表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金翼の聖譚曲(オラトリア)  作者: 大狸
第1章:金の翼をもつ学生と天へと続く道
5/5

昼の魔女

「エマ、この作戦は成功と言えますか?」


「失敗に決まってるわ。急に戦闘が始まったのは米軍がミスったからだし、まずその時点で作戦メチャクチャよ。せっかくあの子(ルイ)の倒した筒井を消し損なってしまったし。それで、あの子は無事なの?」


「先程、神の娘(アテナ)からの連絡では、無事に目を覚ましたとのことです。何でも乙女の秘術を使用したとか。あそこには白金の者も居るので、そんなことしなくても死ぬことは無かったのでしょうが、香菜さんはかなり焦っていたようですね。」


武家屋敷風の邸宅。そこは、"金翼"の京都におけるアジトであり、本部と呼ばれる場所でもある。任務がない場合、家を持たない(家を持っても長く帰らなかったりで管理ができない)構成員達が過ごす場所である。東京にも出張所があるが、そこはここより小規模である。現在、この本部には、40名を越す戦闘部隊のうち、30名が集まっていた。というのも、今後の方針の擦り合わせと、(ブリゲード)の日本におけるアジトの追撃作戦を練るためである。その長机のある大部屋にて、魔法使いたちは党首の決定を待つ。


「流石の香菜も焦ったんでしょうねぇ。ルイは魔力量が多いだけに魔力暴走したら手がつけられない上に、彼女ほどルイの重要性を理解している人間は少ない。だからみんな、何故ここにルイを参加させないかなんて聞かないでちょうだいね?で、例のものはどうしたの?由夏。」


「はい。それなのですが、、あっ、ちょっとよろしいですか?ルイからです。」


「そう、それじゃあ回してちょうだい。」


由夏にかかってきた電話が、そのままエマヌエルに転送される。エマヌエルは自分の端末を1番前の机に起き、ホログラムを写し出してみんなに見えるようにした。


「由夏!今ヘレナ達と、、って、なんでこれ団長の電話に?俺かけ間違えた?まあどうでもいいや、みんな久しぶり。それで急ですけど、例の腕はどうしました?」


「腕?私が持ってるよ!ルイ!」


由夏が笑顔で手を降りながら答える。


「そう、それはよかった。氷漬けにして"巫女"の所に持っていって欲しいんだ。無いとは思うけど、まだ国内の奴等のアジトに悪魔皇帝(ルシファー)の魔法的な痕跡が残っていた場合、"巫女"なら分かる可能性がある。前に中東戦線で、"エルサレムの聖女"に会ったとき、そんなようなことが可能だと言っていた。」


"聖女"とは、大きな教会や宗教組織において、魔法樹に仕え、その声を聞く者達である。魔法樹は世界各所に点在しており、各地の聖女は魔法力に優れた女性から選ばれる。"巫女"というのは、日本神道の八百万の神とその魔法樹に仕える女性であるがその実態は謎に包まれており、出雲大社の"魔法樹の殿"におわすことと、そこにて"巫女"と共に暮らす天女達と天皇陛下のみが謁見を許されていることのみが知られている。一説には、魔法機構の明治維新不参加わ第二次世界大戦参戦は"巫女"の指示によるともされている。


「巫女、、ねぇ。わかったわ。天皇と重臣会議には私から話をつけとくから。他に何か報告すべきことは?」


「ありません。それでは失礼します。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「お電話は終わりましたか?」


シャワーを浴びて着替え、校門の前で電話をしてしながら待っていたルイに莉央が話しかける。


「ええ。お待たせしました。」


「さて、こうして学校を飛び出してはきたものの、どこにいきましょうか。何処か行きたいところでもありますか?」


「それが、特に無いんですよね。会ったばっかりの女の子と出掛けたことなんてありませんでしたのでこう言うのはよくわかりません。」


ルイが本気の困惑顔で言う。学生生活すら久しぶり、という身分である。


「ふふっ、こう言うとき男子は見栄を張りたがるものですが、まったくそんなつもりが無いんですね。」


莉央はからかうような、だが同時に慈しむような声でルイに微笑む。ルイよりほんの少し大きいくらいの背の高さのその女子の顔を見上げると、相変わらず綺麗な顔につく瞳から面白がるような光を感じてなんだか恥ずかしくなる。


