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赤眼ゾンビ  作者: 海月
第一章
8/99

一人の考え

 一番に目に留まった家には鍵が掛かっていた。

 他に誰かに、もちろん感染者にも入られた形跡が無かったので、窓を割って侵入させてもらう。

 中は薄暗かったが、きちんと整理されている辺り、家主はしっかりした人のようだ。

 

 男性を慎重にカーペットの上に横たわらせる。途中痛みを感じたのか、呻き声を上げるものだから、ひやりとした。

 割った窓を塞ぐためジェイドさんは今は居ない。

 そこにあったクッションを男性の枕にするつもりなのか持ち上げている白樺さんに声を掛けた。

「ガーゼとか、消毒液とか探してきますね」

「うん。僕は看てるから」

 

 手の甲の傷に巻き付けた手ぬぐいも、白いところが見つからないくらいに血で染まっている。代わりの布も探しておいた方が良いだろう。

 こういう時どうすれば良いのか全く分からない。保健の授業で応急処置は習ったけど、それだって完全に覚えているわけじゃないし、あんなに深い傷も見たことが無かった。

 

 食器棚の引き出しまで開けて、結局それらしいのが見つかったのは、脱衣所なんだろう、そこの籠の横に有った。

 プラスチック製で、緑の蓋がついた箱。

 少し背伸びをして、

「と、届かない……」

 もっと手前に出ていたら、と歯噛みするが届かないものは仕方ない。

 諦めて踵を下ろすと、後ろからすっと手が伸びてきた。

 

「これか?」

「っ!?」

 

 驚いて振り返るとポケットのたくさんついた、タクティカルベストというらしい、が目前にあった。

 考えるまでもない、ジェイドさんだ。

 

「はい、ありがとう、ございます……」

 

 なんだか大げさに驚いてしまったのが恥ずかしくて、微妙に俯いてしまう。

 けれど彼は特に気にした風もなく、箱を見て何であるか察したようだ。

「救急箱か。探してくれてたんだな、ありがとう」

 すっと目を細めるのを見て、私は弾かれたように、ジェイドさんの影から出た。

 

 

 箱の中には、消毒液、ガーゼ、さらには包帯まであった。他にも様々な大きさの絆創膏があり、少しの怪我はすぐに対処できそうだ。

 その中に軟膏を見つけたので、一段落ついたらジェイドさんに渡して火傷に塗ってもらおう。

 

 リビングでは、白樺さんがどこかおろおろした様子で、男性に声を掛けていた。

 私達に気がつくと、ほっとしたように状況を説明してくれた。

「さっき急に熱を出し始めて。汗もあんまりかいてないみたいだし、ずっと寒そうにしてるんだ」

「怪我の後に発熱するのはよくある事だ。ただ、汗が出ていないのはかなり体が弱っている証拠だから……」

 

 汗を出して体温を調節するだけの力が無いのかもしれない。

 男性がジェイドさんに救われる前はどんな状況だったのかは分からないが、確実に今は免疫も落ちているだろう。 

 

 それからジェイドさんは私達に傷の処置の方法、包帯の巻き方を頼むと、水と薬を探しに行ってしまった。

 突貫で詰め込まれたことと、ジェイドさんの居ない不安でいっぱいになるが、頼まれたことだ、きちんとしなければ。

 ぐっと唇を結んで、まずは一番酷い手の甲からだ。

 血で固まり始めた布を取るのは、かなり労力を使った。傷口がまた開いてしまうのは避けたい。

 次に消毒をするが、意識がぼんやりとしているらしい男性は痛みに呻いて大きく動くので、腕を抑えてもらっている白樺さんも汗をかいて、なんとか消毒した後も体力を削がれたようだ。

 この傷は腫れてくるだろうし、膿も出るはずだとジェイドさんの言っていた通り、既に腫れてきていた。

 ガーゼを押し当てて、何度も反芻した方法で包帯を巻いていく。包帯を巻くのはやはり慣れていないと難しい。

 不格好だがなんとか出来たことにほっとしつつ、次にする手当てのためにガーゼを用意する。

 

 そこで白樺さんが緊張した顔で言った。

「戸倉さん、僕にもやらせて。包帯もなんとか巻けると思う」

 やけに真剣に申し出るから、頷き返して、私は手伝いに回る。

 額の切り傷を手当てするらしい。

 生え際すれすれにできたその傷は幾本か。どれも深くはないが、範囲が広い。

 テープで固定する事は難しいから、包帯で巻く。

 白樺さんは器用なのか、さっきのジェイドさんの説明だけで手際良く巻いてしまった。


「すごい! 後は小さい傷だけですね」

 少し微笑んで言うと、彼は照れたような、安心したような顔でへにゃりと笑った。

 その小さい傷も、二、三箇所だけで、他に傷が無いか確認して、ようやく張り詰めていた気分が緩んだ。

 後は男性の様子を見つつ、水を飲ませたりするだけだ。

 

「……疲れたね」

「はい。……こんなに疲れることなんですね」

 壁にもたれかかる白樺さんに苦笑で返し、私もぐったりとテーブルに身を預けた。

 多少ほこりを被っているだろうが、今はどうでもいい。

 

