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春を呼んだ魔女  作者: りり
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使者がやって来る




 その砦は、一年のほとんどが雪に閉ざされた厳しい土地に在る。

 王都からは遥か遠く、交通事情は極めて悪い。時おり麓の村に行商人が訪れることもあったが、それも稀なことだ。

 最果ての砦。

 その砦は、一般的にはそんなふうに呼ばれているものであるらしい。

 中央議会では何度も砦の存続をかけて議論の対象になっているらしいのに、隣国との境目であるために放棄することもままならず、建国より現在まで在り続けているという話だった。

 そんな僻地の砦に、よりによってこれから本格的な寒期を迎えようという季節になって、中央からの使者がやって来るのだという。

 アガレスは、寒いのが苦手だ。だから、こんな季節になってから使者がやって来る意味がさっぱりわからない。物好きな使者のせいでアガレスは痩せ我慢を強いられているのだから、苛立ちもするというものだ。

 とはいえ、アガレスはあいにくとこの砦の副砦長なのだ。部下への態度を示すためにも、率先して外へ出て使者を出迎えをするのが職務の内だった。

 建物の外へと出ると、体の芯が冷えるような馴染み深い寒さを感じる。雪が舞うのは今日か明日かと囁かれている時期であるのだから、無理もなかった。

 厳重に防寒具を身に着けていても広い演習場は寒々としていて、吐く息は白かった。

「来たぞー!」

「どこだ!」

「――空だ!!」

 兵士らが次々と張り上げた声を頼りに、アガレスは空を見上げる。

 ぴんと澄み切った青い空に点のようなものが在った。それは見る間に大きくなっていき、やがて四枚の翼を持つ白馬に乗る人物の姿が目視できるようになった。

 この寒さの中、使者は法衣服を着ただけの軽装だ。だが、驚くには値しない。なぜならば、賢者の国、などと云われることもある我らが王国では、使者のような人物など珍しくもないのだから。

「ようこそ最果ての砦へ!」

 アガレスが声を張り上げると、印象の薄いつるりとした顔立ちの使者は、アガレスを見てにやりと笑みを返してきた。




 中央からの使者は、ディーノとだけ名乗った。

 見たところ、まだ若い。20を過ぎたばかりのように見えるが、長命な魔術師であることを考えると見た目通りの年齢ではあり得ないだろう。

 中央からの使者は、白馬の手綱を騎獣担当の兵士へと手渡し、慣れた様子でアガレスに握手を求めてくる。

「遠路を遥々とようこそお越しくださいました。副砦長のアガレスと申します」

「副砦長……砦長の姿が見えないな?」

 想定していた問いかけではあったが、できれば気が付いてほしくなかったというのがアガレスの本音だ。

 苦い顔になって、砦長からの伝言を声でなぞる羽目になった。

「砦長のメイサは……ただ今体調を悪くしておりまして、外へ出ることが叶わず」

「ほう? 私の出迎えもできないほどだって言うのか」

「はい、そのようで……」

 苦しい言い訳だった。と同時に、自分がなぜこんな損なばかりで益のない役割をこなさなければならないのかと、部屋に引きこもったきり姿を見せぬ砦長に腹が立った。

 だが当の砦長は、想像の中でさえ反省する様子を見せずに、ただふてぶてしくアガレスを見返すばかりだ。

 あの女、いつか絶対に泣かせてやる。そう思ったことはもう何度目のことだったか知れない。

「はは、君は正直な男だな。全部顔に出ている」

「は……」

 低い身分に加えて正直者が馬鹿を見たせいで左遷する結果となったのだから、他人から指摘されるとなると、アガレスの内心にじわりとしたものが広がった。

「副砦長」

「はい」

「しばらく世話になる」

「了解いたしました」

 アガレスは大きな身体を縮めて、礼の形を取った。

 アガレスが王都から最果ての砦へと左遷されて、そろそろ四年になる。

 温暖な気候で栄えている中央で生まれ育ったアガレスにとって、この最果ての地は過酷にすぎる環境だった。

 砦近くの丘に花が咲き乱れる春が恋しくて、アガレスは短い春をいつも待ちぼうけている。




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