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残り26日目の発覚

『そこでなにやってんの?』



『へ……?』



二階の窓から身を乗り出してまで尋ねてみれば、まるでそいつの時間が止まってしまったかのようにピタッと。


グラウンド隅の水道場でしゃがみこんでいたその女子生徒が、クリクリとした大きな目を見開いて俺を見上げたまま固まる。

あれ、なんかマズかったか。



『あの……』



『はぅあ!?』



『!?』



ちょっと心配になってもっかい声をかけようとすれば、そのちっこいシルエットがビクッと奇声と共に跳ねる。


すわ何事かと目を剥いていれば、急に周りをキョロキョロと確認しだし、恐る恐るといった様子でそいつは口を開いた。



『え、えと……べべべ別に早苗は何も怪しいことなんてしてませんよ!?』



『…………いや、その発言の時点で怪しすぎるんだけど』



『ち、違います違います! さ、早苗はちょーっと今流行りのひとりかくれんぼなるものを実践しているだけでしてですね……』



『……絶対流行ってる内容と今やってる内容、食い違ってると思う』



どうしよう、明らかに怪しい。

けどどうみても馬鹿っぽいというか、別に悪巧みとかしてるって感じじゃなさそうだけども。


と、ここで早苗とかいう女子生徒が何かに気付いたみたいにあれ? っと首をコテンと傾げた。

仕草が動物っぽいなコイツ。



『……あの、そこ音楽室ですよね? そっちこそ、そこで何やってるんです?』



『えっ? ……あーいや、別に何も』



『……本当ですかぁ?』



『ぐっ……あれだよ、えーっとね……俺もちょっとひとりかくれんぼしてただけだって』



あんまり聞かれたくない事を聞かれてしまったからか、変な言い訳につい乗っかってしまった。

もっと他にそれらしい言い訳あっただろうに。


けど。



『……やりますね、あなた』



『えっ、納得すんの!?』



早苗という女子生徒は馬鹿っぽいってより馬鹿だった。

うむうむと満足気に頷く辺り、多分本気で俺がひとりかくれんぼをやってたんだと思い込んでる。


ただ、その後。

ちょっとガッカリしたみたいに軽くついたため息が妙に印象に残って。



『なぁんだ……てっきりアナタが、たまにピアノ弾いてる人なのかなーって思ったんですけど』



『────はい?』



後になって分かったことだが、俺はこの時気付けなかった。


早苗に興味を持ったのも、声をかけたのもてっきり俺が先だと思っていたんだけども。

実は、興味を持っていたのは早苗の方が先だったらしい。


毎週木曜日の音楽室。

吹奏楽部が休みの日に限って、たまにそこで演奏している顔も知らないピアニスト。



早苗が興味を持っていたらしいその人物の正体が、誰であったかなんてのは、もう。


言うまでもない事。





◆◇◆◇◆




脇に挟んだ雑誌がペラペラと立ててる音を掻き消したのは、リビングのテレビから流れるバラエティと、それを見てケタケタ笑うおバカの声だった。



「あ、先輩。先輩がトイレ行ってる間に、先輩のママさんから電話ありましたよ。もう一時間くらいしたら帰る、だそうです」



「ん、じゃあもうちょいしたら飯の準備すっかな……で、今日もウチで食ってくの?」



「はい! 是非とも! 今日は早苗の好物、味噌煮込みうどんだそうで……んもぉ先輩、今日は早苗を帰したくないって事ですよねこれはぁ、んっふっふっふ」



「お前の分だけパックに詰めて持ち帰るか?」



「いやいやいや冗談ですってば! もー、ちょっとくらい勘違いさせてくれても良いじゃないですか。最近先輩なんかいけずってやつですよ」



「……いやだって最近お前ウチに馴染み過ぎてるから、ここらでバランスとっとかないと。親父もお袋もすっかり受け入れられてるし……これ以上付け上がらすと何しだすか分かったもんじゃないんでね」



「そ、それを本人に言いますか」



「釘刺してんだよアホ。ここんとこお前が場所も選ばずひっきりなしに絡んでくるから周りの視線がもう痛くて痛くて……優香に至ってはこの前から『お兄』じゃなくて『コロンブス』ってもう意味分からん呼び方されるし」



「はえー……なんでです?」



「『勇者の兄と魔王のネトラレプレイ』なんて新境地切り開いちまったからだろうが! なにちょっと知的な蔑み方してくれてんだマイシスターは……しかもあれ最初っから最後まで早苗の独壇場だったのに。なんで俺だけエキセントリックな変態扱いを……」



