急変
多目的神殿。この学校において、神話の神々に祈りを捧げることの出来る場所である。そこの地下にはでっかい空間があり、放課後暇なときにはそこで相手をしてもらう。
「貴方、強くなったわね。昔合ったときはフル詠唱で2時間全身魔法つかったらもう限界みたいな感じだったけど、今は属性化に大火力を交えても一週間くらいは持ちそうね。どうしたらこんな魔力量になるの?」
「毎日限界まで闘えばこうなる。」
ふーん、と顔の汗を拭きながら答える彼女の腕が、時折胸に当たりタンクトップの胸を揺らしている。セクシーである。
「あらあら、触ってみる?物欲しそうな目しちゃって。」
「遠慮しておく。"パルテノンの巫女"の胸を触ったなんて知れたら全世界のギリシャ系神殿が敵に回るからな。そもそも処女神の巫女なんだからそんな格好するなよ、、、これでも一処女神の胸を触るほどにはそっち方面では困ってない。」
「オトコだもの。誰のでも良いのよね、そういうものらしいわ。まだ12才だっけ?1番興味津々な時じゃない?それにしてもまだあれから1年と半年しか立ってないのよねぇ。子供の成長速度は恐るべしだわ。」
あれ、とはイラン戦争のことだろう。あちらの地方には、全世界全ての人間がイスラム教徒でなければならない、というような思想をもつ魔法使い達(魔法使いに限らなかったりするが)が度々戦乱をおこす。日本が第二次世界大戦を終えてから、あちらではもう10回も大規模戦乱が巻き起こっている。
「あんときは死にかけた。属性化が出来たのも火事場の馬鹿力みたいなもんで、あれが始めての成功だった。陽動のはずが敵の主戦力が全て俺を殺しに来たんだからな、流石にビビった。」
「私も初めて見たわ、あんなに焦ったエレクトーラは。二人で救援に走ってた時、貴方の領域魔法が戦場を包んだ。そしたら彼女は走るのを止めたのよ。すごい嬉しそうな顔をして持ち場に戻ると言ってきたわ。子供を育てるってああいうことなのかしらね。私も結婚しようかしら、、」
「領域魔法でなんで分かるんだ?属性化を発現した、なんて。」
「属性化を扱える魔法使いとそうでない魔法使いでは、同じ魔法でも大きく変わるのよ。より空気に溶けているの。領域魔法と属性化の複合長文詠唱が初めての成功だったなんて信じられないけど、私でもわかったから、長年一緒にいた母がわりなら分かんないわけないわ。」
「別にな、団長は母親なんてもんじゃない。俺の母親と呼ぶべき人はもっと他にいる。ヘレナの母や、俺をスペインまで連れ出してくれた人、年はそんなに離れていないがヘレナもそうだ。てか、あんた結婚出来ないんじゃないのか?一応処女神なんだから。」
少し尻すぼみ気味でいった。
「一応って何よ。完璧に処女よ。確かめてみる?」
「保留しとく。シーバー鳴ってるぞ。出なくていいのか?」
シーバーが青く光っているのを見て血相を変えて手に取る。
「!?」
そのタイミングで、二人は土属性の膨大な魔力を感じる。
学校の防護結界を越えて感知される程の魔力放射。ルイ達は慌てて地下から外に飛び出すと遠方に土のドームと煙が立ち上っていた。
「おいおい、まさかやりやがったか?」
「土属性の奥義よ!計画が奴等にバレたみたい。でも大丈夫よ、あそこは自衛隊基地だから。死傷者は少ない筈よ。あそこには奴等のアジトがあることが確認されているの。」
エミリーは神殿の戸棚に隠してあった装備や魔具を身に付け始める。
「とにかく私は行くわ。やるべきことはわかるわよね?貴方は黒峰麗奈と合流、教師達や他の生徒達とも連携してみんなを守りなさい。黒峰麗奈とは何があっても離れちゃダメよ。やれるわね?」
「ああ。」
小さいままの矛を握りしめたルイが、頷く。
「絶対に死ぬんじゃないわよ。」
