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赤眼ゾンビ  作者: 海月
第一章
17/99

化け物到来

今更ですが、流血、グロい描写あります。読む時は注意お願いします。

「飯村二曹!」

 

 そのもはや懐かしい呼び名に手の中の紙を握りしめかけて、すんでで自制する。

 そこに立っているのが奴だと知れたときは口封じが楽だと心底から安堵した。

 嘘をついたのがバレるのは非常に良くない。しかも動機が動機だ。

 これ以上何も言わせまいと脅迫じみた文句を吐いた。

「これからはフローレスで一貫しろ、理由は聞くな。あと貴様が馬鹿やって謹慎中に俺は一曹に昇格した。今はどうでも良いだろうが、覚えとけ」 

 頷いたのを確認して、こそこそと後ろで喋っていた二人と鹿嶋を改めて会わせる。

 そのどちらもが名前については言及してこなかった。

 

 鹿嶋が生存者を集めて統率だなんだとしていたことには正直頭を疑ったが、まぁ一応は平穏を保っていたらしい。

 白樺には知人が居たようだし、海音にも同年代の友人ができたようで馴染むのも時間の問題だろう、と一息ついたのもつかの間。

 

 件の研究所の正面玄関が、周囲の壁ごと吹き飛んだ。

 

 咄嗟に飛び退き瓦礫やガラス片が降ってくるなか猛然と伸びてきた何かを避けた。


「______ぃ、ぎ、ぁぁああああああ!!」

 

 土煙が収まるのを待たずして幾重もの断末魔が空気を震わせた。

 

 感染者ではなさそうだが、と細めた目に映ったのは。

 

 大人一人の身長は軽く超える、歪なシルエットの化け物だった。

 

体長は三メートル強はあるだろう。横幅も手を広げれば二メートルに到達するか。

 容姿については……あまり見たくはないことは違いない。端的に言うと頭は五つ、手と足は十本ずつくらいはあるかもしれないが、悠長に数えられる暇なんぞ無い。

 適当に固めた粘土に頭が無造作にくっつけられている、くらいにぐちゃぐちゃで、胴体は溶け合っていた。更に言うと足は下の方に群生しているうえ、何があったのか手が一本場違いに生えている。


「く、来るな!! 来るな来るな来るな来るな来るな!!」

 

 降り注ぐ、といったが軽い破片程度では済まされない程の大きさのコンクリートが二三と転がっていた。

 その一つ、化け物の真正面のそれは、鉄筋剥き出しで、地面に垂直に刺さっていた。その下には、人間の腹がある。

 一人が、鉄筋によって地面に縫い付けられていた。

 身を捩り、背後を振り返って、地面を引っ掻く。

 

「死にたくない、死にたくない!!!」

 

 コンクリートを染める赤が、地面にも広がっていった。

 あの量では、あの出血量では____助からない。

 化け物の顔が一斉に下を向いた。

「走れ!」

「置いていくな! 待ってくれ! 頼むから、助けて____」

「死にたくないだろう!!」


 一人が火のついたように走り始めた。皮切りに全員が化け物に背を向ける。

 ナイフと銃を構えながら少しずつ後ずさっていく。

 おもむろに化け物が幾本ある内の一つを伸ばし、目の前の餌を掴むと無造作に、無慈悲に、引き上げた。

 

「がっ、ぎぃいあぁぁあああああああああああああッ!!?」

 

 血は湯水の如く、臓腑はクッションの綿がこぼれ落ちるように。

 腹から股を一直線に裂かれたそいつはまだ死ねない。

 悲鳴は自身の温かい血に飲み込まれて消えた。

 

 置いていこうとするそいつと、目があったような気がして、俺は。

 

「何なんだよアイツっ。何っで彼処から出てくんだ!?」

「知るか! ……なぁ、本当に置いてきて良かったのか?」

「責められたらあの外人のせいにすりゃ良いじゃん。俺らは指示されただけだし」

 

「そうだな、俺のせいにすれば良い」

 

