彷徨
人混みが嫌いだ。人混みがおれを追い詰める。
洗面台に両手をつく。冷や汗が頬を伝う。手が震える。奥歯を噛み締める。鏡に映るおれの顔はひどく蒼褪めている。憔悴している。おれはおれを見つめる。瞳が不安に、焦慮に揺れ動いている。「大丈夫だ」とおれは呟く。「大丈夫だ、おれは大丈夫だ」そう自分に云い聞かせる。「そんな顔をするなよ、おれが大丈夫だって云ってるんだから大丈夫なんだよ。なあ、信じろよ」はからずも、トイレの中に人はいない。こんな姿を他人に見られるわけにはいかない。考えてみてほしい。これを読んでいるアンタが駅のトイレに入ったとして、そこにガタガタ震えながら鏡に向かってブツブツ呟いている男がいたら、アンタはどう思う? 頭がイカれていると思わないか? 云っておくが、別におれはイカれちゃいない。少し人混みが苦手なだけだ。少し、ではないかもしれないが、とにかくおれは人混みが苦手だ。嫌いと云っていい。さっきまでおれは満員電車に揺られていた。切っ掛けが何なのかは判らない。右隣のサラリーマンか、左隣の女子高生か、正面に坐る老人か──満員電車に乗っている、その事実が急におれの目の前に押し寄せてきて、一瞬でおれは息ができなくなった。突発的なパニックだ。固く眼を瞑り、爪が喰い込むほど強く拳を握り締め、おれはゆっくりと深呼吸した。香水の匂いも加齢臭も埃臭さもその他諸々の物ごと、おれは息を吸い込む。とにかく息だ。空気だ。深い呼吸の繰り返しは、無限とも思える程おれの内奥で圧縮された時間感覚を、わずかに弛めてくれる。強引におれを引き絞る緊張感を、わずかに撓めてくれる。応急処置としては完璧だ。電車が止まった瞬間、人混みを押し退けるように強引にホームへ飛び出し、そのまま階段を駆け下り、改札口付近の表示板を頼りにトイレへと駆け込み──そして今にいたる。
ようやく落ち着いてきたおれは、鏡に映る自分自身に小さく頷く。「大丈夫だ」もう一度云い聞かせ、トイレをあとにする。壁に敷設された表示板に眼をやる。ここは〈**駅〉らしい。いつもおれが降りる駅のふたつ手前の駅だ。もう一度電車に乗るつもりはない。ふた駅程度なら歩ける。人通りの疎らな改札をするりと通り抜け、おれは見知らぬ街に一歩を踏み出す。冷たい風がパニックの余韻に熱くなっていた頸筋を冷やしてくれる。五月、この時期の寒暖差は激しい。(この文章は五月に書いていたらしい)日中は暑いが、夕方は一転、冷え冷えとした空気に膚寒くなる。薄暮の迫る空は鮮やかな橙色に染まり、薄い雲が層をなし、夕空、としか表現のしようのない美しい光景がおれの頭上に広がっている。何てことのない、どこにでもあるような駅前のロータリーに沿って歩きながら、おれは今この状況を面白いと思い始める。歩くのは好きだ。おれはしょっちゅう散歩をしている。スマホを家に置いて、財布だけポケットに突っ込んで、近所を気が済むまでぶらぶらと歩く。なにも考えず、ただ歩く。用水路の薄汚れた水を眺める。なにも植わってない畑の乾ききった土に眼をやる。住宅街のコンクリート塀のひび割れを一瞥する。杖をついた老人とすれ違う。小学生の集団が傍を走り抜ける。自転車の前カゴに買い物袋をパンパンに詰め込んだ主婦風の女がよろよろと目の前を横切る。おれはただ歩く。なにも考えず、ぼんやりと、ただ歩く。散歩する。なにも考えず、というところがミソだ。スマホを持たない、というところも重要だ。なにも考えない時間が必要だ。誰とも繋がらない時間を持たなければならない。常時繋がっていたら頭がおかしくなる。ネットに繋がっているとおかしくなる。文庫本とか、漫画本とか、ノートとか、そういうアナログなものが絶対に必要だ。そういう意味で、ポメラは素晴らしいと思う。ネットに接続することのできない、ただ文章を書く為だけの機械。スタンドアローンな機械。ノートとポメラ以外では、もう文章を書く気にならない。