近付いてルイの額に唇を着けたエミリーは、戦う女の顔になって戦地へ赴いた。ルイには、額の口付けを受けた部分に不思議な熱を感じた。
「先ずはあいつを呼ばないと話にならないないな。」
ルイはタブレットを手に取り、麗奈のもつそれの番号へとコールした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「つまり、我々は援軍無しでこの学園都市を守らなくてはなりません。警察の魔法部隊は検問の警備を担当しておりますが、学園都市内部にもテロリストが潜伏しているとの情報があります。魔法協会の用意した部隊がこれと交戦中ですが、敵の戦力が大きいようです。大惨事か起きる前に我々はこれに助太刀しなければなりません。」
全校生徒と全ての教師を大講堂に集めた校長、黒峰智和が教師達に出陣を告げる。
「いえ、援軍は居ます。先生達はどうぞ安心して行ってください。守るだけなら私達が居れば問題ありません。」
高等部の制服を着たヘレナと、4人の同じ服を着た魔法使いが檀上に現れる。
「そうですね、ここにいる生徒達はある程度自分で自分の身を守れます。しかし、他の学校に通う生徒達はそうではありません。」
中等部生徒会長、称堂巧。朽木幕の襟章を着けた生徒達を従えている。
「校長、魔法使いには一般市民を魔法使いから守る義務があるのではないのですか?」
白金莉央。この学校の生徒の中で、麗奈意外では六冕家に連なる唯一の者だ。天叢雲剣の描かれた魔法機構のローブを己の回りに漂わせ、纏う。
そして高等部の列から3人の生徒が飛び出し、同じローブを纏った。彼等は八毘の家の者だ。
生徒会のローブ、風紀委員のローブ、魔法機構のローブ、学校の紋章の入ったローブを身につけた生徒達が生徒の列から前に飛び出し、仮面を纏う。学校の紋章の入ったローブは、学校対抗戦の代表選手の証として与えられているものだ。
そして、檀上に出た生徒達の中で唯一未だローブを身につけて居なかったヘレナが、己を包むようにひらりとローブを漂わせる。
「え!?」
「まさか!?嘘だろ!?」
「白!?」
生徒の列からどよめきが上がる。無理もない。本来なら学校代表として黄土色のローブを纏っている筈の麗奈が、白いローブを持ち出したのだ。そして、その背中には金の翼と螺旋構造の槍が描かれている。これが意味するのは。
「金翼!」「金翼のだ!?」
沸き立つ生徒達を、巨大な破壊音が押し黙らせる。しかし、その破壊音と同時に、生徒の列から飛び上がった生徒がいた。
「遅延解放!黄金壁!」
六角形をした黄金の巨大な盾が、大講堂の屋根を突き破って侵入してきた炎を防ぐ。
「来い!」
慌てて飛び出してきた麗奈を抱え、教師達や檀上の生徒達を除外して並んでいる生徒達をその盾で包むように結界にする。
その間に、高空から炎が突っ込んでくる。
「光の化身、光の覇者。光化」
ほとんど直唱に近い省略での詠唱によって、属性化を発現する。ルイは跳躍して、黄金壁に突っ込んできた火だるまを校庭に蹴り飛ばす。大きなクレーターを作ったその物体、ではなく魔法使いにルイが飛び込む。すかさず麗奈があとに続く。
「麗奈!前は俺がやる!絶対に無理するな!少しでも無理したらすぐにあの世行きだぞ!」
少しでも防御力を増やすため、省略詠唱で全身魔法を発現する。氷属性だ。相手は火属性であり、属性面で有利だ。
「うぇー、よりによって氷かよぉ。始めましてかな?光の化身君w俺のことは知ってる?」
「知らねえ。敵だってことはわかるけどな。」
「世間じゃ狂戦士筒井って呼ばれてるよ、それじゃあよろしくぅ。」
属性化状態の魔法使い同士の衝突によって、回りの物が次々と破壊され、粉々になる。
