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赤眼ゾンビ  作者: 海月
第一章
13/99

実りそうにない恋

 着いてそうそう、鹿嶋さんは物資を確認しに行って。ジェイドさんもそれを把握する為に一緒に行って。

 詰まるところ私と白樺さんは置いていかれてしまったのだった。

「ここは挨拶まわりに行くべきなんでしょうか? 菓子折りはありませんけど」

「いやそんな引っ越したばかりの人みたいな」

 けれど暇なのだ。

 一階の食品売り場は入った瞬間から食べ物の腐った酷い臭いが充満していた。

 そのせいか人が一人として居ない。

 とりあえず階段を登れば、多少は薄らいだような。

「あの鹿嶋だっけ? 僕ちょっと信用出来ないんだよね。なんか胡散臭い」

 二階はファッションのフロアだったようだ。

 埃の被った妙にスタイルの良いマネキンを突っつきながら白樺さんはため息をついた。

「でも自衛隊じゃないですか」

 適当に靴売り場を見ながら会話をする。

 私の靴は運動用ではないから、クッションも薄いし、少し小さくなったのか指先が痛い。

「自衛隊だからっていい人とは限らないよ」

「ジェイドさんはそこまで警戒してなかったみたいですよ?」

 一つ大きいサイズを選んで履いてみる。

 メッシュ素材で、見た目の割に軽い。やはり足は大きくなっていたのかこっちの方が楽だ。

 一応鹿嶋さんに確認をしてから貰ったほうが良いかもしれない。

 今やこのデパートは彼らのものなのだし。

「それになんか既視感がさ、こうあるわけだよ。良く分かんないけど」

 もどかしげに手を動かし、既視感の正体を探るように唸る。

 そう言われればなんとなく。

 けれど何処で見たのかまるで分からなかった。

 靴を棚に戻して、階を見て回りながら人が居ないかの確認をする。

 やはり、まだ居ない。

「人、見当たらないですね」

 まだ難しい顔をしている彼に話題転換を図る。

 気になるだろうけど、分からないものは仕方がない。

「やっぱり最上階に居るんじゃない? 大人数だと音も大きくなるだろうし」

「じゃあ先に上がってしまいます?」

「そだね」

 

 電気の点いていない室内は案外に暗く、階段ともなると隅の方は黒い闇が蹲っていた。

 小さな足音を響かせながら、最上階へ歩いていると、三階目で微かに人の話し声が。

 白樺さんと顔を見合わせ、できる限り足音を消しながら声の主が何処に居るかを探した。

 

「____居た」

 百円ショップから声は聞こえた。

 手芸コーナーで何やら話し合っているようだった。

「! 女性みたいですよ」

 なかなかの声量で話しているからよく聞こえた、はしゃいでいるような弾んだ調子だ。

 白樺さんもぴんと張り詰めていた糸を緩め、出ていこうか迷っていた。

 というか私達別にこんなに忍び足でいる必要無いんじゃ……。

「あっ?」

「あ、」

 そうこうしている内に鉢合わせしてしまった。覗いていたようで、少しばつが悪い。

 二人の女性。

 一人は小柄で、気の強そうな猫目とショートカットが印象的だ。歳はもしかしたら私と同じかもしれない。

 もう一人は……なんというか、多分心は女性なんだろう。体は、まあ男性なのだけど。心底驚いたように頬に手を当てている。

 ちなみに前者は今混乱しているのか、ばさばさと落としてしまった布やら、裁縫道具やらを拾っている。

 そんな彼女に私達は終始困った顔で相手を待った。

 

 

「ごめんなさい、驚かせてしまって」

 ショップの前にあった椅子を動かし対面できるようにしたところで、私はまず謝った。

 裁縫道具をとりあえず脇に置いた彼女達は、私達のことを判断しかねているのか、困ったように顔を見合わせていた。

 その内、男せ、じゃない大柄な女性は意を決したようにこちらを見た。

 アイラインを引いてばっちりと決めた目は鋭すぎて、ともすれば目を逸らしそうになってしまう。

 見つめ合うこと数秒、不意に丁寧に紅をひいた唇が動いた。

「ま、貴女みたいな子が酷いことする訳ないわよねェ」

 敵認定は、されなかったようだ。

 ほっとして私は言葉を継いだ。

「そこの研究所で、鹿嶋さんと会いました。私と、彼と、もう一人自衛隊の男性が居て」

「あら、もしかして」

 察しが良いのか、すでに経緯がわかったらしい。

「はい、知り合いだったみたいです。そうしたら鹿嶋さんが一緒に来ないかと提案してくれたんですよ」

「ふふ、そうよねェ。鹿嶋さんだったら貴女達だけでも保護してくれたと思うわあ」

 どこか満足気というか、誇らしげに胸を張る。

 妙に信頼があるようだ。

 でもお陰で確かに緊張は解けた。

「あたし達はこれから仲間ね。オネーサンが色々教えたげる」

 ぱちんとウィンクをして、彼女は嬉しそうだ。なんとなく矛先が白樺さんに向かったような気がしなくもない。

 

