表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赤眼ゾンビ  作者: 海月
第三章
100/100

針千本

 俺は薄暗い廊下を足早に歩きつつ、過去の思い出を頭の隅へ追いやる。

 兄を守りたい、危ない事に首を突っ込んで欲しくない。そうは言っても、兄の打診を引き受けてしまった以上、上へ掛け合わなければならない。

 提案の言葉をまとめつつ歩いていると、ふと後ろから気配がした。振り返れば、この駐屯地に来てからは良く世話になっている大賀さんだった。存外に近い距離に、俺は僅かに目を見開く。

「驚かせたか、悪い」

 大賀さんがバツが悪そうに笑い、俺の横に並ぶ。

「大賀さん、いえ、俺が上の空だっただけです」

 揃って歩き始めながら、俺は内心で苦笑した。こんなにも近づかれるまで気付かないとは、俺も相当に動揺しているらしい。

「何か問題でもあったのか」

 大賀さんの目に厳しい光が宿る。言い様によっては兄の提案が通らぬように誘導できそうだったのに、彼には誤魔化せないと直感で悟る。


「……兄が」

 観念して事の詳細を話せば、大賀さんは渋面のまま言い放った。

「負傷した奴が何を。クワルツ、この件は俺が預かる。兄貴に何か言われたらデカい口叩くなって一蹴しろ」

 あっけない解決に、俺は瞬きをする。それから僅かに唇を笑みの形に歪める。


「どうも、弟癖が抜けていなかったみたいです」

 これは誤魔化しではない。兄の申し出を拒否するのでもない。正当な理由での、保留だ。

 そう思うと、すっと胸が軽くなった。


「それから」

 肩の荷がおりたところを見計らってか、大賀さんが厳しい表情を作る。

「坂本武仁の件は、どうだ。聞き取りから何か出たか」

 覚せい剤使用の疑いがある坂本武仁。それこそ今目の前の問題だ。

 それぞれから一通りの話は聞けた。初期に暴動が起きてから、今に至るまで。その中から少しずつ出た坂本武仁の情報をより合わせ、浮かび上がった人物像。

 特段警戒される様子もなく、いたって普通の、明るい青年といった評価の彼。


 ただ少し、興奮しやすい性格らしい。加えて、現在同室の少年は歯切れ悪く、こう言った。

「時々、やたらイライラしている。物や、自分自身に当たっている」

 聞いた時、盛大に漏れそうだったため息が零れる。

「彼はほぼクロです」

 同室の少年には事情を言わず、辛いだろうからと部屋を別けてやった。坂本武仁には、単に使える部屋が増えたとだけ伝えていた。

 俺と同じ顔をしている大賀さんが、その判断は正しいと頷いてくれる。


「クワルツが当たる目下の問題はそれだ。今はそれに関してだけ悩め」

 キッパリとした口調の彼に、俺は薄く微笑んだ。そんな事を言っても、問題は山積みで、目の前からは消えない。それでも言ってくれた彼は、確かにその重みを背負ってくれると感じてしまう。

「……お願いします。この件は俺に任せてください」

 無理やりに頬を引き上げる。大賀さんは任せたと頷いて、ぽんと肩を叩いた。



 軽く肩を叩かれて、俺は振り返る。許可をもらって駐屯地内の施設を散策していたところだ。ちなみに八木さんを誘ったところ、面白いところがあったら教えてくれと、面倒くさそうに断られた。

 

「……秋」

 目を上げた先には、顔を強ばらせた悠銀がいた。最初の方こそ同室にされそうになったものの、ごねて八木さんと相部屋にしてもらったのだ。この件に関して八木さんは何故か弱く、すぐに折れてくれた。

 そういう経緯もあって、今まで悠銀とは全くと言っていい程会話をしていなかった。わだかまりは消えるはずも――消すつもりも、ない。

 

