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赤眼ゾンビ  作者: 海月
第一章
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会議

 慌てて駆けていくその姿に、そこまで怪我の影響は無いのだろうと判断して安堵する。顔色はいつもより悪かったが、まあ、あまり気にしていない様子で笑っていたから、まだ少し疲れが残っている程度か。

 少なくとも学校で見つけた時よりはずっと良い。

「ジェイドさん何してんのー」

 さて作業に戻ろうとしたところで、伸びてきた手が整備済みの拳銃を持ち上げる。白樺が四つん這いになって手元を覗き込んでいた。

「何って……整備だが」

 まだ時間がかかりそうなそれを見て思わずため息をついた。

「そんな一気にやるなんて珍しいね。僕もやっていい?」

「ああ、助かる」

 起き抜けで悪いが、午前の見回りまでに整備と点検を終えなければいけない。普段は一斉にやらないが、今回は別だ。

「……言わなきゃいけないことがあるんだけどさ」

 思い詰めたような硬い声音に、返事はせず続きを待つ。白樺がこんなふうに前置きをするとは珍しい。

 しばらく迷う気配にそこまで言い難いことでもしたのかと記憶を探る。特に白樺がやらかしたような覚えはないが。

「悠銀、いるじゃん」

 ああ、と少しの間を置いて相槌を打った。こちらに来てからは気まぐれに白樺が海音にちょっかいを出しにいく以外は大抵一緒だ。

「あと鹿嶋さん……それから梅谷さん。不知火さんも。それから…………八木さん」

 指折り数え、既出合わせて六人の名前が挙がる。

「梅谷と不知火さんは確かお前の班に居たな」

「うん。梅谷さんは全然話したことないけど」

 呟いただけのものに律儀に相槌を打って白樺は続ける。腹をくくったような表情で。

「そいつら全員、自警団だった」

 

 そんなことあるものか、と。

 そんな偶然があって良いものかと一蹴しそうになった。

 しかし目の前のこれは冗談で言うやつじゃない。それは怒られると分かっている子どものような顔をしていることがよく示していた。

 それに…………ありえない話ではなかった。

 自警団側とあの子の側に俺達(自衛官)がついていれば、いつかは自警団としてでなくとも鹿嶋達とは出会っていたかもしれない。

 なんせ現状の打破に繋がるものはここにあるはずだから。

「そうか、その六人で間違いないんだな。ああ、今は五人か」

 八木、は兄しか居ないから。

 兎にも角にも、この顔をまるで猿か何かのようにしわくちゃにしているバカをどうにかしなければならない。

 思って再度念押しすると、ぱっと、白樺の瞑っていた目が驚きに開かれた。

「怒らないの?」

「ああ、怒らない」

 本当に、子どもみたいな反応をするやつだな。

「どうして」

「どうしてって……」

 間髪入れずに理由を問うてくることに咄嗟に逡巡するが上手く言葉は当てはまらない。

 怒る、何を怒ることがある?

「だからほら、黙ってたこととかさ」

 困惑が伝わったか、躊躇しながらも告げてきたその内容に、いよいよ眉をひそめた。

「分からないな。お前が黙っていた理由は大方海音を気遣ってだろう」

 対して白樺は未だに難しい顔をして、何やら俺を論破したいようだった。

「でも、僕……怖くてジェイドさんにも言えなかったし」

 どうも弱気なこれは、その後もつらつらと自分を責めようとする。今日は随分とマイナス思考で、寝起きは低血圧なのだろうか。いや、ここまで喋れるのはまた違うか。

 ____ともかく。

「ちょっとお前黙れ」

 ストンと寝癖のついた頭に手刀を落とす。

「い、」

 白樺が頭部を抑えて地面に伏す。案外石頭だったせいで手が痛い。手を軽く振りながら待てば、勢い良く白樺が起き上がった。

「何すんの! ねえ!」

「でも加減したろ。……あのな、確かに自警団のことを黙っていたのはお前が悪い。俺の知人が居ようが何だろうが、あの集団は立派な犯罪者の集まりだからな。見過ごして良い奴らじゃない」

 そうだよ、犯罪者だよ、とぶすくれた顔で頷く白樺が遠い記憶の弟と重なる。ふ、と笑みが漏れた。

「で、お前は同時にあの子の心配をしたわけだ。加害者の中に被害者が放り込まれる恐怖を想像して、まずどうしようと思った?」

「ジェイドさんを説得して、ここから離れようと思った」

 そこで障壁が現れる、と。

「悠銀が、もうそんなことする奴居ないって。この人達は信用出来るって」

 友達、というのは学生にとって必要不可欠というか、切っても切り離せず付いてくるものだったりする。例え上辺だけの友人だとしても、多少の信頼関係は生まれ、白樺の様子ではかなり長い付き合いなのだろう。ならば尚更、彼が白と言えば白だと信じるしかなくなる。

