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14話 雨の日のクエスト

 バンデッタに雨が降り続けている、もう三日連続だ。

 纏まった雨が降る時期というのもあり、各家庭では飲み水を確保するため玄関先に水瓶を置いている。俺達もその例に漏れず水瓶を置き、数日分の水を備えていた。

 この世界には上水道がない。飲み水や生活用水は井戸から汲んでおかねばならないので、中々難儀な所だ。

 ただありがたいのは、ろ過装置が要らないって事だ。


 前世の日本じゃ空気が汚れたりで、雨を直接飲む事は出来ない。だけどワンダーワールドでは雨水をそのまま生で飲めるのだ。

 ここがゲームの世界だからかもしれないが、水は生きる上で重要なライフラインだ。これが安定して確保できるのは助かるものである。


「雨はいいんですけど、洗濯物が乾かないのが困り物ですね」

「確かに早い所止んで欲しいもんだ、そこの工具取ってくれ」

「はーい。このパーツは私が使いますね」

「頼む」


 そんな俺はリチュアと外を眺めながら、一緒にボウガンの整備をしている。

 以前彼女にせがまれ、ボウガンの整備を教えた事がある。それ以来時折装備の手入れを手伝ってもらっているのだ。


 俺のボウガンには「アンタレス+78」と言う名前がある。ピクウスに比べると威力と射程距離に優れ、尚且つパーツ数を少なくして故障率を軽減し、整備性を高めた物だ。


 俺が武器に求めるのは信頼性だ。アンタレスは特別な力はないが、頑強で壊れにくい。いざという時に壊れては武器として失格だし、命に関わってしまうからな。


 名前の下についた数字は強化レベルだ。ワンダーワールドでは特定の素材を消費し、最大99までの武器強化が可能で、その回数がレベルとして表示されるようになっている。


 狩人に転向してから使い続けているボウガンだ。ゲームの時と違って毎日油を射したりパーツ点検をしなければならないが、その分愛着も湧くという物。やたら滅多に他人に触らせたくない武器だ。


「ボウガンの整備終わりましたよー」

「ありがとう。悪いけど防具にも不備が無いか見てくれるかい?」


 リチュアは俺のボウガンに触っていい唯一の人間だ。やはり丁寧な仕事をしてくれる、万全の状態に仕上がっていた。


「やっぱりピクウスは連射式なだけあって構造が複雑だな、パーツの摩耗も激しい。まだ+3しか強化していないし……もっと強くしないと」


 ただDLC武器なだけあって強化には希少素材を要求される。最後にクエストを受けてからインターバルも空いた事だし、そろそろ仕事を受注しようか。


「おっじさーん! 暇だし遊んでよー!」

「飛びつくなアンナ。君は武器の整備が出来ているのかい?」


 俺にのしかかってきたアンナをひょいと持ち上げる。すると彼女は武器を見せ、


「ほれ、ちゃんとナイフもパチンコも手入れ終わってるよ。外雨で暇だし、なんかやんない?」

「やらない。これからクエスト受注に行くぞ、白月は三日に一度クエストを受けないと解雇されるんだからな」


 この場合解雇=殺処分だ。DLCの購入でストレージは2000円まで落ちているし、とにかく今は金が欲しい。


「雨の中のクエストかー……気乗りしないけどしょうがないなぁ。だって雨の日の冒険ってスタミナ使うじゃん。服濡れて体温奪われてさぁ。かなり危ないんだよねぇ」

「文句を言わない。むしろ白月のクエストは悪天候の方がやりやすかったりするんだぞ」


 雨は匂いを消し、足音を消し、姿も消す。普段は強力な五感を持つモンスターだが、雨と言うスクリーンを前にすればそれが機能しなくなる。

 無論人間にも言える事だが、人間にはモンスターにない知識って武器がある。

 そいつを駆使すれば、天候を味方にして強大なモンスターも楽に制せるようになる。自然は平等、誰の味方でもない。味方にした奴が強いんだ。


「点検全部終わりましたよー」

「ありがとリチュア。じゃあギルドへ行こう。モンスターの捕獲、アイテムの確保をメインにする白月のクエストは悪天候ほど難易度が下がる。ミコトも待ってるだろうしな」

「ふぁーい」


  ◇◇◇


 ギルドへ向かうと、すでにミコトが到着していた。

 傘を持っていないのに濡れた形跡がない。確か忍の技術で体に油を薄く塗り、雨下でも濡れずに行動するというのがあったはずだ。


「あれミコト、傘は? 濡れてないけどどうしたの?」

「忍者は雨に濡れない妖精ですので」

「そっかー妖精かー。それなら納得」


 すんのかよ。いやアンナがいいなら構わないのだが……将来大丈夫かこいつ。

 ミコトは本性を見せて以降、アンナやリチュアをああやってからかっている。最初に感じた冷徹さはどこへやら、俺はこいつがただの害悪な忍者にしか見えなくなっていた。


「先ほど白月のクエスト表が更新されたので向かいましょう。受付で指輪を見せれば手続きをしてもらえます」

「お、おう……」


 正直、ミコトのようなタイプは苦手だ……面倒な奴をパーティにしたもんだよ。

 それはともかく、財閥クエストの受注と行こう。


 ギルド内のコルクボードに張り出されている通常クエストと違い、財閥クエストは受付で身分証を見せる事でしか受けられない。所謂非公開求人と言う奴だ。


 財閥クエストは、各社が抱えている冒険者にのみ発注している依頼である。中には企業機密に関わるクエストもあるので、そこらの誰とも知らない馬の骨に公開するわけにはいかないからだ。