「お望みのものは地脈石か?だが残念、あそこは俺が死ぬまで守られてる。欲しがったら俺を倒していくんだな。」
「へっへ、勿論だぜ。しかしこんなガキがいたとは日本も捨てたもんじゃなかったなぁ。」
実体の薄れた、無いと言っても良い二人の戦いは魔力核の狙い合いになる。だが、属性化同士のため、お互いに物理攻撃は通る。しかしながら、超高速の戦闘のため、範囲攻撃の用意をしている余裕などない。だからこそ、援護が活きる。
「氷結砲台!」
ルイは自分の後ろから放たれるそれを気にせず、筒井に攻撃を仕掛ける。
「成る程、悪くない考えだが、でもねぇ!」
自分に命中しそうになる砲弾に、己の属性化の炎の一部を飛ばして相殺しながらルイを迎撃する。
しかし、無限に氷を吐き出し続ける砲台が、筒井の空間支配能力を削っていく。迎撃する度に、氷の魔力が筒井の回りに飛び散るのだ。
「ふぬ!」
先程よりも苛烈さを増した筒井の攻撃を、ルイは迎撃とカウンターに努める。
空から黒い線の束が降ってくる。教師達は既に町に出払ったので、それらを戦闘可能な生徒達が迎撃する。
そちらに援護をするように麗奈に指示し、自分だけで筒井と対峙する。
「くっ!」
純粋な戦闘技術と経験で負けているルイは、怠慢では徐々に厳しくなる。筒井の手刀を交わすと、その手がさらに延びてくる。その後には必ず踏み込み足と逆足の即死級の追撃が待っている。
攻撃を受けるのを覚悟で、その追撃に回し蹴りを見舞う。筒井は、直前で相討ちを避けて足の起動をルイの足ではなく腹に向け、ルイの蹴りは魔力を多めに回した腕でガードをした。
「げぼっ」
ルイの腹から地がこぼれ落ち、口から血を吐き出す。
「バイバーイ!」
筒井が防御に使った腕をそのままルイの魔力核と心臓を貫くのに使おうと腕を動かそうとした瞬間、世界が白くなる。
腕が、動かない。ならばと足を動かそうとすると足も動かない。
気付けば、筒井の体からは属性化が解除され、全身魔法へと変わっていた。腕に集めた魔力から全身へと監獄が己の体を犯しつつあった。
「はは、まさか、二つ以上魔法を待機させられるヤツが居たとは、、」
血を吐いて座って上体を起こしているのが精一杯のルイは、その監獄を引き寄せて、己の矛を伸ばす。
「うぉ、アアぁああ!」
矛が筒井の心臓を穿つ。
しかし、筒井が絶命するには至らない。
心臓が穿たれて1秒も経たずに、光の波動に包まれていた世界が、黒くなる。闇ではない。夜だ。筒井が属性化を再開、絶命する前に肉体的な弱点をまぎらわした。
「常夜の次元」
魔女が、夜の魔力を貯め始めた。生徒達を守るのに使っていた結界を、ルイは魔女を囲むのに使う。
「浸食」
夜の魔力の大爆発。それをなんとか、ルイの防御が押し留める。
「くっ!無理か!」
だが、じわじわと浸食されていく。浸食こそが属性"夜"の特性だ。そこで魔女を囲むのを諦め、ルイは生徒の方を守ることだけを考え、六角形の盾に形を変える。
その間、ルイの警戒が薄くなる。隙を見てルイの体をもう一度筒井が手刀で貫こうとするが、急所をはずして先程の傷のところに風穴が空いた。ルイが砲撃魔法を展開しようとしたので、筒井はそのまま逃げるように飛行魔法で逃げていった。
「そうか、あんたが件の少年ねぇ。あのバカをやり込めるとは中々戦えるってこと?そこまでの光の力をもつお前を、生かしておくわけには行かないねぇ。あたしとやるんだったらまあ許してあげてもいいけど。まあそれはボスに怒られそうだからさすがにやめとくよ。」
その女は、真っ黒の針を多数射出してくる。即席で障壁を展開したが、貫通したそれらがルイの体を貫通し、地面に縫い付ける。
「これで終わり。」
女の手から動けぬルイに砲撃が発射されるかという瞬間、女は突如攻撃をやめて跳躍する。
