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残り19日目のラジオ

『お前、放課後は大体ここに居るよね。暇なのか?』



『そういう先輩こそ、部活とかしてないんですか?』



質問に質問で返すなって言いたくもあるけど、こいつ相手にまともな会話のキャッチボールが出来てる事自体が稀だって最近気付いた。


そして、不意に尋ねてくる内容が思わず言葉に詰まるような、痛い所をついたりする事も意外とある。

例えば今みたいに。



『してたら此処に来てる暇ないよ』



『んー……先輩ってスポーツする感じじゃないですよね。こう……インスタ派?ってやつです』



『インドアって言いたいのか』



『あれ。じゃあインスタってなんですっけ……レンジでチンするやつですっけ?』



『それインスタント。女子高生として割と致命的な間違いな気がする』



『ちょっとこう、カタカタカタッターンッ! みたいな感じにやってみてください。最後のッターンッ! はキメ顔でおなしゃす』



『バカにしてるだろおい』



別にインドア派である訳じゃないけども、確かに生まれてこの方、スポーツとはあんまり縁がない。

俺の見た目からの判断か、それとも他の要因か。


次から次へと挟まれる小さなボケに呆れつつも、こいつのこういう変に鋭いところは厄介だ。


他の人よりもパソコンに触れる機会が多いことも事実だが、それよりもこの後輩のキーボードの叩き方が、まるでピアノを弾いてるみたいなタッチにも見えて。


この後輩が、俺の触れられないところを遠慮なしに探ってくるタイプだって分かってるのに、なんで俺はわざわざコイツに会いに来てんだろうか。



……その理由は、もうなんとなく分かってる。



『……逆に、お前は"スポーツ"とかやってそうだよな。部活とかでバリバリ活躍してそうだし』



『────ところで先輩は朝の目玉焼きには醤油ですかソースですかそれとも渋いとこで塩胡椒のみですかそうですか早苗は最近ケチャップもありなんじゃないかと思いましてですね朝からちょっとしたオムレツ感覚を楽しめるこの新鮮さがまたなんとも』



『誤魔化すの下手すぎるだろお前』



だらだらと冷や汗流しつつ、目をあっちこっちにクロールで泳ぐ勢いでさ迷わせるこの後輩は、隠し事が下手にも程がある。


グラウンドの向こう、白線のトラックを踏み鳴らす駆け足の群れ。

空砲が鳴る度にそっちへと視線を向けてるのに、俺がいつまでも気付かない訳ないだろうに。



つまりは、アレだ。

俺がコイツの事が気にしてる理由は……この早苗という後輩が、まるで名残惜しそうにグラウンドを見つめていたあの寂しそうな瞳が原因で。



『……陸上、興味あんの?』



『……っ、ないですないです、そんなものよりダンゴムシの足の数が何本あるかの方が──』



類は友を呼ぶってあるけど、それは違う。

青臭い傷みに苦しんでるやつは、同じようにしんどい顔してる奴を目敏く探し当てようとするから、似た者同士が集まる。



傷の舐め合いを求めて。

女々しいもんだよ、我ながら。





◆◇◆◇◆




「で、後輩ちゃんとは最近どうなん? もうあれか、行くとこまで行ったか。ウチの卒業式の前にお前も一足先に卒業しちゃいましたよってか……はー死ねよもうクソ」



「話振って来といて勝手にキレ出すとか情緒不安定も大概にしろ。というかこの前、愛しの彼女とのホテルでの失敗談を赤裸々に語ってくれた白痴くんがどの目線から言ってんの?」



