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赤眼ゾンビ  作者: 海月
第三章
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寄せられた信頼

 目が覚めて見えた木の天井に、安堵の息を吐く。揺らめくオレンジ色が天井を仄かに明るくしていた。

 どうやら雪さんが外に出ている間に眠ってしまったようだ。

 ぼんやりする頭を振り、周囲に目をやる。

 布団から随分と離れた所に豆机があり、その上にロウソクが置かれていた。手のひらでは掴みきれなさそうな太いロウソクだ。

 障子の向こうは暗い。気温も眠る前より低いようだった。

 お腹部分にかけていた布団を引き寄せ、冷えた肩を覆う。

 起きた直後だからか、足の痛みは少し鈍い。もう少し経てばあの鳥肌の立つような痛みがやってくるのだろう。


 憂鬱に思っていると、襖が静かに開けられた。

「雪さん」

 オレンジ色の光に照らされた雪さんの顔がふっと緩んだ。

「起きたのねぇ」

「ごめんなさい、ずっと寝ちゃって」

 彼女が帰ってきた事にも気づけなかったほど、深く眠ってしまっていた。

 雪さんは気にするなとでも言うように首を横に振る。


「今は自分の体の事だけ考えていればいいの。気分はどう?」

「気持ち悪さはマシになりました」

 上半身を動かしただけでも響く程、足は痛いけれど。

「良かったわぁ。何か食べる? コーンポタージュなら残りがあるわよ」

「雪さんの分があるなら、いただきます」

 食べさせてもらえるなら、遠慮しない方が良い。それ程に自分の体が弱っているだろうことは分かる。


 彼女はふわりと微笑んで頷いた。

 私は海音や、彼女の弟が見つかったか早く聞きたくて口を開いたけれど雪さんが待ったをかけるように手の平をこちらに向けた。私は口を噤む。

「食べながら話すわ。少し待っていて?」

 こくりと頷くと、彼女はまた襖を閉めて部屋の外へと消えていった。


 程なくして、雪さんが最初と同じお盆を持って部屋に入ってきた。湯気の立つお椀が二つ置かれているのを見て、私は密かに胸を撫で下ろす。

「さて、と。まずは見ての通り、生きている人は見つからなかった。学校の中、周辺の家も少しまわってみたけれど、ゾンビばかり」

 雪さんが軽くため息をついた。私は少しの期待が砕かれて、内心落胆する。


「ただそれらしい死体も、ゾンビも、見当たらなかったわね」

 つまり、まだ生きている可能性はあると、遠回しの慰めだろうか。それはきっと、雪さん自身にも向けられている。


「なら、探しましょう。もっと遠くまで」

 力を込めて雪さんに言う。

「怪我もすぐ治します」

 二人になれば探せる範囲は広がるはずだ。

 じぃっと雪さんを見つめると、不意に彼女は笑い出した。

「やっぱり、真美ちゃんは優しい子なのねぇ」

 ころころ笑いながらそう言う彼女に、私はぎゅっと眉根を寄せる。

 優しいと、そう言われるのは苦手だった。


 だって私より優しい子は、居るから。


 私はふいと顔を背ける。

「タダ飯喰らいにはなりたくないんです」

 言うと、彼女はいっそう笑った。笑い声の間に頷く彼女に、私は更に居心地悪くなる。

「じゃあ頑張ってもらおう。二人の方が心強いわ」

 ふわりとした笑顔を浮かべる彼女に、私は若干眉を寄せながら頷いた。





「サイズはどう?」

「ピッタリです」

 肩の位置を調整したり、裾を捲ったりと丹念にサイズ感を見てくれる雪さんに頷く。何だか小さな子供になったようで気恥ずかしい。

「足の方も……中が痛いとかはないわね?」

「はい。どこも痛くないです」

 傷一つ無いふくらはぎを丹念に見る雪さんは、真剣そのものだ。

 すぐ治しますと言ってから、足の傷は四日程で治った。治ってすぐに立ち上がった所、血が足りていないのかふらついたので、それも完全におさまるまで一日安静にしていた。それでも一週間もかかっていないのだ。


