが低かろうと関係ないって事なんだ。
「ですけど、レベル1の冒険者を雇うメリットはなんですか? レベル1じゃ望んだ成果なんて得られないんじゃ」
「おやリチュア様、役立たずのゴミにコストをかける必要があるのですか? ダンジョンで野垂れ死のうが、病気になろうが、そんなの個人の責任でしょう」
そしてこれが白月のデメリットでもある。他の財閥は武器のデータ収集だったり、貴重な人材を失わないために救護団を派遣してくれるのだが、白月は冒険者を使い捨ての道具と見なしている。
余程そいつが成果を上げる人材だったらまだしも、使えなければ助ける必要はない。完全なビジネスライクの財閥なんだ。
「我々が求めるのは成果のみ、余計な感情は必要ない。ですが成果さえ挙げてくれるのであれば、それに見合った報酬を差し上げますよ」
「望むところさ」
「同じく!」
代わりにクエスト成功時の報酬は四つの財閥中最も高額だ。余計に取ったレア素材はそのまま懐に収めていいから実入りも良く、貰える経験値と名声値も一番高い。冒険者ランキングがとても上がりやすく、強キャラが作りやすい財閥でもあるんだ。
ハイリスクハイリターンが売りの組織、それが白月公社だ。
「いい返事です。では一次試験は合格といたしましょう、そのまま二次試験に入ります。タイムイズマネー、余計な時間は取りたくない」
「シンプルで分かりやすいな。で? 次の試験は?」
「ギルドにクエストを発注しておきます。詳細はそちらにて……それでは、失礼いたします。ここは白月傘下のカフェです、今回に限り飲食は無料で提供いたしましょう。どうか英気を養ってください」
「やた! それじゃストロベリーサンデーくださーい!」
呑気にご馳走になっているアンナの隣で、リチュアが不安そうに俺を見つめていた。
「ほら、リチュアも何か頼みな。確かきのこピザ好きだったよな、結構大きいみたいだし、二人で分けて食べよう。な?」
「はい……頑張って食べます……」
やっぱり落ち着かないか。心配するのは分かる、白月はかなり危険な組織だ。でも俺が目指すゴールへ行くには財閥の支援が不可欠、そして俺が入れる財閥は白月しかない。
毒を食らわば皿までだ、やれるところまでやってやるさ。
◇◇◇
ギルドで白月のクエストを受け付けた後、一旦馬車に戻った。クエストをこなすために装備を整えねばならないからだ。
やはり白月、絶妙に高難度の試験を用意してくれる。あのモンスターからレア素材を取ってこいとは、俺でなければ死んでしまうぞ。
……ワンの事だ、俺の経歴を見て判断したのだろう。元クルセイダーならレベル1でも出来るだろ? とな。あからさまな挑発だ。
「コウスケさん、本当にやるんですか?」
「当然だよリチュア、スポンサーが居るのと居ないのじゃ今後の活動に大きく響く。弱体化した俺を受け入れるのが白月しかない以上、なんとしてもクリアしなきゃならないんだ」
リチュアが心配するのも無理はないな。白月が指定したクエスト難易度はSランク、白金級冒険者でなければクリアできない物だからだ。
俺とアンナは銀級、適性ランクはBが限度だ。それを大きく超えた依頼と言っていい。
「確かに私、コウスケさんに夢を目指して欲しいって言いましたけど……それでもいきなりSランクなんて! やめてください、死んじゃったら夢も何もないんですよ!?」
「けど死ぬ覚悟もない奴が夢を目指す資格はない」
冒険者とは危険を冒す者と書く。冒険者の矜持として、口に出した事はひっこめない。
何より俺は一度剣を置いた卑怯者、ワーグナーの魂にかけても……二度武器を置くのは許されないんだ!
「でも私……コウスケさんが怪我して帰ってきたら、そんなの嫌です……」
「ハンバーグがいい」
「えっ?」
「帰ってきたら食べたい物だ。頼めるかい?」
極度の恐怖や緊張状態にある人には、励ましの言葉より関係のない話題を振るのがいい。前世で覚えたコミュニケーション術だ。
新人教育も押し付けられていたからな、こうしたパニック状態の相手を落ち着ける術は身に着けているとも。
「リチュアがここで待っているから、俺は安心してクエストに挑める。だから君も安心してここで待っていてくれ。必ず帰ってくる」
「……はい! 美味しいの用意して待ってますね!」
うん、リチュアに元気が戻った。これで心置きなくクエストへ行ける。
「かっこいーねおじさん。女の子の扱い分かってるねー。……まじであれで付き合ってないのかよ……」
馬車から出るなり、待っていたアンナにからかわれた。なんか変な言葉も付け加えられたけど。
女性の扱いはワーグナーに徹底的に仕込まれたからな。女の扱いが分かってないだの紳士とはなんたるだの、俺の思考は彼女によって矯正されたといっても過言ではないんだ。
「さてじゃあ行きますか、Sクラスのクエストにさ。んで、攻略プランはあるの」
「当然」
ゲームギアで攻略情報は確認している。そこに俺が培ってきた知識と技術、DLCというチートを組み合わせれば、Sランククエストはクリアできるはずだ。