「なに」

 鋭く息を吐くように問いかけると、悠銀の顔が益々強ばった。しかし気をとりなおすように首を横に振る。

「秋、あのさ。坂本さんの事なんだけど」

 俺は怪訝に眉を寄せる。悠銀は確か、武仁と同室だった。そして武仁とは、今まで殆どと言っていい程会えていない。

 嫌な予感が胸で膨らむ。

「武仁が、どうしたの」

 打ち消したくて、声は強くなった。浮かぶのは疲れたような金井さんの顔だった。


「あの人、おかしいんだ。イライラした感じで部屋歩き回ってたり、夜中に飛び起きたりさ」

 思い描いていた憔悴と違うことに、俺は眉を潜める。

「何それ」

 漏れ出た言葉に、悠銀は首を横に振った。要因に思い当たるまでには至ってないのだろう。

「もうずっとなわけ?」

「ずっと。飯村さんに相談したら、部屋を別けてくれたから、昨日からはどうか分からないけどさ」

 頭の片隅が薄らと痺れていた。それはここに保護されてからの話だろうか。それまでは全く、武仁が弱っている姿なんて見た事が無かった。むしろ明るくて、溌剌とした。

「……ありがと」

 宿舎の方へ踵を返す。今すぐにでも、会わないといけない。

 しかし、ぐっと二の腕を掴まれ、引き止められる。

「待って。違う、秋の考えてるような感じじゃない。異常なんだよ、なんか」

「悠銀、」

 その必死さに引っかかりを覚えつつも、俺はそっとその手を離させた。


「良いから」

 傷ついたようなそんな顔を見たくなくて、俺は振り返らず歩き出す。追ってくる気配はない。


 宿舎に向かって歩きながら、俺は思考を巡らせる。クワルツさんに相談したというのなら、俺の出る幕は無いのかもしれない。ただ気になったのは悠銀の伝え方だった。

 異常だと、そう形容してしまう程の昂り。


 宿舎に着き、武仁が居る部屋の前に立つ。蛍さんの言葉を思い出し、一つ深呼吸。

 コツコツと灰色の扉を軽くたたく。少し経っても、目の前の扉はまんじりともしない。さすがに聞こえなかったかと、今度は名前も呼びながら扉をノックした。


 はやる気持ちを抑え、扉の前でじっと待つ。帰ろうかとも思った頃、扉の向こうで気配が動いた。

 ぱっと顔を上げると同時、灰色が開く。

 覗いた彼の顔は、多少やつれてはいるものの、表情は明るい。唐突の来訪に目を丸くしながらも、更にドアを押し広げてくれる。

「秋、どうしたの?」

 特に変わらない様子の武仁にほっと胸を撫で下ろす。

「いや、顔見なかったから大丈夫かなと思って」

 言いつつ武仁の後ろに広がる部屋を見て、ふと違和感を覚えた。

 部屋はカーテンを閉じきって、薄暗かった。曇りでもカーテンを開ければ多少は光が入るのに。

「体調悪い?」

 目の前の武仁に視線を戻せば、彼は困ったように笑った。

 それから忙しなく瞳を動かす。幾度か口を開く仕草をして、やがて意を決したように背後をさした。

「入って」


 誘われるまま部屋に入って、俺は絶句した。カーペットの床は、強く引っ掻いたのか、ボロボロの線が引かれている。リュックの中身はぶちまけられて、まるで何かを必死に探した後のようだった。

 ばっと武仁を見やると、彼は眉根を寄せて、小さく笑った。

「怖いっしょ」

「どうして?」

 短く問えば、武仁は静かに息を吐いた。床に散らばった物から、銀色のスライドケースを拾い上げる。

「クスリやってんの、オレ」

 手のひらサイズのそれを開ける。その手は微かに震えていた。

 中には明らかに医療用じゃない錠剤が二つ。表面に星型が彫られたそれは僅かな光に煌めいて見えた。


「何で」

 ふっと、爛々と輝く武仁の目を思い出す。二の句を継げずにいると、武仁はどっかりとその場に腰を下ろした。

「やばいんだよね、最近。効きが弱くなってきてさ、多分もう足らないの。そしたらオレ……」

「待って。きっかけは? いったいいつからなわけ」

 その目に怯えが走るのを見ていられなくなって、堪らず遮る。武仁はのろのろと答えた。

「飲み始めたのはゾンビどもが湧いてから」

 薬自体は、大学で、サークルの先輩から貰ったのだと言う。そうしてパンデミックが起きてから、恐怖を誤魔化すように飲んでいたと。

「限界だった。誰も彼も食われて死んで。怖くて怖くて」

 武仁が自身の二の腕をキツく握りしめる。

「けど、効果が切れる度にどんどんオレじゃなくなっていく感じがして、でもやめようと思っても外があんなで、そうこうしてる内に変なモンまで見えるようになっちまった」

 それはきっと、幻覚なのだろう。授業中にテレビで映し出された、薬物の画像を思い返す。

 武仁は床をなぞり、肩を震わせる。これも幻覚を見ている最中にやってしまった事なのだろうか。

 俺はきゅっと唇を引き結んだ。武仁は薬が足りないだろうと言っていた。悠銀もきっと、薬の事を知らずともクワルツさんに様子がおかしい事を伝えてしまっている。

 つまり、もう誤魔化せない――破綻はもう始まっている。


 これは、俺の手では解決できないだろう。薬物に関する知識は全くもって無いのだから。

「武仁、もう正直に――」

 不意に芽生えた不穏に、口を噤む。武仁が縋るようにこちらを見上げていた。


 クワルツさん達は、本当に間引きをしないのだろうか。クワルツさんは俺達の道徳を信じたいと言っていた。

 もし、その道徳が無いと判断されたら?

 薄ら寒い予想に、俺は自身の腕をさする。飲み込んだ言葉は保留の形で口から出た。

「話してくれて、ありがと」

 これがパンデミック以前の世界で起きた事なら、怒れていたかもしれない。何やってんの、って怒って、それから病院か、警察かに行こうって。そう、選択肢を提案できたかもしれない。

 そのどれもが、今はできない。

 以前の世界であれば、少なくともこんな、死の恐怖がチラつくような選択は、浮かばなかったはずだ。

 ぐっと唇を噛み締める。けれど武仁は俺の腕をとる勢いで縋り付く。

「秋、オレどうすればいい…?」

 その瞳の焦燥に押されるようにして、俺は口を開いた。

「なんとか、する」

 薄っぺらい約束だ。武仁の目にも、僅かに不審が浮かぶ。武仁もきっと、俺と同じ可能性が浮かんでいるのだろう。

「どれくらい我慢できそう?」

 武仁の目がスライドケースに向いたことに気づいて、俺はそっとケースを抑える。

「薬は、飲まないで」

 長い沈黙のあと、武仁は絞り出すように答えた。

「……今回は丸一日だった」

 たったの一日、と俺は声に出さずに内心で唸る。先延ばしはそこまでできないようだった。

 俺はそのままスライドケースを取り上げる。

「武仁が安心できるようにする。明日には、きっと」

 待ってて、と俺は一度自分の部屋に戻る。喉にせり上る不安を抑えながら。

 

お待たせしてしまったうえに、短くてすみません!

苦しみに苦しんでえいっと書いたものなので、誤字脱字などあれば遠慮なくご報告お願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