表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春を呼んだ魔女  作者: りり
3/7

メイサは魔女だ




 少し前はちらつく程度だった雪が、いよいよ本格的に猛威を振るい始めていた。

 そんな中、最果ての砦に小型魔獣の群れが来襲した。それは予期できない性質のものであり、しかたのないことでもあった。

 砦の周辺は、何の前触れもなく小型魔獣で埋め尽くされた。突然のことではあったが、最果ての砦では稀にあることでもある。即座に迎撃の体制を整えて、騎士も兵士も入り乱れての戦いになった。

 戦闘の陣頭指揮をとったアガレスは、死者が出るのは免れないだろうと腹を括っての戦いだったが、幸いにも一人も欠けることなく砦へと生還することができた。まさしく奇跡であり、僥倖であった。

 過酷な雪原での魔獣の戦いを終えて、兵士も騎士も疲弊しきっていた。

 広々とした屋内演習場が狭く感じられるほどで、呻きながら横たわる者や介抱されている者で溢れかえっていて、無傷のままでいられた者は僅かでしかなかった。

 アガレスにしても無傷とは言い難く、折れた腕の骨を抱えて治療の順番待ちをしているところだった。

 腕の骨折だけで命には関わり合いがないため、おとなしく治癒術士の順番がくるのを待つ。誰もが負傷者であるこの状況下では、アガレスの番が巡るまではまだ時間がかかりそうだった。

 事件が起こったのは、そんな時だった。

 何の因果の働きによるものか、屋内演習場に砦長のメイサが通りかかったのだ。

 傷一つない綺麗な姿で使者と二人で並んで立っているのを見て、アガレスは焦燥感にも似た何かを胸の内にくすぶらせた。

 メイサは広間の様子を見渡すと、傷ついてぐったりしている大勢の人間に向かって、思いも掛けないことを言うのだ。

「酷い有り様ね。この程度で根を上げるのにどうして騎士や兵士なんてしているのかしら? 実力が足りないんじゃないの」

 なぜ今、それを言わなければならなかったのか。考えただけであれば問題はなかったのに、なぜ言葉にしてわざわざ声に出さなければならなかったのか。

 小さな呟きにすぎなかったメイサの涼やかな声音は、屋内演習場全体に響き渡り、結果として広々とした場内はすっかりと静まりかえってしまった。

 さすがに今度ばかりはと腹に据えかねたアガレスは、メイサのもとへと向かう。

「あら? 何を言うつもり?」

 それは、刃物で切り付けたかのような声音であった。メイサの声質はひんやりとしているのが特徴であるが、それにしても冷え冷えとしていた。

 黒髪の間から覗くメイサの両目は、全てを見透かすかのように爛々と見開いて、大柄なアガレスを下から見上げている。

 アガレスに怯みもせずに、小柄な魔女は下から覗き込むようにしてせせら笑った。

 メイサは魔女だ。それも、おそらくはアガレスが想像もできないくらいに力の強い魔女だ。メイサはこの砦にいる自分以外のすべてを相手取って易々と勝利することができる。だから体格に勝り膂力に勝るアガレスを恐れないし、馬鹿にもする。

 ここでアガレスがメイサに何を言ったところで、意味はない。メイサの不興を買うだけのことだった。

 少しだけ冷静さを取り戻したアガレスは、どうにかして怒りを沈める。

 そんなアガレスを待っていたかのように、メイサは言葉を発した。

「次があれば、出撃する前に私に報告なさい」

「了解しました」

 握り込んだ拳が怒りに震えた。

 だが、そんなアガレスを見ていた魔女は鼻白んだ様子で鼻を鳴らす。

「ああもう、あんたつまんない。だるいからもう寝るわ」

 気儘な魔女のひと言にアガレスの心は傷付き、渦巻くような敗北感だけが残った。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