「はくちっての止めて俺が悪かったから。城地(しろち)だから、そのあだ名はマジで止めてお願いゆうくん」



「次その気色の悪い呼び方したらクラスのグループラインにホテルの件晒すからな」



「ちょっと鬼畜過ぎませんかね……」



「てか食いながら喋んな。米粒飛んでるから」



「あ、わり」



昼休憩の弁当タイム。


昼下がりは鳥が低く飛ぶものだけども、その鳥の食べ方と同レベルなくらい米粒を飛ばしてくれやがった前方を睨む。


城地が言うことはあの早苗にも匹敵するほど突拍子がないもんで、食事の席を一緒にするには都合の悪い相手ではある。



「そういえば今日は後輩ちゃん、ウチの教室来ねーの? 最近はよくあのみーちゃんだかむーちゃんだかと一緒に来てたじゃん」



「あー……なんか用事あるって言ってたけど…………また『アレ』じゃないの」



「アレ……あ、そっかそっか今日放送日だったな! いや俺結構楽しみにしてんだよねアレ……っておいどうした頭抱えて」



「……そりゃお前は楽しめるだろうよちくしょー」



『────はーい、こんにちは! ハルコーラジオの時間がやって参りました! 皆様のお昼の一時に少しばかりお邪魔しようと思います!』



噂をすれば始まったよ。

放送部が毎週の火、水の昼休憩に放送するラジオ番組。


春日高等学校をもじってハルコーと冠を添えた、俺にとっては悪夢の一時に成りかねない時間。

あぁ、もう胃が痛い……本気で早退したい。



『本日の放送のパートナリティーを務めるのは放送部部長の私、水瀬めぐ! そして相方を務めていただくのは──』



『雨の中、傘をささずに牙突をする者が居てもいい。アバンストラッシュも可。中二とはそういうものだ……どうも子羊達、今日も迷走してますか? シスターサナエルです』



「…………はぁ」



教室内の団欒が徐々にフェードを落としていって、視線がちらちらと俺に向けられる。

あぁそうだよ、あのDJ気取りのアホは俺の彼女だよ。


いつぞやの木曜日に教室にて『今日泊まりに来て下さい』っていう爆弾発言かましたせいで、何かと肩身が狭い。



『さぁさ気付けばちゃっかり校内ラジオの人気コーナーとなってしまいました、このシスターサナエルの懺悔室。今日も今日とて沢山のお便りがやってきてますよサナエルちゃん』



『お腹空きましたんでお弁当食べながらでもいいですかね?』



『なんと慈悲浅い発言ですかシスターサナエル。というか四限の数学でちゃっかり早弁していた所を先生に見つかり高校生にして廊下に立たせられていた、という報告が貴女のクラスメイトから挙がってますが』



『ち、違いますから。決して食い意地が張ってたとかじゃなくて、公式という名の暴力でけちょんけちょんにされた早苗の脳細胞が、お弁当にぎゅーっと込められた先輩からの愛情に身も心も癒されたくなっただけであって……』



『サナエルが早くも堂々とのろけ出したところで今日のお便りいってみまっしょう!!』



「……お前の彼女、今日もアクセル踏み抜いてんな」



「それで事故ったダメージは主に俺に向かうんだぞ? 理不尽なメカニズムにも程がある……」



あー……クラスからの視線で身体の右半分が生暖かく温められてるせいで左側の窓からの風が涼しい涼しい。



『では最初のお便りです。ペンネーム《ローマは1日にして奈良県》さんからですね! 《えーっと……皆さんご存知、料理のさしすせそというものがあります。砂糖、塩、酢、醤油、味噌のあれです。では恋にもさしすせそはあるのでしょうか。最近恋愛絶好調と噂のシスターサナエルにお答えしていただきたいです》……とのことですが』



『ふーむ……恋のさしすせそですか。いいでしょう、恋愛マスターサナエルがお答えしてみせます! 最近恋愛、絶好調! なこのシスターサナエルがッ!』



「……最近後輩ちゃんとはどうなんって聞いた訳だが、ずいぶん調子が宜しいみたいで何より」



「ちょっと黙ってようか」



ついには正面までニヤニヤしだしやがって。

いよいよ俺には逃げ場がなくなってきたぞこれどうしよう。



『ではまず、さしすせその《さ》!』



『誘ってみるべし! です! とにかく一歩を踏み出すのが大事です!』



『おぉなんかそれっぽいぞどうしたサナエル! はい次、さしすせその《し》!』



『信じるべし! です! 自分に自信をもってどんどんアタックしちゃいましょー!』



「良く言うよ……」



自信なんかこれっぽっちも持てなくてなかなか一歩踏み出さなかった奴が言えた台詞じゃないよなこれ。

アイツ、ほんと浮かれちゃってまぁ……どうせ後から恥ずかしがる癖に。



『さしすせその《す》!』



『好きになった理由をいちいち考えない! です! よくどうしてこの人を好きになったのかって思うかもしれませんが、そんなものは考えたって無駄無駄無駄ァ! というやつです。好きになっちゃったもんはしょーがないのです、人間だもの! さなえ』