「ちょっと、聞いてもいい?」

 

 落ちた声に伏せていた身を起こす。

 白樺さんは少し躊躇う素振りを見せた後、今までずっと着けていたらしい、簡単に作ったホルダーからナイフを引き抜いた。

 

「戸倉さんは何でアイツらを倒せるの?」

 

 一瞬、意味を理解できなくて考えるまでに間が空いた。

 

 それは、最初から今まで考えたことが無かったから。

 極端に言ってしまえば、倒すしかなかったから。そうしないと白樺さんが、私自身もどうなっていたか分からなかったから。そうしないと進むことができなかったから。

 

 たくさん理由は浮かぶけれど、そのどれもが答えに当てはまらない気がする。

 

「それは……特に考えたことは無いですね」

 苦笑して告げれば、彼は思い詰めた様子で頷いた。

 

「そう。僕もあの時まで考えたこと無かった」

 彼は膝に顔を埋めて、訥々と語っていく。

「多分、僕が今日失敗したのは……考えちゃったからだ。今外に彷徨いてるヤツらも、元は僕らと同じように生きてて、誰かと笑ってたんだ。目が合ったとき、本当に怖くなった。実は皆、何かの方法で元に戻れるなら……僕達がしているのは、人殺しなのかもしれない」

 

 人殺し。

 それは、

「私と、ジェイドさんと”アイツら”を殺して生きてきた人のことですか?」

 責めるような口調になってしまって、後悔するも束の間。

 心の隅で、何もしてない癖に、という吐き気がしそうな考えがあることに気付いて、自分自身に嫌気が差した。

 

「ちが、そんなつもりじゃなくて。僕はただ」

 弱々しく首を振る彼に、傷つけてしまったのかと、罪悪感を覚える。

 

「これから先、知り合いとか、友達とか家族が、その、アイツらみたいになってたら……戸倉さんは、殺せると思う? そうでなくても目の前に居るのは誰かの大切な人かもしれないんだよ」

 

 大切な人、という単語に苦い思いが差した。だって私はもう、そんな、そう思える人は全員人に殺されたから。

 

 先の質問にやっと答えられそうだ。

 

「私が感染者を躊躇いなく殺せるのは、もう失うものが無いからかもしれません。家族にあうことも、一番の親友に会うこともありませんから」

 こういう言い方では白樺さんが気にしてしまうかと、彼が何か口にする前に矢継ぎ早にいい募った。

 

「白樺さんを責めている訳じゃありません。ただ質問に答えるならこれ以上の答えは出ません」

 

 大体、と私は白樺さんに対して少し怒った風に、彼の気持ちへの免罪符を使った。

 

「考えすぎです。こんな世界になってしまったなら、仕方ないことだと割り切ったほうが良いんじゃないですか?」

 え、と以外な事を聞いたとでも言うように彼の目が見開かれた。

 

「なんか……戸倉さんって前世の記憶持ちだったりする?」

「何が言いたいんですかそれは」

「大人だねってこと」

 

 微かな羨望が混じっているのに気がついて、さらに首を傾げる。

 白樺さんは思っていることを全て言わない性格をしているから、時折すっきりしない。

 それでも何か少しは吹っ切れたようで、先程よりかは思い詰めた様子が無いことにほっとした。

 

 

 

 しばらく経って、ジェイドさんが帰ってきた頃、男性の熱はさらに上がっていた。

 ただしびっしょりと汗をかいて、一応は食欲もあるところを見ると、今は菌と戦っているんだろう。

 ジェイドさんが持って帰ってきてくれたのは五リットルのペットボトルが二本と、薬、足りなくなることを想定したのか包帯だ。

 

 やはり水は簡単に見つからなかったようで、在庫の方まで回ってやっと見つけたのだと、疲れた様子を見せて言った。


「俺は下で看てるからお前らは二階に居とけ」


 夜通し看病するつもりなのか、ライトを取り出した彼の手を見てはっとする。

「ジェイドさん、これ、火傷の所に塗っておいて下さい」

 救急箱から軟膏を出して手渡すと、彼はちょっと笑って受け取ってくれた。

 

「徹夜するつもりなら僕、交代とかしようか?」

 

 私が心配そうな顔でもしていたからなのか、ジェイドさんがすぐに軟膏を塗り始めた所に白樺さんが提案した。

 けれど彼はちらりと視線を送った後、首を振って無言で断った。

 

「これが乗り越えられたら後は問題ないだろう。それに騒がしい奴がいるのは怪我人が可哀想だ」

「あ?」

 

 肩を竦めてみせた彼に白樺さんが機嫌悪そうに睨みつける。

 男の人ってなんでそう煽るときがあるんだろう。

 見ている方はひやひやするのに。

 軽口で言ってるかと思ったら本気で喧嘩し始めたりするし。

 

 なんとなく私が呆れているのが伝わったのか、二人は会話を切り上げる。

 

 二階へ私達を上がらせたのは、下手に騒いで感染者に気付かれたら堪らないからだろう。

 なので夜、眠気に誘われるまで私は静かに少し前の問答を考えていたのだった。

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