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赤眼ゾンビ  作者: 海月
第一章
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彼の決意

 僕は見知らぬ人のベッドで寝転がって、見なれない天井を見ながら、ため息をついた。

 正直、戸倉さんがあんな答えを出してくるなんて予想外で、少し驚いた。

 

 あのゾンビみたいな、もう僕の中ではゾンビで確定しているそれは、僕にはあまりにも現実味の無い存在だった。

 

 だってあんなに腐ってるくせに動き回る光景なんて、誰が見たってまず自分を疑うだろう。

 

 だから、ゲームみたいに簡単に倒せると思っていた。

 

 間違い、だったけど。

 

 あ、同じ制服を着ている。それが分かった瞬間、記憶の中の顔と現実の醜く歪んだ顔が重なった。

 幾つか言葉を交わした程度の、友達とも言えない仲だったけど、優しそうな丸顔が印象的な奴だった。

 

 友達と笑いあっていた記憶が何故かふっと蘇った。

 これから先、また感染した知人に会ったらと思うと、目眩がする。今はどうであれ、それぞれの人生が確かに存在していたのだ。

 それはもう、人殺しと同義なんじゃないか。

 

 変な話、そいつを見た一瞬でこのことが頭に浮かんだ。途端にナイフの硬い感触が消えて、体が言うことを聞かなくなった。

 迷ったんだ、僕は。

 

 ____人を殺す覚悟ができないならやるな。

 

 無造作に投げかけられた言葉を思い返して、また気分が重くなる。

 倒す、ではなく殺す。彼は既にあいつらのことを化け物ではなく、感染した人だという認識が為されているのかもしれない。

 

 だとしたら、何故ああも簡単に。

 

 けどこの考えを全てジェイドに曝してしまうのは、なんだか嫌だった。

 

 だから彼女につい聞いてしまったのだ。きっとどこかで、彼女なら甘い言葉を投げてくれるだろうと期待して。

 

 私だって怖い。武器なんて持ちたくない、と。

 そういう寄り添ってくれるような答えが欲しかった。

 

 実際、返ってきたのは酷く冷めたものだった。たやすく殺せることに関しては。

 もう失うものは無い。それに込められた感情に気が付けないくらい僕は他人の感情に疎くない。

 もう削られるものが無い、気にすることは無い。実際そうなのかもしない。

 でも削れていくだろう。戸倉さん自身は。

 

 上手く言い表せないけど、こう、彼女に諦観のようなものが見え隠れしている気がしてならなかった。

 それでも彼女は優しかった。

 元々、彼女をそんな考えに至らせてしまったのは僕達だ。

 なのに、僕に対しては、咄嗟に謝ろうと口を開きかけた僕には、責めている訳じゃない、と。

 僕は戸倉さんに取り返しのつかないことをしてしまったのに!

 

 両手で顔を覆う。

 

 きっと感染者に対して僕は罪悪感を持ってしまったのだ。

 しかし彼女はそれさえも見透かしたように、割り切れ仕方ないことだ、と簡単に言ってくれた。

 それは多分、この感情から目を逸らせる言葉だ。

 でもじゃあ戸倉さんは? 彼女はこれからどうやって感染者を殺すことから自分を守るのだろう?

 きっと彼女は勘付いている。

 感染者を殺すことで道徳心だとか、論理感だとかが欠けていくことに。

 

 ふ、と頭が冴えた。

 

 なら僕は、もうそんなものを考える必要は無いじゃないか。

 一人の女の子の大切な人を流されるままに奪って、二度と会えなくした。

 

 腕から血を流しながらも必死に女性を守る、中年少し手前の男性の姿が脳裏に浮かんだ。

 

 用具倉庫の前辺りだったか、夫婦らしいその二人は逃げもしなかった。

 

 引き金を引くだけで良い。

 

 友人の愉しげな声が聞こえた気がした。

 それでも撃てずに居る僕に彼は苛立つ。その空気がいつも怖かった。

 

 遂に、女性を守るため、男性が裂帛の声を上げて飛びかかってくる。

 

 友人の苛立ちが濃く、濃くなっていく。

 後で何をされるか分からない。報復を恐れた僕は引き金を引いた。

 

 ゆっくりと舞う血液に、男性が倒れる湿った音。

 倒れ切る前に友人は、女性を撃っていた。

 

 

 その夫婦は、戸倉さんの両親だ。

 

 僕は戸倉さんの肉親を奪ったんだよ。戸倉さんを哀しませたのは僕なんだ。

 

 全て、言えなかった。

 

 昔から人に嫌われるのが異常に怖かった僕はどうしても伝えられなかった。

 ジェイドさんから戸倉さんだけが助かった理由を詳細に聞いたときは、まさかと思った。

 

 罪を償うとか、そんなものでは足りない。

 全て告げて、死のうかとも考えた。のに、先手を打たれた。

 

 生きて、償ってください。

 

 生きることこそが償いになるなんて、甘いを通りこしてもはや宗教か何かの教えだ。

 

 何故か、顔を覆っていた手が濡れている。

 

 彼女だって、両親に生きていてと請われていた筈だ。

 あの夫婦の元に戸倉さんを送るわけにはいかない。

 

 長く息を吐き出して、枕元に放っておいたナイフを持つ。

 

 少しの刃こぼれも、汚れも見せず、窓から差し込む月の光を反射して鋭い縁を際立たせていた。

 

 映りこんだ自身の顔は、酷く幼く、頼りなく見えた。

 それが酷く不快だ。

 鏡のように鮮明に映る自分を真っ直ぐに見据える。

 

 もう彼女に自分の感情を削らせたりしない。

 

 

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