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赤眼ゾンビ  作者: 海月
第一章
3/99

初めての

 生き延びることが当面の目標です、なんて声高に宣言したものの。

 

 ジェイドさんが言うには自分には圧倒的に足りないものが多くあるらしい。

 

 まずこんな世界になってしまった原因。詰まりは感染者。それへの耐性というか、慣れというか、が足りない。なにせ相手はぼろぼろの衣服を纏い、それに負けず劣らずの皮膚をさらけ出して、挙げ句の果てには異臭を放ちながら襲いかかってくるのだ。むしろ慣れなど存在するのかという割とどうでもいいことを考えてしまう。

 ともかく感染者の異様な姿でパニック状態になったり、硬直してしまったりするのを防ぎたいらしい。

 

 そのためには実践が1番だと妙に自信がある様子で言われたが、それは他の足りないもののせいで少し先送りすることとなった。

 

 そして実践を先延ばしにしてくれたのは体力面の問題。

 感染者は映画に登場するゾンビのような風体をしている。

 違う点は足の速さ。腱が使い物にならなくなっていたり、筋肉がちぎれていれば歩けもしない。逆に足の損傷がほぼ無ければ、それは人の出せる最大速度で追ってくるらしく、今の体力じゃ逃げてもすぐに追いつかれ、感染者になるしかない。

 ならば鍛錬あるのみ。

 筋トレや、階段をひたすら駆け上がったり、下りたり、日に日に内容が濃くなっていくトレーニングはやっと普通の人と同じ体力と筋肉量になっても今なお続けられている。

 そこで少し思ったのは、

 ____ジェイドさんって意外とスパルタな性格をしているみたい…………。

 

 という気づいても特に意味の無いことだった。

 

 次はナイフや銃といった、武器の扱い方。

 銃は音は出るし、弾は無限にあるわけじゃないしで、練習することは出来ない。いまは、専ら整備の仕方や操作方法を教えてもらっている。

 ナイフについて、これは絶対に身に付けておけ、とホルダーとサバイバルナイフを渡された。案外ずっしりと重く、無機質なフォルムのナイフはこれからどのくらい使わなくてはならないのか。

 ”これから”を考えて私は重い気分にならずにいられなかった。

 

 食料に消耗品。すぐに無くなることはない、と思うけれど。確実に減っていくそれらに、私はどうしても不安を覚えた。

 

 

「ジェイドさん。準備できました」

 声をかければ、よしと頷き、ジェイドさん自身も荷物を持ち上げた。

「はぐれた場合はすぐに此処に戻ってくること。それから感染者は出来るだけ倒してきたけど、まだ多いから、できるだけ静かにな」

 死んだら元も子もない。

 幾度か聞いたそれに対して頷くことで応える。

 今日、この学校を離れて隣町に移動することになった。

 近くのスーパーはもちろんコンビニの食料がほぼ尽きかけているからだ。きっとあの団体が殆ど持ち出しているんだろう。

 まず私の家、それからジェイドさんの家に寄って、マンションを拠点にするらしい。

 

 避難用のリュックでは入るものは限られていて、食料しか持っていけない。ジェイドさんはそれ以上に武器も持っているからかなり重そうだった。

 

 外はしんと静まりかえっている。鳥の鳴き声でさえしない。

 いつもの風景なのに、アスファルトの地面に血がこびりついているのを見ると、違う町に、国に来てしまったようだった。

 まだ、感染者の姿は見えない。

 

 息をするのを忘れるくらい緊張してしまう。

 冬の間に落ちた枝や葉っぱを踏むだけで心臓が大きく跳ねた。

 びくびくしながらも、見慣れた郵便局やコンビニを通り過ぎ、いつもの家にたどり着いた。

 感染者は結局姿を見せず、特に迂回することもなかった。

 案の定、家には鍵が掛けてあった。

 

「鍵どうすればいいんだ?」

「あ、えっとあそこに」

 

