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赤眼ゾンビ  作者: 海月
第一章
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変化の兆し

 肉を貫く微かな感触。

 

「ありがとう」

 

 鎮痛剤を飲ませたのが功を奏したらしい。痛みに呻くこと無く、ただ目を閉じた。

 じわじわと服に血が滲んでいく。

 ナイフを引き抜いて、俺は思わず溜め息を吐いた。

 

 このガタイの良い男を看病して三時間弱。

 意識がはっきりしてきた所で男がうわ言のように呟いたのは、殺してくれ、という酷く簡潔なものだった。

 熱はまだあるが、喋れるくらいに回復しているなら良いだろうと眠りかけた男を全力で起こし、理由を聞きだした。

 

 男は既に感染していたらしい。

 なんでも男は医者で、まあそれだけでも一番に感染するだろうが、妻子が感染者に噛まれてしまったのだと。

 到底元居た避難所には居られず、妻子を乗せ車で安全な場所を探していた。ここまで来れば予想はつく。

 案の定運転中に噛まれ、自暴自棄に陥ったのか何なのか、感染者を轢き殺しつつ、あそこでようやく止まったらしい。

 壁に衝突してだが。

 

 しかし、腑に落ちない。

 

 噛まれた痕があるなら、絶対に気づくはずだ。

 感染者は噛むといっても、実際には肉を引きちぎるように、それこそ喰うという表現になる。

 そんな深い傷が一週間や二週間程度で気付けない程に治るものか?

 

 ふと気になって、頭を刺してしまう前に手の包帯を外すと、傷一つ無い綺麗な肌(・・・・・・・・・)が現れた。

 

 これには思わず瞠目する。

 

 どう考えても感染症のせいだろうが、ならば何故外で彷徨いている奴らは日々腐っていくのか。

 答えが出るはずもない問いに思考が絡まっていくのが分かって、額に手を当てた。

 

「何、してんの」

 引きつった声に顔を上げると、影に滲むようにして白樺が立っていた。

 弱い明かりに光る、血塗れたナイフ。看護していた筈の男が殺されている。

 

 よりによって一番面倒くさそうな奴に見つかってしまった。

 どうする事も出来ないので、こっちに来いと示すと、案外と落ち着いた様子で男の側にしゃがみ込んだ。

 

「感染してたんだ、そいつが」

「……え」

 束の間動きを止め、しかしすぐに眉を顰めて男の服を捲り始めた。

 こういう時は機転が利くのだな、と妙に感心しつつ眺めていれば、更に眉を寄せ、此方を見てきた。

「無いよ。……どういうこと?」

 剣呑な雰囲気で問いかけてくるが、俺だって分からない。

「俺が殺す前はまだ人として意識があった。……だから嘘をつかれたのかとも思ったが、」

 男を手をちらと見遣る。

 視線を追った白樺がはっと目を瞠り、やがて俺と同じ考えに至ったようだ。

 

 俺はナイフを逆手に持ちかえた。

 

「やっぱり感染していたみたいだな」

「う、わ」

 

 瞼を持ち上げ、白樺に飛びかかろうとした感染者の首元を掴む。

 そのまま床に倒して一息に眉間を突き刺した。

 四肢から力が抜けたことを確認して、血が床に広がらないように毛布でくるむ。

 

 余程驚いたらしく、まだ呆然と毛布の塊を見つめている白樺に声をかけた。

「そういうことだから、俺を殺人鬼と思ってもらうと困る」

「……別に。そんなこと思ってないし」

 そっぽを向いて言うのは驚いたのを恥ずかしく思ったからだろう。

 しかしすぐに立ち直るとどこか分かったように付け足した。

 

「自分が感染者になるのを待つとか僕絶対に嫌だし。そう思ったら、別にジェイドさんのやったこと責めらんないよ」

 なるほど少しは考えたらしい。

「意外だな。もっと反対するなり何なり言うと思っていたが」

 驚きを含ませて言えば、明らかに拗ねたような声音でだって、と続けた。

「なんか、もうそんなこと言ってられないじゃん。今ここでこの人を薬とかで治せるなら別だけどさ。……最初はびっくりしたけど」

 