眼に付いたコンビニに立ち寄る。パニックが収まったとはいえ、おれを襲ったストレスの余韻は蟀谷の辺りに纏わり付き、いつまでも引かない微熱のように鬱陶しい。レジでホットコーヒーを注文し、紙コップをドリップマシンにセットする。こういう時に信頼できるのがカフェインだ。コーヒーはストレスを軽減してくれる。煙草でもいいが、余韻が消え去る前に喫煙をすると悪酔いのような症状を呈するのでやめた方がいい。やはりコーヒーだ。ブラック。ミルクもポーションも必要ない。砂糖など論外だ。コーヒーは濃いめのブラック。これに限る。
コンビニの少し先に公園とも云えない手狭なスペースを見つける。低い滑り台。一畳ほどの砂場。石のベンチが二脚。それだけ。街が用意したちょっとした共用スペースと云った所か。おれは石のベンチに腰を下ろし、コーヒーを啜る。カフェインが脳の血管を拡張する。思わず溜め息が出る。空は先程よりも昏さを増している。夕焼けと夜の境界線がグラデーションを為し、中央部分は淡い翠色に溶け、その翠の夜空に幾つもの星影が燦めいている。あの翠色がおれは好きだ。昔から好きだった。なぜだろう、泣きたくなるほど美しいからか。コーヒーを傍らに置き、おれは上衣から一冊の本を取り出す。藍色の人造皮革造りのブックカバーに包まれた文庫本。カバーに保護されているとはいえ、天も地も小口も、眼の付く部分はすべて擦り切れ色落ちしている。〈****(著者)〉の『※※※(表題)』だ。もう十数年は読んでいる、おれの一番お気に入りの短編集だ。この小説に出会えたのは幸運だった。この小説がなければ今のおれはない。この作者の作品には何度も救われた。この人の小説があるからおれは頭の中に渦巻く最悪の苦痛を耐えられた。死にたい夜の連続をやり過ごせた。どうしようもない人生に意味を見出し、今日まで生きてこられた。そして自分でも小説を書くようになった。その人には二度、会ったことがある。どちらもサイン会で。都内某所のとある書店。列に並ぶおれは吐きそうなほど緊張していた。書店で購入した新刊(その店で購入した物にしかサインを貰えない決まりだった為、わざわざ二冊目を購入した)を持つおれの手は震えていた。心臓が早鐘をうった。冷や汗が出た。人に会う、という行為にあれほど緊張したのは、あの二回だけだ。──文庫本をめくり、お気に入りの一篇を見出す。手許は昏い。が、少し離れた場所の街灯のおかげで辛うじて文字を追うことが出来る。コーヒーを飲みながら、おれはゆっくりと読み進める。泪が出そうになる。話の筋が美しすぎる。文体があまりにも洗練され過ぎている。ひらがなとカタカナと漢字の紙面配分が完璧だ。澁澤龍彦云うところの人工美とは、こういう小説に使う言葉だろうか。コーヒーの苦みが心地よい。カフェインがおれを充たす。空はさらに昏くなる。夜が迫る。夜気が降りてくる。ページが闇に鎖される前に、おれはその一篇を読み終える。肩が震える。嗚咽が漏れる。泣きながら文庫本を上衣のポケットに戻す。両掌で顔を被いながら、おれは泣く。こういう小説を書きたい。おれには無理だ。判っている。だが、そういう問題じゃない。これはスタイルの問題だ。意志の問題だ。何を目指しているかの問題だ。──魂の問題なんだ。おれが何を書きたいのか、魂が何を求めているのか──そういう問題なんだ。
コーヒーを飲み干し、おれは立ち上がる。二駅歩かなければならない。道程は長い。歩けるだろうか。歩くしかないだろう。
人混みが嫌いだ。人混みがおれを追い詰める。
色々なことにうんざりする。時々すべてを投げ出したくなる。嫌気が差し、この先の人生を思い絶望し、どうしようもなく死にたくなる。
それでも読みたい小説があり、書きたいものがある。もう少し頑張ってみようと、もう少しこの世界にいようと、そう思える。それだけで充分だと、そう思える。




