小咄:届いた手紙と照れ隠しの顛末について
その手紙が届いたのは、旅人が元の世界へ戻ってから数週間が経った頃のことだった。
「リーネ、アレクシア、ヒース。手紙だぜ」
いつものように町の中央の噴水で話をしていた3人の元に郵便局長が訪れた。60近いはずの彼は年を感じさせない元気な足取りでやってくると、一人ひとりに手紙を手渡した。
「よう、じいさん。珍しいな、あんたが町で配達なんて」
「これからまたしばらく配達に出ちまうから、たまには顔を見とこうと思ってな」
にっと笑って、彼はそのまま次の配達へ向かっていった。
3人は渡された手紙を眺める。
「誰からかしら?」
揃って封筒を裏返すとそこにあった名前は先日の旅人のものだった。
「ティアナさんか」
リーネは露骨に嫌そうな顔をした。アレクは構わずに自分に宛てられた手紙の封を切る。そしてざっと目を通すと安心したように息を吐いた。
「無事に間に合ったようだ。薬が効いて、大部分は助かったと」
「そりゃよかった」
あれだけ大騒ぎをして間に合わなかったのでは目も当てられない。ヒースなどそのために死にかけているのだからなおさらだ。
「あとは近況か。その辺りはそっちにも書いてあるだろうから後で読むといい」
「そうする」
さて、とアレクとヒースはリーネを見た。彼女は手紙の存在そのものを抹消したかのようにそれを噴水の端に追いやって自分の爪を眺めていた。まるで子どものような拗ねっぷりである。
「リーネ、ちゃんと読むんだぞ」
「あら、何のこと?」
「折角届いたティアナさんからの手紙なんだ。大切にしろ」
全く聞く耳を持たないリーネにアレクが説得を試みるが、知らんぷりをしたままだ。アレクがあまりに困ったような顔をするのでヒースはぼそっと呟いた。
「……本当は嬉しいくせに、照れちゃって」
その途端噴水の水が動きを止めた。絶えず噴き出して水音を立てていたそれが全くの無音になる。広場にいた他の町人たちが異変に気づいてこちらに視線を送るが、ヒースはそれどころではなかった。
目の前でゆらりと立ち上がったリーネの背後に、巨大な水の壁が聳え立ったからだ。
「……ヒース。今、何て言ったの?」
静かな口調が余計に怖い。にっこりと氷の微笑を浮かべてリーネはヒースに迫る。恐怖に後ずさりながらもヒースは黙らなかった。
「だって、手紙、破らなかったろ。なんだかんだ言ってあの人のこと気にしてたみたいだし、リーネの手紙が一番厚いの見てちょっと笑って」
「ヒースっ!」
叫び声とともに真っ赤になったリーネの背後から水の壁が崩れ落ちてヒースと、ついでにアレクを襲った。
「ぎゃあっ!?」
逃げる間もなく水に巻かれ、気がついた時にはびしょぬれで噴水のそばにへたり込んでいた。見ていた町人に叩かれてようやく正気に戻るが、リーネの姿はどこにもない。
「リーネは!?」
「なんだか物凄く怒りながら森の方へ走っていきましたよ。何したんですか?」
まさかそこまで怒るとは思わなかった。二人が慌てて教えてもらった方へ走っていくと、そこにはこの前リーネが引き籠もった泉があって。
ということは。
「この中か……」
「リーネ、ごめん! 俺が悪かった! 出てきてくれー!」
ヒースの叫び声は虚しく泉の表面を撫でただけだった。
結局機嫌を損ねたリーネはしばらく泉の中へと引き籠もり、出てきた後もしばらくヒースは口を聞いてもらえなかった。
置き去りにされていた手紙はアレクの手によって泉へと沈められた。リーネが手紙を読んだかどうかは、リーネだけが知っている。
完
葉未「こんにちは。『世界樹の傍の、Ⅲ』をお読み頂きありがとうございます。作者……では今回ないですが、シリーズⅠ、Ⅱの作者の葉未です。冒頭にも記載しましたが、今回のⅢの作者は、別の方です。ご紹介します。『世界樹の傍の、Ⅲ』の作者・結城さんです」
結城「初めまして。このたび『世界樹の傍の、Ⅲ』を執筆させていただいた、結城です」
葉未:「「あとがき」のこちらでは、折角なのでちょっとした質問形式のインタビューということで、結城さんに協力してもらうことにしました。物語の執筆、お疲れさまでした。舞台を同じくしてくださって、ありがとうございます」
結城「こちらこそ、素敵な世界観を貸していただきありがとうございます」
葉未「早速ですが、いくつかインタビューさせていただきたいと思います。まずは、今回この町シリーズを……よくぞ書いてくださろうと思いましたねというか、挑みましたね(笑) 他の人の世界に降り立つのは難しくなかったですか?」
結城「普段から二次創作をしているので、”他の人の世界に入る”という意味ではそれほど困らなかったですね。書こうと思ったのは……葉未さんのお話を読み、設定を聞いて、こんなキャラクターがいたらいいな……と思った、ような。何分実際執筆したのが随分と前のことなので、記憶があいまいですが(笑)」
葉未「こちらに公開する前に、物語自体は『小説部』というサイトで公開していまして、結城さんはその時から読んでくださってましたものね。ですが、舞台を同じくしただけで、当然この物語の主格3名(リーネ、アレク、ヒース)は全て結城さん考案です。新たな住人を嬉しく思います。ではまず、物語の中心人物、リーネさんについて、裏設定や作者的イメージなどがあれば、教えてください」
結城「裏設定……と言いますか、作中でも書きましたが、彼女は水の精霊ウンディーネを母に、人間を父に持つハーフです。古より他種族間の混血は禁忌とされており、彼女の場合も例に漏れません。精霊からも人からも拒絶された彼女は世界の全てを憎んでいましたが、この町に訪れてアレクシアと出会ったことで救いを得ました。世界を彷徨っていた経験があるため、実は結構な剣の腕の持ち主です。また、お酒が大好きで、よくヒースの酒場に入り浸っています」