「隠しても仕方がありません。どうせばれますし、俺が戦争のやり方位しか学んでこなかったというのは知っているでしょうから。そりゃあ戦いなら時にははったりを効かせることも必要でしょうが、今は別にそうじゃない。俺は闘いや駆け引きを楽しいと思うタイプだ。普通の学生の楽しいと思うようなことは分からないんですよ。」


ヘレナや、ヘレナの親でありルイの育ての親であるルーナとセルヒオ、そしてその他の党派(パーティー)メンバー達が、何より、本人が一番気にしていること。それは、ルイは同年代の子供達と全く違う育ち方をしているということだった。その思いは、実際に同年代の者達と学校生活を続けることで強くなりつつある。


「それはただ単に貴方がそういう性分である、神経が図太いのだというだけのことだと思いますが、、じゃあそうですね、今日は貴方が楽しいと思うことをしてみましょう。思い付いたら直ぐに言ってくださいね?先ずは私のプランにのって下さい。その一、2人のりです。その首にかけてあるネックレス、その先についているバイクでドライブしましょう。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


数時間前に初めて会った自分を魅了して止まない女子とのドライブは、ルイにとってとても心が踊るものであった。何しろ、その女の子は後ろから自分に抱きついているのだ。いくらメットをしているとはいえ、日本女子にしては豊満なそれが、ルイの背に確かな存在を伝えるのである。しかしそこは歴戦の男。動揺しているからと言って手元を狂わすような半端者ではない。


「えーっと、バイク用の駐車場はあちらですが、ここで停めて入ってしまいますか。」


そこまで梨央の道案内に従って運転してきたルイは、どでかい建物の前で降りるように言われた。


「なんだこのでっかい建物は、、ショッピングモールか?ショッピングモールなら学園都市にもあると聞いたが、、」


巨大な複合型ショッピングモールというのはスペインにもある。


「ええ、ここはもう学園都市の隣街、みどり台です。ちょうどすぐそこにみどり台駅があるけれど、学園都市駅からは電車で6、7分でしょうか。学園都市には学生向けの廉価な店が多い上、当然ながら被りもかなり発生します。貴方にそんな物は相応しくない。さて、お互いに服を選びましょう。 入り口はあそこです。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「それにしても意外でした。貴方がこういうのが好みだってんですね。あの子(麗奈)と一緒にいるから、てっきり大人しい感じのが好みなんだと思ってました。」


「聞いているでしょう?麗奈は俺をこの学校に呼んだ張本人の娘ですからね。それに、どうやら麗奈とはどうやら並々ならぬ魔術的な縁があるようですから。先輩こそ、やっぱりお洒落なんですね。スペインではラフな格好しかしなかったもので、こういう服は自分では買ったりしませんでしたから、勉強になりました。何だか慣れなくて落ち着かなそうですが。」


折角だから、と2人で買った服をお互いにプレゼントし、それを着て続きをしようと言うことになったが、それはラフな格好を好んできたルイにとっては若干違和感を覚えるものだった。


「スペインの人ってそうらしいわね。でも夜になったら小綺麗な格好をするのでしょう?」


「ええ、もちろんヘレナなんかはその為の服を大量に持っています。スペインでもの中でも最も高貴な家の出ですからね。俺もマドリードに行けばヘレナの母親が用意してくれたやつがたくさんありますけど、こんな風に昼間っから街をぶらつくためのもんじゃありません。やや堅苦しすぎるというか、、ね。ディナーに行くための衣装のようなものと思ってください。」


「成る程ねぇ。あ、この前聞いたわよ、すっごいサッカー上手いんですって?私見てみたい!」


そう言う莉央が指差したのは、屋上にあるフットサル場の案内看板だ。そこには、開場主催の参加者たちを集めて急造チームをつくって行ういわゆる個サルの予定時間が書かれていた。


