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赤眼ゾンビ  作者: 海月
第一章
27/100

彼女は変わらない

若干の下ネタが出てきます。小指の爪引っ掛けてる程度だと思いますがお気をつけ下さい。

 見回りを早々に終えて、少し様子を見ようと荷物を手にしたまま海音のいる階を覗く。

 どこで休んでいるかまでは把握していなかったが、存外に近い距離で話し声が聞こえて、思わず立ち止まった。

「行かねえの?」

 声を出した金井の口を三ノ輪が慌てて塞いだ。

 振り向いて、先に戻るよう目で促す。

 三ノ輪が軽く頷いて、未だに訳の分からなさそうにしている金井を引っ張っていった。

 恐らく三ノ輪も響く泣き声に気づいていたのだろう。

 改めて聞き耳をたてると、どうやら泣いているのは海音じゃない。となると泣き声の主は女のようだから、十中八九あの猫のような少女だ。

 ちらりと見かけたときはいつも笑っていて、控えめな海音に比べて、随分と快活なものだと思っていたのだが、やはりこの状況にはしんどいものがあるらしい。

 咽び泣きのような響きを帯びているそれのなかに重なる声は落ち着いているようで、それが苦々しく思えた。

 あの子が酷く泣いたのは、近しい人の遺骸を見たときだけだった。その後も何回か声を殺して泣いてはいたが、こちらに気づかせまいとしているのか、夜中に思い出すようにすすり泣くものだから、何も言えなかった。きっとその時慰めてしまえば、泣くことさえ止めてしまうだろうから。

 学校を出てからは一部屋に居ることがずっと減って完全に把握できていないものの、そうやって感情を吐き出すことは異様に減った気がしてならない。

 

 そういうところが、気にかかって仕方なかった。

 だから再三、頼れ、無理をするなと言っているのに、伝わらないどころか、余計に意地を張らせている。

 あの子が弱音を吐ける場所を作ってやりたいと思うのに、それができない自分が歯がゆかった。

 あの子のものじゃない泣き声を聞きながらつかの間ぼんやりする。

 俺では力不足なのかもしれない。

 会って数ヶ月の人間だ。就いている職業だけが信頼してもらう為の証だ。

 不意に泣き声が小さくなって、話し声が漏れ聞こえてくるようになった。

 どうやら話題は明るい方向へ転じていくようで、御陵の声が少しずつ活気づいていくのが分かる。もう立ち直ったらしい、気の変わりやすい性分なのだろうか。

 けれど彼女の調子はほぼ変わらない。その場に居れば雰囲気で分かるだろうが、声音は静かなままだ。

 

 

 壁から背を離して足音をたてないように階段を登る。

「もう良いのか」

 早くに気づいた三ノ輪が首を傾げる。手持ち無沙汰らしい。

「ああ、流石に話しかけるのは無理だった」

「まあそれもそうだよな」

 あそこで出ていける無神経なやつはそう居ない、と苦笑しながら付け加えた。

「また見回り?」

「いや、せっかくだからこっちでやる事をやる」

「そうか」

 そこで会話を切り上げるように背を向けた。

「あんまり根詰めんなよ」

 ひらひらと返事代わりに手を振った。もとより根を詰める気はなかったが、この世界を鑑みれば多少の無理もすべきだった。

 だがその言葉は単純な心配からくるものだろうから、心に留めておくことにする。

 

 足を向けるのは今居る階の従業員室だ。

 そこには備蓄が揃っており、もちろん武器も置いてある。鍵も掛けられるから管理を怠らなければ問題は起こらない。

「鹿嶋」

 焦げ茶の瞳が不意を打たれたようにこちらを向いた。

 手元にはクリップボード、目の前には食料が詰めてあるダンボール箱が蓋を開けた状態で置いてある。

「備蓄確認か」

「……ええ、やっぱり減りが少し早くなりました」

 暗に俺たちが来たからというニュアンスを含めているそれは、嫌味のようだが、鹿嶋が伝えたいのは食い扶持が増えたことではないようだ。

「でもそれと同じくらい食料が増えているので……実質一曹が来てくださってからの方が安定しています。以前は減っても同様に確保できることは少なかったですから」

 三十人弱を一人で効率的に動かすには鹿嶋は経験を積んでいない。それは俺も然りだが、二人ならばまだ上手く運んでやれる。

 