次の瞬間、そこには光の線と氷の線が伸びていた。やって来た二人の魔法使い達は天叢雲剣のローブと紫仮面を着けていた。
光の衝撃波と共に領域魔法で浸食しようとして拮抗しているが光の魔法使いが女の相手をしているうちに、氷の魔法使い、すなわち黒峰香菜が他の敵魔法使い達をほふってゆく。
「あ、じゃあ私もう行くね、ボス達が出国する準備できたみたいだから。じゃあねぇ。」
突如女は逃走を始める。それを光の魔法使いが追う。生徒達の中からも、追うものが見えた。恐らくヘレナだろう。
「ルイ君!大丈夫ですか!?ルイ君!」
敵がこの場からいなくなり、香菜がルイに駆け寄る。
「ごめんなさい、ごめんなさいルイ君。私のせいだわ。私がしっかりあの女を押さえていれば、、」
そう言いながら先ずは腹の大きな傷、というよりも穴に蓋をする。
「今お腹の傷を治しますからね。」
「いや、待っげほっぐほ。待て。針を先に抜いてくれ。もう魔法を維持できない。」
明らかに致命傷に近い腹よりも、細い針を先に抜けと訴える。
「麗奈!来なさい!」
意図を察した香菜は、辺りに集まっていた人だかりから麗奈を呼び出し杖を渡させる。
「麗奈!全ての針を今すぐ抜いて!これは毒のような呪いよ!カドゥケウス!貴方の力をお貸しください!」
杖が緑の光を放ち、それがルイの体を包む。
「なんてこと!」
毒に気づいたルイは、魔力壁で1つ1つの針を覆って毒の拡大を防いだようだ。
「素晴らしい。これならまだやりようはあります。」
そして、光が全身を包むと、新たな事実にたどり着く。
「これは!?」
額から何かが全身を巡り、毒を追いかけている。
「光?でもルイ君のものとは違うような?」
額には盾と槍の紋章が浮かび上がる。
「これは、、、アテナ?なるほど。なら。」
恐らく神王の娘は夜の魔女とあい間見えることをある程度予見しており、毒を捕らえる魔術刻印を仕込んだのだろう。
「麗奈!針は抜き終わりましたか。」
「はい。計48本も!血が凄くて!お母さま!早くどうにかしてください!」
「麗奈、彼の額に両手をつきなさい。」
そういいながら麗奈の手を強制的にルイの額にのせた香菜は、背中に杖を当てて魔力を流し始める。緑の魔力は麗奈の両の腕を通って額に流れ込む。
「これで呪いは一先ず大丈夫でしょう。傷を塞ぎますよ、ルイ君。」
「、、、」
一応目は開けているが、返事をしない。気力がないのだろう。
「しっかりしてください!」
麗奈がルイの手を握りしめる。
香菜の杖から、全身の傷に緑の光が流れ込む。少しずつではあるがルイの肉体を修復し、最終的に傷を全て塞いだ。やがて、安心したようにルイも意識を手放した。
「流石です。欠損部位は無かったので全ての傷を完璧に治すことが出来ました。上手く庇うなり、体内に障壁を貼るなどして出来る限りの処置は自分でしていたようですが、本当に魔法の技量が高いのですね。もう大丈夫でしょう。寝ているだけです。麗奈、彼を医務室、、はまだ無事かしら?無事だったらそこへ。無事じゃなければ彼の部屋に連れていって。彼を頼みます。」
「分かりました。」
「私も付き添います。」
人混みの中から手が上がった。遅れて人混みから出てきたのは白金莉央だった。すると、香菜の耳元で呟く。
「乙女の奇跡。私は昼の魔女です。夜の魔女の呪いも、、ね。」
「、、、そうですね、お願いしましょう。他の生徒達は、体育館に集合してください。」
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「彼の容態は?」
生徒達を落ち着かせ、無事学校の事後処理を終わらせた香菜は、瑠ヰの部屋を訪れた。
「落ち着いていますが、やはり血が足りていないと医務の貝瀬先生が仰っていました。あと体の中での魔力の滞留が有ると。」
