はぐれの男児
6冕8毘という言葉がある。
日本の魔法界を引っ張る14の家のことだ。
日本魔法機構において6冕は6つの省庁を共同して監督し、8毘は主に国の矛として軍事を担当する。そしてその8毘の先代長老、扇ヶ谷陸朗の跡継ぎ、悟郎の長子たる彼は、8毘入りをすることができなかった。
「日本機構も勿体無いことしたものよねぇ。」
スペイン人の、現在世界最高の魔法使いと呼ばれる者。目の前にいる女こそがそれである。
「仕方がありません。日本魔法機構はその歴史の古さと組織の堅固さこそが売りですから。」
銀髪と碧髪を持つ少年。いつか自分はショタコンに変えられてしまうのではないかと現役最強魔法使いが恐れる彼が、特に感慨の無さそうな面持ちで答える。
「それ、頭固いってのを言い換えただけじゃない。一応自分の母国の事なんだからもうちょっと関心持ちなさいよ。」
「まあ関心はありますよ。奴等が父さんと母さんにまともな支援をしていれば今も健在だったはず。少なくともあそこで殺されることは無かった筈ですからね。関心が無いわけないでしょう。」
「でもね、仕事だから、日本に行ってもらうわよ?仕事も兼ねて、ね。」
振り向いた女、改めエマヌエラ・エレクトーラが言う。
「は?」
「あそこには貴方が学ぶべきことがたくさんある。仕事も兼ねてるからせいぜい勉強してきなさい。貴方には同世代の子供達の遊び相手はいなかったし、丁度良い機会だわ。あそこにはヘレナもいるし、いってらっしゃい。光玉舎へ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「戰龍瑠ヰそよしげるい君だね?」
空港のエントランスを出たところで、黒の学ランを身に付け、首もとには白地に黒の星が描かれた校章と金色の朽木幕の襟章を携える男子生徒に話しかけられる。
「いかにも。そういう貴方は?」
「俺は光玉舎大学附属中学校生徒会長、2年の称堂巧だ。君は大学推薦枠の招待生だからね。日本に来たことも少ないというし、何分時間に余裕がないときいたからね。教師たちに命じられて迎えに上がらせてもらった。」
「いや、ですが、、」
「あなた、ここまではどうやってきたの?」
突然、女の声が後ろから巧に話しかけた。
「ヘレナ・アルバ先輩!何でここに!?」
「ルイの保護者から預かってきたの。学校までは私が連れて行くわ。あなたにはそこの荷物を任せます。そこにあるの、うちの校用車よね?」
「いかにも、そうですが、、」
「彼は私が連れて行くから、良いですね?」
「は、はい、分かりました。」
「ということで、私とドライブデートの続きをしましょう?あ、来た来た。」
すると、若い男と女が二人、バイクを飛ばして空港出口まで飛ばしてくる。
「お嬢、おまたー」
「お嬢様、お待たせしました。」
ヘルメットをつけたまま、堅そうな男と軽そうな女が挨拶をして来る。
「お、ひっさしぶりぃ、あたしのこと覚えてるか?ルイ!」
「忘れるわけないだろ?由夏。さすがに昔、出もしないのに由夏の乳を吸わされたのは覚えてないけどな。」
「な!そんなこと!てか覚えてないんじゃないの?何でそんなこと知ってんのよ!?」
「そんなの知ってる人と言えばあの頃暮らした家の奥さん、この人のママに決まってる。」
「あなた、それ本当だったのね、、」
ルイをここまで連れてきた女が、指をポキポキならしている。
「ご、こんなさい、、少しでも寂しさを感じさせずにめばと思って、、」
怒りを露にする少女を、本人であるルイがまあまあといさめる。
「まあまあ、お前の母ちゃんも言ってたし。本当に最初はそう考えてやったんだろうって。そのうちちゅぱちゅぱされて気持ち良いから病み付きになったってのは思春期なりたての時期だったから仕方ないし、何よりあの頃のユカは初々しくてめちゃくちゃ可愛かったから許してあげてって言ってたし。」
「やっぱりただルイを利用してただけじゃない!そんなルイを道具みたいにして!」
「ご、ごべんなざい!ごべんねルイ!」
沈んだ表情からやがて泣き顔へと変わった由夏は、ついにべそをかきながらルイへと謝罪し始めた。
