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赤眼ゾンビ  作者: 海月
第三章
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求めるのは同じもの

 はぁ、とわざとらしいため息は三ノ輪さんからだ。

「誰がいつ、自衛隊を信頼してないなんて言ったんだ。俺はずっと仲間の身を案じてるだけだ」

 どの口が、と俺も間引きを心配した事を棚に上げて笑う。姿勢を戻したクワルツさんも、煮え切らない顔をしている。


「今の仲間はパンデミックが起こってから数ヶ月経って集まった。パンデミック以前からの知り合いは御陵海麗と熊谷蛍。俺と金井陽々輝、それから夢前彩瑛と坂本武仁が同じ大学の顔見知りだそうだ。女性陣から聴取するならまずは熊谷蛍から概況を聞け」


 クワルツさんが胸元のポケットからメモ帳を取り出す。それを横目に、三ノ輪さんは更に続けた。

「今の仲間の前身であるグループに属していたのは、不知火、八木、白樺、熊谷、御陵、戸倉だな?」

 つまりは自警団の事だろう。俺達の行動で当たりをつけたんだろうけど、しっかりと合っている。水を向けられた俺は頷いて更に付け加えた。

「戸倉さんと俺は一旦グループを――抜けて。ジェイドさんに拾われてから合流した。だから戸倉さんに事情を聞くならまずジェイドさんに話聞いて」

「その前身のグループについて詳しく知っているのは?」

「俺が話す」

 八木さんが申し出た事に俺はぎょっとする。視線を向ければ鬱陶しそうに逸らされた。

「内情については俺か不知火が一番詳しいだろ」

 放り投げるように言われたそれは正しい。俺は止める理由もない事に気づいて開きかけた口を閉じた。

「ならその時は不知火もつけろ。俺も口添えをする。それから聴き取りは八木から一番先に」

 ジェイドさんが付け加えるのに、クワルツさんは頷く。とりあえずの情報は手に入れられたと感じたのか、ぱたりと手帳を閉じる。


「あ、あと聞いておきたいんだけど、要注意人物はいる?」

 さり気ない質問に俺達への信用が見てとれて、俺は瞬きする。まるでこの中に要注意人物なんていないと思っているようだ。


 今いる面々を思い返し、それぞれの行動をなぞって。


 俺は一つ頷いて人差し指をふいっと後ろに向けた。同時に三ノ輪さんも同じく手のひらを後方に差し出す。

 最後に八木さんが俯きながら右手を上げた。


「え?」

「笑えない漫才はよせ……」

 でもジェイドさんも冗談とは言わないよね?



 その後、混乱させてしまったクワルツさんを、改心したから、今は大丈夫だからと無理やり納得させる。自己申告の形をとった八木さんに、クワルツさんも、妙なことをしたら叩き出しますからねと忠告だけで済ませてくれた。


「にしてもお前ら、よく見たらあまり似てないのな」

 じっと二人の顔を見下ろしていた八木さんがふと口を開く。それに対して、ジェイドさんが首を傾げる。

「よく見たら、じゃないだろう」

「ふっつーに似てないよね、俺ら。ジェイドは母親似で、俺が父親似だから」

 俺はジェイドさんの顔をじっと見つめた。そもそも雰囲気が違うからあまり気にしていなかった。


「んー目の形?」

 クワルツさんの方が、若干垂れ気味だ。お陰でジェイドさんみたいに第一印象は冷たくない。親しみやすそうな雰囲気を持つ彼は、自身の髪を摘んでみせる。

「髪色も違うからね。ジェイドに比べたら俺の方が日本人ウケが良い」

「なんだそれ」

 ふんと八木さんが笑う。どっちも変わらねぇよと、言外に示す軽い笑い方だった。


 俺はジェイドさんの頭を見下ろして、ふと寂しくなった。流暢に日本語を操るジェイドさん達だから、きっと日本に来たのは幼い頃だ。幼稚園か、小学生かそこら。

 でもそれくらいですぐに日本語を喋れる訳じゃない。外国人らしい見た目のジェイドさんは、周囲に上手く馴染めなかったこともあるかもしれない。


 もし同級生だったら、と考えかけて、ジェイドさんの目がこちらを向いている事に気づく。

「秋、何考えてるんだ?」

 問われて、でも流石に今考えたことを言うのは恥ずかしいから首を振る。そもそも馴染めなかったかも、というだけで、こんな弟が居るなら案外すぐに人の輪に入っていけたかもしれない。

「なんでもない」

 ジェイドさんの目に怪訝が浮かぶが、間違ってもこんな事は言えない。言ったところでできる訳じゃない。

 ――もし同級生だったら、たくさん遊ぶのにな、なんて。



 白樺秋らに話を聞いた翌日。坂本武仁は表に出るようになった。態度も至って平静そのもので、とても覚醒剤を服用しているとは思えない。さらに三日、観察を続けるが、明らかな離脱症状は見られなかった。さらにその間、他のメンバーに少しずつ聴取を行う。


 女性陣は喜田さんに任せ、男性陣への聴取を行うが、正直、聞くに耐えないものだった。自警団の存在も醜悪だが、桜木研究所から出てきた多足多腕の化け物の話は、想像以上に精神を削られた。


 小さなメモ帳に彼らのあらましをまとめ終え、俺は頭を抱える。


「いったい何がどうなったらそうなる……」

「出てきたものは仕方がないだろう」

 ベッドの縁に腰掛ける兄が遠く、化け物を思い出しているだろう瞳で諦めたように呟いた。倒した当人は事細かに化け物の特徴を伝えてくれたが、当時の疲労を思い返してかどこかぐったりしている。