「そうでしょうね。そのようにして毒が回るのを防いでいますから。やはり血が足りませんか。」
香菜が持ってきていたのは輸血パックだった。それを今ここで使おうというのである。
「ま、まさかそれは、お母様の血液ですか?」
「ええ、そうです。適合する血液は現状、この学校には私と麗奈しか居ません。なので手っ取り早く私が採取しました。」
そう言いながら、香菜はてきぱきと準備を整えていく。そこらの看護師より熟達しているかもしれない位に手慣れている。
「ふう、これで大丈夫ね。ところで麗奈、彼はまだ完治とはほど遠いわよね?ここからどうやって治すと考えますか?」
「毒の滞留はお母様でも消せない、、となると、、どこかから聖女クラスの魔法使いを呼んでくる、もしくはお母様と昼の魔女が治す?」
「前者は時間的に無理ですね。現状応急処置で、何時までもつかは。後者も無理ですね。通常の人間ならいけますが、彼の血が理由で不可能です。そこで特殊な方法を用います。」
「処女同衾の秘術。」
麗奈がはっと莉央に目を向ける。
「麗奈、莉央さん、彼がこうなってしまったのは私の責任です。しかしどうか私のために一肌脱いでいただけないでしょうか。お願いします。」
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「知ってる天井だ。」
よく知る魔力ランプのつく天井。窓からは光が差し込み、本能に朝であることを感じさせるような気持ちよさがある。
「知らない感触?」
というより、まずどう見ても自分は服を着ていない。
そして、両手には柔肌の感触である。
右腕にはよく知る麗奈の闇属性の残滓が、左腕には光属性、いや、昨日受けた夜の魔力の反対、つまり昼のような魔力の残滓が残っている。
足で布団を少し下に移動させると、やはり左側には麗奈の顔が、右側には知らない少女の顔があった。とても綺麗な顔だ。目は閉じているが、日本人にしては少し高めのすっきりした鼻と、ウェーブのかかったモカブラウンの髪の似合う少女、というより女性に近い。年はルイより少し上くらいだろうか。
「お目覚めで?体の調子はどうです?」
布団をずらしてしまったからか、初めて見る少女の顔の、瞳が開いた。心臓がどくんとなる。その双孔に目が吸い寄せられ、目を離し難い。
「私ですか?私は白金莉央です。中等部3年、六冕家の白金家の娘です。」
はっと正気を取り戻したルイは、慌てて答える。
「初めまして、戰龍瑠ヰです。体はすっかり元通りになりました。毒素も完全に抜けている。これは貴女のお陰ですか?昼の魔力で消毒したんですよね?」
「ええ、そうと言えばそうです。しかし彼女のお陰でもある。」
そう言う少女の視線の先には眠る麗奈が居た。
「処女同衾による超回復の術というのがあります。黒峰さんのお母様にそれを使うよう指示を受けました。上手くいったようですね。」
言いつつ、少女は己の胸に当てていたルイの手をルイへと返す。
その際、布団が捲れ、柔らかな曲線を描く目の前の少女の胸がちらりと見える。目が吸い寄せられられそうになるのをなんとかこらえ、先程の感触は彼女の胸の間の感触だったのかと思うと、自分の起床と連動して起床した己が、血の気を増していくのを感じる。
「かなり危険な状況でした。貴方に撃ち込まれた魔力毒の総量は致死量の何百倍にも達する量でしたし、魔力障壁でそれを患部に留めたのは英断だったでしょう。そして、額のそれ。神の娘の撃ち込んだ魔術刻印が体を浸食した毒を集めて捕らえてくれました。私の予想ではそれは神の盾の応用でしょう。本来あの毒に浸食されずにすむ魔力は私の魔力だけのはず。」