「……うん、良く分かんないですが煮込みうどんといえば煮たまごは鉄板ですよね。はー楽しみ」



「コロンブスの卵ってフレーズだけ覚えてるこのバカの食い気よ……」



こいつが我が家に入り浸りだしてからの弊害がもう半端ない。

基本バカだから周りの空気そっちのけでベタベタし出すし、例え俺の家族相手でもマイペースを崩さない。


だってのに親父もお袋もすっかりコイツの事を気に入ってしまってるしで、なにこの八方塞がり感。



「あ、そうだ先輩。ちょっとこっち来てくださいへいへいかもーん」



「……え、いきなりなに。なんか企んでない?」



「そんなんじゃないですって。今ちょっとテレビでやってたことを確かめたくって……ああ早く早く! 内容忘れちゃうまえに早くです先輩!」



「はいはい……」



まーた変な影響でも受けてないと良いけど、とテーブルの上に持ってた雑誌を置いて、リビングのカーペットの上へ。

ペタンと座ってた早苗がバンバンと隣を叩いて急かす仕草は、なんか餌をくれくれとまとわりつく子犬にも見えた。



「ぽいっとな」



「……?」



突拍子のない思い付きの延長なのか、右隣に座らせた俺のさらに右奥にぽいっと自分のスマートフォンを投げる早苗。

わざわざ俺越しにスマホを投げるとか、もう何がしたいのかさっぱり分からない。

けど、さらに分からないのは……そっからの行動。



「ちょっと失礼しまーす」



「?」



投げたスマホをまたさらに早苗が回収するべく、コイツの上半身が俺の膝の上を通過する、その途中。

ほとんど触れるか触れないかぐらいの距離で、早苗の顔が俺の顔の方を向いて、一言。



「……これ、ドキッとしました?」



「──っ!」



「……ぁ、先輩顔赤くなってますねぇ……んふふ、流石『モテ仕草』」



「……は? モテ仕草?」



「あ、ほらテレビでまたやってますよ。まぁつまり、異性をドキッとさせる仕草なんですけど」



『と、こんな風にさりげなく近付く事が大事なんですね。是非、試してみてくださーい』



「……あぁ、そゆことね」



効果ありですねーとかなんとか言いつつ、そのままスマホを回収し──何故かそのまま俺の胡座の窪みに座る早苗。

うん、さりげなさが大事つってんのにこれ意味あんのか。



「おい早苗、何勝手に座って……」



「ふふふ、早苗分かっちゃいました。つまりモテ仕草の真髄とは! 近付けば、良いんです!」



「…………いやさりげなさが大事って言ってんじゃん」



「えーだって、しゃらくさくないです?」



「身も蓋もなくないかそれは」



しゃらくさいと思うのはまぁ確かにそうだけど、それならそもそも何でこんな番組見てんだって話。



『では次。洗い物をしてる時に服の袖を肘までまくって欲しいとお願いしてみてください! その時のポイントは、後ろからこう……抱き締めて貰うような形になるのを意識して……』



「……ふむ。洗い物ですか。先輩、今日の皿洗いはこの早苗にお任せあれ」



「いやお前飯食った後も居座るつもり? というか今まさにこの状況出来てんじゃん」



「……ハッ、確かに!」



アホの極みかコイツ。

というかね、例え洗い物だとしても早苗に台所に立って欲しくないんだけど。

主に安全面的な意味で。



『で、顔と顔とが拳1つ2つ分くらい距離になったらすかさず、ありがとっ、とお礼を言います! 良いですか! ポイントはちょっと猫撫で声を意識しつつ小首をちょこんと傾ける! 微妙に上目遣いになるかならないかの角度が男心を……!』