 やっぱりおかしいなぁ、と自分の足元を見ていると、ふっと顔を上げた雪さんと目が合った。

「本当に今日、出るのね」

「もちろんです。もうふらつきもしてないし」

 手を握ったり開いたりして、平気な事を示す。それを見た彼女は、眉を寄せながらも淡く微笑んだ。

 

「そうだ、雪さん」

 私は彼女に背を向け、リュックの中からあの手紙を取り出した。

「桜木研究所、って知ってますか」

 雪さんが研究所の名前を口の中で呟く。それから首を傾げた。

「名前くらいね。桜木研究所が、どうしたの?」

「この手紙に、そこに行ったらワクチンがあるかもって。私達には必要ないかもしれないけど、これを知ってる他の人に会えるんじゃないでしょうか」

 言いながら手紙を差し出す。彼女は眉をひそめながらそれを受け取った。さらっと斜め読みして、また私を見つめる。

 その目には怪訝そうな光が浮かんでいた。

「これを書いたのは信用できる人?」

 首を傾げる彼女に、私は首を振った。

「会ったことはないです。でもこれは海音に宛てた手紙だから……」

「お友達ね。その研究所に行ったとして、会えるかしら」

 雪さんが顎に手を当てる。諦めさせようとしているというより、その可能性がどれくらいあるかを思案しているようだった。

「その周辺も探してみて……あぁ、他の生存者に会える可能性もあるのか……」

 小さく呟いて、彼女は顔を上げた。私は何となく緊張して続く言葉を待つ。


「桜木研究所、行ってみましょう」

 ぱ、と私は思わず笑顔を浮かべた。それを見た彼女は僅かに目を見開く。


 それから何だかにやっと笑ってみせた。

「あら、笑うと年相応ねぇ」

「年相応って」

 いったいどういう意味かと半目になると、彼女は前髪を耳の方へ流す。

「あーぁ、お日様が隠れちゃった」

 歯の浮くようなセリフに、私は遠慮なく顔を顰めた。一瞬にして鳥肌の立った腕をさする。

「キザったらしい……」

「こう見えて女子高の王子様もやってたからねぇ。ねぇどう? いける?」

「キモいです」

「えぇー」

 渾身の嫌悪感を込めて言い放ったのに、雪さんには全くと言って良いほど効かなかったみたいだ。笑って流される。


 準備を終えた私達は、地図を見て研究所までの道のりを把握した。歩けなくはないが、普段なら電車を使うくらいの距離だ。


「あ、そうだ、線路に沿って行きませんか?」

「あら、悪い子」

 間髪入れずからかわれてむっとするが、私は言葉を続けた。

「地図から見たらそっちの方が楽そうじゃないですか。見通しも良いし」

 雪さんは地図を眺めて、それから小さく頷いた。

「そうねぇ、それも良いかも。あとあなた、お家には寄らなくて良いの?」

 私はきょとんと雪さんを見返した。特に取りに戻りたい物も無い。けれど彼女の目に浮かぶ物を見て、何となく何が言いたいかを悟る。

「……家族は、もう居ません。下着の替えもあるし、別に取りに行きたい物も無いです」


 それに帰れば折れる。母さんとの思い出を、平穏な暮らしを思い出せばきっともう動けない。

 私は折れないために、強くあれない。目を背けてやり過ごすしか。


 彼女は悲しいような目でじっと私を見ていたが、ふと瞬きをした。

「そう。分かったわ」

「あ、でも海音の家には寄っても良いですか?」

 雪さんがあぁと頷く。

「もしかしたら家に戻っているかもしれなわいわね」

「それに海音の家なら、顔が分かる写真があるかと思って」

 彼女は重ねて納得した様子で頷いた。探すなら一応彼女にも顔を知っておいてもらいたい。

「だから雪さんも……蛍さんと海麗さんの写真があれば見せてください」

「分かったわ」

 そう言って彼女は家の奥に引っ込むと、程なくして分厚いアルバムを持ってきてくれた。

「ええと、一番最近のはこれねぇ。海麗ちゃんが小学校を卒業した時の」

 写真を受け取りまじまじと見る。スーツ姿のお兄さんが、小さな女の子に合わせるためかしゃがんで寄り添う写真。


「……仲、良かったんだ」

 海麗ちゃんのはにかむような笑顔も、蛍さんの満面の笑みも、どれだけこの姉弟と海麗ちゃんの仲が良かったかを表している。

「まぁねぇ。蛍なんて過保護も良い所だったから」

 肩を竦める彼女は、けれど嬉しそうだった。


 