『ど、どうしたことでしょうこれは……最初はあまりの女子力の低さに目を覆う時もあったというのに、なんか本当にそれっぽい事まで言えるようになって……私、嬉しさと同時にちょっとムカつきも沸いて来ましたよ、えぇ』



『ぬっふっふ……これぞ恋のシスターサナエルの本当の実力とゆーやつです。先輩からのとめどない愛で、ウッキッキーからうっきうきに進化した結果ですよ!』



『相変わらず時々何言ってんのか分からないですが……良いでしょう! その進化した結果をしかと見せていただきましょう! 次ィ! さしすせその『せ』」



『勿論セッ──』



『言わせるかぁぁぁぁ!! 絶対ここら辺でヘビーなもんかましてくると思ったよ!! アンタのそのたまに挟む下ネタのせいでこの前アタシ校長室にまで呼び出されたんだからね!! はいもうラストォ! さしすせその《そ》!!』



『そいそーす』



『言うことなくなったからって雑にボケるなッッ!!』



「いやぁ流石は後輩ちゃんだわ、ルックス"だけなら"ミスハルコーも有りって言われてるだけある」



「……いつか俺も校長室呼ばれる日が来るのかもしんないなぁ。監督不行届き的なアレで」



とゆうか我が春日高校の教師陣、懐広すぎだろマジで。


こんなアホみたいなラジオ、いつ打ち切られてもおかしくないのに。

噂では校長がたまにお便り送ったりするぐらいこの校内ラジオを気にいってるらしいけど、なんかその説に信憑性ある気がしてきた。



『では次のお便り! ペンネーム《素振りをする素振り》さんからです! えー《この前の倫理の授業の時です。ハルコーの名物である熱血教師、松永先生が私達の将来についてとても熱い授業を行ってくれました。真面目で奥深く、分かり易くて励みになる内容だったのですが……その、チャックが全開でした》』



『わーお』



『《先生がとても真剣な顔で「いいか! 今この瞬間にも自分の姿をじっくり見つめて見て欲しい。欠点や失敗なんて誰しもが持ってることだ! 恥ずかしがることなんてなんて何もない!」そう言う先生の姿はある意味説得力が凄かったです。そこで質問なんですが、シスターサナエルは最近失敗したなぁ……と思うことはありますか?》』



『……最近失敗した事ですか……うーん……』



「今の松永先生の件は必要だったのか……?」



「笑いを堪えながら一限受けることになった恨みだろ」



にしてもまた嫌な質問をしてくれたな。

失敗なんて早苗は常時やらかしてるようなもんだけど、そういう時は大体……



『……えーと、まぁ寒い時季にはマフラーって大事じゃないですか。で、早苗もちょっと編んでみようかなぁと思った訳です』



『おぉっ、これはついにあのサナエルが普通の女の子っぽい事に挑戦してみたんですね! これは恐らく自分用ではなく、例の先輩用なんでしょう……あれ、失敗談ってことは……』



『……うぅ、そです、ものの見事に失敗しちゃいましたよ。マフラーってよりボロ雑巾みたいになっちゃいまして……で、そんなの渡せるはずもなくて』



『あー……なるほど。じゃあもしかして、今この放送を聞いて例の先輩はマフラーの事を知ったんじゃ』



『いえいえ、普通に失敗しちゃいましたーって言いましたよ』



『あ、そこ言っちゃうんだ。一瞬サナエルのいじらしい一面が見えたと思ったけど気のせいでしたか……』



『あ、そういえばですね。その次の日、なんと先輩から手編みのミトンを差し出されてですね。「そのマフラーとコレ、交換して」って言われて……「価値は一緒だから」って。どういう意味だったんでしょうかね、アレ』