「そうよ。それは確かに神の盾を応用したもの。」
突如、声と共にヒラヒラと窓から漂ってきた光が、ベットの前で実体化する。
「エミリー・ブラウン!」
「エミリー、戦いはどうなった?」
「出現した敵の魔法使いは総勢300を優に越すわ。そのうち、約230を無力化。"悪魔"クラスは34人を確認、うち15人を殺害。幹部、側近クラスは狂戦士、夜の魔女、荒野の悪魔、光を避ける者、旅団長、霊術師、そして死の公爵が出張ってきたけど、討ち取れたのは霊術師だけよ。これだけ大規模な戦力を投入したのだから、もっとはっきりした戦果を得たかったのだけれど。」
「どれくらいの犠牲が出た?」
「高位の魔法使いをこれだけ投入したことと、敵は撤退戦だったこと。これを鑑みれば当然だけれど、戦闘員ならば貴方が一番の重症患者ね。だけれど、やはり奥義を使われたのは痛かったみたい。アザゼルの土奥義で自衛隊員が30人程吹っ飛んだわ。向こうの分隊長がなんとか被害を減らしてくれてこれよ。どうやら、霊術師は殺人を犯すと目立つからって殺さずに人体に死霊を降ろしてたようなの。民間人50人程に後遺症が残り、10人くらいは助からなかった。」
「ヘレナが追ったあいつらはどうなった?」
「|白金博之と貴方のところの"煌女"が、駆けつけたスペイン王立近衛連隊の魔法使いや日本魔法機構の戦闘員達と夜の魔女と旅団長を追い詰めたのだけれど、魔皇帝に急襲を受けて逃げられたわ。どうやら、魔法樹を襲った蠅王等と"虹翼"が交戦したみたいで、こちらに彼女がいないと分かって出てきたようね。」
"煌女"、一般にヘレナはこう呼ばれる。
「そうか。収穫は無しか。」
「そうでもないわよ。少なくとも、奴等の狙いが魔法樹にあることは明白となった。貴方は奴等の幹部クラスにも十分に対抗できることが分かったわ。そして何より、煌女とスペイン近衛魔法連隊連隊長ジェームズ・レイが魔皇帝の片腕を奪ったわ。利き腕よ。」
「何!?」
多くの魔法使いにとって、利き腕とは魔法発現のために大きな役割を持つ。魔力を錬成するとき、人は無意識に使いやすい利き腕を重用してしまうものであり、特に魔皇帝として複雑な大魔法を切り札として多数もつ彼も利き腕の損失による不利を免れない。
「まぁ時が立てばまた映えてくるんでしょうけど。悪魔だし。」
「その腕!その腕はどうした!?」
「腕?そう言えば、腕は煌女が持ってたわ。」
「マジか!それは素晴らしい!そんでその、ヘレナとエマヌエルはどうした?」
興奮気味に答えたルイが体を起こすと、「ちょっと!」という抗議と共に莉央が慌てて胸を隠す。
「あっ、、ごめんなさい。」
粗相をしたと気付いたルイが慌てて視線をそらす。その頬は少し赤い。明らかに先端が見たようだ。
「あら、良いもの持ってるじゃないの。日本人は華奢だって聞いてたけど、その歳でなかなかやるわね。下着ぐらいさっさとつけなさい?童貞坊やが興奮しちゃうでしょ。それでなんだっけ?ああそうそう、2人は今、、、これは秘密ね。敵を追っているとだけいっておくわ。知りたければ直接聞いてちょうだい。私の口から言うわけには行かないのよ。まあいずれにせよ、貴方は今日はもうお休みよ。毒、体内障壁、滞留、治癒と体に負担かかりまくってるんだから。」
「そうですね、貴方はオーバーワークでしょう。治癒したとはいえ、体にかかった負担や疲労までは消せませんし、逆に治癒によるダメージも蓄積しています。無理はなさらない方が宜しいかと。」
「そうそう。だからはい、これあげる。さっき黒峰当主から貰ったの。外出許可証よ。これでのんびり2人でデートでもしてきなさいな。あー、この子はまだ休ませないとダメよ。消耗してるから。あとのことは私に任せて行ってらっしゃいな。」