 準備を終え、まず海音の家に向かう。普通に行けば十五分程度の道のりを、たっぷりと三十分弱かけて慎重に歩いた。

 そのおかげで、ゾンビ達とは戦う事なく家に辿り着く。

「雪さんのそれ、使わずに済んだね」

 それ、は猟銃だ。斜めがけした猟銃は妙な圧を放っていた。

「音も大きいし、扱うのは緊張するし、助かったわぁ」


 彼女はここに来る前まで地方に住んでいたらしく、彼女の父親は猟友会に所属していたのだと言う。

「入門書を読んだだけで使えるようになるものですか、それ」

「一番強い武器だもの。使わないともったいないよね」

 はは、と彼女は笑う。扱う事に緊張はするけれど恐怖はないらしい。


「ところで、どうやって入るの?」

「確かランプのとこに鍵が」

 目線を上にあげると、曇りガラスのランプが目に入った。これを使ったのは私の前では一度だけだから、今もあるかは分からない。

 ランプまではギリギリ届きそうだけど、回して外すのは難しい。

「あっちに踏み台があったはずです」

「待って待って。こっち来て」

 探しに行こうとすると、雪さんがランプの下を指さす。正直にそこへ移動すると彼女は後ろに回った。

「何ですか、」

 意図が分からず振り仰ぐと、お腹に手を回され、ぐいっと持ち上げられた。

「これで届くでしょ」

 届くけど、と私は呻く。この人はちょっとせっかちなのかもしれない。もしくは大雑把。

 ずっと体重を預けるのも申し訳ないので、私はさっきよりも近くなったランプに手を伸ばし、くるくると回す。

「あ、あった」

 テープで貼り付けられた鍵を取ると、雪さんは私をおろす。


「ありがと」

 にっこり笑う彼女に、私は半目になりつつ鍵を開けた。


 日中とはいえ中は少し薄暗い。土足で入るのも気が引けるけれど、埃が薄らと溜まっていたから、スリッパを借りてお邪魔する。

 廊下を見て、私はうーんと目をすがめた。


「……誰かは、居たのかも」

 私が呟くと、雪さんはその場にしゃがみ込む。

「ほんと。足跡みたいなのがあるわね」

「でもその人、か、その人達もスリッパ履いてたみたいですね」

 足跡は丸く、サイズも同じ。だから複数人居たかどうかも分からない。


「とりあえず部屋を見て回りましょう。何かあったら叫んで」

 雪さんにこくりと頷く。彼女は一階、私は二階を見ることになった。

 二階は扉が二つ並んでいる。確か左側が海音の部屋だ。今はきっちりと閉められているその扉に耳を当てる。

 息を殺して向こう側に耳を澄ませるが、特に物音はしない。それをもう片方の扉にもやり、やはり物音がしない事を確認する。


 私は海音の部屋の扉をゆっくりと開いた。

 部屋の中は日がさして明るい。誰も居ない事に落胆すると同時にほっとする。

 とりあえず、とぐるりと部屋を見渡した私は、はっと目を見開いた。部屋の壁に掛けられている、見慣れた制服。

 スカーフを手に取り、タグに書かれているはずの名前を見る。少し滲んではいるが、海音のフルネームが書かれていた。


 やはり一度、帰ってきていたのだ。ぎゅっとスカーフを握りしめる。


 生きている。彼女は確かに生きて学校を出て、ここまで来た。意味も無く焦りがほんの少し緩む。

 けれど長く息を吐いて気を引き締める。家に戻ったという証拠があっただけだ。再度部屋を見て、アルバムらしい物が無いか探してみる。


 しかしそれらしい物は見つからず、他に目を引く物も見当たらなかったので私は彼女の部屋を後にした。


 もう一方の部屋は確か、海音の両親の寝室だったはず。気は引けるが、それこそアルバムか写真かはありそうだ。


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