いつもこうだった
砦長のメイサは、かつては賢者の称号を名乗っていたらしい。
それが、どういうわけだか中央から退いて、閑職へ回されたあげくに最果ての砦へと左遷されたのだと云う。
何もかもが憶測じみた物言いになってしまうのは、全てが他人から吹き込まれた噂話にすぎないからだ。
魔女のメイサを追いかけるようにして左遷されて来たアガレスが知っていることといえば、メイサが年齢不詳の気難しい魔女だというものでしかない。
左遷された者同士で気が合いそうなものなのに、そんなことはありえないとアガレスが言い切れてしまうのは、端的に言って二人の性格が合わないからだ。
アガレスは、自分が几帳面で真面目な性格をしていると自負している。一方のメイサは、いい加減で適当、しかもサボりの常習犯ときている。価値観が違いすぎて、落としどころを模索する気にもなれない。
今日も今日とて件の魔女は気だるそうな様子で昼過ぎに起き出してきて、アガレスの姿を認めるなり鼻を鳴らして不機嫌そうな素振りを見せる。
実に半月ぶりに見たその姿に、アガレスもまた同じように不機嫌になった。
ちなみに、この時点で中央からの使者が砦に到着してからすでに五日が過ぎている。使者を平気で待たせる砦長のメイサも酷いが、アガレスからするとそんなメイサを静観して待機するだけで怒りもしない使者の態度も不気味に思えてならない。
なぜかいつも眉間にしわを寄せているメイサは、この日も同様で、さらに目をすがめてアガレスを見上げてくるのだ。
もっと普通の顔をすれば良いのにと思う。そうすれば、アガレスだってもっと違う――違う何だというのだろう。その先を考えたくなかったアガレスは、口を引き結んで考えることを放棄した。
「久し振りね、アガレス。私がいない間に砦に変化はあったかしら?」
「砦長のあんたがそれを言うのか」
「嫌味? 意味のないことをするわね」
「――ディーノとかいう、中央からの使者が砦に来ている」
「えっ、ディーノが? あの子がここにいるのっ!?」
身を乗り出して詰め寄って来る姿に、アガレスは驚きに息を詰まらせた。
普段は長い黒髪に隠れてしまっているメイサの大きな目が、驚きに見開かれていていた。雪のように白い肌が、興奮に赤く高揚している。鮮やかな色の対比が、脳裏に焼き付くようだった。
アガレスが砦に赴任して四年、こんなメイサの姿は一度たりとも見たことがなかった。
「あ、ああ。使者が滞在して五日になる」
「そんな……どうしてもっと早く教えなかったのっ!」
「どうしても何も、砦長が……」
「うるさいわね。自分で探すからもう良いわ」
気まぐれな魔女は、好き勝手に言い捨てるときびすを返して去って行く。
いつもこうだった。会話らしい会話が成立せず、アガレスは魔女の機嫌を損ねてばかりいる。
機転を利かせるなど夢のまた夢という有り様で、二人の距離は永遠に縮まることがないかのようだ。
「……くそっ!」
長い黒髪を翻して立ち去った姿が完全に見えなくなると、アガレスは吐き捨てるようにして声を発する。
相手があれではどうしようもない。自分との折り合いを付けるために、アガレスは頑なに思い込むしかなかった。
だが、そうも言っていられない事態になったのは、それからまもなくのことだった。