 お優しいことに化け物からある程度距離を取ったところで走らず減速してくれていた三人に少し毒を入れると、気まずそうに黙り込んだ。

 

 誰だって責任は負いたくないその気持ちは分かるので、すぐに頭を切り替えた。

 化け物は研究所から現れた。扉を破壊するくらいなのだから建物を壊して進んでいた可能性もあるが、破壊音はそれまで聞こえてこなかったので本当のところは不明だ。

 

「どうすんだよ。あの化け物」

 三人の内比較的落ち着いているのは三ノ輪だ。俺と同い年かそれ以上か、学生の頃はそれなりに不真面目だったのか耳にはピアス穴が開いている。

 

 しかしどうすんだよ、と言われても。

 

 ひとまずは物陰に移動して、残弾数を確認させる。

「……戦うのか?」

 あの化け物がどのくらい硬いのかは知らないが、普通の感染者五体程度ならば余裕で弾が残る程には、残っていた。

 あの高さだと腕をいっぱいに伸ばしたところでナイフは届かない。

 そしてあれを拠点に連れていった所で、室内で戦えるとも、倒せるとも限らない。

 最悪、全滅して終わりだ。


「倒せると思うか?」

 訊ね返すと三ノ輪は後方の二人を気にかけるような素振りをする。

 どちらも混乱は見られないものの、動揺している。何度も唇を舐めて湿したり、ふらりと視線をさまよわせるのは、一瞬だけだろうが何だろうが異形と言えるものを見てしまったからか。それとも仲間が酸鼻に殺されるのを見たからだろうか。

 ともあれ冷静とは言い難い。

「……倒すか、逃げるかだろうけど。逃げることになったとして、鹿嶋達を何も知らせないまま置いていくのは胸糞が悪すぎる」

 

「へぇ」

 意外にも情のある言葉に感心すると、まぁ、と前置きをして言葉は続けられた。

「仮にも助けてもらった身だ。鹿嶋は助けた、じゃなくて駒が増えた程度なんだろうけどな」

 

「良く見ていることだ。そこまで分かっているなら、どうする。俺だけなら倒せるかは五分五分だ」

 

 一瞬の、本当に一瞬の、まるで思考を少し纏めるだけの間を置いて三ノ輪は、一息に答えを出した。

「俺な、医者成り立てだったんだ。外科とか、内科とか回って、研修中だったけどでも……どうしようもない病気とか、怪我とかを目の当たりにしてきて。けど人の強さも知った。だからあんな、人の体を捏ねくりまわしたようなモノが存在しているのが許せない。感染症のせいなら仕方ないとか言えるかもしれないが、あれは冒涜が過ぎる」

「____つまり」

「戦うってことだ」

 弾を充填し終え、虚勢を張るように唇を釣り上げる。

 こうやって三ノ輪は生きてきたらしい。

 

 

 

 壁に張り付くようにして角を覗く。

 化け物は迷わず此方に向かって進んでいた。その巨体からか普段はそこまで速くないらしく、未だにそれぞれの顔がはっきりと判別できる距離ではない。

 

「この辺で一番高い建物は?」

 

 記憶を辿れど同じような高さのビルしか出てこない。

「そうだな、ここから北の方にオフィスビルがある。ここらのよりはあるんじゃないか」

 北の方、というとデパートに近くなってしまうが、仕方がない。

「そこに行こうか」

 怪訝そうな顔をする三ノ輪は置いておいて、後方の二人に話しかける。

「ビルに着いたらお前らは帰っていい。戦うかは考えておけ」

 答えは曖昧な頷きだったが、まあ良い。人数は多い方が有利にはなる。ある程度冷静ならば。

 

 三ノ輪の先導に従い、移動を始める。

 

 幾度目かの曲がり角で感染者とかち合うと、三ノ輪は咄嗟に発砲した。

 咄嗟と言えど足を狙い撃ち、均衡が崩れたところをもう一方の足を撃って行動不能にするのはこれまでの経験上か。

 這いずる感染者にナイフで止めを刺して、上目遣いにこちらを振り返る。

 年上の上目遣いなんぞ見たくない。

 