「白金さんもやるんですか?ああいうのって女子限定でもない限り基本的には女の人にはおすすめできませんよ。知らない人が集まって好き勝手やるものですから。」


「私はやりませんよ、見るだけです。」


「靴も服も持ってませんし、またの機会にしましょう。白金さんも楽しめないでしょうし。」


「じゃーん。そう言うと思って玄関にあった靴、ハンガーにかかっていたユニフォーム、短パンを持ってきましたぁ。それに、言いましたよね?今日はやりたいことをやって下さいって。」


ここまで買いに買った服を納めていた体積縮小の超レアなバックから取り出されたのは確かにルイのものだ。


「いいんですね?じゃあ本気でいっちゃいますよ。」


エレベーターに乗り、最上階へ向かう。そこに受付があるようだ。受け付けに座る男に話しかける。


「えーっと、次の開催の分は埋まってしまっているので、、その次の三時間半後の開催のところになってしまいます。そちらは上級者向けになってしまいますが、大丈夫ですか?予約はこちらで受け付けることもできます。」


「じゃあお願いします。そこにいれといてください。名前はそよ、、いえ、自分で書きます。」


自分の名字が難しいと思ったルイは、自分で名前を書き始める。


「んー、時間も時間だし、ご飯を食べに行きましょうか。その後、髪でも切りにいきましょう!」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ちくしょーー、なんだこれ。頭べとついてますよね?」


「男性用の整髪料なんてそんなものです。気にせず行きましょう。その方が髪の毛も揺れないので邪魔にならないでしょうし。」


莉央が屋上のフットサル場で靴紐を結びながら愚痴るルイを宥める。


「それに、その方が格好いいと私は思いますよ。ほら行ってきてください。」


コートに参加者が集められてチーム分けをし、準備運動をする。


「それじゃあお願いしまーす。」


そんな気の抜けたスタッフの声と共にボールが投げあげられる。競れということなのか。敵味方がそれぞれのハーフコートに別れており、敵はダイヤモンド方に並んでいるが、相手の最も近くにいる人間、つまりピウォ(ダイヤモンド方の配置の敵ゴール側の先端のポジション)はかなり体格がいい。まともに当たるのはかなり怠そうだし、どのくらいのあたりの強さで来るのかを見たい。


「ふっ!」


こちらの一歩目が早くて自分が遅れたと感じた敵は、慌ててこちらに当たりにくる。やっぱり当たりが強いやつかと予測の嵌まったルイは、ポールに競る自分に勢いよく当たるためにスピードにのってジャンプしてきた敵をジャンプせずに交わし、そのまま通りすぎる敵とボールの落下地点の間に体を入れる。センターサークルでボールを膝で落として足元に納めたルイに左前からもう1人寄せてくる(つまり敵の右サイドの選手、右アラ)が、そのボールを右足で右斜め前に持ち出して回避する。するとそちらからも敵が詰めてくる(敵の左アラ)。


こうして敵の4人のフィールド選手のうち3人を自分に惹き付けたルイは、右足の裏でボールを止め、左足でボールをもち、なおも寄せてきた敵の右アラに対して右半身を前に出した仕掛けの体制をとる。軸足の右足をリードし、持ち場を空けて詰めてきた敵の右アラが自分の背中側に走り込む味方を気にした瞬間を狙って縦に仕掛ける。ちょうどそれは最初に抜いた敵のピヴォがルイのボールを後ろからつつこうとしたタイミングであり、わざと軸足をリードさせて後ろにボールをさらしていたルイの狙ったタイミングでもあったので、2人を瞬時に置き去りにする。しかし当然のように、詰めてきていた敵の3人目が、その縦に出したボールの進路上に体を入れて止めようとしたので、あらかじめ予測していたルイは前側、軸足としていた右足の裏でボールを引き、そのまま右足の先でそのボールをつついて股を抜く。敵の体重は外側から内側に絞る方向に傾いていたため、それを利用して敵の逆をつき、右側から前に出てボールを確保する。そのままボールを持ち出したルイは、右サイドからゴール前まで斜めに進み、中へのパスコースを切りながら寄せてくる敵のディフェンダー(フィクソ)を気にせず、ニア側の高いところにシュートを突き刺した。