「必死か。先生目ぇ血走ってるし……」



「……猫撫で声、で……小首をチョコ……チョコ?」



「どこにチョコレートの話あったよ」



「よし、いざ!」



「……え、これやんの?」



「やーもー洗い物いっぱいで肩こるわー」



「小芝居はさむなし……」



「ちょっとちょっと先輩、冷蔵庫からビール取り出す前に早苗の袖まくってくださーい」



「なにちょっと結婚生活っぽいしみじみとした倦怠感出してきてんの」



「……け、結婚生活?」



「……」



「……」



はい、わたくしめが墓穴を掘りました。



「ていくツーで」



「うす」



どうでも良いけどこの態勢のままなのか。

微妙な空気の中、目の前をキッチンのシンクに見立てて再び洗い物のパントマイムをする早苗。


結局モテ仕草の実演をやらなきゃいけない流れは変わりませんか、そうですか。



「じゃあ先輩、めくって貰っていいですか?」



「はいはい」



とりあえず言われた通りにやってやれば満足するでしょ。

そんな軽い気持ちで両手を前に伸ばす早苗の右袖をめくり、今度は反対側をめくったところで。



「先輩──ぁ、りがとっ」



「────」



「おっ! おぉ! 先輩先輩顔真っ赤じゃないですか! さては早苗のモテ仕草にクラっと来ちゃいましたね!」



「…………」



「んむっふふふ……こ、これさえ極めてしまえば、先輩も早苗にメロンメローンになって……ぐふふ。よし、毎週録画しよ」



「……はぁ」



「え、先輩なんでそこでため息なんですか……?」



「なんでもない」



そもそも、すでに縮まった距離にいる男女にこれ必要なのかって話だけど、もうそれもどうでも良い。

いやまぁ、素直に認めてやんのも腹立つけど……確かにクラっとは来ました。


けど、正直言って……テレビの先生がやってるようなお手本と比べれば、全然出来てなかったと思う。

首も傾げてないし、猫撫で声どころか完全に上擦ってたし。



「……やってらんね」



「はえ?」




でもさぁ……振り向いた時、あんなさぁ……

本気で照れてるみたいに頬を赤らめて、それでもはにかんだ笑顔を至近距離で見せられればさぁ……


やってられなくなるって。

言葉失うに決まってんだろ。



「バーカ」



「ぐえっ、ちょ、先輩いきなりお腹に腕回さないでくださいよぉ……強いです強いですってば」



「うっさい」



「ほほう……さては先輩、照れてますね」



「…………」


「あ、うそうそ嘘です待って先輩、ぐるじい! お昼に食べたものでるでる!」



普段がバカ丸出しなやつだけに、こういう時に白星あげられるとすっごいムカつく。

我ながらみっともない照れ隠しだとは思うけど、しばらくは仕返しを続けるとしよう。





◆◇◆◇◆




「……んー?」



「どした早苗」



「…………」



「……?」



ふと、ギブアップを示すようにパンパンと俺の腕を叩いていた早苗の動きが止まる。

それにつられて俺もピタリと止まれば、テレビから流れてくるあるフレーズに、早苗が興味深々とばかりに黙り込んだ。



……あれ、なんかすっごい嫌な予感する。




『さぁ、いよいよ明後日にはバレンタインデーを迎えるということで! 今日は、街角の男性にどんなチョコレートがいいかというアンケートを取ってみたいと──』



「…………」



「…………」



そういえば、もうそんな時期。

世の男子を悩ます一大イベント、バレンタインデー。


ある意味で天国と地獄を分ける残酷なイベントに対して、まぁ俺は今年は寂しい思いをせずに済むかな……なんて考えれる余裕はなかった。




『……ご覧の通り、"本命"は出来合いのものより、手作りが良いという意見が多いですね! やはり、気持ちのこもったものが喜ばれるという事でしょうか!』



「…………手作り、かぁ」



「───」




おいこれ、早苗さんなんだかやる気になってませんか。

いやホント全然店とかで買ったやつで良いです。

充分気持ち伝わりますんで、あぁそんな、俺がまくってやった袖をさらにぎゅーっとまくるのやめて。



「……先輩」



「は、はいぃ!」



「明日、早苗ちょっと用事あるんで」



「そ、そそそそれはアレだよな、どんなチョコ買いに行こうかって意味だよな! あれだぞ手作りとなると器具とか手間とか色々アレで大変だしコストもかかるしで財布にも早苗にも俺にも優しくないからここは駅前のデパート辺りの」



「……先輩」



「いやなんだったらコンビニのやつとか! チロルチョコとかでも全っ然大丈夫だから! 気持ちさえ! 気持ちさえあればそれで」



「先輩!」



「は、はい……」



ゆっくりと、それはもうゆっくりと早苗が振りかえる。


おかしい、さっきは不覚にも心奪われたほどの微笑みが、今は何故だか寒気がするレベルで怖い。

先程とはうってかわって顔に熱が集まらず、むしろ唇が青く変色してるんじゃないかってくらいだ。


あぁ、どうしようこれ。

完全にやる気になってますよこれ。



「……早苗の、先輩に対する愛が市販のもので収まるとでも?」



「……サナエェ……」



「愚問です。日に日に増していく先輩へのラァヴ!パゥワー! をこめきれるチョコなんて、例え三星レストランのパティシエにだって作れるはずがあーりませーん!」



「……あの、ことと場合によっては俺自体が星になりかねないんですがそれは」



「嬉しくって昇天するって意味ですね! んもう先輩ったらいつになくやる気にさせるんですからぁ」



「……物理的に昇天するって意味に決まってんじゃん」



「よしゃぁぁあ! 早苗にとって人生初めて参加するバレンタインイベント……! んっふっふっふ……みなぎって来ましたよぉ!」



「……ねぇ、頼むから俺の話聞いて。冗談抜きで命に関わってくるから…………」



男にとって、天国と地獄を分けるイベント?


あぁ、なるほど。

どっちにしろ、まずは死んでからって意味ね。




……神は死んだ。




あまりの絶望的状況に、目の前が真っ暗になった残り26日。






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