10話 新しいパーティメンバー
二人が寝静まった夜、俺は今日の支出額を計算していた。
エンペラーオウルの討伐に800円消費し4800円、クエストクリアで手に入れた報酬は2500円相当。差し引き1700円の利益だ。
他の財閥で得られる報酬の平均額は7万、つまりは700円相当となる。正直白月でなければ赤字だ。DLCはチートだけども、やはり金がかかる。
ソーシャルゲームでは目当てのキャラやアイテムが出てくるまで数万単位の課金をするプレイヤーが居る、もしソシャゲの世界に転生していたらこの倍以上の金額がかかっていただろう。
使えぬチートはただのバグだ。据え置きゲームの世界に転生した事を心から感謝するな。
「それに白月は相当リスクが高い。エンペラーオウルも楽勝に見えてDLCのスキルとアイテムが無ければ対応できなかった……暫くは出費が続きそうだ」
ケチっていては己の命に関わる。ワンの言葉を借りるわけではないが、ある程度自己投資をする必要があるな。マネー=経験値だ。
ともかくスタミナを上げるため、スタミナアップのアイテムを購入しよう。
DLCスキルは効果が高い代わりにスタミナ消費が激しい。これまでを振り返っても、DLCスキルを使う度に俺は大きく消耗した。
白月のクエストに戦闘行為は必要ない、必要なのは能力値よりもスタミナだ。
3000円を消費し、スタミナアップアイテムセットを十個購入する。一セットにつき五つ入っているから、合計で五〇個か。
一個使用で3上昇するのでスタミナは150向上する事になる。これはレベル10の平均値に相当するから、レベルの十倍ものスタミナとなる計算だ。
「これだけあれば早々ばてないだろうが……アイテム名が「体力増強マムシドリンク」とか直球すぎるだろう……」
開発陣は何を考えているんだか。頭の中を覗いてみたい気分だ。
ともあれ飲み始めるが、これがまた辛い。栄養ドリンク五十本を一気に飲むようなものだからな。正直三本目で吐き気がしてきた、三十代にこれはきつい。
ゲームではアイテムを使用するだけでいいが、現実の事象として使用すると話は別だ。俺達プレイヤーはゲームキャラにこんな苦行を強いていたというのか。
「ポケモンなんかはドーピングアイテム使いまくりだからな……ぐえっぷ……」
もしまた日本に転生する事があったら、出来るだけ能力アップアイテムは使わないようにしよう。思わず俺はそう決意してしまった。
「あれおじさん? まだ起きてたの……って何飲んでるのさ」
目覚めてしまったのか、アンナがやってきた。そして俺の前に並ぶアイテムを見て一言。
「……リチュア逃げるよ! ここにケダモノがいるー!」
「ちがっ……これは誤解だ誤解!」
結局彼女達の誤解を解くのに多大なスタミナを消費してしまった。今後能力アップアイテムを使う時は気を付けるとしよう。
◇◇◇
翌朝リチュアに見送られつつギルドへ向かうが、彼女の視線はケダモノを見るような物だった。一度失った信頼は取り戻すのに時間がかかるが、果たして取り戻せるだろうか……。
「昨晩あれで何しようとしてたのさ」
「だから違うと……」
「男ってのはこれだから」
「なら今すぐパーティ解散しろ」
「そしたら白月の仕事受けられなくなるからダメ」
くそっ、この業突く張りが。一応財閥に所属していない奴なら、他の冒険者とパーティ組めるんだからな。
という不毛なやり取りをしていると、俺達の横を剣士と戦士の二人組が通り過ぎた。
通常プレイでは手に入らない装備を持っている。きっと彼らは武器・防具の流通開発を行う財閥、ジャイアントが抱える冒険者なのだろう。
「そーいやさ、白月以外の財閥ってどんなのがあったっけ。私白月しか入るつもりなかったから知らないんだよね」
「言っとくが国王の名前と同じくらい重要だぞ。教えるからよく聞きなさい」
四大財閥はワンダーワールドの各市場を独占していて、各々の得意分野に分けられている。そして各財閥によって難易度も大きく違い、
工業に特化し武器・防具の開発が得意なジャイアント(加入難度・中。クエスト難度・高。中級~上級者向け)。
教会関連を牛耳り宗教法人としての側面が強いプリースト(加入難度・低。クエスト難度・中。初心者~中級者向け)。
レストランやホテルと言ったリゾート関連で先進を走るユニーカー(加入難度・低。クエスト難度・低。初心者向け)。
アイテム市場を独占し財閥中最大の利益を得ている白月公社(加入難度・高。クエスト難度・高。上級者向け)。
となっている。
求める人材も財閥の特色によって明確に別れていて、
戦士や剣士を中心とした前衛職はジャイアント。
僧侶や魔法使い等の後衛職はプリースト。
俺達狩人や盗賊の探索特化職は白月公社。
料理人や農民と言ったそれらに含まれないスローライフプレイヤーはユニーカー。
と言うように、ユーザーのプレイスタイルによって明確に分けられているのだ。