「良いんだよ別に。今となっちゃ毎日乳吸ってたと思えばあの頃の俺が羨ましいし、あの頃はいつも由夏がそばにいてくれて寂しかったことはない。俺は感謝してるんだよ、由夏に。こんなどこでそんな大泣きするなよ由夏。」
「え?でも私はルイを、、」
「良いんだよ。由夏が俺をスペインに連れていってくれなきゃ俺はここにはいないし、それからも全部由夏のお陰なんだよ。だからありがとう、由夏。」
「ルイ〰〰〰〰〰〰〰〰〰!」
泣き顔のままルイの胸に飛び込んだ由夏は、ルイの腕が自分の背中に回されるやいなやルイの背中をがっちりホールドし、未だに自分の方が高い身長を行かして額、鼻、頬に何度もキスをする。
「ルイ大好き!ああもう可愛すぎてどうかしてしまいそう!今でも毎晩私の乳首を吸って良いのよ?いやむしろ胸だけじゃなくても、、」
「あんた全然反省してないわね!?」
「お嬢様、この辺にしておいてください。時間もありませんし何しろここでは邪魔になります。ところでお嬢、ルイの荷物は?」
「ふん。それもそうね。荷物は学校の人が持っていってくださるそうなので大丈夫。あなた達は二人でそれに乗っていってくれる?私達は二人でこれ乗るから、帰って大丈夫よ。どうせ学園都市には入れないんだから。」
「持ってかせた、の間違いだと思いまーす。」
「はい、分かりました。」
「えーん?やだぁ!ルイともうちょっと居たい!学園都市までなら良いでしょ?」
3者3様の反応である?
「わかった。今日のところはそれでいいわ。私も久し振りに貴方の後ろに乗りたくなったわ、セルジ。」
「やった!ルイちゃんは私の腰にしっかりと捕まってガッチリホールドしちゃってね?むしろ擦り付けてもいいし。」
「久し振りに会ったと思ったら下ネタ全開だな、由夏は。まあいい、早く行こう。」
無駄話をしている間に荷物を積み終えて走っていく校用車に視線を投げながら言うルイを見て、少女の従者ことセルジは1人ごちた。
「時間を稼ぎながら久し振りに出会った女性を口説く。流石はお嬢様の見込んだ男という訳ですか。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「えー、ですから、魔法機構直轄校であるこの、光玉舎大学附属中学校に入学した皆様には、是非とも6年間を有意義に、、」
周囲の視線を感じる。運転中の由夏の腰をガッチリホールドし、上機嫌な由夏の胸を時折触りながら(そうすると「運転中にダメよ」と言いながらも喜ぶから)来たため、由夏が高速をまあかっ飛ばすのでかなり早めについてしまい、ヘレナと一緒に寮の部屋に荷物を搬入する姿や、保護者として一緒に会場入りする姿をみられたので、かなり衆目を集めているのだ。ヘレナは魔法界でも学園都市でもかなりの有名人で、スペインの高貴なる一族のお嬢様として、育ちのいいとの印象を持たれている。実際そうなのだが、内実、戦闘になると彼女の魔法は強烈で、即死急の高等魔法を烈火のごとく撃ち込んでくるという恐ろしい女だ。尤も、スペインの貴族、王族に縁のある人物というのだから、魔法力が優れているというのは当たり前である。かの国は魔法使いの持ちたる国なのだから。
そのヘレナはというと、今は保護者席に座って、制服ではない黒のパンプスと上下白いスーツで見つめていいる。ただ視線の先は自分も数年前には無駄な時間を過ごした原因のいる壇上ではなく、新入生席に座るルイである。
ところで、この壇上の男こそがこの学校の制服導入の原因だ。国が魔法振興政策の一環として附属中学にも公的資金を投入すると決定した際、制服着用義務にもこだわったためである。全国の魔法機構直轄校にも同じ処分がなされたが、それはひとえに文部科学省内で強くこの運動を推し進めた彼、すなわちこの学校の名誉理事長たる亀井権蔵のせいであった。
この男の無駄な話も終わり、式がようやく終わりに近づいてくると、この学校の実質的な管理をしている男、校長の黒峰廉太郎が出てくる。
