春を呼んだ魔女はもういない
最果ての砦で一人の魔女が静かに息を引き取った。
魔女の鼓動が止まると同時に魔女が生前に仕掛けてあった大魔術が完成して、砦近くの丘には色とりどりの花が花開く。
魔女の魔力は果ての大地に浸透し、やがて吹雪が収まり、最果ての砦に常春が訪れた。
最期まで王国のために生きることを望んだ魔女は、当初からの予定通りに命をとして最果ての地にて礎となり、砦での最期の役目を終えることになった。
言葉少ない男は、退役してからもずっと魔女が息を引き取るその時まで側に仕え続けた。
魔女の遺言を唯一知る男は、たった一人で魔女の遺体を常春の小高い丘の上へと埋葬し、生前に交わした約束を果たす。
仕上げに目印となる石を積み上げて、物言わぬ墓標に向かって語り掛ける。
「オレの方が長生きしたな。あんたが無理ばかりするからだ。息子や孫たちはあんたがいなくなって泣いてばかりいたが、心配するな。そのうち立ち直るだろう。……最近は、オレもぼんやりすることが多くなった。だぶん、もうすぐあんたに会いに逝く。じゃあな、また来る……」
寡黙で不器用な男は、一人でいる時にだけ真実を語る。どこまでも不器用にしか在れない人生を歩んできた男は、それでも思いがけず多くの宝物を手に入れることのできた人生を振り返って、満足そうに微笑む。
墓標の石積みを愛おしそうに撫でさすりながら、呟いた。
「ああ……あんたの花が綺麗に咲いた……」
最後にもう一度だけ石積みを撫でると、男は背中を丸めて帰路に就く。
風に舞い上げられた花弁がひらりひらりと揺れ落ちて、遠ざかる大きな背中を彩る。
雪が吹き荒んでいた最果ての砦に、春を呼んだ魔女はもういない。
了
最後まで読んでくれた方、ありがとうございます。
この話を思いついたとき、まず脳裏に思い浮かんだのは椅子に座った小柄な魔女とその後ろに控えて立つ厳めしい騎士の姿でした。辺境の砦の壁に飾られた色あせた一枚の絵をイメージしています。
以下、本文には書ききれなかった裏設定などを箇条書きで。
アガレスとメイサの両想いぶりは砦では有名。いつまとまるのか賭事の対象にもなっていて、知らないのは本人たちだけ。
アガレスとメイサの間にできた息子は賢者として王国を支える。
王国は国全体が王族の結界に守られていて、メイサは結界を強固にするために砦にやって来た。
ディーノは、メイサの甥っ子。末の妹の長子。人間離れした者同士で理解者かつ仲良し。