探索は慎重に
投稿が遅れて申し訳ありません。
白樺達の新天地?探索編です!
準備と言っても、予め決めておいたルートとはぐれた時にどうするかの共有をするだけで、そう時間はかからない。
「準備良いですね」
最後の最後に調達に参加してくれた阪本さんが手元の銃を見ながら感心したように呟く。彼が持っている銃とナイフ、それから必要そうな物はほぼ三ノ輪さんが準備していたものだ。
手持ちの確認を終えた三ノ輪さんが、リュックをぽんと叩く。
「まだ足りないくらいだけどな」
「え、けど弾の数も前と変わらないし、充分じゃないですか」
意外そうな声を上げる阪本さんだけど、今回ばかりは前と同じ準備では心許ない。
「何が起こるか分からないから」
俺が言うと、阪本さんはさらに首を傾げた。
以前は同じルートを何度も使っていた。調達するための店は幾つかあったけど、全員がその道の把握は出来ていたはずだ。つまり周辺の土地勘はほぼ完璧な状態。感染者を警戒すべきポイントも、そもそも感染者が多い場所もほぼ分かっていた。だから何かあっても、拠点であるデパートには戻りやすい。
そしてその安心感は、武器の扱いにも影響する。不安から無駄撃ちすることも少なくなる。それに精神状態で体力の減り方も違ってくるだろう。
簡単にそんなことを言ってみると、三ノ輪さんも大きく頷いた。
「それに昨日はうるさくしたから、感染者が集まってきてるかもしれない……って言ったら行く気なくすか」
「まぁまぁ。んでも飢え死にも嫌です」
苦笑した三ノ輪さんに阪本さんが軽い調子で言ってのける。
無理して言っている様子もないから、もう感染者には慣れきっているんだろう。それこそ囲まれた後でも平気でいられるくらいには。
「三ノ輪、俺もういける」
先程から地図を読み込んでいた八木さんから声がかかる。
この辺りの詳しい地図は一枚しか見つけられなかったから、こうして一人ずつ地図を覚えてもらうしかなかった。スーパーやコンビニの位置が書いてある訳じゃないから、これから見つけ次第この地図に書き込んでいくことになる。
「じゃあ行くか」
受け取った地図を畳み、三ノ輪さんがリュックを背負った。
俺も三ノ輪さんの後に続いて、マンションの廊下へと出る。
「そういえば、出口とか階段とかにバリケード作らないんですか」
ロビーまでの階段を降りながら、阪本さんが思い出したように言った。
今までそんな余裕がなかったけど、バリケードは確かに必要だ。気づかないうちにふらふらと入ってこられても困るし、廊下でかち合っても武器がないと逃げ切れないだろう。
「それもやらなきゃいけなかったな……。また別日にホームセンターも探そう。よっぽどのことがない限りあいつら入ってこないだろ」
三ノ輪さんが疲れたようなため息をついて答える。
感染者はドアを開けられない。人間としての理性を失った感染者は動物と同じく、ドアの概念はないんだろう。目の前でドアを閉められたら、手の平や拳を叩きつけて破ってこようとする。だから人間を追う時以外はほとんど道をうろついているだけだ。
「それに皆上の方に固まってるから大丈夫そうですね」
バリケードを作るかは聞いたものの、あまり執着する問題じゃなかったのか、阪本さんはあっさりと頷いた。
「じゃ、予定通りに」
外に出るのは、マンション正面の自動ドアからではなく、普段は管理人が出入りするらしいドアからだ。ドアノブに手を掛けた三ノ輪さんに、全員が頷いた。
外は相変わらず静かだ。鳥は時々見かけるけど、あまり鳴かない。そのせいで不気味な静けさに拍車がかかる。
一番前を歩く三ノ輪さんは既にナイフを手に持っている。その少し後ろの阪本さんはバールを握っていた。八木さんと俺だけは何も手に持たず、銃かナイフをすぐに抜けるようにして周囲を警戒する。
入り組んだ細い道には入らず、大きな通りをしばらく歩いたところで感染者の姿が見えた。そのすぐ向こうにはコンビニがある。
三ノ輪さんが振り返った。感染者を倒すつもりだ。