「にしても、狛平は酷いことになってたみたいだね。海音ちゃんはその生き残りと」

 俺達の母校が、よりにもよって自衛官に率いられた自警団のせいで終焉を迎えていたとは。さらに生存者である彼女は海麗ちゃんとは違って捨て去られる側だったというのは、その心労は計り知れない。

「だが狛平は避難所としてはよく保った方だろう。自警団は統制はとれていた」

 言葉とは裏腹に、その目には嫌悪が滲んでいる。

「タイミングが少しずれていたら海音はあの中で餓死していた」

 ふぅんと俺は相槌を打つ。もう一人、彼女と体育倉庫に居た少女は既に餓死していたのだとか。死にゆく友人と暗い部屋で閉じ込められるなど、悪夢が重なりすぎている。


「……喜田さんが心配だな」

 悪夢も地獄もそこらにありふれているし、俺達はそういった話を聞くのも慣れている。慣れたからこそこの役目を負っているのだ。しかし何か溜まるものはあるはずで、特に女性自衛官は少ないのだから、この役目を背負いすぎる事もあるだろう。

「この聴き取りはケアが主体じゃないけどさ。女性は話す事自体がケアみたいな所はあるだろう」

「その自衛官に過剰な心労がかかると」

 眉を寄せるジェイドに頷きを返し、俺はため息をつく。

「何をするにも、人手が足りない。人員は減るばかりだし、保護したらしたでそちらにも人が要る」


 ぽろりと零した言葉は、しかし思ったよりも愚痴っぽく湿っていた。はっとして顔の前で手を振る。

「ごめん、忘れて」


 こんなもの、今の兄に聞かせる話じゃない。聞かせても意味はない。しかし兄は、気にしていないとでも言いたげに首を振った。それから目を柔らかく細める。

「……三ノ輪は、職種関係なく、やりたい事をやれと言ってくれた」

 話し始めた内容の意図を計り損ねて、俺はただ怪訝にジェイドを見返した。

「金井もそれに頷いて――秋も、海音も俺を、自衛隊を責めた事はなかった」

 話の意図を不意に悟って、俺は顔を歪めた。


 耳の奥に蘇る、悲痛な叫び。それが怒気を孕むまでそう時間はかからない。


 救援に駆けつけた際に、市民からの罵声を浴びる事はあった。まるで糾弾するような口調で、お前らが悪いのだと。何度も何度も。その度に頭を下げ、口では謝罪の定型文を吐いた。


 その内、隊員が一人二人と逃げ出した。既に感染者に噛まれ、喰われて数を減らした駐屯所では風船のように憤懣と怨嗟が膨れ上がった。かつて激励の響きを持っていた声は怒声に塗りつぶされ、苛立ちはさらに弱者へと向けられた。


 組織はゼンマイで動いているのではない。歯車は常に噛み合うわけじゃない。機械などでは、決してない。個人がその意思で動き、動く方向が同じだから成り立っているものだ。自衛隊ならば、国や国民を守るという意思があって、本心は違ってもそうと振る舞える者が隊員になっている。

 

 それを分からない人間の、なんと多かった事か。


 だが弱みや人間性を見せてはいけない。ひとたび脆弱性が露見すれば、彼らは悲惨のはけ口として俺達を利用する。だから俺達は政府をちらつかせ、保護する組織として、彼らを完全な庇護下に置く。荒っぽく言えば、従順になるように支配をする。


 しかしおそらく、ジェイドが言いたいのは。

「少しぐらい頼ってもいいんだ。むしろ動ける奴には何かやらせてやって欲しい」

 ぽつぽつと雨が降り始めた。午前中は少し晴れ間も覗く、梅雨時にしては良い天気だったが、黒い雲は斟酌などしてくれなかったらしい。今日は漸く、分厚い隊服を洗ったところだったのに。今頃は隊員の誰かが慌てて洗濯物を回収しに走っているだろう。


「そんな事言ったって」

 何故か声が揺らいだ。ジェイドは俺が頑なになっていたその原因に触れようとしている。

「食事の準備だとか、何か。簡単なもので良い」

 そう、人手が足りないのなら、どこかから持ってくるしかない。単純な話だ。


 それが出来ないのは。したくない理由は。

「クワルツ。保護対象でも、人だ。相手が俺達を信頼するように、こちらも信頼して良いんだ」

 噛んで含めるような口調に、それでも嫌な所を突かれた俺は眉をぐっと寄せた。

「分かってる、けど」


 ジェイドは何となく、勘づいていたのかもしれない。俺達が今やっている事は緩やかな監禁だ。自由を奪い、思考を奪う。しっかりとそれを目的としているのは俺だけかもしれないが、しかし実際に武器はもう持たせないし、どうしようもない厄介者は排斥している。余計な事を考えればこうなるぞ、と。


 黙り込んだ俺に、ジェイドは更に口を開く。


「俺は信頼できないか?」


 俺は弾かれたように顔を上げ、ジェイドをきっと睨みつけた。こいつはまた言うまでもない事を。

「そんな訳ないでしょ」

 否定すれば、ジェイドは妙に満足げに頷く。それからどこか冗談っぽく言った。

「なら俺が信頼している奴らも信頼できるな?」

 俺は僅かに目を見開く。次いで苦く顔を歪めた。


 ――その論法は奇しくも、俺が御陵海麗に使ったものと同じ論法だった。

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