「なら良い。……それと研究所の件、延期する」

 

 少し前から根回しをしていたし、行こうと思えば既に行ける状態だ。

 だからだろう、微かに驚きを含ませて鹿嶋が腰を上げる。

 

「何か、行けなくなった理由でも?」

 

 先より近い位置からの視線。何も知らないような。

 一つ嘆息して簡潔に言った。

 

「俺がなんとかしなくちゃならない問題が持ち上がった」

 鹿嶋が眉をひそめる。まるで見当がつかないらしい。

 本当にこの男は変わらない。周囲に無頓着で、そんな態度だから流される。

「……そうですか」

「ああ」

 詳細を聞こうという気のない返事に、こちらも適当に返す。これがこいつの常だ。悪気がないだけタチが悪い。

 

「それから、お前、銃の扱いちゃんと教えてないだろ。整備の仕方も。なあ、どれだけ武器が貴重か、お前も分かるだろう」

 弾薬があっても本体が無ければ意味がない。逆も然りだが、どちらを大切すべきかと言えば本体に決まっている。

「……すみません」

 釘を刺すと、素直に頭を下げた。

 胸中はどうだか分からないが、これで少しは銃を丁寧に点検するようになるはずだ。

 

 伝えることは伝えた。ここで油を売り続けても意味はない。

 踵を返して、部屋を出る。

「……お前は外に出てみないのか」

 直前に言葉を置くと、扉を閉めるまで返事はこなかった。

 

 なんとなく微妙な気分のまま戻ると、何やら騒がしい。

 喧嘩沙汰かと一瞬構えたが、その様子もない。

「おい、何してるんだ、これ?」

 時折上がる野太い歓声を横目に、何故か体育座りの白樺に話しかける。

 今度はどっと笑い声があがる。騒いでいるのは十人と少しか、結構巻き込んで一体何を話しているのやら。

「最初は好きな食べ物だったんだけど、」

 言いにくそうに、視線をずらす。

 開けっぴろげなこいつが歯切れ悪そうにするとは珍しいなと、覚えた違和感はそのままにとりあえず頷いた。

「…………その内好きな女の人のタイプになって」

「ああ」

「グラビアアイドルになって」

「……ああ」

「今はその……好きな、その、やり方、というか、」

 

「ば……ッ」

 

 そこまで言ってついに白樺は両手で顔を覆ってしまう。注意深く見ずとも分かる、その赤面ぐあい。

 それに被せるように声が響いた。

「はァ!? お前ら熟女に夢見たことねーの!? バカかよ____、」

 

「__馬鹿はお前だ、阿呆!」

 

 発言者の膝裏につま先を蹴り入れる。

「っつう……」

 これ以上ないくらいに綺麗に入ったそれに悶える塊は無視して口を開いた。

 

「あのな、そういう話するときは気にするやつ居ないところでやれ。良い迷惑だ」

 顔を見るにほぼ二十代のやつらばかりだ。それがこんな中学生みたいなはしゃぎよう。

 少し頭痛がする。


「えー、こんなん気にするようなやつここには居ないでしょ」

 下からの抗議に目を向けると、実に不満げな顔が見えた。

「金井、お前あっち見てみろよ」

 未だに体育座りをしている白樺を顎で示すと、金井が顔をぽかんとさせる。

「ウブかよー!」

 声をあげると、一瞬で破顔した。

 面白いものを見つけたように駆け寄り、白樺の髪を乱暴にかき混ぜる。

「よーしよしよし、ごめんなあ」

「うっ、やめ、ちょっと」

 力加減を知らないのか白樺の頭がぐらぐら揺れている。当事者は特に気にしていないのかわしゃわしゃと気の済むまで撫でくりまわすつもりらしい。

 

