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3話 レベル1の戦い方。

 手に入れたゲームギア端末は前世のインターネット環境に繋がっていた。

 最初こそ理屈は分からなかったが、攻略サイトで調べていく内にある推察がついた。

 まず俺が手に入れたゲームギア端末は、元々ワンダーワールドに仕組まれていた隠し要素の一つのようだ。


 ワンダーワールドのマップにはランダムで、それも数日で場所が変わる隠し部屋が存在している。その中にゲームギア端末と言うレアアクセサリが存在しているとの事。要するに開発陣のお遊び要素ってわけだ。


 効果は全能力値が50パーセントアップするという破格の物。それだけでも充分魅力的なアイテムだ。


 そしてこの端末がインターネットに繋げるのは、ここがゲームの世界だからに他ならない。俺はワンダーワールドのキャラクターとして転生した、デジモンのような存在だ。

 電子世界、つまりインターネットに直結している世界だからこそ、この端末からインターネットへアクセスできるわけだな。


「まさかゲーム開発者の悪ふざけが、俺を助けてくれるとはね」


 理系の人間は何を考えているのかわからん。文系の俺が頭硬いだけかもしれないが。


 ともあれ一万円の範囲であれば、俺はDLCを入手する事ができるようになった。失った能力値、スキル。その全てを取り戻すどころか、より上乗せして強化する事も可能だろう。


 ……そこまで考えて俺ははっとした。クレジットの上限があるのでは、結局強化できる範囲にも上限があるだろう。

 ストレージを供給する手段があれば別だが、この世界にはクレジットカードは勿論、プリペイドカードも存在しない。


「いや待てよ、冒険者カードはあるな」


 冒険者カードはこの世界のキャッシュカードにもなっている。クエストをこなして報酬を得ると、自動的にこのカードへ金が卸される仕組みになっているのだ。


 そして冒険者カードには偽造を防ぐためのセキュリティコードが刻まれている。こいつをクレジットカードとして登録できないだろうか。

 どうせダメ元だ、試してみよう。


「……出来た、出来た!?」


 本当に出来てしまった。クレジットカードとして登録され、これで冒険者としての報酬がそのままDLCへ費やせるようになった。


 なんて幸運だろう。だが一つだけデメリットがある。


 この世界の通貨は日本円より安いのだ。こちらの通貨単位ギルは日本円の100分の1。100ギル=1円と言う非常に安価な物だ。

 俺のカード内の預金は3000ギル、つまり30円の価値しかない。強大過ぎる力をセーブするリミッターになっているのか。


「それでも、こちらの金が使えるのはありがたいな……」


 DLCさえあれば俺は強化し放題だ。かつて夢見て諦めた最強の冒険者、それをまた目指せるようになったのだから。


「だけど……今更強くなってどうする? 強くなってもワーグナーは戻らないのに」


 落ち着いてくると、自分の考えが浅はかな物のように思えてきた。


 それにワンダーワールドにはプレイヤーキラーも存在していた、強くなればなるほど嫌がらせ目的での暗殺行為が横行する。実際上位ランカーだった頃、俺を蹴落とそうとする連中は後を絶たなかった。


 冒険者は危険な仕事だ。常に競争相手としのぎを削り、食い扶持を確保するため弱者を蹴落とす群雄割拠の世界だ。


 最強を目指すには命を狙われるデメリットを超える強い信念が必要になる。残念ながら俺にはそれが無い。ワーグナーを守れなかった俺の心は折れたままだから……。


「やはり俺は、辺境で過ごすのが向いているか……」


 とりあえず失ったスキルだけでも手に入れよう。そう思って端末を弄っていたら、外が騒がしくなってきた。

 嫌な予感がして現場へ向かうと、冒険者ギルドに人だかりが出来ている。どうやら冒険者同士の諍いが起きているようだ。


「なんだ貴様、この俺の要求を拒むというのか!」

「当然よ! これは私が手に入れたレア素材……それをどうしてあんたに渡さなければならないの!?」


 言い争ってるのは、弁慶じみた容姿と恰好の大男と、盗賊らしき軽装をした女性だ。

 原因は女性が持っている素材、オリハルコンだろう。

 オリハルコンはSレア装備の制作に必要な希少素材だ。存在しているエリアは極端に少なく、所持モンスターは居るには居るがドロップ率が異常に低い。この近辺で取れる物ではないから、運よく仕入れた行商人から購入した物だろう。


「貴様如き弱者がオリハルコンの装備を使いこなせるはずがない、だからこの俺が代わりに使ってやろうと言っているのだ! この俺は冒険者ランキング50位、剛撃のハルクなのだぞ!」


