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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

人として

作者: とろろ昆布2

蒼天ここに死す、黄天にて滅するべき…。

無数の塵で覆われた惑星の成層圏を切り裂いて、一台の無人機が目標に向かって積み荷を運んでいた。高度を下げると装備された様々な計器が、深刻な現状を浮き彫りにする。高高度で炸裂した巨大な弾頭は、爆風や熱戦を地上に降り注いだだけでなく、近代生活を支える電子機器に向かって致命的なパルスを浴びせかけていた。

管理不能になった軍の施設からは、遺伝子操作され毒性が強化されたウィルスが放出され続けているのだ。

「バイオハザードどころでは無いな…。」

送信されてくるデータを確認した大尉が、VRヘルメット越しに呟く。

「予想の範囲内です、作業の続行を。」

今回の作戦である施設の破壊と浄化の技術的責任を負う小柄な男が、訓練で鍛え上げられた肉体を周囲にこれ見よがしに誇示する軍人に命じた。平時であるならばかなりの越権行為であるのだが、大尉は相手の発言を咎めることもなく無人機に作戦行動の開始のコードを発した。

無人機のエンジンは濃密な大気の影響を受け始め安定性を欠きつつあったが、格納庫から無事に積み荷を放出させその使命を終えた。無人機は失速し機体を荒れ果てた大地へと打ち付けた。

一方積み荷は装備されたエアバックを拡張させ、無人機の獲得した運動エネルギーと位置エネルギーを緩和しようとしていた。ファーストタッチの衝撃で積み荷は覚醒シーケンスを始める。次の衝撃まで数秒間自由落下をするのだが、その間慣性情報を獲得し次の接地点での衝撃波を演算し内部機能が最も破損されないように小型のロケットモータを噴射させ姿勢制御を行なった。

「順調だ。」

満足げな大尉の声に、小柄な男も同意した。

「しかし、彼がここからこちらのサポート無しにどこまで出来るかは、生き残ったわずかな数の衛星から観測するしかありません…。衛星で管理できな時間帯も…。」

「まあ、今は彼が無事であることを祝おうではないか。」

悲観的な発想に陥りやすい技術屋に、対人相手の作戦で無いということからか軍人は気安く楽観論を振りまいた。

「そもそも、天才と自称する君のプログラムを積んだ彼だ。間違いはないだろう。」

相手の軽口に、責任転嫁さてれてはあとあと面倒が起こりかねないと技術屋は記録に残るように言葉を慎重に選びながら応えた。

「確かに彼は、我々が彼の人格を認めているように、ヒトに近い判断力を身につけています。私や大尉よりも優れている面もあります。しかし、彼はまだ生まれたばかりの存在です。失敗もするだろうし、間違った判断もするかもしれません。私としてはもう少し訓練を積んでから実戦に…。」

「訓練時間の短さについてはもう議論済みだ、今は彼の成果を期待すべきではないかね。」

技術屋のパラノイティクな言動を十分把握している大尉は、彼の機嫌を損ねないよう出来る限り優しい口調で話した、心の中では『貴様の処遇など興味のない事だ!』と罵りながら。


『空が黄色いな…。』

彼が感じた第一印象がそれであった。

大気中でも変異を続ける殺人ウィルスが無数の集合体となって日の光を遮っているので、晴天であるのにもかかわらず視覚が黄色寄りになっているのだ。

「まあ、仕事には関係ないか。」

エアバックを切り裂き外界に出た彼は、真っ直ぐ施設の入口へと向かった。開け放たれた正門の前には打ち捨てられた数台の車輌と自分の喉元をかきむしりつつ絶命したと思われる死体があった。

「この時のウィルスは咽頭部に激しい炎症を引き起こし、窒息性の呼吸障害を起こしていたのか。」

死体を検索すると彼は血液のサンプルを採取し、施設の中に足を踏み入れた。パルスの影響で内部は漆黒の闇が支配していた。彼は用意してきたツールで松明を用意することも出来たが、可燃性の物質がどこにあるか検知出来るまで暗視機能を使っていくことにした。バックアップを望めない現状を、爆発事故は致命的であるのだから。

暗視モニターに映し出される施設の中は、阿鼻叫喚の世界が広がっていた。ある者は体表面から体液を放出させ落命し、またある者は身体中に斑紋を生じさせ苦悶の症状を浮かべ事切れていた。

「エボラに炭疽菌を検出か。天然痘もありそうだな。」

彼は闇に向かって見開かれた遺体の瞼を一人ずつ丁寧に閉じつつ、施設の深部に向かっていった。この施設は取り扱う病原体により取り扱う階層が区切られていた。より地下に行くほど危険性の大きな物を取り扱える工夫もされていた、まあ十分な電力供給がされるという前提ではあるが…。

確かにパルス攻撃に関しても対策はされていたが、あの規模の攻撃には脆弱すぎた。最深部で取り扱うはずのエボラや炭疽菌の感染者が浅層に存在しているのだ、言うならば想定外の出来事が起こってしまったのだ。

彼の使命は放出されているあらゆる生物兵器の治療法の確立で、エマージェンシーワクチンの生産を命じられていたのだ。施設の地下4階、最深部の施設。通称サブマリンで持ちうる全ての技能で人類の危機を救うべく使命を与えられたのだ。


施設のマッピングをあらかた終えた時、彼は地下4階で配電盤が著しく破損しているところを見つけた。

「ここを復旧することが始めかな。」

彼は呟くと管理室で見つけた工具台を運んで来て、配電盤の修理を始めた。幾つかの中継機と配線をバイパスさせるとP4施設の一部が運用出来るようになった。幸いなことの予備の発電機はコイルの一部を直結することで電力を供給することができていたので、彼は照明を灯した。

予想はしていたが、壁一面の血飛沫には感染者の苦しみが容易に予想出来た。

「浅層階の感染者との遺伝子変異を調べてみよう。」

彼は変異の速度を特定することで対抗策を探れないかと、ゲノム解析を始めた。数時間後、分析器は彼の予測を裏切る答えを用意していた。

「殆ど変異していないじゃないか。これならば従来のワクチンの組み合わせで対応出来る、大尉に報告しよう!」

無線機の電源を入れようとした時、彼は胸が後方から撃ち抜かれたことを知覚した。そもそも彼には痛みという概念が付与されてはいなかったが、これでは大尉に報告すことが出来ないという事実の方が苦痛であった。

「大尉に、、、、」

冷徹な衝撃はあくまでも任務を遂行しようとする彼に再度放射され、人類に福音をもたらすはずの救世主を破壊し尽くした。


無惨な瓦礫とかした彼に近ずく数人の影。

「人形としてはいい仕事ぶりだ。」

軍用の防御服で身を固めた人物が彼を見下ろしながら語りかける。

「お前は俺たちより、ある意味人だったのかもしれないな。」

「しかし、もうこの惑星に人という種の活きて行く場所はない。」

「ここで滅ぶべきものなのだよ。」

彼らはそう言うと、施設を再び使えないように爆破し、青空が再び訪れることのない黄昏の世界へ消えていった。


終わり






映画「第9地区」の様な視点の変異が表現出来ればいいなぁ〜と思って書き始めましたが、なかなか難しかったです。、。。

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