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春を呼んだ魔女  作者: りり
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どういうことだ?




 アガレスは、メイサの私室を訪れていた。最果ての砦に赴任して以来、初めてのことである。

 メイサの寝顔を無言で見詰めるアガレスに向かって、中央からの使者は改めて名乗った。

 王位継承権第三位を持つディーノ大公子殿下。

 眠り続けるメイサの頬を優しく撫でる様子は、メイサとディーノが一朝一夕の関係ではないことを示していた。

「君みたいに図体のでかい男が泣きそうな顔をしても、かわいくないぞ。そんな顔をするのなら、どうしてもっとメイサを労ってやらない。こんなに無理をさせて……」

「メイサは――砦長は、助かりそうですか?」

 容易く見えた大規模魔術の発動。だが、そんなはずはないのだ。あれほどの大魔術、使い手に何らかの痛手があるのはむしろ当然のことだった。

 アガレスの目をじっと見返したディーノは、首を横に振る。

「メイサは元々死ぬために最果ての砦へと来た人間だ。死ぬことが前提だったのだから、何をどうしようと寿命でしかない。メイサは、多くの人を慈しみ愛したかわいい魔女だった。国外での魔力保有者は差別され、こき使われて過労死する運命だ。メイサはそんな同胞たちのために建国王とともに賢者として人知れず共に並び立ち、見返りを求めることなく長く勤めた。――もう、赦してやってくれ」

「……ゆるす、だと……?」

「そうだ。私ならば、メイサを穏やかに眠らせてやることが出来る。だから国王の意向のもとで私はここにいる」

「それは――殺すってことか!」

「そんなことは言っていない」

 遠く中央からやって来た使者。

 その使者が、メイサを死者のもとへと送ろうとしている。

 阻止しなければ、そう思った瞬間には身体が動いていた。

 剣を鞘から抜き放ち、ぎらりと光りを反射する刃を使者の首へと突きつける。

 アガレスは、透明な壁に阻まれた際にすでに大半の魔力を消費してしまっていた。ただでさえ魔力に乏しい身であるのに、残り香のような魔力残有料では何もできない。腰に吊り下げていた剣を引き抜き、こうして見せびらかすのが限界だ。

 殿下……我らが王国において、王族を名乗る者は例外なく賢者の称号を持つ。そんな相手に対してただ切れるだけの剣を向けるしかない滑稽を、道化を、意識せずにはいられなかった。

「私に剣を向けてどうする? 君では私に勝てないよ、アガレス」

 呆れたように言われても、ここで引くことは出来ない。

 傲慢だと言われても、我が儘だと言われても。ここで剣を引くことだけは出来なかった。引いてしまったならば、アガレスはもう二度とメイサと話す機会がないような気がしていたからだ。

「だから、君には私を阻止できな――」

「黙れっ!!」

「うるさいわね」

 時が凍り付いたかと思った。

 あるはずのない声がした。

「メ………………砦長……?」

「何よ? ねえ、ディーノ。これはどういう状況なの?」

「メイサ姉さん、冷静だね」

「そういう貴方は相変わらずね。だるいわ。寝過ぎ?」

「そうだろうね。でもしてはいけないはずの無理をしたのだから、まだ寝ていないとだめだよ」

 アガレスは状況に付いていけずに、剣を突きつけたまま、惚けたように口をあんぐりと開ける。

 メイサは、そんなアガレスを見て首を傾げる。

「アガレス、もしかして私のことが好きなの? 変わった趣味ね」

「うわあ。メイサ姉さん、それだけは言ったらダメだと思うよ」

「あら、そうなの? ところで……「待て!!」」

 アガレスは我慢できずに会話に割り込んだ。

「どういうことだ?」

「何の話よ?」

 二人して腑に落ちない顔をして見つめ合っていると、ディーノがどうにも耐えきれないとでもいうように吹き出して、真相を語り始めた。

「まあ、あれだよ。余命を悟ったメイサ姉さんがここに骨を埋めるつもりなのは本当だけど、心配しなくても無理さえしなければ君の寿命くらいは生きていられると思うよ。ただ、今回みたいな無理をするとそのぶん目に見えて寿命は縮んでいくだろうけどね」

「それは本当か」

「私が嘘を吐いても意味はないねえ」

「感謝する」

 礼を言うと、ディーノの目が丸くなったのを見て溜飲を下げる。

「ねえ、アガレス。アガレスは私のことが本当に好きなの? 冗談じゃなくて?」

 何がそんなに気になるのか、珍しくメイサがしつこく追求してくる。いつもであれば、アガレスが答えずにいると簡単に引き下がるのが常だったというのに。

 そして、アガレスに応えるような機転はない。むしろとっさに顔を逸らして、沈黙を保つにとどめる。良い機会だとばかりに、抜き身の剣を鞘に収めるのを忘れない。

 そんな調子だったものだから、結局アガレスはメイサが寂しそうに目を伏せたのも、ディーノがそれを見て苛ついた表情をしたことも知らないままだった。

「私は、アガレスの答はいらないわ。どうせ応えてなんてくれないのは知っているから……」

 掠れた声で自分に言い聞かせるように呟く声に、なぜだかアガレスの奥底に沈められた部分がざわりと震えたような気がした。

 すぐに我が儘を言う目障りで腹の立つ女。しかしだからといって、アガレスはメイサを悲しませたいわけでもないのだ。

 アガレスはしばし目を伏せて、それから心を決めた様子で一歩を踏み出す。

「――」

 身を屈めたアガレスがメイサの耳元で囁くようにして告げると、メイサは初め心底驚いたような顔になって、次に幸せでたまらないというふうに破顔したのだった。




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