『…………私の推測ですと、そのミトン、多分例の先輩が初めて編んだやつなのでは?』



『……あー確かに。先輩器用だけど、ちょっとだけほつれてたというか、そういえば若干目元にクマが出来てたような……』



『……つまりそれ、初めて作ったもの同士だから価値も一緒、って事なんでは。そして徹夜してまでミトンを編んだってのは、失敗作でも自分の為に編んでくれたマフラーが欲しかったからなのでは…………』



『……』



『……』



『……うぇへへへへへ』



『きゃー! なにそれなにそれ! 例の先輩ちょっとそれはうひゃあぁぁ!! いじらしいのはそっちだったかー!』



「放せ! 放せよ白痴ィ!! あの青い空が俺を呼んでんだよ!」



「白痴じゃなくて城地だって! つーか放したらマジでお前飛び降りるつもりだろ! いや気持ちは分かるけど!」



「事故ったレベルの被害じゃないだろこれは! 恥ずかしくて死にそうってかもう死にたいんだよ! なに赤裸々にぶっこんでくれてんだあのアホはァ! ていうか放送部部長もなに完璧にエピソード解剖してくれやがって!」



「……あ、やっぱそういう事だったのか」



「うわぁぁぁぁあもう嫌だぁぁぁ!!!!」



教室中からそりゃあもうライブハウスかってくらいネイティブな口笛とFOOOOOという掛け声が飛び交えば、俺も飛び交いたくなるよ物理的に。


てかなんでこの学校の連中はどいつもこいつも他人のノロケ話なんかで盛り上がれんだよバカばっかか。



あぁくそ、羞恥心が半端じゃない。

しんどい。

熱出そう、39度台のヤバいやつ。



『いやー私としてはもっともっと掘り下げたいところですがそろそろお時間が来そうなので、最後のお便りに行ってみましょー!』



『ばっちこーい!』



『えー最後のお便りは……ペンネーム《隣人ちゃん》からですね。《水瀬先輩、さーちんこんにちは。いつもラジオ楽しみにしてます》』



『あ、これみっちゃんだ』



『おっと、心当たりがあってもこの場では気付かないふりをしましょうねーシスターサナエル。で、えーっと……《たまにはストレートな質問を。ずばり、例の先輩の一番好きな所はどこですか?》だそうですが……いやぁ、ホントにストレートな質問ですねぇもはや懺悔室云々とか関係ない気もします。が、せっかくなんで胸焼け覚悟で聞いちゃいましょう!! シスターサナエル、例のお方の一番好きな所はズバリ?』



『…………』



『……あ、あれ。あの、どうしたんで───』




もう一刻も早くこの放送が終わって欲しいという俺の願いが通じたのか、プツン、と音を立ててラジオが止まった。


急な放送事故に助かった、と思う反面、何があったのかと不安が押し寄せる。



しかし、その後、復旧した放送により、どうやら早苗が体調を軽く崩したという一報が入って心配になったのだけども。



その顛末を知った後、心配や杞憂はまるで無用だった。



だが、それ以上に…………────










◆◇◆◇◆











「ちょ、ちょっと早苗ちゃん? そこ押したらアタシ達の声乗らないんだけど」



「えーっと……それはそうなんですけど、その……今日はこのぐらいで……」



「えっ!? いや、今一番いいとこなんだけど……」



「……うー……」



「……なんか答えたくない理由とか、あるの?」







「いや……だって…………」









「先輩の一番良いとこは、早苗だけが知ってておきたいじゃないですかぁ……それに、下手にライバル出てきたら嫌だし……」





心配しなくても、入り込む余地とかどうみたって一ミリもないから、だとか。


それなら適当に優しいとことか当たり障りないこと言っとけば良いとは思うものの。


まぁ、それなら仕方ないねって言わせるあたり、おバカだけど大した娘だと思う。






「……ごちそうさま」






以上、残り19日目のラジオをお送りしました放送部部長。

水瀬めぐ、より。



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