感染者は二体、四人なら余裕で相手できる。二体の距離はそう離れていないけど、一体は骨の飛び出た右足を引きずり、のろのろと動いていた。
三ノ輪さんが阪本さんに耳打ちした。阪本さんが頷き、足音を殺しながら動きの遅い感染者に近づく。距離が縮まったところでバールを振りかぶって、感染者の頭へと叩きつけた。
頭蓋骨が陥没する湿った音を合図に三ノ輪さんが駆け出す。その動きに気づいたもう一体が振り返った。鼻がひしゃげて潰れた感染者が咆哮をあげようとその口を開く。
しかしその前に肉薄していた三ノ輪さんが喉を突いた。喉仏の上にナイフがめり込み、感染者の口からは唸り声の代わりに血が溢れ出る。
それでも感染者は三ノ輪さんを喰らおうと腕を伸ばした。
「俺が行く」
八木さんが小さく言う。
周囲に気を配りながらも、三ノ輪さんには追いついていた。八木さんはナイフを抜いて、感染者の腕を掴む。気づいた三ノ輪さんが身を反らせると、そのナイフを眉間に突き立てた。
どさりと音を立てて感染者は地面にくずおれた。喉から流れ出す血が地面をぬらぬらと光らせる。
後ろでは阪本さんが痙攣して倒れている感染者に向かって、バールを振り下ろしている。一度、二度と振り下ろして、完全に動かなくなったことを確認すると、ふぅと息をついた。
結局俺は銃もナイフも抜かずに済んだので、コンビニの店内へと目を向ける。
店の中にはスカスカの商品棚が並んでいた。荒れ具合は他の店よりも随分とマシだけど、食料はあまり期待出来そうにない。見たところ派手な血痕も無いし感染者も居ない。
プラプラとバールを振りながら阪本さんが俺の隣に立った。
「あんま期待はできなさそうだね」
「でも感染者は居ないみたいです。他に居そうなのは従業員室と奥のトイレくらい」
極力静かに先の二体を倒したから、流石に居たとしても出てこない。
「じゃあさっさと入っちまおう」
いつの間にか後ろに居た八木さんが俺の背中を押す。
押されるまま足を一歩踏み出して店内に入るが、感染者が居ないと分かっていても一瞬体に緊張が走った。
むっと八木さんを睨みつけるけど、本人は知らん顔だ。
「俺はここで見張っておくから、頼んだ」
新しい感染者が来ないか見ていてくれるのだろう。とりあえず八木さんへの苛立ちは置いておいて、三ノ輪さんに頷き返した。
当然というか缶詰やカップ麺は軒並み持ち去られているし、飲み物に至ってはジュース類もすっからかんだ。足の早い食べ物自体も少ないから、おそらく店側が商品を売るだけ売ってすぐに店じまいしたのだろう。
お菓子コーナーを覗くと、キシリトールガムが少し残っていた。水の節約のために歯磨きも満足に出来ないから、虫歯予防になるキシリトールガムはありがたい。
それだけ見つけて、店内をうろつく八木さんのところへ話しかけに行く。
「やっぱり何も無いですね、ここ」
雑誌なんかは数冊残っていたりもするけど、入り口から見た通り本当に食料は無い。地図に表記しなくても良いレベルだ。
「ここら辺の店がこんなのばっかりだったら、あんま時間かけてられないな」
八木さんも難しい顔をして、腐ってドロドロの、元はサラダか何かだっただろうそれをちらりと見やる。
近場で食料が見つけられなければ移動せざるを得ないし、その移動も飢えで動けなくなる前に考えなくちゃいけない。
だけど今は皆疲れきっているから、どうにかして当分の食料を工面する必要があった。
俺たちは割と厳しい状況にいるのだと、改めて確認させられる。
そこへ阪本さんがペットボトルを抱えてやってきた。二リットルのものを二本。どかりと床に置く。
「これ裏にちょっと残ってました。ダンボールはほぼ開けられてたんで、前にここ漁ったやつはいるんでしょうね」
「でかいな。俺が一本持つからあと誰か持ってくれ」
八木さんが顔をほころばせる。何も無いと思っていたのが、水四リットルが手に入ったならまだ大収穫だ。だけどこれも無いよりマシなだけで、人数と照らし合わせたら十分とは言えない。