上級者だらけの会場は歓声があがり、盛り上がりを見せ始めた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「凄かったです!いやぁ、本当に上手いんですね!これならそっちのプロとしてもやっていけるんじゃないですか?」


シャワーを浴び、着替えている間にテラスで待っていた莉央がルイを迎える。夕日が射して中々に綺麗な景色だ。


「確かに、ピッチで戦うのも嫌いじゃない。でも、やっぱり戦場に出ない俺って言うのは何か違う気がしてくるんですよね。それに、俺は運命から逃げられないみたいですよ。白金さんは、"聖女"という人種と会ったことがありますか?」


「"聖女"って、魔法樹に仕える"聖女"ですよね?いいえ、今朝の神の娘(アテナ)を除けばありません。"聖女の使い"を名乗る者とは接触したことがありますが。第3次中東戦役の折、私の母親がミカエル様より啓示を受けました。そして私が生まれた後、もう一度ミカエル様の使いを名乗る天使が私に啓示を授けました。」


「そう、それこそが運命です。だが本当に運命なのかは分からない。それが神の指示であり、預言であるが、我々には従わないという選択権もある。俺もサン・ピエトロ大聖堂で預言を授かりました。本当かウソかは分からない。ですが俺はその運命から逃れたくは無いんですよ。はぐれの孤児だった俺がスペインの名家に入ったのも、世界最高の党派(パーティー)に迎えられたのも、その運命が原因です。逃げようとも逃げたいとも思いません。みんなに恩を返すだけです。」


静かにルイの話を聞いていた莉央が、ため息と共にルイの両の肩に手を置く。


「貴方には力があります。戦闘力もそうですし、頭脳もそう、フットサルだってそうです。きっとサッカーのピッチに立てばすばらしいプレーを見せて頂けるんでしょう。だから何にも縛られる必要はない。貴方は何をやってもいいし、何でもやる権利がある。本当なら私に敬語を使う必要なんてない程の力をもった人です。だからもっと自由に生きるべきだと私は思います。貴方は、それでこそ最も力を発揮でき、楽しめる人だと思うのです。要は、もっと自分勝手で良いのだ、と言うことです。」


「そんなこと、おれは十分、、」


口答えするルイに、さらに莉央が身を寄せる。


「やりたいように生きてるって?小学生の内から戦場に立たされ、戦場が好きになってしまう人が好きに生きてきたわけないでしょう。今、私の胸と唇を貴方の視線が往復していますね?気になるなら触ってみたら良いではありませんか。興味があるならキスしてみますか?私は避けませんよ。」


莉央は挑戦的な視線をルイに向けた後、誘惑するようにルイの手をもって肩に当て、顔を近付ける。


初めて見たときからルイを逃れさせない瞳は、ルイに迫るほど魅惑的な光を映す。惹き付けられるルイに、ピンク色のぷっくりとした唇が迫る。その感触を自分の唇が感じたらどんなに心地よいだろうという想像がルイの脳裡に沸き上がった刹那、柔らかな感触を唇が訴え、それを逃さぬよう直ちに左手が莉央の後頭部を抑えた。 最初は心地よさを堪能するような、優しく吸い付く口付けであった。そして啄むようなキスを繰り返し、次第にそれは激しさをまして次第に貪るような吸い方に変わる。それに応じて梨央の目が挑戦的な視線から情欲の光を湛える目に変わる頃には、ルイの右手は莉央の左胸を包んでいた。

莉央の吐息が荒くなり、舌を吸う激しいキスの合間に莉央が息を整えながら口を開く。


「ほら、これが貴方の本性なのです。本当は誰よりも強く、他を支配する者。それが貴方です。」


その本能を表面化させたルイを莉央の手が撫でる。


「私を支配し(モノにし)たいですか?」


己の片手をとった年下の少年を、莉央は近郊のホテルへと誘った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