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13話 忍の本性

 ギルドでノーバディトードを納品するなり、それは大層驚かれた。

 あの爆発カエルをどうやって捕まえた? ギルド職員や同業者からしきりにそう聞かれ、少々騒ぎになったものだ。


 この世界は生物に関する研究が進んでいない。カエルや蛇がどうして冬に動けなくなるのか分かっていないんだ。

 加えてノーバディトードはその危険性から捕獲しようなんて輩は居ない。こっちはゲームギアでDLCに加えて攻略情報も得ているから、このクエストは俺にしかクリアできない物だろう。


 そこまで考えるとワンの作為を感じてしまうな。DLCや攻略サイトの事は分かっていないとは思うが、最終的な結果が「他の冒険者ではクリアできないクエストの達成」であれば過程はどうでもいい。


『それが出来る冒険者をうちは抱えているんだぞ』


 このような宣伝が出来れば充分なのだから。

 人の噂は千里を走ると言う。ギルドで騒がれた以上、俺の事は近辺の冒険者達に広まるだろう。

 財閥が自社の冒険者を誇示するとメリットがある。他の財閥への牽制、社会的信頼のアップ、新しい人材への宣伝等々。加えて財閥のトップから支社長への評価まで上がるんだ、よくそのような人材を手に入れたと。


 俺の持つチートを上手い具合に利用しているな。たった一つのクエストでここまでの成果を挙げる辺り、悔しいがマネジメント能力に関してはワンが上手だ。

 ただ、俺にもメリットがあるんだが。


「ワンが俺を利用したって事は、それなりに信用されてると見ていいんだよな」

「よろしいと思います。ワン支社長は見込みのない者にこのようなクエストを出しません」


 そう、少なからず俺はワンから評価を得たと言っていい。今後大きな支援が期待できるかもしれないんだ。他の冒険者から一目置かれた状態、リスクもあるがメリットもある。

 無論チートありきの評価なので素直に喜べないけど、今日の成果としては大きな物だ。


 しかし、だとするとミコトの事は考え過ぎなのだろうか。


 ワンの意図を鑑みると、俺を殺すメリットが無さすぎる。例えばだが、もしこのゲームギア端末が俺にしか使えない物だとしたら、貴重なチート能力者を失う事になる。そんな不利益をワンがするだろうか。

 もし他人に使えるとしても、俺のように有効利用できるとは限らない……俺がこれを活用できるのは前世の知識があるからで、精々中世程度の知識しかないこの異世界で使いこなせる奴は居ないだろう。


 ミコトが傍に居れば俺が死んでもゲームギアの回収は出来るし、生きている間に利用できるだけ利用すればいいわけだし。ワンだったらむしろこっちを取る。

 ワンは絶対的利益至上主義。そう考えて推理すると、ミコトは本当に純粋かつ善意で送られてきた戦力と判断していいだろう。多分。


「なぁんだ、俺の考え過ぎか……」

「どうしたのさおじさん、そんな気の抜けた顔して」

「いやその、随分馬鹿な事をしたなと思ってな……」

「変なの。んじゃあ約束通りおじさんのおごりでプリンね!」

「私はポッピンコットンキャンディラブポーションラズベリーベンジャミンチョコレートチャンクで」


 ……今なんて?


「もう一回お願いできる?」

「ポッピンコットンキャンディラブポーションラズベリーベンジャミンチョコレートチャンク。つまりは三段アイスクリームです。美味しいアイス屋を知っているので」


 おい、そんなスタバのパウダーマシマシ全マシミルク的な呪文言われても困るんだが。こちとら三十半ばの親父だぞ、若者の趣味なんぞ網羅してるわけないだろう。


「アイスかあ! そっちのがいいかも、ねぇおじさん!」

「まぁどちらでもいいぞ。プリンはリチュアへのお土産で買って行けばいいし」

「うひょー太っ腹ぁ!」

「しかしアイスにプリン、これは後でマラソンコース確定の糖質ですね」


 カロリーでも気にしているのか。鉄仮面のように見えて意外と感情豊かだな。

 リチュアには後日アイスを買ってあげればいいか。って事でプリンを買って帰ると、リチュアはとても喜んでくれた。

 ミコトは完全に俺の杞憂だったようだし、今後はもう少し気を許してあげてもいいかもしれないな。


  ◇◇◇


「……と思っていたんだがね」


 俺は寝転びながら、ボウガンでミコトの短刀を受け止めていた。矢面は当然ミコトに向けていて、トリガーを引けば彼女を射抜ける状態だ。

 事が起こったのは夜寝ていた時。突然彼女が寝込みを襲ってきたのだ。


「気配を断っていたはずですが、よく気づきましたね」

「狩人は獲物を捕らえるまで、決して意識を切らさない。君が本当の意味で行動を起こしてくれるよう、ちょっと気を抜いてみたのさ」

「そう……ようやく取り入れたと思ったのですが」


 油断した体を装えば襲ってくる。そう思って気を緩めてみたら、案の定この夜襲だ。

 ボウガンを突き付けたまま起き上がって、ミコトを追い詰める。レベル1になったとしても俺は狩人だ、最大限に集中すれば忍の動きだって捕えてみせるさ。


「ワンから送られた人材ってだけで疑いの材料は充分だ。体にヒルを貼り付けられてちゃ安心して眠れないんでね、吸血女は早めに駆除しとかないとな」

「ではどうぞ、私を殺してください。こうなった以上パーティには居られない、かと言って戻れば任務失敗で処断される。狩人なら苦しまずに殺す方法をご存知でしょう、貴方に殺されるのが本望です」