 私が指さしたのは玄関先についている明かり。それはもう使っていないもので、透明なカバーガラスのなかに鍵が貼り付けられている。

 私では届かないのでガレージの隅にある脚立を持ってこようとしたら、ジェイドさんがいとも簡単に手を伸ばして外してしまった。

 ぺり、とテープを剥がしこちらに渡してくる。

 礼を言って受け取り、また律儀にもはめ直しているジェイドさんを横目に鍵を開けた。

 家の中にはうっすらと埃が積もっていて、どこかかび臭い。

 

「自分の部屋、行ってきます」

「……ああ」

 

 じっと床を見つめているジェイドさんに伝えて、二階へ。

 クローゼットの中で一番大きいリュックを選び、着替えを重くなり過ぎないように詰めた。他に必要そうなものを少し選んで、荷物は完成だ。

 私がなんやかんやしている間に季節は巡り、春半ばまで来たようで、さすがに冬服では暑い。スカートも動きづらいし、もっと薄手の動きやすいものに着替えたい。

 ホルダーを外して、机の上に置く。

 適当なシャツとジーンズに着替えれば、まとわりつく重さと暑さからやっと離れられた。

 そうしてホルダーに手を伸ばそうとした、その時。

 かた、と微かに音が聞こえた。

 二階には私の部屋と両親の寝室しか無い。

 気の所為だ、と思いたいが心臓が煩く不安を訴えてくる。

 意を決して、半開きのドアから中を覗いた。

 たなびくカーテンから漏れる明かりしか部屋を照らさない。

 ぼんやりと浮かび上がる家具たちをじっと見つめるが、少なくとも動くものは見あたらなかった。

 窓を閉めようと、カーテンをくぐりサッシに手をかける。

 カラカラと窓を閉め、ふと、顔をあげたその先には。

 透明なガラスに、べったりと、赤黒い手形が内側に、ついていた。

 「…………っ」

 声を上げなかったことを、褒めてほしい。

 今更ながらナイフを置いてきたことを後悔した。

 するすると。

 カーテンを撫ぜる音。

 逆光で私の居る場所は分かるだろうに。探るようなその仕草に総毛立ち、体が固まる。

 逃げないと。どうすれば捕まらずに下に降りられる? ジェイドさんは、気づいているのか。

 目まぐるしく思考している間に、手は肩の位置に。

 

 

「っジェイドさ______」

 

 耐えきれなくなって叫ぼうとしたとき、ぐっと喉を掴まれた。

 吐き出せない。吸えない。

 混乱する頭で、この人は喉を探していたんだと、合点がいった。

 両手を使い剥がそうとするも、あっちの方が力が強い。

 もがいている間にもぎりぎりと圧力を込められる。

 下に体重をかけ続けていたせいかカーテンが外れていく音がする。

 

「その子から手を離せ! 撃つぞ!!」

 はっと、飛びかけていた意識が戻る。同時に手が離れた。

 途端に咳が出て、肺からはひゅうひゅうと音が出た。床に座り込み、なんとか息を整えていく。

 未だ涙の滲む視界で見上げれば、どこかの制服を着た少年がいた。

 

 

「さっきは、ほんとに……」

 

 リビングのソファに腰を下ろした私は、さっきから謝り倒しの彼に困っていた。

 何度大丈夫ですよ、と伝えても項垂れるばかりで、顔色まで悪く見えてくる始末だ。

 横に居るジェイドさんも警戒しているのか彼を睨み続けている。それはもう、向けられなくて良かったと思うくらいに。

 

「き、気にしないでください。誰だって見知らぬ人が入ってきたら混乱しますし……?」

 混乱したにしては恐怖演出が凝っていたけれど。

 とにかく顔を上げた彼に少し口角を上げてみせると、向こうもだいぶ落ち着いてきたみたいだ。

 特徴的なラインが入った紺色のブレザーのしわを直して、眉を下げつつも笑う。

 

 