「白月公社所属の冒険者、コウスケ以下二名だ。財閥クエストを見せてくれるかな」

「かしこまりました。こちらが白月公社より発注されたクエストです」


 いくつか見せられた依頼表を眺め、どれを受けるか考える。折角雨が続いているのだから、この環境を活かせるクエストがいいな。


「あっ……おじさん! 私これがいい!」

「アンナ? 珍しいな、普段面倒な事丸投げにしてくるのに。どれどれ……」

「ふむ、これはまた」


 ちょっと面倒だが、雨の日にしか受けられないクエストだ。別に異論はないな。


「雨は明後日まで続くようですし、問題ないかと思います」

「そうだな。じゃあこれを受けよう、今回はリチュアも一緒に来てもらう事になりそうだ」

「あっりがとー。へへ、このクエストならアレが取れそうだね」


 何か含みがありそうだな。何か企んでいるのか?

 ともあれギルドを後にしようとしたら、丁度親子連れが目の前を通った。

 なんともなしに見ていると、子供が足を滑らせてしまう。その時だった。


 アンナがヘッドスライディングで子供を庇ったんだ。子供は無事だった物の、アンナはびしょびしょ泥だらけ。


「お姉さん大丈夫!?」

「平気平気! ほら、泥汚れをこのハンカチでお拭き」

「いや、お姉さんの方が汚れてるし。そのハンカチどろどろだし」


 確かに。アンナが下敷きになったから子供は汚れずに済んだからな。


 親子連れと別れる間も、アンナは元気よく手を振って見送っていた。若干羨ましそうな顔でな。


 少し疑問は残る物の、さっきの行動は褒めないと。


「冒険者らしい所が見れてよかったよ。よく頑張ったなアンナ」

「へへ、まぁね。ごほーびに頭撫でてくれるかな」

「一回風呂入った後にな。全身泥だらけだぞ」

「確かに、大衆浴場へ寄ってからが宜しいでしょうね。私は着替えとリチュア様を連れてきます」

「頼む」


 その後、大衆浴場で一服してからアンナを思い切り撫でてやった。理由は分からないが、アンナは随分と大喜びだったよ。


  ◇◇◇

 

「皆さん、準備はいいですか! それじゃ出発!」


 リチュアの掛け声の後、雨の中をDLC馬車が走り出す。今回のクエストは日帰りで済む物ではなく、一泊二日の長期クエストなのだ。

 少し遠くに位置するダンジョンが今回の現場だ。この場合、前日にダンジョン付近へ移動して一泊、翌日早朝から探索する。と言う流れがセオリーだ。


 こういう事もあるから、移動式拠点をダウンロードしておいてよかったよ。今は丁度三時だから、到着は六時くらいになるか。明朝六時半に行動開始すれば程よいだろう。


「疲れたらいつでも言ってくれ、次は俺が御者をやる」

「分かりました。でも嬉しいです、私も皆と一緒にダンジョンに行けるから。いつもお留守番ばっかりだし」

「そこが馬車の強みだよな。長時間のクエストでも安心して活動ができるのは大きいや」


 補給ポイントがあるのも心強い、いざとなれば体勢を立て直せるからな。

 特に今回はリチュアがバックアップしてくれる。元ギルド職員のサポートがあれば、探索中の安心感も段違いだ。


「それにしてもアンナさん、今までになく意気込んでいますよね。どうしたんでしょうか」

「確かにな。今回のクエストも彼女が選んだ物だし、何か企みがあるのかもしれないな」


 そのアンナははしゃぎすぎて疲れたのか、部屋で眠っている。自由すぎる奴だ、まるで子猫だな。

 もしかしたら、彼女が冒険者をやる目的が見えるかもしれない。

 前から感じていたが、アンナは金儲け主義の冒険者にしては不自然な所が多い。彼女には何か、金儲け以上の目的があるような気がするんだ。

 ミコトは何となく、分かっていると思うけど。


「白月所属の冒険者に関しては、全部知っているんだろう?」

「ええ。ご希望とあらばアンナさんの情報をお伝えしますが」

「流石にそんな野暮な事はしないさ、アンナの事は俺自身で知ろうと思うよ」


 なんだかんだ、俺が旅に出るきっかけを作ってくれたからな。俺の無茶な要求にも応えてくれているし、今じゃ信頼できるビジネスパートナーだ。

 今回のクエストで、少しでもアンナの事が分かればいいな。

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