16話 アンナの理由
DLCスキル「絶対固定」。数あるDLCスキルの中でも最も地味な効果を持つ、通称ハズレア枠と呼ばれる物だ。
ゲーム内効果は単純。一部アイテムを特定の場所にくっつける、ただそれだけ。空中や水上に木の板を固定して足場にする、と言った使い方は出来ず、壁などの物理的要素が無ければ使用不可能だ。
任意のタイミングで解除できるが、ぶっちゃけ何のために使えばいいのか意味不明なスキルである。
しかもダウンロード価格は400円と微妙に高い。効果の薄さから「開発が産んだ意図的なバグ」とすら評される、一見何の意味もないスキルだ。
だがゲーム世界に転生した上で「絶対固定」を使うと、「一部アイテム」と言うルールが適用されなくなっていた。あらゆる物をあらゆる場所にくっつけるスキルに強化されているのだ。
恐らくその制約はゲーム内の処理的な壁をクリアするための物なのだろう。しかし今は現実、データ処理などと言う0と1が生み出す厄介な壁は存在しない。
「つまりこのスキルは、あらゆる物を任意の時間固定する物なんだ」
「ふーん……でも便利そうだけどあんまり便利じゃないよね」
アンナは俺が「絶対固定」で作った物を見上げ呟いた。
その辺に落ちている枝や倒木を汲み上げたでかい壁である。道を塞いでいるわけでもなく、何も知らなければ意味のない障害物にしか見えないだろう。
だがこいつにはある仕掛けを施してある。アメノサギリを捕獲する、大きな切り札になるのだ。
「成程、これを使ってああするのですね。えげつない事です」
「意図が分かったようだなミコト。気をつけないと俺達も巻き込まれるが、雨の日だからこそ使えるお手軽で大がかりなトラップだ。頼むぞ二人とも」
「はーい。……エンジェルティア、ないなぁ」
仕掛けを作りながら、アンナが望んでいるエンジェルティアの捜索も行っている。
だけどエンジェルティアはSレア素材だ。そんな物が異常繁殖したウニみたく、そこらにホイホイ落ちているわけがない。
残念だが、20個なんて数を手に入れるのは不可能だ。
「クエストの後に出来る限り見つけてやるから。今からアメノサギリの対処に向かおう。な」
「ん、悩んでてもしょーがないかぁ。じゃあ始めようよ、胞子ゲット大作戦!」
◇◇◇
ミコトも「敵感知」のスキルを持っているので、俺達の索敵力はより倍加している。
同じスキルを持つと役割が被るように思えるが、単純に効果範囲を広げて互いの穴を埋められるから一概にそうとも言えない。
それに同じ攻撃を連続して使われるのは意外と対処が難しくなる。ジェットストリームアタックのような連携攻撃も出来るし、スキルの重複はむしろ長所になるのだ。
「発見しました、アメノサギリです」
ミコトの感知範囲に獲物が近づいたらしい。早速向かうと、どでかいキノコが蠢いていた。
傘に巨大な目の模様をつけた、全長五メートル強のマタンゴである。平均サイズよりもずっと大きな獲物だ。
胴体に当たる柄からは阿修羅のように六本の腕が伸び、三つの顔が方々についている。紫の毒々しい体色も相まってすさまじい外見をしているな。
多分、アメノサギリの中でもかなり強い個体なんだろう。レベルは恐らく37はある、かなりの強敵だ。
けどこれは高品質の胞子が取れそうだ。強い敵程レア素材を落とす、これがゲームの常識。当然この世界でも適用されている。
「作戦通り行こう。三人で牽制しながらポイントに誘導、仕掛けたトラップで仕留める」
『了解』
早速ボウガンを撃って牽制する。アメノサギリは俺達を見つけるなり、奇声を発して追いかけてきた。すぐに「曲芸回避」で木々を渡り、距離を取る。
アメノサギリは樹木をなぎ倒し、口から吐しゃ物にも見える毒を発射してくる。相変らず、見ているだけで気分が悪くなるモンスターだな……。
アメノサギリは状態異常を多数付与してくる難敵だ。前衛職で戦おうとすると毒・麻痺・混乱・魅了等、危険なバステを大量に与える攻撃を仕掛けてくる。
おまけに単純なパワーもけた違いだ。だから基本は後衛職が魔法でダメージを与えるか、俺達のような探索職が罠を仕掛けて倒すか。この二択に限られてしまう。
「絶対アメノサギリに近づくなよ。俺達は行動力はあっても戦闘力はない、まともにぶつかり合えば死ぬからな」
って、雨のせいで声は聞こえていないか。手振りでサインを出し、誘導の指示を送る。
アンナはパチンコ、ミコトは手裏剣と、全員が何らかの遠距離攻撃を備えているから誘導は順調に進んでいる。ダメージは与えられていないが、アメノサギリは着々とポイントに移動していた。
「よし、このままいけば大丈夫だな」
っと、いけないいけない。狩りは得てして油断した時が危ない物、気を引き締めろ俺。
そして俺の懸念は、ポイント付近に近づいた瞬間実現した。
「あ……もしかして、あれって」
アンナがいきなり持ち場を離れ、木から下りたんだ。
当然俺とミコトは驚いた。アメノサギリはこれ幸いにとアンナへ接近していく。このままじゃアンナが食われる!