「えー、この場を借りて最後に、重大発表があります。当校等の魔法機構直轄校は、昨年度より校内ランク戦を開戦いたしましたが、他校に先駆け、今年度より一年生も参戦可能としました。これは今年度より始まる全国学生魔法競技会での個人戦への門を1年生にも開くためであり、また団体戦のパーティー自由化に伴って1年生の参加も可能とするためです。出来るだけ多くの1年生が最初の競技会、皐月杯に出場することを願います。以上です。」
新入生達はどよめいた。保護者たちもどよめいたが、1人だけニヤリと笑う者が居た。ヘレナである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
写真撮影の際、入学者名簿で事前に解っては居たが、 黒峰校長が雛壇に入ってきたこと(つまり彼の子女がこのクラスであることを意味する)、そして生徒の中で最も上段の中央に立った(誘導された)ルイの真後ろ、つまり保護者の中で最も下の段のこれまた中央に立ってルイの頭をなで続けるヘレナに新しい同僚達は驚きを隠せない。
カウントダウンをして写真を撮る段になるとヘレナも手を離して彼の肩に添えるに留めたが、それが終わり、保護者は退出して生徒は教室に行くために散り始めると、未だに手を添えたまま固定していたルイと同じ段に飛び降りる。
「ヘレナ、危ないよ。そんな格好じゃあ足も動かないしヒールだし。」
すると真剣な顔になったヘレナはスペイン語で返す。
「大丈夫よ、ルイが居るもの。危なくなったら抱き締めて頂戴。ところでルイ、貴方は出場しないとダメよ。それは団長が貴方をここに来させた要因の1つでもあるんだから。わかってるわね?」
「わかってるって。」
ヘレナが笑顔に戻る。
「ならよし!頑張りなさい!愛してるわ!」
「俺もだ。」
ヒールをはいて普段より少し背が高いヘレナの顔が、丁度額に届くくらいであったため、こっちを向いたルイの額にキスをして保護者の中人混みに紛れていった。
「やべやべ。俺教室の場所とか知りませんよ。」
もたもたしているうちに生徒達は担任と共に行ってしまったようだ。瞬間的に光の全身魔法を発現して体育館の校舎を繋ぐの通用口にひとっ飛びするが、慌ててブレーキをしてとまる。
「闇の防壁」
そこに飛来してきた数枚の闇属性の障壁が、直唱して展開した結界に衝突し、立て続けにガコンガコンと轟音を鳴らしながら何枚か割る。体育館中の目を集めるが、ルイは後ろには見向きもせずに前にいる少女に目を向ける。
「どういうつもりだ?」
威圧しながら目の前の少女に問いかける。
「自己紹介が遅れました。私は黒峰麗奈と申します。貴方に色々と便宜を計れと父に言いつけられておりまして、なかなか来ない貴方を待っていました。そしたら攻撃行動を受けましたので、防衛したまでのことです。」
「ちょっと全身魔法で一歩走っただけだろうが、、」
「あなた、ラグウェール卿の党派パーティーの者だそうですね。あそこではこれくらい何でもないかもしれませんが、ここでは違います。あんなもの立派な攻撃行為ですよ。」
「ああそうか。そうかもしれんな。そりゃ悪かった。で、俺を案内してくれるか?」
「はい、そのためにここにいます。」
「じゃあ頼んだ。」
「ところで黒峰、お前あの校長の、なんだよ。」
校長の、までルイが言いかけたところで麗奈が急に振り替える。
「その話しはしないで下さい。ここでは実力のみが評価の対象となります。無論戦闘力だけでなく、知力もですが。」
「といってもなあ、俺がここにいる理由は黒峰家なしには語れん。俺の党派パーティーのことを知っていたんなら、その話も聞かされたんだろ?お前は次期黒峰家当主第1候補だもんなぁ。」
逃げられないと見て諦めたような顔をしま麗奈が全部話す覚悟を決める。
「はぁ。ええ、確かにあれは私の父です。で、それがどうしたと?」
「いや、ところで俺の自己紹介は必要か?」
「貴方のことは色々と伺いました。それはもう細かく。ここでは言えない話も。」
「じゃあいいな。それはようござんした。あ、1年生の教室って二階だよな?そこの階段か?」
「はい。ですが貴方は父の招待で級友となる方で、私は世話役を勤めますので、貴方ご自身のことを知っている必要があると思います。あ、ここを左ですね。」