「ジャイアントは武器・防具のデータ収集を目的としている、出されるクエストも戦闘関連が多いんだ。強力な装備が支給される分ローリスクで経験値を溜められるから、とにかくレベルを上げたい! って血気盛んな冒険者が入っていくな。
プリーストは週1で各地の奉仕活動を強制されるが、その活動が名声値を上げる事に直結している。クエスト無しで名声値をブーストできるんだ。加えてプリーストの所有する魔導書を無料で貸与してくれるから、強力なスキルを手に入れる事が出来る唯一の財閥だな。
そしてユニーカー。四つの財閥の中では一番入りやすくてノルマも無いけど、経験値も名声値も一番少ない。ただ自分の店とか農場を持つ時に融資してくれるし、料理や農業と言った活動で能力値を上げる事が出来るから、スローライフを送りたい冒険者向けの財閥だ」
「自分の目指す冒険者像に合わせて入る場所を考えろ、って事なんだね。途中で抜けたりできるの?」
「脱退届を出せばね。財閥が許してくれればの話だけど」
最強キャラを作るのであれば、理想を言えば複数の財閥を渡り歩くべきだ。例を挙げると、
最初は料理人等のユニークスキル持ちのクラスでユニーカーに加入、能力値を上げて下準備を整える。
次に後衛職へクラスチェンジしてプリーストに入り、強力なスキルを習得しつつ名声値を上げる。
次に前衛職へクラスチェンジしてジャイアントへ行き、レベルを上げつつ武器を揃える。
最後に特殊職へクラスチェンジして白月へ転職、レアアイテムを手に入れる。
と言ったムーブを行えば、理論上は全能力カンストの強スキル多数持ちかつレア装備も完備でレアアイテム勢ぞろいな最強レベルキャラが完成出来る。
ただし、これはワンダーワールドのシステム上不可能と言っていい。
財閥間の転職は回数を重ねれば重ねる程難しくなる。一度抜けると各財閥からの信用度が下がってしまい、最悪の場合どの財閥にも入れなくなってしまうのだ。
その辺のバランス調整もあるため、基本は一つの財閥で一つの事に専念するプレイが求められている。幸いアバターは複数作れるので、自分のやりたい事に合わせてキャラを使い分ける事は可能だ。
「それに財閥から脱退するのも大変だからね。何しろ脱退した冒険者から大事な情報が流出するかもしれない。それが競争相手に漏れれば重大な損失だ。投資して育てた人材の流出も防ぎたいし、全力で脱退を阻止してくるんだよ」
「でもおじさんは脱退できたんでしょ?」
「クルセイダーを辞める時にね。当時はジャイアントに所属していたけど、それはもう大変だったよ」
「それは当然でしょう。何しろ当時の高位ランカーが脱退するのですよ? ジャイアントとしては優秀な人材が抜けてしまう大損失ですから」
気付いたらワンが隣に立っていた。気配を全く感じなかった、どこまでも恐ろしい奴め。
「貴方の信用度は大きく落ちましたが、もう十年も前の話です。それに白月は利益さえ挙げてくれるなら、一度の脱退程度は気にしません。ですがくれぐれも……早まった判断はなさらないように」
「分かっているよ」
白月は脱退が最も難しく、尚且つ危険な財閥だ。それに三日に一度クエストをクリアしないと即座に処断される。まるで悪の組織に入ったかのようなスリルが魅力で、白月に入るプレイヤーは一種のマゾプレイヤーと言っていい。
「それはそうとコウスケ様。今後の活動を支援するにあたって、白月から一名冒険者を派遣させていただきます」
「新しいパーティメンバーって事か」
「左様。白月屈指の実力者ですので、必ずや力となる事でしょう」
ワンが指を鳴らすなり、物陰から黒装束の女性が現れた。
腰に提げた短刀が目を引く黒髪の美女だ。切れ長の綺麗な目をしているが、どこか冷徹な空気を纏っている。
「はわー美人さんだね。名前は?」
「ミコトと申します。クラスは忍、金級冒険者です」
アンナが居てくれて助かった、事務的な返答からして会話が弾まないタイプだこの人。
営業職時代に時折居たな、対人スキルが求めるのにそれが皆無な新人が。そうした社員はすぐに辞めてしまうから困り者だ。
閑話休題。しかし忍か、狩人と盗賊の系列に当たる上位クラスだな。
「ミコトはバンデッタ支社最高の成績を持つ冒険者です。ランキングも103位と高ランクですし、実力は保証いたしますよ」
「こちらとしてもパーティメンバーが増えるのはありがたい、断る理由はないな」
嘘だ。本音を言えば断りたい。
アンナは気づいていないようだが、白月がこんな新参者に強力な助っ人を送るわけがない。何かしらのメッセージが込められていると見ていいだろう。
だが断ってしまえばワンが何をするか分からない。奴は手段を選ばない男、ここは甘んじて受け入れるしかないな。
「お話はかねがね伺っていますミスターコウスケ。今後パーティを組む者として、どうかよろしくお願い致します」
「ああ、宜しく」
笑顔と共に握手を求めてくるが……俺は拒否した。
ミコトは危険だ、気を許してはいけない。注意深く様子を伺わなければ。