「援護しろミコト!」
俺は「曲芸回避」で側転しながら降り、アンナを抱き寄せた。
アメノサギリはすぐそばまで来ている、「曲芸回避」もこれじゃ間に合わない!
大量の胞子を振りまかれ、俺達は少量だが吸ってしまう。この胞子を喰らったら猛毒の状態異常にかかってしまうんだ。
「忍法「口寄せの術」、来たれガマちゃん」
するとミコトが「口寄せの術」で巨大なカエルを呼び出し、アメノサギリの頭上に落としてきた。
カエルはアメノサギリと取っ組み合い、俺達が逃げる時間を稼いでくれた。その隙に「曲芸回避」でバック宙し、距離を取る。急いで解毒剤を使わないと。
「アンナ! 体の具合は!?」
「大丈夫みたい、おじさんこそ平気?」
「え? あ、ああ? 確かに……平気だ」
状態異常にかかってない? 理由は分からないが、運よく助かったようだな。
だけどアンナ、どうしてこんなことを。流石に怒るぞ。
「持ち場から離れちゃダメだろ、何を見つけた」
「エンジェルティアだよ! ほらあそこ」
カエルとキノコが取っ組み合うカオスな戦場の片隅に、きらりと光る物がある。確かにあれはエンジェルティアだ。
「どうしてもあれを回収したいの、おじさん協力して!」
「無理だ、あんな怪物同士の喧嘩に割って入ったら死ぬぞ!」
巨大生物二体の戦いはゴジラvsガメラみたいな様相になっている。俺は芹沢博士じゃないんだ、オキシジェンデストロイヤー担いで特攻みたいな真似は出来ないぞ。
そんな事を思っている間にカエルがなぎ倒された。エンジェルティアはカエルの下敷きとなり、砕け散ってしまう。同時にカエルも消えた。
忍版召喚術の「口寄せの術」は消費MPが少なく、詠唱や硬直が短い代わりに、召喚獣が弱い。さっきのカエルも精々レベル10程度、足止めが精々だ。
アメノサギリが俺達にタゲを合わせてくる。もう木に登るのは無理だな。敵に見られている状態じゃ「潜伏(改)」も効果が無い。
「俺から離れるなよアンナ、「曲芸回避」でポイントまで逃げる。ミコトは援護を!」
アクロバティックに逃げながら、アメノサギリを目的の場所まで誘導する。ミコトも樹上から忍法で壁を作ったり、手裏剣で隙を作りながら俺達を援護してくれた。
それでも毒液や胞子がきわどい所をかすめてくる。DLCスキルが無ければ、こんな無茶な事は出来ないな。
「到着したよおじさん!」
「了解! 「絶対固定」解除!」
アメノサギリが逃げられないタイミングで罠を発動。スキルを解除した事で作った壁が壊れ、蓄えていた濁流が木材と共に流れてくる。
壁の近くには川があったから、そこから水を引いて蓄えていたんだ。雨で水位が上がっていたから、引き込むのは簡単だったよ。
後は機を見てスキルを解除すれば、鉄砲水が敵をなぎ倒してくれる寸法だ。
俺が仕掛けた罠により、アメノサギリが流されていく。強い流れで木材が暴れ狂い、巨大マタンゴを滅多打ちにした。
「水は最大の脅威だ、いくらアメノサギリでも一たまりないだろうな」
「うひゃー、確かにえげつない仕掛けだね」
ともあれ、これでアメノサギリは無力化出来たはずだ。
確認に向かうと、アメノサギリは木材の山に埋もれて気絶していた。まだ死んでいないが、クエストの品は回収できそうだな。
という事で早速「アメノサギリの胞子」を回収する。品質93の希少素材だ、ミコトからお墨付きを貰い、目的の品をゲットだぜ。
「あっ、ねぇおじさん。ここにちっさいけど、洞窟があるよ」
「本当だ。……そういえばアメノサギリは雨天以外、穴倉で過ごすからな。もしかしたらここが巣穴かもしれない」
「見てみますか? モンスターの巣には希少素材がある場合もありますし」
「そうだな」
という事で中に入ると、驚くべき物が目に入ってきた。
それは大量のエンジェルティア、だった物だ。洞窟内一杯にエンジェルティアがあったのだが、どれも俺の鉄砲水のせいで砕け散っている。回収したところで、全部使い物にならないだろう。