「ごめんね。……僕は白樺 (しゅう)。高一だよ。よろしくね」

「戸倉海音です。えと」

 差し出された手を戸惑いつつも握ろうとすると、

「ジェイドだ。自衛隊に就いている」

 少し不自然に遮った。

 白樺さんは目を見開いて、すごい! と手を合わせて興味がある素振りを見せている。

 私だけ、行き場の無くなった手を引き戻しながら、食い違いのようなものを感じていた。

 

「俺達はこれから隣町に行く。…………お前も来るか?」

 

 問いかけに白樺さんは目を輝かせ、しきりに頷いている。

 

「本当にいーんですか! 僕、足で纏いにならないようにするんで!」

 

 犬だったら尻尾がぶんぶん振られていたに違いない。

 

 

 

「戸倉さん、戸倉さん」

「? はい」

「その腰のやつ、かっこいいね! ナイフみたいだけど」

 今まで黙々と歩いてきたのだが、沈黙に耐えられなかったらしい。

 白樺さんは明るい声で言ってきた。

「ちょっと見してくんない?」

 あんまり喋られると、ジェイドさんが怖い。さっさと会話を終わらせたいから、ホルダーからサバイバルナイフを丁寧に抜いてみせた。

 それをまじまじと見つめる白樺さんは子供みたいだ。

 

「わあ!! 戸倉さんこれ使えるの!?」

 

 興奮したのか、声が急に大きくなった。

 慌てて静かにするように人差し指を口元に持ってくれば、白樺さんはごめん、と落とした声量で呟くように言った。

 心臓に悪いのでやめて欲しい。

 静かな場所では、よく響く。

 辺りを見回して、一瞬、頬が強ばった。

 

 右、白樺さんの後ろから、感染者の影。

 彷徨いていたわけではない。猛スピードでやってくるそれは明らかに私達に気づいていた。

 あと百メートルもない距離に、どうしようもなく手が震えた。

 ジェイドさんは居ない。きっと近づきそうな感染者を倒してくれているんだ。

 

 今、武器を持っているのは私だけ。白樺さんはまだ気づいていない。

 異様な速さだ。

 深呼吸して、震える手に力を込める。

 立ち止まった私に、白樺さんが不審そうに振り返る。

 白樺さんの背後を抜け、自分から感染者に近づく。

 大きく開けた口。女性らしくそこまでの身長差はない。

 

「!! 戸倉さ、」

 

 下顎から、柔らかい舌を、突き抜けて。

 サバイバルナイフは顔を一直線に通過した。

 くたり、と感染者が力を失う。

 それに任せて引き抜けば、ねばねばした血に塗れた刃が姿をあらわした。

 心臓がせり上がって両の耳元で鳴っているみたいだった。自分の荒い呼吸も、白樺さんの声も遠くから聞こえていた。

 鮮明な赤が目を支配している。

 

 突き刺したときの感触がまだ手に残っている。

 女性の目から溢れていた血が涙のようだった。

 急に恐ろしくなった。

 感染者への恐怖ではなく、これから人だった人を殺すことが当たり前になってしまう。

 今までの暮らしはもう戻ってこないと目の前に突きつけられた気分だ。

 

 ふいに、頭に重みを感じた。

 

「……怪我は」

 暖かいそれは、ジェイドさんの手だ。

 ゆっくり思考が回り始める。

 

「ありません」

 一言落とせば大きな手は頭から離れた。

 いつの間にか溜まっていた涙を拭って、ジェイドさんを見上げる。

 怒っている、かな。

 

「今はここを離れよう。また感染者が来るかもしれないし……白樺。説教は家に着いてからにしてやる」

 どうやら怒りの矛先は白樺さんに向いたらしい。良かった。

 

「すみませんでした!!!!」

 限りなく小さい声で謝罪しているのに大声のような出し方をするというなかなか器用なことをする白樺さんには目もくれずジェイドさんは歩き始める。

 ……放っておいて良いのかな?

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