「なら、良い。俺はこれからこれを適当な場所に持っていくから、何かあったら言ってくれ」

 

 少しは大人な思考が出来るみたいだと白樺への評価を上方修正して、しかしそれは言ってやらない。調子に乗るだろうからだ。

 

「なんで? 明日はもう出るでしょ?」

 

 運びやすいよう、毛布の端と端を結びながら、白樺の最もな疑念に答えた。

「お前は実際に起き上がったところを見たから良いが、海音は見ていないだろう。感染したと言っても傷が見当たらないのだから、信じられないはずだ。なら、証拠隠滅して誤魔化した方が面倒が少ない」

 

 それに。

 もしこれから先、こういった感染者____傷一つ付かないものが出てくるとして、一目で見分けがつきにくくなる可能性が出てくる。

 これは本当にもしもの話であり、男が特別だった場合はしなくてもいい心配をすることになってしまう。

 

 海音や白樺に余計な負担をかけるのは得策じゃない。

 ただでさえ今の状況は精神的な不安が上回るのだ。誰かの精神が崩壊する様を見ていくのは辛い。

 

 土木工事の現場でよく見かけるように、男を肩で担いだ。

 極力音を立てないように留意しながら庭に面した窓を開け、静かに男を横たわらせた。

 辺りは夜明けの薄群青で染まり、物音一つしない、死んだ街の様相を呈していた。

 

 それでもどこかに奴らは潜んでいるのだろう。

 

 近づいてくるものが無いか素早く確認して、窓を閉め、カーテンをきっちりと合わせた。

 

 振り返り、場の空気を変えるように、さて、と声を出す。

 ナイフをいらっていた白樺が顔を上げ、その表情に決意が見て取れることに、俺はやはり本題があったのだなと確信。

 

「何の用か、分からんでもないが聞いてやろう」

 出来るだけ偉そうに促す。そこには少し威圧の意味もあった。

 くだらん事だったらはっ倒すぞと。

 

「僕は、誰かを守れるくらい強くなりたい」

 

 少しの間、俺は瞠目する。

 しかしそれは俺が求めていた答えだ。

 やはり、そういう気概を持ってくれなくては。

 にっと口角が上がるのを自覚する。

 強くなりたい、だけじゃなく、誰かを守れるくらいに。

 漠然とした思いだが、それだけで十分だ。

「ちゃんとした栄養は今までのように摂れない。だが、身体的にはきついことばかりをするぞ。それでも、」

「やる」

 再度念を押そうとしたところで、短く、しかしはっきりと言葉が返された。

 

 この少年は、良くも悪くも変わろうとしている。

 強くなってすることは、守るだけではないかもしれない。

 しかし、芯は強く、それは瞳にそのまま現れていた。

 

 ふと、昔を思い出してしまい、苦笑が漏れる。

 ああ、あいつもこんな心持ちでいたのか。

 

 途端に押し寄せてきそうになる記憶の渦を、頭の端に追いやって、俺は白樺に向き直る。

「分かった。時間を見つけて少しずつ”強くなる方法”を教えてやる。今は本腰入れて出来ないからな」

 まだ目的地に辿り着いていない。そんな状態で無理に鍛えさせると、疲れがどこで出るか予想が着かなくなる。 

 それは分かっているのか素直に頷く白樺に、俺は微妙な変化を感じ取っていた。

 

 俺は他人の気持ちを推し量るのは苦手だ。

 人の気持ちなんぞすぐに移り変わるし、第一表に出さないようにする人間は真逆の行動をとったりするから。

 

 そのせいか、いつも俺は人との関係を結ぶことを諦めていた。

 

 だが、白樺はどこか人よりも真っ直ぐで、分かりやすい。

 

「何か思ったならすぐに言えよ」

「は? なにそれ」

 

 脱線しかけた思考でそのまま言えば、訳が分からないというふうに首を傾げられた。

 俺はそれに苦笑して誤魔化し、これから出来ることを白樺に伝えていく。

 

 いつの間にか朝の光が顔を出し始めていた。

 

 

 

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