「俺持つよ」
残ったもう一本を横向きにリュックへ入れる。走るのに支障は出ない重さだ。
「ここはこれだけか?」
できればもう少し行動範囲を広げて、水だけじゃなく食料も見つけたい。
それは皆も同じだけど、寄り道するわけにも行かず、また決めていたルートをなぞる。今度は地図があることを期待して市役所を目指していた。
その道中にはバイパスの入口があり、三ノ輪さんは車が放置されているかもと言っていた。運が良ければ何か手に入るかもしれない。
三ノ輪さんの読み通りか、歩いていると段々と車の数が増えてきた。大抵の車は道路の端に寄せてあり、バイパスに入る前に乗り捨てたことが伺える。
それもそのはず、バイパスの入口からその手前まで、車がずらりと並んでいた。合流する前の坂道では、車が自重で後ろに下がり、後続車に尻をくっつけていた。
「これじゃ合流もできなかっただろうな。新しく入れてやる余裕のある奴がいるとも思えないし」
三ノ輪さんが呟いて、徒歩ではまだかかるバイパスを仰ぐ。きっとそこにはぎゅうぎゅうに車が詰まっているだろう。
そしてその間を縫うように感染者がうろついていた。ふらふらと定まらない頭が見えて、俺は顔をしかめる。
「この辺り、感染者が多いかも」
「そうだな……他の道を通るか」
バイパスに近づくのもリスクがあるし、遠目にだけど動いているものも見えるから、市役所へは迂回することになった。ただその迂回ルートは死角が多くなりそうで、感染者の多いバイパスから離れるとはいえ油断は出来ない。
ナイフを手に持ち、周囲を警戒していると、バイパスとは反対側の道からふっと影が飛び出した。
感染者だと、確認する前に体が動いた。三ノ輪さんが銃に手をかけるその間に割り込んで腕を振る。ナイフの切っ先は鎖骨の下辺りを掠めた。
目線の少し上には血にまみれた顔がある。どうやら頭部を齧られているようだ。顔に損傷は無いが、髪が頭皮もろとも禿げて骨が見えている。
「白樺!」
背後で三ノ輪さんが声を上げた。ナイフを逃れた感染者は俺の首元へ噛み付こうと口を開けている。
咄嗟に身を引くと、その間隙に誰かが飛び込んだ。
振り下ろされたバールが感染者の頭部に今度こそ穴を開ける。阪本さんはそのままバールと一緒に感染者の頭を地面に叩きつけた。
バールを抜くと、一緒にまだらなピンク色のぶよぶよした脳だろうものが出てくる。念の為か阪本さんがもう一度バールを感染者の頭に叩きつけた。
完全に動かなくなった感染者を横目に、俺は息を整える。
「……阪本さん、ありがと」
「あ、うん。大丈夫?」
噛まれもしなければ、血も大して付かなかった。彼にこくりと頷いて、その顔色を伺う。
息は多少上がっているものの、特に変わった様子は無い。感染者への過剰な恐怖から飛び出したわけではないみたいだ。
あの状況で助けに出てくれるなら三ノ輪さんだと思っていたから少し違和感があったけど、要らない心配かもしれない。
少なくとも阪本さんは平静を保っているように見えた。
「すまん、ちょっと気ぬいた」
三ノ輪さんが謝るのに、俺は阪本さんから視線を離した。それから首を横に振る。
「へーき。……ていうか、なんか静かだったよね」
この感染者は獲物を見つけたときの咆哮もあげず、唸り声も聞いていない。
咆哮をあげる間が無かったから、三ノ輪さんも反応が遅れたのだ。
「確かにこいつ煩くなかったな。でも喉はどうもなってない……元々声が出せなかったのかもな」
感染者の喉元は血で汚れているだけで、目立った怪我は負っていなかった。
三ノ輪さんは続ける。
「例えば癌で声帯を摘出しなくちゃいけなかった、とか。生前の病気が関係してるんだろ」
俺は感染者の皺の無い首元を見やってふぅんと頷く。
「なんにせよあいつらが集まってこないなら楽だな。さっさと行こうぜ」
八木さんがどうでも良さそうに話を終わらせる。
咆哮に釣られた感染者は今のところ出てきそうにない。