「自己紹介、しようよ」

 くいくいと隣に居る女性の袖を引っ張って、猫目の女の子が言う。

 借りてきた猫のような態度だ。

「そうね。名前知らなきゃ呼べないものねェ」

 嫌だあたしったら、と両手で頬を抑え恥ずかしがる。その腕は筋肉質だ。

 そっと目を逸らしている内、仕切り直すように咳払いをして、女性は続けた。


「あたしは熊谷蛍(くまがやけい)。ぜひ蛍ねーさんと呼んでねェ。お姉様でも可よ。女の子が増えて嬉しいわあ」

 

 蛍お姉様……。多分呼んだ方がいい。逆にそう呼ばないとどうなるのか分からない、けど。

「よろしくお願いします、蛍……さん」

「……」

 私がそう呼んでしまうと白樺さんも巻き添えをくらうだろう。

 ぎりぎりで考えなおして言えば、冷えた視線を向けられた。

 耐えかねて顔を背ければ、ため息が返ってきた。

「……ま、いいわ。許してあげましょう」

 握手を求められて素直に手を差し出せば、大きな両手でがっしりと掴まれた。

 存外に優しい握手で、男の人なのに、そこまで怖くなかった。

 

「こほん。私は、御陵海麗(みささぎみれい)です。十四歳、です」

 ちらっと私を見やる。

 この子も気になっていたとみえた。

「私もちょうど十四歳です。戸倉海音です。よろしくお願いします」

 ぱあっと御陵さんの大きな瞳が輝く。

 自然と二人で笑って、同い年というだけで親しみが湧いていた。

「……白樺秋です。いや、俺、その……ヨロシクオネガイシマス」

 白樺さんが、あの白樺さんが言葉を濁している。

 多分目の前に座っている蛍さんのせいだ。

 単純に見つめているだけかと思いきやその目には肉食獣やら、猛禽類を思わせる光が宿っているのだ。幻覚で舌なめずりまで見える。

 向けられていないはずの私も何故か寒気がしていた。

 無意識なのか、白樺さんが二の腕を摩りつつ助けを求めるように私を見ていた。

「け、蛍さん、色々教えてくれませんか」

 少し可哀想なので、私は間に入るようにして促した。

「あっ、そうね。じゃ着いてらっしゃい。ここのことぜーんぶ教えたげるわ」

 意外とあっさり頷いて立ち上がった彼女はスキップしそうな勢いで歩き出した。

 後を追いつつ、ふと湧いた下らない疑念に私は自分が馬鹿らしくなってしまった。

 

 鹿嶋さんは彼女を女性として数えていたのかな、なんて。

 

 

「基本的にあたし達は五つのグループで行動しているの。貴女達にも組み分けがあると思うわ。海音ちゃんは普通に女子グループに入ることになるかしら? 秋くんは無理言ってあたしと同じにしてもらおうかしらあ」

 

「しゅっ……!? あ、はは。どうなるんですかねー?」

 道中も蛍さんは押しが強い。

 終始圧倒されている白樺さんには悪いけど全力で目を逸らさせてもらった。

「えっと、御陵さんは」

「海麗で良いよ」

 私とそう変わらない身長の彼女はすぐに反応した。懐いてきた猫のようで、思わず頬が緩んだ。

「私も海音ちゃんって呼んでいい?」

 こてんと首を傾げる。

「うん。同年代なんてなかなか居ないと思ってたから……海麗ちゃんが居てくれて凄く嬉しいな」

 少しほっとしたような気持ちはきっと一緒のはずだ。

 現に海麗ちゃんはこくこく頷いてくれた。

「そうだ! 海音ちゃんにも作るね」

 作るね、とは。

 何のことか分からずに彼女を見ると、主語が抜けていたことに気づいたのか慌てて手の中の布を指した。

「これでね、ウェストポーチを作るんだよ。

今日は蛍ねーさんの分を作ろうと思って」

 ウェストポーチを作れるなんて、海麗ちゃんは結構器用なのかもしれない。

 そして布の柄を見て確かに蛍さんらしいと妙に納得。

 淡い色使いでプリントされた花に、大ぶりなレースと、木製のボタン。

 

「何を入れるの?」

 生地の量から、一般的な大きさの物と当たりをつけた私は首を傾げつつ聞いてみる。

「えっと、地図とか、方位磁針とか。あと小さめの非常食、かな。銃を扱う人だったら弾も予備程度に入るかも」

 まだ自分の分しか作ったことが無いから、とひたすら入りそうな物を挙げていったようだった。

 それでも聞く限りかなり使えそうだ。特に感染者に追われてリュックを捨てなければいけない時とか。

 弾は重量的に限りがありそうだけど。

 