 冒険者ランキング50位か、随分高いな。

 この世界の冒険者は数千人以上存在している。その中で二桁順位の高ランカーとなれば相当な実力者だ。


「だからって、人の物を奪っていい理由なんかない! 断じてこの素材を渡すもんか!」

「なんだと!?」

「あ、あの! ギルド内での喧嘩は止めてください!」


 リチュアが止めに入った。まずい、ヒートアップした冒険者の間に割って入ったら……。


「黙れ小娘! ギルド職員如きが口をはさむな!」

「あうっ!?」


 リチュアが殴られた瞬間、俺は無意識にハルクへ飛び出した。

 目の前で女性が傷つけられた。その瞬間ワーグナーが過り、頭に血が上ってしまったんだ。


「てめぇ何してやがる!」


 俺らしくない激しい言葉でハルクを殴り飛ばした。猿型モンスターを狩猟していた関係上、人間の急所も分かっている。ハルクの顎へ拳をヒットさせ、奴にクリティカルを叩き込んでいた。

 それでも今の俺は低ステータスの雑魚だ。ハルクには殆どダメージが入っていなかった。


「何者だ貴様!? この俺に歯向かうというのか!」

「当然だろう。女性から物を強請った挙句、リチュアに手を上げるとは。その立派な筋肉は飾りか、それとも頭まで筋肉で出来ているのか? 最低限のデリカシーを覚えて出直してこい鶏頭」


 リチュアと被害女性から目を逸らすべく挑発しておく。これで怒りの矛先は俺へ向かうだろう。

 俺は女を守れなかった苦い経験のせいで、困っている女性を反射的に守ってしまうんだ。


「貴様……誰に喧嘩を売ったのか、分かっているだろうな」

「ああ分かっているとも。鎖帷子の涎掛けに鎧兜のピケハット被った、図体のでかい赤ん坊だろう。おーよちよち、いい子でちゅねー。その大きな剣はパパとママから買ってもらったのかなー?」

「……いい度胸をしているな雑魚が!」


 よし、これでハルクは俺を標的にした。被害女性に小さく手振りし、逃げるよう指示を出す。こいつは俺がどうにかすればいい。


「表へ出るがいい! 貴様を完膚なきまでに叩き潰してくれる!」

「いいだろう。その言葉は綺麗にラッピングして返してやるよ、水玉リボンを添えてな」


 冒険者は舐められてはおしまいだ、口論で負けるわけにはいかないさ。

 リチュアが心配そうに俺を見ている。レベル1に戻った上、スキルを一切手にしていない俺では、確かにハルクは荷が重い相手だ。


 本音を言えば恐い。俺が軽口を叩き、挑発するのは臆病な心を欺くためのハッタリだ。


 それにDLCがあるとはいえ、チート級のスキルや装備は手にしても使いこなせない。大抵そうしたDLCはピーキーな性能で、ぶっつけ本番で使えるものじゃないんだ。

 だけど弱くとも俺は冒険者だ。冒険者とは己の魂に殉じる者……女を虐げるような奴は、俺の魂が許さない。


 だからこれまで手にしていたスキルの発展形を使って戦う。確かにハルクは強いが、俺は狩人。強い敵を最低限の力で倒すプロなのだ。


 腐っても元8位だ。女を殴るデリカシーの無い不届き者は、完膚なきまでに倒してやる。


 ◇◇◇


 能力値アップのアイテムを手にした所で、ハルクに匹敵する力は得られない。


 何しろストレージは9700円しかないのだ。それに対し能力アップアイテムの値段は五個セットで300円、いくら費やせばいいのか分からない。だからスキル主体で戦おう。


 手にするスキルは300円の「狙撃(改)」、「アイテム効果UP(改)」。この二つだけでいい。狩人はアイテムを駆使するクラス、そして俺の武器はボウガン。これが最適解だ。