「どうやら、アメノサギリが集めていたようですね。思えばコハクは樹液の結晶、モンスターにとっては栄養のある餌です」
「雨の日に蓄えて、非常食にしていたのか……俺も初めて知ったよ」
けどもし知っていたら、アンナの願いを叶えられただろう。無知ってのは、罪だな。
「……すまないアンナ、俺が無知なばかりに」
「ううん、いいよ。おじさんが知らなかった事を責めたってしょうがないもん。それにほら、欠片でも集めたらなにかあるかもしれないし」
アンナは健気に泥交じりのエンジェルティアを集め始めた。俺は申し訳ない気持ちで一杯で、ただ黙ってアンナを手伝うしか出来なかった。
◇◇◇
「もう一度「濃霧の湿原」に挑もう」
ダンジョンから出た後、俺はそう提案した。
アメノサギリの生態が分かった今、巣穴を探せばエンジェルティアを大量に手に入れられるかもしれないからな。
「リーダーからの指示であれば従いますが、アンナさんはどうしますか?」
「んー、いやいいよ。ダンジョンって霧濃いし、さっきみたいなのがまだ居るんでしょ? 皆を危ない目に遭わせたくないよ」
「それでも、俺がしたいんだ」
アンナが必死になって探していた物を、俺のせいで台無しにしたんだ。その責任を取りたいんだよ。
体勢を立て直したらもう一度ダンジョンへ挑む。エンジェルティア20個、絶対手に入れないと。
「おかえりなさい! うかない顔だけど、どうしたんです?」
「実はな」
出迎えてくれたリチュアに事情を説明する。そしたら彼女はぽんと手を叩いて、
「それなら行く必要ないですよ。だって20個集まってますもん」
『え?』
「お守り。出してください」
言う通りにお守りを出すと、ビーズのような手応えが。
まさかと思って開封したら、中にはエンジェルティアが5個ずつ入っていたんだ。
「実はお買い物の度に冒険者からナンパされてて、その内の一人がエンジェルティアを沢山譲ってくれたんです。これで作ったアクセサリは状態異常を防ぐから、お守りにいいかと思って」
「だからアメノサギリの状態異常を防げたのか……なんてこった、まさか探し物をずっと持ち続けていたなんて」
「リチュア……マジ天使!」
「取り越し苦労感が半端ないですがね」
ミコトの毒はさておいて、まさにミラクルだ。リチュアって時々こんな奇跡を起こすんだよな。
って事で全員のエンジェルティアをアンナに渡す事にした。目的の素材を手に入れた事で、随分と喜んでくれたよ。
しかしそんな大量の素材、何に使うんだかな。
◇◇◇
その真相は後日明らかとなった。
「白月の配送サービスは優秀です。何しろアイテム管理を牛耳っていますから、全世界各地に流通経路があります故」
「へっへー、こういう時はお抱え冒険者でよかったって思うな」
にししと笑うアンナは、エンジェルティアでネックレスを作り、ある場所へ送っていた。
それは遠く離れた、彼女の育った場所だった。二十人が暮らす程度の小さく貧しい村で、アンナは稼いだ金を村の人達のために仕送りしていたそうなのだ。
「君が金が必要だったのは、これが理由だったのか」
「そだよ。向こうじゃ基本物々交換だから、お金より作物のタネとかの実用的な物送ってる。でも最近、流行り病が出てるらしくてね。エンジェルティアのアクセサリがあれば防げるかなと思って送りたかったんだ」
うーん……まぁ疫病もバステと言えるし、無いよりましか。
ただアンナを見る目が少し変わったな。中々立派な志の持ち主だ。
「それで? ミコトはなんでアンナに協力的だったんだ?」
「別に他意は無いわ。ただ単に私は頭の悪い子が好き、それだけよ」
ミコトは忍法で消えてしまった。一瞬見えた顔は、ほんのり笑顔だったな。
「アンナさんの村の人達、元気でいるといいですね」
「きっとなるさ。絶対な」
立派な冒険者が送ったアクセサリーなんだ、効果があるに決まっているとも。