「構いたがりの兄貴と反抗期の弟……」

 ぽそっと呟かれた一言に何人かが頷く。

 その内耐えかねた白樺が頭に伸びてくる手をはたきおとす。

「これだから大人は」

 顔を横に向けて不満を表すその仕草はかなり子供じみていて、微かに笑みがもれた。

 子供から大人に変わるとき程、周囲の大人の行動にくだらなさを感じて反発したくなるものだ。多分、大人への期待が大きいのなら尚更。

「あんま気にすんな。大人になればお前も分かると思うけど、男子は変な所だけ変わらんからな」

 あっけらかんとして三ノ輪が言う。

「へぇー……」

「信じてないな」

「うん」

 素直すぎる返答に三ノ輪は苦笑して、折っていた膝を戻した。

「ま、金井が大体悪いけどな」

「俺?」

「お前」

 その掛け合いに白樺がこっそり笑う。

 

 先程から刺すような視線を向ける誰かから、白樺が隠れるように体の位置を動かし、ばれないように一瞬だけ後方を見やった。

「……」

 タールのようなどろどろした黒い気配に、思わずため息をついた。

 これから常にこの空気にさらされるのだと思うと暗鬱とした気分になってくる。

 

 あれ以来、一向に話しかけてくる様子もなければ、何か仕掛けてくることもない。それにしては粘着質な視線でねめつけてくる。

 

 その視線でどれだけ俺を恨んでいるか透けて見えた。

 かといって何ができるわけでもない。

 

 謝罪したところで、なら許しましょうとなるわけがない。

 相手にとっての悪は俺で、大切な者を剥ぎ取った最低な悪者だ。

 悪者が手を伸ばしても。

 

 諦めのような感情を覚えて、はたと気づいた。

 

 そうやって俺はまた逃げるつもりか。

 鬱屈としたまま目を逸らして、俺は結局、歩み寄ろうとさえしなかった。もっと早く話せば良かったと、あの時後悔したくせに。


 やることは一つしかないし、それで八木の恨みと痛みが解消されるはずもない。

 

 一生拭えない、家族を喪う痛み。

 それが時間とともに薄れ、消えても、蝕まれたことは残り続ける。痛かった過去は消せない。

 

 ふっと、彼女もそうだ、と思った。

 それどころか、こうして生きている者は皆、何かを失ってここに居る。

 

 俺が同じような状況に陥ったとき、どうなったのか。

 思い返して、血が足元に下がるようだった。

 

 誰も彼もが敵だった。自分さえ信じられないのだから、何にも信頼を寄せることは出来なかった。

 実の弟でさえも。

 

「ジェイドさん?」

 

 一つ、瞬く。

 気が付けば馬鹿話をしていた奴らは散って、先程より少人数で別の雑談に入っていた。視線もいつの間にか外れている。

 

 傍から見れば俺はただぼーっと突っ立っていただけなのだろう。

「顔色、いつもより悪いぞ」

「普段から顔面蒼白なのか、俺は」

 苦笑を浮かべて、とりあえず三人と同じように床に腰を下ろした。

 

「ジェイドさん肌白いから」

 フォローでもなんでもないその言葉に、思わず白樺の腕と見比べる。

 人種が違うと言ってしまえばそれまでのことだが、かなり違う。

「ジェイドはどこ出身?」

 金井が興味津々といった風に聞いてくる。

「イギリスだ」

「う〜ん、フランスもアリ」

「何だよそれ……」

 腕を組んだ状態から、片腕を出してぴっと親指を立てる金井。意味が分からない。

 

「……気軽には帰れないのな」

 どこか案じた様子で三ノ輪が言う。

 霧に煙る街灯が瞼の裏を過ぎる。どこか密やかな。

「そうだな。……けど元から何年かに一回行ってたくらいだ。確かに思い出はあるが、行けないなら行けないで、困ることもない」

 安否の気になる人は居るし、これからもう顔を出すことは難しいとなると寂寥に似た何かを覚えるような心持ちもするが。

 

「二人は? 地元はここなのか?」

 少し弱気になりそうなのを振り払い話を振ると、金井がにっと笑い、三ノ輪は呆れたように肩を竦めた。

 何事かと首を傾げる。

 

「わったーねー、うちなー!」

 