「二人とも早くー」

 気づけば前の二人はかなり遠くなっていた。

 四階はフードコートだ。

 しかし、机や椅子は隅に寄せられ、中央にダンボールの仕切りが立てられていた。

 避難所となった体育館で見たことのある光景だ。

「ここ、女の子達が寝るところね。海音ちゃんの分も用意しないとね」

 仕切りは一つずつが広くとられ、ダンボールは二重になっていた。

 ……その内の一つの布団が他のものに比べて大きいのは。

 うん、少し脇に置こう。

 布団は全部で五つ、鹿嶋さんは蛍さんのことを女性として入れていたかもしれない。

 

「野郎共はこの上よ。屋上は洗濯場、それから」

 そこで言葉を切って、私に向かっていたずらげに微笑んだ。

「お風呂があるの」

「!」

 今までというもの、川があったらタオルを浸して拭くだけ、雨が降ればもっといいけれど最近は梅雨にむけて溜め込むように降らなかったのだ。

 思わず胸が躍る。

「は、入っても良いですか?」

「もっちろんよお。水運びは暇そうなやつに頼めばいいし、湯沸かしなら任せなさい」

 胸の前で手を組みお願いすれば、彼女は快諾してくれた。

 暖かいお湯に浸かれる、それは今の私達にとって贅沢なものの一つだ。

 ドラム缶だろうがなんだろうが、とにかく嬉しい。


「よし、次は野郎共に紹介ね。大体良い奴らだから心配しないでェ」

 なんと男性は全員五階で雑魚寝だそうだ。

 今は皆で物資の整理と作戦会議中……ということはジェイドさんはそこだろうか。

 

「はあい! 蛍おねーさまよお!!」

 どこかからげえっと真底嫌そうな声が聞こえた。

 多分きっと、挨拶みたいなもの。

 証拠に蛍ねーさんは笑いながらさっさとその輪に入っていく。

「海音ちゃん、行こ。……大丈夫?」

「あ、うん。平気、気にしないで」

 蛍ねーさんの声に反応したとはいえ、一斉に向けられた視線に足が竦まないわけがなかった。

 事情を知っている白樺さんは、いたく心配そうにしてくれている。

 彼に目配せで心配しないでと伝えれば、先程よりも近くにつき、気を遣ってくれているようだった。

 そんなに酷い顔だったかと密かに苦笑する。

 

「白樺、海音!」

 手前の集団の奥で手が上がる。ジェイドさんだ。

 散らばった食品を踏まないようにして彼のもとへ。

 何やら鹿嶋さんと地図を挟んで話し合っていたようだ。

「遅かったな」

「ジェイドさんが置いてくからでしょ」

「それはすまない」

 ぽんぽん言い合いながら白樺さんはしゃがみこんで手元の地図を覗いている。

 

「ほら、あそこ。あの子達の為にお風呂いれてほしいのよ」

 そんな声が聞こえてきて、自分のことだと分かった私はなんとなく振り返った。

 数人の男性の前に蛍さんが仁王立ちで構えていた。

 男性達と目が合いそうだったので、固まる前に無理やり頭を下げる。

「そーいうことだから、よろしくね」

 ひらひらっと手を手を振ると彼女はどんどんこちらへ来た。

 何をするのかと思えば私の影に隠れるようにして居た海麗ちゃんの頭を乱暴に撫ぜた。

「わっ」

「苦手ねェ〜」

 首を竦めるも逃げられずにされるがままの海麗ちゃんを存分に撫でると、よしと頷く。

「だって」

 ぶすくれた様子の彼女に私はこの行動の意味を考えてしまう。

 蛍さんを見上げれば彼女は私の耳に顔を寄せ小声で囁いた。

「あの子、ね。男性が苦手なのよ。昔っからそうらしくて」

 でもあたしは平気なのよと誇らしげに笑い、彼女は姿勢を戻した。

 

 昔から、か。この状態は今かなり我慢をしているのかもしれない。

 そっと海麗ちゃんの様子を伺い見ると、両手で頭を抑え、俯いていた。

 ちらっと見える小さな耳は赤いようにも見えて、想像していたのと違う反応におや、と思う。

「鹿嶋さあん、彼、あたしと同じ班にしてちょうだい~」

 少し、道のりは遠そうだけれど。

「やだっ、何この方がそうなのお! イイ男じゃないっ」

 やっぱり凄く、遠いかもしれない。

 

 顔を上げた海麗ちゃんの目が死んでいる。

 ごめん、海麗ちゃん、私は応援することしか出来ない。

 

 心の内で謝りながら、予想外の恋を、私は密かに応援しようと決意したのだった。

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