麗奈のいうところを曲がると、長い廊下の先でクラスメイト達が先生と教室に入っていくのが見えた。
「あ、先発隊がいたいた。なるほどね。じゃあなんか聞きたいことある?」
「私達が遅れているだけです。そうですね、じゃあ多くの人が目撃している公称ヘレナ・アルバ先輩とのご関係についてを。」
「結局ゴシップかよ!でもよ、この教室だよな?俺らのトコ。」
「はい。それが何か?」
「俺がお前を半歩後ろに従えて二人で話ながら入っていく。この方がゴシップだと俺は思う。」
「いえ、両親に言われているのもそうですが、貴方はそれだけの敬意を与えるに相応しい人物であるという判断を私自身しています。だからこれでよいのです。」
「まあお前がそれで良いならいいが。」
ルイが先に教室の扉を開いて入る。その後に半歩遅れて麗奈が入る。
「えーっと、君が戰龍そよしげ君だね?それと、黒峰さん。遅かったね。心配したよ。」
扉を開けて入った瞬間、ルイが教師に声をかけられる。そして教師の方を向いて立ち止まったルイの半歩後ろに麗奈も付き従う。
「それはご迷惑をお掛けしました。彼は保護者の方と話しておられまして、先生やみなさんがいってしまってはいろいろ事情があって彼にはこの場所もわからないと思いましたのでお連れするために待っていたという次第です。」
「なるほどな。それは迷惑をかけたね。そしてありがとう。それじゃあ君達もこの中からくじをひいてくれたまえ。と言っても、もう残ってるのはあそこだけなんだけどね。」
教室一番後ろの窓際。所謂『ベストポジション』に、誰もいない2つの席が並んでいた。
「こりゃ好都合。いろいろ頼みますよ、お嬢様(笑)だが窓際ならもっと好都合(w)」
「貴方を窓際に座らせたらそちらの実習運動場の女子を観察するに違いありません。私が代わりに窓際を頂きましょう。」
「戰龍そよしげ君は5、そして黒峰さんは、、10だね。やったね!戰龍君はこれから女の子見放題の学校生活だ!」
そう言った教師は麗奈から強い視線をくらいたじろぐ。
「や、やだなぁ。冗談に決まってるじゃないか、、そんな目をしないでよ。さあさあ席にきってやっぱいかなくていい!はい、これ見たらわかるよね?黒板のこれ。先生が朝早く来て頑張って書いた座席表。君達もこれに名前を書き込んでおくれ!」
「まあそうですよね。わかってましたけど。先生のせいで無駄足になるとこだった。」
「ええ。黒板を見れば誰だってわかります。これがわからなかったら貴方は鳥ですね、戰龍君。」
「ね、ねぇ。それめっちゃ先生のことディスってるよね?」
教師はそう憤慨するものの、ふたりは全く気にせずにコツコツとペンで電子黒板に音を立てる。
「か、書き終わった?じゃあ今度こそ席に。じゃあこれをスクショしてみんなの端末に送っちゃうから、名前わからなくて話しかけられないなんてことは無くて安心だよ!いやー、俺って頭良いなぁ。あ、ところで戰龍そよしげ君は自分用の端末ある?」
「ここに。」
そう声をあげたのは麗奈だった。
「ん?それ俺の私物!何でお前が?」
「貴方の保護者から事前に受け取っていたのです。設定等はこちらでやっといたから。もちろんそのあと中は再び貴方のところの人が改めたから変なウイルスとかが入っている心配は要りません。」
「いや、でもそれにはセキュリティロックがかかっていた筈で、、」
「貴方の保護者でも解除できるようになってたみたいですよ?」
それを聞いた瞬間、ルイの背中に冷たいものが走った。脳裏には手をワキワキさせながら悪そうに笑うヘレナがよぎった。
すると、
「そ、そうなのか。それはよかった。使い方は、、黒峰さんに教わって。」
「分かりました。」
「あんた教師だろちゃんと教えろ!」
「私が教えるといっているのだから良いじゃありませんか。」
「よーし、じゃあまずはやっぱり自己紹介だよね!はーい、窓際一番前から行くよ!はいじゃあ渡邉君から!まず立ってねぇ。ああ、前に出てこなくても良い。まずこっち向いてね。はいちーず。はいこれさっきの座席表にいれるから。みんなこれで名前、場所、席わかるようになるからね。はいそじゃあ浅岡さんから、じゃあどうぞ。」