「嘘だからな。こいつの場合親父さんが沖縄県民なだけだからな。後俺をさらっと巻き込むのやめろ」

 滑らかな突っ込みは、多分このやりとりを何回もしているからだろう。

 そしてそれを受けてからからと金井が嬉しそうに笑っているところを見ると、この掛け合いが楽しくてわざとやっている。

「俺もこいつも、千葉が地元。まあそりゃ住んでたとこからは多少離れてるけど」

 軽く言ってのけるが、ここに来るまでにやはり色々あったのだろう。

 

「……出来ればで良いんだけど」

 少し控えめな声量で白樺が切り出した。

「皆の思い出話とか聞きたいな、って。その、楽しかったこととか」

 一瞬だけ、二人の顔に怪訝な色が浮かんだ。

「なんで?」

 すぐに笑顔に切り替えた金井が問い掛ける。唐突さにつかの間黙ってしまったことを、何か機嫌を損ねたのかと不安そうな顔をした白樺への気遣いだ。


「……寂しいじゃん」

 自身へ膝を引き寄せながら呟く。

「僕達、お互いになんにも知らないのにさ。でも知らないままで一緒に食べて、寝て、ちょっと話して。なんか、今しか一緒に居られないから、ってわざと距離おいてるみたいで。この関係は絶対的に今だけなんだなって。そう思ってるから、皆あんなに気軽な話しかしないんでしょ?」

 

 ふっと金井の顔が曇り、三ノ輪が小さく驚きへ表情を変えた。

 前者は少なくとも意識していたのか、今度は困ったような笑みだ。

 

「……そうだね。誰だって傷つきたくないから。ついさっきまで笑ってたやつがちょっとしたらもう喋らないんだぜ。怖いし、自分だけが無事だったら辛いだろ。それにさ」

 

 諭すような口調。

 

「いちいち悼んでたら俺たちは狂うよ、絶対」

 

 ぐっと白樺が唇を噛んだ。

 気遣うように、どこか憐れむような目を向けて金井は続ける。

 

「……置いてかれるのも、置いてくのも苦しいけどさ。なった側にしかその辛さは分からないじゃん。そうしたら、どんな形でも離れちゃった申し訳なさとか、逆に怨嗟とか、黒いもん溜まってくんだよ、相手と距離が近いほど」

 

 だから必要以上に近づかない、相手に全幅の信頼を寄せない。感情を寄せないよう、過去も人格も知ろうとはしない。

 壊れたくないから。まだ生きていたいから。

 

 多分、白樺も分かっている。

 明確に言葉にはできなくとも、俺達の行動から、何かしら違和感を覚えていたはずだ。

 

「そんなの、おかしい」

 

 押し殺して震えた声で、呻くように否定する。

 

「そんな、寂しすぎるよ、それ。何も知らないままなんて、……知ろうとしないなら相手は居ないも同然じゃないか」

 

 相手を認識しようとしないわけだから。

 その関係を寂しいと、おかしいと、声に出して言える白樺は、実はかなり、芯が通ってしっかりしている。

 その感じが少しだけ眩しい。

 同じ気持ちなのか、三ノ輪も表情を柔らかくさせた。

「皆怖いだけさ。君の心持ちはすごく正しい。……自分は死なない、相手を死なせないと言えるなら」

 付け加えた言葉がこの世界でどれだけ酷なことか知りながら、柔らかい声音で。

 それは遠回しな拒絶だが、三ノ輪も、金井も喪うのが怖い内の一人だからだ。

「僕、」

「__楽しく雑談中、すまないんだが」

 白樺の言葉を遮った声に、くっと喉がしまる思いがした。

 警戒心を悟られないように、慎重に言葉を返す。

「俺に用か?」

 目を見て言うと、ほんのつかの間、面白くなさそうな顔をする。

「そんな警戒すんなよ、なぁ」

 向けた先は俺ではなく他三人のようで、薄く笑みを浮かべた。

「…………」

 白樺が何か言いかけて、結局口を閉じる。

 八木はその様子を一瞥して、今度は俺へ視線を向けた。

 

「話し合おう、俺らも」


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