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6話 財閥

 馬車を走らせる事数日、目的の街が見えてきた。

 草原の街バンデッタだ。中級者のプレイヤーが集まる街で、周辺にはレアアイテムが出やすいダンジョンや、珍しい素材を落とすモンスターの生息エリアが存在している。実入りのいいクエストも多く、最初の街としては最適だ。


 DLCを使うには金が必要だ、だけど俺は前線を退いて大分経っている。


 まずは鈍った体を鍛え直さないとな。レベルは上がらなくても、技術や知識を得る事が出来るんだ。とくにここはVRMMOの世界、そうしたデータとは関係のない経験値が大きく反映される。


 DLCの資金を溜めつつ体を鍛え直すか。三十路を過ぎたおっさんにはハードルが高いな。それでもやると決めた以上、自分の意志を通すまで。


 チャレンジに遅すぎるというのはない。前世でも80歳でエベレスト登頂を果たした人が居るんだ、それに比べれば俺なんかまだまだ若いじゃないか。恐れる事はない。


「おじさーん! 馬車停めたよー」

「おつかれさん。それじゃあ冒険者ギルドに行くか?」

「うん! リチュア、お留守番お願いねー」

「はーい。あっコウスケさん、チョッキのボタン掛け違えてますよ。直しますね」

「おっとすまない、いつもありがとう。毎日の美味い朝飯もね」

「いえいえ! それじゃ気を付けて、行ってらっしゃい」

「……何ナチュラルにイチャコラしとんのじゃい」

『だから違うって』


 リチュアに家事の世話をしてもらう度、アンナは変な顔をしてくる。身だしなみをチェックして貰ったり、美味いメシに対して礼を言ったりするのは普通だと思うのだけど……。

 ともあれ外出だ。リチュアを一人残すのは不安だが、あれでも冒険者ギルドの元職員だ。心配するだけ彼女に失礼だろう。


 ……冒険者は弱みを握られたら終わりだ。俺で例えると、報復でリチュアを人質に取られる危険も十二分にあるからな。

 ただそれなら守ればいいだけだ。ワーグナーの悲劇を繰り返さないと決めたのなら、むしろ弱みは受け入れねば。


 かつての俺を超えるのも、俺が果たすべき目標の一つなのだから。


「活動方針は私が決めていいかな。実はおじさん誘ったのって、ちこーっとやりたい事があったからなんだよね。にぱー」

「その笑顔がそこはかとなく怖いんだが」


 アンナは恐らく、バンデッタで起こるイベントに挑もうとしているのだろう。

 ワンダーワールドには特定の条件を満たす事で発生するイベントがある。条件はパーティの人数だったり、はたまた特定のランクが複数集っていたり、イベント用の特殊アイテムを持っていたり。イベントの内容によって種々様々だ。


 それにアンナの狙いは大体分かっていた。だから事前にゲームギアを通して攻略情報を調べていたのだ。前世の世界とつながっているのは便利だな、攻略サイトを見れるからカンニングし放題だ。


「白月公社のお抱え冒険者にでもなるつもりか」

「正解。なんだ分かってたんじゃん」

「君が狩人の俺を勧誘した時点で何となく察していたよ。戦闘力の低い盗賊が組むなら戦士や剣士の前衛職だ。なのに役割が被る狩人と組むって事は、この組み合わせでないと白月のクエストを受けられないからだろう」


 ワンダーワールドには貴族に加え、財閥と呼ばれる四大勢力が存在している。白月公社はその財閥の一角を担う組織であり、ゲーム内各地に支社を置く総合企業って設定だ。

 ゲーム内での役割はアイテムの管理・販売が中心。各地に点在する道具屋は大抵白月の傘下に入っていて、財閥の中でも相当な利益を得ている存在だ。


 そしてワンダーワールドでは財閥をスポンサーにする事が出来る。それがお抱えの冒険者って奴だ。

 財閥関連のイベントをこなしていくつかの試験を乗り越えると契約を交わす事が出来る。財閥の後ろ盾は冒険者ランキングを上げるのに必須のファクターだ。


「お抱えの冒険者になれば、財閥が管理しているダンジョンやエリアを攻略できるようになるからね。中でも白月公社はアイテムの流通を賄う存在、管理しているのはレアアイテムががっぽり手に入る場所だって話さ」

「俺としても上位ランカーを目指すなら、財閥の支援を受けたいしな」


 財閥の後ろ盾を得ると様々な恩恵がある。宿代がタダになったり、最新の武器や防具を支給してくれたり。それに財閥が出すクエストは難易度が高く、こなす事で効率よく冒険者ランキングを上げる事が出来る。ゲームを進めるのに有利となる要素が山盛りだ。