「下位クラスの狩人とは、片腹痛いな。上位クラスのバーサーカーであるこの俺に喧嘩を挑んだ事、後悔するがいい」

「それは恐いな。特に俺はレベル1でね、お手柔らかに頼むよ」


 それを聞いた途端、ハルクは大笑いし始めた。


 当然だろうな。それにさっき俺はクリティカルを出したにも関わらず、殆どダメージを与えていない。余計にハルクに見下されている状態だ。

 だがそれでいい。俺の弱さを晒した事で、こいつは俺の罠にかかっている。項目こそないが、油断は毒や麻痺以上の状態異常。人間にしかかからない厄介なデバフだ。


 弱さも使い方次第では武器になる、俺なら武器やステータスの差を覆せる。この程度の冒険者に負けてなるものか。


「さぁ来いよ。そうだ、クーポンも差し上げよう。先手を譲るよ」

「ならばこれで試合終了だ!」


 俺が手を叩いた瞬間、ハルクが襲い掛かってくる。だが動きが直線的で、それ故に読みやすい。俺が雑魚だと油断して動きが単調になっている。


 それに手を叩いたのはわざとさ。人間は突発的な音に反応して動き出してしまう習性がある、話術と挑発で奴の攻撃タイミングを俺のペースに合わせたんだ。

 ハルクよりワンテンポ速くサイドステップし、ちょんと足払いをかける。勢い余ってハルクは転倒して隙が出来た。


 その間にボウガンの用意だ。ボウガンは遠距離攻撃が出来る代わりに、連射力がない。基本一発こっきりだ。だがその分、使い方次第では一撃必殺の威力を発揮する。


「雑魚を前にシエスタとは流石二桁ランカー。おやつあげるからメリエンダでもどうぞ」

「ぐっ! 減らず口を!」


 今度はハルクを逆上させる。脳筋野郎ほど言葉で操りやすい、奴は俺の掌の上で踊っている哀れな獲物だ。

 怒りは視野を狭める。だから不意の攻撃に対応できなくなる。


「怒ると血圧上がるぜ、塩じゃなくて胡椒をかけてメシ食いな」


 ハルクの顔に向けて煙玉を放り込む。勿論胡椒なんてこの世界じゃ貴重品だ、使うのはアンモニアを粉末にした刺激物だよ。多少汚いが、アンモニアは簡単に手に入るからな。


「ぐおおおっ!? なんだこれは、臭い!?」


 突然強烈な臭いを受けたんだ、ハルクがひるまないわけがない。特に今の俺は「アイテム効果UP(改)」を持っているんだ。


 (改)がついた既存スキルは、熟練度1の段階でも10と同じ効果を持つ。この時点でも、使ったアイテムの効果は二倍の補正がかかるのさ。


 ハルクが怯んでいる隙に爆竹を使う。目が潰されている時に強烈な爆音だ、思考は混乱し、心は恐慌状態に陥る。


 その状態だと回避率が極端に落ちるんだ。これなら「狙撃(改)」の補正も相まって確実に当てられる。レベル1の俺は器用度が落ちている、いかに強スキルを持っていてもおぜん立てをしなければ……急所には当てられない。


「狙うのは、膝だ」


 それも硬い皿ではなく、その隙間の関節へ直撃させる。これで勝負は決まった。

 人間に限らず、動物は関節が弱い。骨を支える筋肉が無いからだ。そこを破壊されれば行動不能になる。

 そしてクリティカルを当てる事でもう一つの恩恵を受けられる。クリティカル補正はダメージだけではなく、相手の持つ耐性も無視できるのだ。


「か、からだが、うごかん……したも、まわらない……!?」


 これがボウガン及び、弓の強みだ。矢に薬品を使用する事で獲物を状態異常にできる。ハルクには痺れ薬を塗った矢を撃ち込んだんだ。


 麻痺は戦闘不能に等しい状態異常、その対策のために大抵の冒険者は麻痺無効のスキルを持っている。


 だがクリティカルを受けるとその耐性を貫通し、数パーセントだが状態異常を与える確率が生まれる。その確率を「アイテム効果UP(改)」で上げたから、ハルクは麻痺の状態異常を受けてしまったんだ。


 100パーセントではないから殆ど博打だったものの、今回は成功したようだな。


「勝負ありだ。麻痺を受けたら戦闘不能になる、それに足を怪我しちゃ剣を振る事もできまい。これに懲りたら、二度と彼女達の前に顔を見せるな。分かったか?」


 動けない相手の耳元でドスを効かせた台詞を囁き、喉元にナイフを当てる。これなら心も解体され、大人しくなるだろう。

 俺は狩人、動物の狩猟に関するプロだ。その中には人間も含まれている。

 人間相手には話術と脅しが最も効果がある。狩人にとっては、雑魚モンスターよりもカモな獲物だよ。


「おい! 誰か診療所に連れて行ってやれ、状態異常や傷を治さないとな」


 青ざめたハルクの処理は自警団に任せればいいだろう。リチュアの方が心配だ。

 リチュアはギルドの隅っこで蹲っている。さっきの戦いは見ていないのだろうな。


「コウスケさん……ごめんなさい……私のせいで……!」

「大丈夫、もう終わったよ」


 自分のせいで弱体化した俺が酷い目に遭う、そう思ってずっと泣いていたそうだ。

 だから事の顛末を話した時、リチュアはとても驚いていた。それと俺の無事を喜んで思い切り抱き着いてきたよ。


 やめてくれ。君みたいな美人に抱き着かれたら、おじさんには刺激が強いからね。

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