 友人の言うことなのだから、と。

「だからもう、良いかなって、思っちゃって。自警団は居ないっていう嘘隠し通せばいいやって」

 聞きたいことは幾つかあった。

 それでも泣きかけのその顔を見て、浮かんだ質問を少しの間飲み込むことにする。

「お前は嘘ついたことでも罪悪感を覚えてるかもしれないが、それは……そうだな、吐いても良い嘘だと思うぞ」

 ぱっと、飴玉を貰った子どものように顔が明るくなって、ああ、言って良かったのだろう。

 しかし、すぐに自制したのか再び顔が曇った。

「なんで?」

 純粋な疑問に、掠れて消えそうな母の記憶をまさぐり答えた。

「ここで嘘を吐かなければ、余計にあいつが拗れると判断したんだろう、お前は。あいつの心が壊れないように。そのために吐いた嘘なら俺は責めはしない」

 こんなこと、大人の俺でも判断に迷う。高校生如きが正しい判断を下せるはずがない。

 

「……そう」

 ため息のように吐き出された頷きには安堵が混じっていた。そして少々吹っ切れたように、俯けていた顔を上げる。

「良かった」

 その瞳は随分としっかりしていて、俺よりもずっと年下の白樺が浮かべるには大人びた光を帯びていた。

 時折弟を思い出すのはこの瞳が所以だろうか。

「……頼もしいことだ」

 本当に。

 

「それで? その秘密をお前はわざわざ打ち明けてくれたわけだが、何かわけがあるんじゃないのか」

 白樺の目が苦く細められる。何もなければ言わなくて良かった秘密だ、相当の何かがあるはずだった。

 まあ、八木兄弟が入っていた時点で察しはつくが。

「八木さん……兄貴の方」

 ちら、ちら、とこちらを気にするので、さっさと言え、と続きを促す。変な気をまわしやがって。

「昨日戸倉さんも一緒に戦ったでしょ? その時に一番前に飛び出しちゃったんだよね」

 どうもその時、八木が海音に銃を向けたのだと。

「飛び出したのは聞いていたが……あいつ……」

 昨晩、熊谷から聞き出した内容と併せて、深々とため息が出る。

 気が急いていたのも手伝って苛立ちが募ったのか。はたまた邪魔だったから感染者もろともうち殺そうとしたのか。

 どちらにせよ昨日の自分が聞いていれば八木に一発くらわせていたかもしれない。……酒も入っていたから。

「知ってたの?」

「ああ、昨日熊谷と酒を飲みながら、」

「だから今日のジェイドさん酒臭いんだ」

「……なるほど、八木のことがあったから俺に言おうとしたのか」

 

 若干の批難を黙殺して話の軌道修正を図る。

 

「まあでも、本当にどうすんの。あの人、絶対に根に持ってるよ」

 やはり、行き着く先はそこかと唸った。何をしでかすか分からないあの異様な雰囲気を白樺も感じとったのだろう。

「どうするも何も……なぁ。出来ればお前らの班から八木を抜きたいところだが」

 銃の射線上に出てしまった海音に不満を持つのは仕方ないとして、銃を向けるのは問題だ。白樺とも口論になりかけたようだから、できる限り距離を取らせたい。

 

「けどそれ、ちょっと露骨だよね」

 困った様子の白樺の言葉に首肯する。

「いっそ戸倉さんの方を抜いたら?」

「お前はどうするんだ」

「何とかする」

 脊髄反射のような速さで返ってきた無責任な請け負いに、思わず眉間に皺が寄る。

「けどな……」

 俺が四六時中付いてやれる訳じゃないから、少しばかり不安の種が残る。

「大丈夫だって…………あ、」

 視線は上、誰か来たのかと振り返ると、焦ったようすの熊谷が居た。

「海音ちゃんが風邪よ。多分まだこれから熱が上がるわ」

 一つ瞬いて、今朝を思い返す。そういえばやけにふにゃふにゃと笑っていた。

「あいつ熱出ると興奮するタイプか。しかも顔に出ないやつか」

 いや、それより大丈夫なのか。学校に居た頃は免疫が下がっていたから、頻繁に微熱程度は出していたが、もうそろ体力も戻って心配は無いだろうと。無理をさせすぎたのかもしれない。

 そこではっとする。

 そういえばあいつ風呂の時くしゃみしてなかったか。

「……まさか」

 あの長話が原因である可能性に辿り着いて、頭を抱えたくなる。

「ジェイドさんが混乱してる……!」

「あら、安心して? 顔に出ないなんてことは無いようだったから貴方が気付いてないだけよぉ」

「追い討ちかけないであげて下さい、蛍さん」

 

 情けない。あれだけ一緒に居て、随分とあの子の体調には気を付けていたはずなのに。いつの間にか、少しずつ緩んでいってしまっていた。ここに来た以上、全員の体調に気を配ることはしなければならなかったが、彼女はもう大丈夫だろうと油断していた。

 特に体調不良を隠すような性格であることは少し一緒に暮らせば分かるだろうに。

 

「……今はどこで寝かせてる」

 どうにか後悔の念を押し込んで顔を上げると、何かニヤニヤした熊谷が答えた。

「今までと同じところで。海麗ちゃんが看てくれてるわ。……そんなに心配しなくても、すぐ治りそうよ」

 何を、まるで人が過保護だとでも言いたげに。

 

「あ、でもジェイドさん、これなら戸倉さん、自然に見回りからは抜けられるよ」

 これこそ不幸中の幸いと言ったところか。この世界じゃ幸も不幸も無いかもしれないが。

 

 複雑な気持ちなりながらも頷いて、整備途中の拳銃を置く。午前の見回りには影響が無い程度には整備できただろう。

 

「薬をとってくる。熊谷、御陵に渡してやってくれ」

 

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