 かくいう俺もクルセイダー時代は財閥お抱えの冒険者だった。その支援がどれだけ大きい物か、痛いほど分かっている。


 それに白月はレベル1の俺が唯一所属できる財閥だ。財閥へ入るには最低でもレベル10は必要になるからな。実の所俺も白月の傘下に入るのを狙っていたんだよ。


「白月公社がスポンサーになればアイテムを支給してくれる。狩人と盗賊はアイテムを多用するクラスだから、ぜひとも受けておきたいな」

「でしょー。互いに旨味がデカいし、頑張っていこーよ」

「それはいいんだけど、君は白月の支援を受けるために何をすればいいのか分かっているのかい?」

「わかんない! だけどどうにかなるなる!」

「明るいあっぱらぱーだな君は」


 意気込みや目標は素晴らしくとも、悲しいかな。この子若干アレな子だ。

 仕方ない、ある程度予想していた事だ。こんな事もあろうかと下調べしといたからな。


「白月の支援を受けるのであれば、まずはアイテム入手に特化したクラスでパーティを組む。つまりは盗賊と狩人だ。ここまではいいな?」

「ふむふむ、なるほどー(※分かってません)」

「次に日替わりでランダムに出現する白月の関係者へ実力を見せる。ただしそれはクエストではなく、アイテムを扱う白月ならではのやり方だ。わかるかい?」

「わかんない(※マジです)」

「君揚げ物とかする時下味付けないタイプだろう。盗むんだよ、白月関係者の持つアイテム……「白月の裏名刺」をな」


 そこまでが第一段階だ。やや捻くれたやり口から分かるかもしれないが、財閥によって求める人材は違う。

 クルセイダーやプリーストと言った盗みスキルを使えないクラスは、白月の支援を受けられない。逆にそれら戦闘力の高いクラスを求める財閥は、俺達狩人と盗賊に目もくれない。

 クラスに合わせたスポンサーを得てより快適なプレイを楽しめる、それもワンダーワールドの魅力でもあるのだ。


「「ピックポケット」で盗むアイテムは完全にランダムだ、白月も馬鹿じゃないからダミーアイテムを多数持って「白月の裏名刺」の奪取をガードしている。きちんと盗むには君の器用さと、尚且つ運の高さが重要になるぞ」


「運の高さならまっかせて! 昔から神に愛された女って呼ばれるくらいには運がいいんだ。試しにコイントスやってみてよ」


 という事で二十回勝負をしてみたが、見事に全戦全敗だった。俺のコインで俺がトスしたからイカサマはない、本当に運がいい子だ。


「二択のギャンブルで二十回勝つ確率は104万分の1……どんな乱数引いているんだ?」

「でしょ。おじさんってレアキャラに出会えたわけだし、私の実力は分かってくれた?」

「ある意味凶悪な実力だが……これなら期待できそうだな」

「でしょでしょ! ドヤァ」

「さて、それじゃあ白月の関係者を探してみるか」

「あれー? 女の子の可愛い顔スルーするーのはよくないぞー? ねね、今の面白かったでしょ」

「親父くさかった」


 わかった、面白かったから背中を蹴らないでくれ。

 しかし底抜けに明るい子だ。不覚にもさっきの駄洒落は笑いそうになったしな。


「それより準備しろ、居たぞ白月の関係者が」

「どれどれ?」


 本当に運がいい、ランダム出現の白月関係者が居るとは。

 右肩に三日月マークの入ったグレーのスーツを着た眼鏡の男、彼が獲物だ。


「あれに「ピックポケット」使えばいいんだね、いい所見せてあげるよ。おじさんは付いてきて」


 アンナは俺を伴い、ごく自然な動作で歩き出した。

 てっきり「潜伏」を使うミスを犯すかと思ったが、杞憂だったな。こんな人の多い場所で気配を隠すスキルを使えば逆に目立つ。相手はこちらの実力を測る面接官だ、当然見破ってくる。

 何食わぬ顔で白月とすれ違い、「ピックポケット」を使う。瞬きよりも速い一瞬だった。

 彼女の手には「白月の裏名刺」が握られている。白月イベントをこなすのに必須のアイテムだ。


「どぉ、私の実力」

「最高だよ」


 よし、あとは俺に任せろ。


「失礼、お兄さん。落とし物がありますよ」

「これは失敬。とても大切な物でしてね、拾って頂き感謝しますよ」


 丁寧な対応だが、彼の目はナイフのように鋭い。俺達が信用に足る人間か値踏みしているのだろう。


「どうかお礼をしたいので、お時間を頂けますか? 不躾ではありますが、お留守番をされているお嬢様もお呼びいただければ幸いです」

「何もかもお見通し、ってわけか」


 白月公社は名前に反し、黒い側面が強い財閥だ。メリットも多いがリスクもデカい。注意して挑まないとな。

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