「……やっちまった?」

 ビルは多いが空気に銃声はよく響いた。化け物に気づかれるかもと心配するのは当然だった。

 しかし俺は首を振った。

「むしろ少し追われるくらいが丁度良い。生身でおびき寄せるのは流石に無理があるからな」

 言い終えるか終えないかで意外にも近場から破壊音が聞こえてきた。

 あんまり近いのも困りものなんだが。

 誰ともなく歩き始め、寄ってきた感染者を極力静かに仕留めれば、目的地には二十分程度で着いた。

 紺色の窓が暑くなり始めた日差しを照り返して眩しい。

 上へと向かう前に二人に確認をとると、顔を見合わせて、内一人が何やら決意を固めたように頷いた。

「やる。ただ化け物は、すごく、…………」

「怖かった?」

 これを成人男性が口に出すのは屈辱というか、プライドが許さない。それは充分に理解しているつもりだった。

 だから言葉を引き取ると、情けない、と俯いてしまう。

 

「仕方ないことだ。俺だって怖くないわけじゃない」

 こんな世界なのだから……誰が何に恐怖を感じようと、仕方ないで片付ける他ない。


「絶対嘘だ」

 黙っていた金井が声を上げるので、

「シャツ見るか? 汗だくだからな?」

 と胸元に人差し指を引っ掛けてみせる。

 

「いいです……」

「そうか、で、お前はどうするんだ」

 おふざけはここ迄として話を戻すと、少し唸ったあと、食いしばった歯の隙間から捻りだすように、やる、と答えた。

 

「な、上行くんだろ?」

 待てなくなったのか頃合いを見て遮る三ノ輪に、頷く八木。

 確かに最上階には行くつもりをしているが。

 

 最上階に着いて、作戦とも言えない作戦を伝える。

「上から頭をひたすら狙う。他の感染者が集まってきたとして、ここに居れば追われる心配は無いからな。ただし数増えてきたら遠慮なく裏口から逃げる」

 ナイフでは届かないが、銃であれば余裕で頭を狙うことはできる。心配なのはその間集まってきた他の感染者で、化け物に気を取られることが前提なのだから、出来るだけ安全な場所で対峙したかった。

 

「あっちに応援を要請しといてくれ。それ以外は荷物を纏めて待機。化け物のことも頼む」

 トランシーバーを持っているはずの金井に頼んでおく。

 

 その間に廊下に面した窓を開け放つと、狭い通路を破壊しながら無理くりに進んでいる化け物が見えた。

 相変わらずの無頓着さ。化け物に頓着を求めても仕方がないが。

 

「……以上。終わったけど」

「向こうからは?」

「トランシーバー、壊れたっぽい」

 手にあるそれを揺らしてみせると、カラカラと無機質な音がする。どうやら電波が悪いわけではなく、中がやられているらしい。

 

「伝わっていると良いんだがな」

 口の中で呟いて、しかしすぐに気持ちを切り替えた。

 

「此方を向いてもらおうか」

 

 ふらり、と破壊音に向かおうとしていた感染者に、狙いを定める。

 パンッと短く乾いた音ともに感染者は頽れた。

 

「すげー」

「運だ、運」

 

 さぁ。これでアイツは俺達に気付いたはずだ。

 

 石をごろごろと擦り合わせた低音と黒板にこれでもかと突きつけられた爪を下ろす不快通り越して殺意の沸く高音が耳に突き刺さる。

 

 日差しが白い建物を眩しく照らしているのに目を細めて、合図を出すために距離を測る。

 

 射程距離まで、もう少しと無い。

 

 冷静に、冷静に。

 

 額に浮かぶのが冷や汗だとは、認めない。

 

 引き金に指を掛け、息を詰める。

 

 射程距離に、入った。

 

「撃てッ!」

 

 


  



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