 ミコトは武器を捨てて両腕を広げた。抵抗の意志は感じられない、今なら確かに殺せるだろう。

 ……けど無理だ、俺には殺せない。そもそも女性にボウガンを向ける行為自体、手足が震えて冷汗が出る程抵抗があるんだ。


「……二度とこんな事をしないと約束しろ、そしたらこの件は不問にする。昼間助けられた貸しを完済させてもらうよ」

「やはり甘い人。ワン様から伺った通り、女性を攻撃する事は出来ないようですね」


 くそ、やっぱり知られていた。だからワンは女性冒険者を寄越したんだ。

 ワーグナーの一件以来、俺は女性に手を挙げないと決意している。例え今回のように命を狙われたとしても、相手が女性では一切反撃できないんだ。


「ふふふ……あははっ、ははははっ! 冒険者だというのに随分致命的な弱点ね、折角の異能力が台無しよ?」

「急にキャラが変わったな」

「忍だもの。忍は心を刃にして主に使われる存在、いわば人ですらない道具よ。平時は昼間みたいに心も感情も抑え込むよう仕込まれているの」


「じゃあそっちが本性か。化粧をするならその綺麗な顔だけにしてほしいな、心にまでファンデーション厚塗りされてはたまったもんじゃないや」


「口がお上手だこと。それに年齢の割に可愛いし、好みよ貴方」


 ミコトはボウガンの矢を自分の胸に押し付けてくる。暴発を恐れてしまい、反射的に俺はトリガーから指を離してしまった。


「大丈夫、これは単なるおふざけ。やっと心を開いてくれた男へのサービスって思って」

「俺が女を殺せないか試したわけか。ワンの狙いはなんだ」


「真面目ね。ワン様からは教えてもいいと言われてるし、話してあげる。目的は三つよ。一つは貴方の護衛。貴方にはこの世で一人しか持ってない秘密の力があるようだけど、それが他の冒険者に知られたら奪われる危険がある。でも貴方は女性って弱点があるでしょう? 万一女性冒険者に迫られたらどうしようもない」


「その時は君が処理をすると? そんな事は絶対許さない」

「そうね、私一人なら止められちゃうでしょう。でもワン様に伝えたらどうかしら?」


 くっ……ミコト以外の刺客を送るだけか。それでは俺に止めようがない。


「二つ目。貴方が死んだら、力の源であるアクセサリーを回収する。それでしょう? 貴方の力の源は」


 ゲームギアを指さされ、俺は口ごもる。どうやら仮設の一部が当たっていたようだ。


「その力は多分、特別な知識が無いと使用できない代物でしょう? つまり現状貴方しか使いこなせない。だから貴方が生きている間は、しっかり役立ってもらうわ」

「だけど死んだら力の源だけでも手に収めておくか。他の財閥の手に渡ったらそれだけでも大損失だしな、自分の懐に収めるだけでも十分な価値はあるか」

「それに私が間近で使い方を見ていれば、貴方以外が使える場合に対応できる。どうかしら、ワン様は頭が宜しいでしょう?」

「憎たらしいくらいにな。随分出来る経営者だ」


 正直支社長なんかで収まる器じゃない、白月の幹部になっててもおかしくない程の切れ者だ。

 なんであいつはこんな街の支社に居るんだよ。頭のいい奴ってのはわけがわからん。


「三つ目はなんだ?」

「三つ目は……ふふっ、うふふふっ」

「なんだよ、笑い出して」


「三つ目は、私に疑心暗鬼になってうろたえる貴方を楽しむためよ。私に殺されるかもしれないと思って、散々醜態をさらしてきたじゃない。全部ワン様はお見通しよ」


 あんの性悪眼鏡、それってようは嫌がらせじゃねぇか! しかもかなり効果的な嫌がらせだ!

 ミコトに振り回された以上、俺は完全にワンの掌で踊っていた事になる。事実上格付けが付いてしまったんだ。


 雇用主と冒険者の間で上下関係が形成されると、当然だが上に立った側が有利になる。プライドの高い冒険者を管理するのにこの上ない要素だ。

 元はゲームキャラなのに、異常すぎるカリスマ性だな。白月をプレイした事なかったから、あいつの事は全然分からなかったよ。


「完全に負けたな……人心掌握に長けすぎだろ」

「あら? 悪い話じゃないでしょう。ワン様は見込みのない冒険者をすぐに切り捨てる、こうやって囲い込もうとしているのは、それだけ貴方に期待しているって事なのよ」


 前かがみになって豊かな胸を強調した、煽情的な仕草を見せてくる。挑発的な行為に腹が立ってくるぜ。


「悪いが今機嫌が悪いんだ、年上をからかうのはやめてもらおうか」

「折角のサービスだったのに、ウブね。それとも意中の相手が既にいるとか?」

「そうだ」


 居るというより、ワーグナーは俺の中で神格化している。多分、彼女以外の女性に目がくらむ事はないと思う。


「ともあれ今日の所は下がっておくわ、今日の所はね。私が傍にいる以上、貴方は首輪をつけられた犬も同然。それは理解しておいたほうがいいわよ」

「ああ……肝に銘じておくよ。今日の所はな」


 ミコトは意地悪く笑うと、窓から逃げてしまった。全く、随分可愛くない雌豹を取り逃した物だな。

 内にも外にも敵がいて、どうにも落ち着かないや。

 でもこれが俺の生きようとしている世界だ。ワンダーワールドは可愛らしい名前に似合わず、ドロドロとした闇を抱えた生々しい世界。VRMMOとは思えぬ厳しい場所だ。

 けどその中にもう一度挑もうと決意したんだ、ワーグナーに誓って俺は、自分の発言は曲げたりしない。なぜならば。


「俺が冒険者だからだ」

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