2話 運命のチートアイテム
何度確認しても、冒険者カードは白紙に戻っていた。
あの謎の煙を浴びてから、俺は完全に弱体化してしまった。十年もの時間をかけて鍛え上げたスキルもレベルも、全てが無くなっていた。
それだけじゃない。俺の悪夢はまだ続いていた。
「……次のレベルに上がるための経験値が、表示されていない」
冒険者カードには次のレベルに必要な経験値が表示される、なのに俺のカードにはそれが0になっているんだ。
試しに魔物を何匹か倒してみた。だけど経験値が入った様子はない。
「つまり俺は……レベルを上げられない……?」
思わず頭を抱えてしまった。前世のゲーム知識で参考になる物はないか、必死に記憶を手繰り寄せる。するとある物が思い浮かんだ。
ワンダーワールドは一度だけ、悪質なウイルスに感染した事がある。突然宛先不明のプレゼントが来るなり、レベルとスキルをリセットして、以降キャラを強化できなくなる。超悪質ないたずらで大騒ぎになったんだ。
当然運営は速やかに対処。それ以来悪質な要素は無くなったのだが……どうやらこの異世界には、そのウイルスが残っていたようだ。
……参ったな……
「あの、コウスケさん……私、その……」
リチュアが入ってきた。さっきの一件に関して、責任を感じているようだ。
いや、彼女は悪くない。悪いのは、俺だ。俺がきちんとあの小包を処理していれば、こんな事にはならなかった。
「君が悪く思う事はないよ、全ては俺の責任だ」
「だけど……私がドジしたせいでコウスケさんは……!」
「大丈夫、なんとかなるよ。だから今日は、帰りな」
正直言うと、一人にしてほしい。現実を受け入れられないのは、俺なのだから。
気持ちを切り替えるために、一度外へ出よう。歩けばちょっとは、気がまぎれるかもしれない。
◇◇◇
散歩をしていても気持ちは晴れない。よく散歩をする森なのだが、歩けば歩く程気分が滅入ってしまう。
いくら落ち込んでも失ったスキルは戻ってこない。代わりの仕事を考えても、全く思いつかない。正直、八方ふさがりだ。
「……はは、たった一度の不幸で、全ての努力が水の泡か……」
前世の頃によく似ている。日本に居た頃も、俺は業績を上げるため努力を重ねてきた。だがその度に手柄を上司に取られ、役立たずだのクズだの言われた。その時の感覚によく似ているよ。
それにワーグナーの事も思いだしてしまう。自分の無力さを感じると彼女との別れがフラッシュバックしてしまい、胸が張り裂けそうになっていた。
「畜生……畜生!」
あまりの悔しさに木を殴りつけてしまった。手がじんじんと痛む。あまりの痛みにしゃがみ込むと、視界の端に気になる物が映った。
「空洞? いや階段か?」
俺の殴った木の位置が僅かにずれていたのだ。と言うより気が付くと、来た事のないエリアに足を運んでいた。人の気配がまるでない、木々が鬱蒼としたエリアだ。
いつの間にこんな所へ来ていたのだろう。まるで記憶が飛んだかのように思いだせない。
しかし、この階段はどこへつながっているんだ?
この辺りにはダンジョンの存在は確認されていない、ただ、隠しダンジョンの可能性も否めない。
スキルを失った今、ダンジョンへ入るのは危険だ。特に今は装備どころか道具も持っていない。もしモンスターと出会って状態異常にでもなれば、待っているのは死だ。
だけどその時の俺は、なぜか自然と階段に足を運んでいた。この先に俺の運命を変えるものがある。そんな確証のない確信が心に浮かんでいたからだ。
階段の先は一本道の通路が待っている。その奥には、金色に煌めく腕輪が安置されていた。
「この腕輪……まさか、ゲームギアか?」
ゲームギアは、ワンダーワールドのハード機だ。
VRゴーグルと連動したゲームハードで、アップルウォッチによく似た腕時計型端末でもある。これにSDサイズのソフトをはめ込み、VRゴーグルをつける事でVRMMOを楽しめるというわけだ。
そんな物がどうしてここにあるのだろう。疑問に思いつつ手に取ると、端末が起動した。
試しに操作していると、気になる項目が表示された。それはかつて俺が使っていた、ゲームギアのアカウントだ。
「なんで俺のアカウントが? いや待てよ? 確か俺……ストレージが残ってなかったかな」
ゲームギアのソフトにはDLCが存在している。それを購入するにはゲームギアアカウントに登録後、クレジット番号を登録するか、コンビニなどでストレージを購入する必要があるんだ。
俺はクレジット情報が漏れるのを恐れ、プリペイドを入れていたのだが、確かそれを使い切る前に自殺してしまったはずだ。
「ストレージ確認……やっぱりあった、一万円のストレージ」
僅かな額だが残っていた虎の子の金だ。安月給だったから、遊ぶ金を確保するのも苦労したものさ。
「待てよ? ストレージを確認できたって事は、DLCを見る事も出来るんじゃないか?」
DLCは課金者のみに許された、ゲーム内で有利にプレイするための特権だ。
例えば戦闘特化のプレイなら、能力アップアイテムを購入する事でよりステータスを底上げする事が出来る。農業などの産業特化プレイをするなら、作物の成長率を高めるアイテムを使う事が出来る。特にワンダーワールドはDLCが豊富に取り揃えていて、それが人気の秘訣でもあった。
ワンダーワールドは金をかければかけるだけ、豊かなゲーム環境を整える事が出来るのだ。
「特に、DLCでしか手に入らない、特別なスキルや武器があったはずじゃ……?」
恐る恐る端末を操作すると、ワンダーワールドの公式ページに飛ぶ事が出来た。
そこに並ぶ魅力的なDLCの数々。試しに失ったスキル、「品質向上」の上位版である(改)をカートに入れてみた。値段は300円だ。
購入画面へ移行すると、ストレージが減って冒険者カードが光り始める。これは新しいスキルを手に入れた時の反応だ。
「もしかして……やっぱり戻ってる!」
消え去ったはずの「品質向上」が再びスキル欄に乗り、名前の横には上位版の証拠である(改)が付いている。
「DLC限定の上位スキルが俺の物に……間違いない、これは前の世界とつながっている。課金限定のレアスキルを手に入れる道具なんだ」
なんでそんな物がここにあるのか、理由は分からない。だけどウイルスに侵された俺には願ってもない救いの道具だ。
何しろスキルはレベルが上がらないと手に入らない。レベルアップした時に冒険者ポイントが入り、それを消費して入手できる。レベルが上がらなくなった俺には、通常の方法でスキルを取る事が出来なくなっているのだ。
すぐに俺は宿へ戻った。ゲームギアの端末があれば、俺は失った全てを取り戻せる。
当然だが、ここは日本とは違う異世界だ。前世の様にDLCを活用できる者なんかいない。これは大きなアドバンテージだ。
DLCは金さえあれば、どんどん強くなれる。Sレア装備も能力上昇アイテムも取り放題。レベル1のハンデを無視して力を得る事が出来るんだ。
「これは……なんて運命だ?」
思わぬチートアイテムを手にした俺の心は、激しく踊り狂っていた。