葉未「リーネちゃんは、一所懸命冷たくなろうとしている感じが個人的に好きです。そこを頑張らないとなれない子は、きっと本当に優しい子なんだと思うので。それじゃあ、彼女自身も強いんですね?」
結城「ありがとうございます。先読みの力もありますので、戦士としては一流の部類に入りますね。町に来てからはめったに剣を振るうこともありませんが」
葉未「ああ…。厄介ですね、先読みできる武術強い人って(笑) 彼女より確実に力が上じゃないと、やりあったら負けますね。剣を持たなくてよくなったというのは、何だかよかったような気がします。…では、アレクさんはいかがでしょう? 中性的なはっきりとした言動が目立ちますが、描写を読むと割と女性的な外見ではありますよね?」
結城「そうですね。長髪に、常に襟首の詰まった服とロングスカートを愛用していますが、これは彼女の体の火傷痕を隠すためです。この町に来ることになった原因の戦争、その空襲で、生死の境を彷徨うほどの大火傷を負っていたのですね。命は助かりましたが、痕は残ってしまいました。言動が男性的なのは、兄弟が皆男ばかりだったためです。幼いころはガキ大将だったかもしれません(笑)」
葉未「姉御な要素はありますよね。アレクさんは人間ですよね?」
結城「そうです。アレクとヒースは普通の人間ですね。アレクは普通の女性よりは力が強いのですが、運動音痴で泳げません(笑)」
葉未「あのシーンはとても可愛いですね。「浮くことはできるぞ」キリッ。では、最後はヒースさんです。露骨にリーネちゃんが好きなのバレバレですが」
結城「何しろ一目惚れしておりますのでね、彼は(笑) ヒースはもともと旅の中で生きてきた放浪者です。なかなか多才で、酒を作るのはもちろん料理もでき、楽器も扱え、歌も歌えます。また旅そのものが危険な時代だったので、そこそこ剣を使えます。リーネの一番大切な人であるアレクシアに密かに嫉妬を抱いています」
葉未「あ、そうなんですか…!アレクさんにも認めてもらって、リーネを俺に…という気持ちなのかと思ってました」
結城「そ、その発想は逆にありませんでした(笑) アレクとしては、ヒースのことをちゃんと一個人として認めているので、反対する気もありませんよ。本人同士ちゃんと話し合いなさい、という感じで」
葉未「一番厄介なパターンですね(笑)」
結城「敵でもないが味方にもならないという(笑)」
葉未「リーネちゃんはヒースさんの気持ちは知ってるわけですよね?」
結城「バレバレですので(笑) 現状、リーネの中での一番は断トツでアレクですが、二番目くらいには置いてくれています。とはいえ扱いは悪友と言った感じでしょうか。恋人にはちょっと足りないけれど、ただの友人よりは大切に思っています」
葉未「読者の一人としては、リーネちゃんがどうしてそんなにアレクさんになついているのかもちょっと気になっています」
結城「リーネが町に来たときに彼女の面倒を見たのがアレクだったのですね。氷の人形のようだったリーネの世話を焼き、拒絶に負けず、諦めずに話しかけ、徐々に信用を勝ち取っていったのです。おそらく年単位で。アレクの方は、傷ついていたリーネを放っておけなかったのと、初めて妹ができたようで嬉しかったのでしょうね」
葉未「なるほど。友人というよりは、それぞれ家族的な繋がりがあるんですね。今回書いていただいた他に、町には色々な住人たちがいますが、今現在、結城さんが町の関係者で一番親しみがあるのはどの人物ですか?」
結城「親しみ……と言いますか、可愛いのはミニアちゃんですね。わんこ(笑)」
葉未「採掘技師の魔神なわんちゃんですね。有難うございます。では、逆に「こいつとはあわねえ…」というのはどなたでしょうか」
結城「これはもう、断トツで医者です。まだ名前も何も出てきておりませんが、彼とは仲良くなれない!」
葉未「い、医者ですか…? ちょっと意外ですね。御者さん話で最後の方に出てきた人です…よね?」
結城「それに、司書の話でちらっと出てきておりますね。治療の対価に娯楽を求める医者ですよ」
葉未「まだ個性はそこまで出ていないように思いますが、“対価を求める”が引っかかっているようですね」
結城「”対価を求める”のはいいのですよ。医者だって生活がありますし、慈善事業ではないのですから。ただ、それに”娯楽”を求めるというのが、ちょっと……」
葉未「今の所、医師は相手が男の場合は勝負を条件にし、女の場合は物品を始め対価として足りるものを要求する人物のようですものね。なるほど。では、次の質問は、結城さんがこの町の行ってみたいお店や、やってみたいことはありますか?」
結城「図書館に住みたいです」
葉未「住みたいんですか(笑)」
結城「ええ! 古今東西ありとあらゆる世界のありとあらゆる本を納めた図書館なんて、人類の夢ですよ!」
葉未「きっと町の図書館なら人類どころじゃなく普通に英知の宝庫でしょうね。…あ、でも紙に残すのはやっぱり人間だけかもしれませんね。それでは、結城さんがある日突然町に招かれるとしたら、何にならされると思いますか?」
結城「私がですか……招いてもらえるような才能ありませんからねえ……(笑)」
葉未「それは自分も右に同じなので何とも言えませんが…(笑) それじゃあ、旅人さんでしょうかね」
結城「旅人ですね。しかしそれほど強い望みがあるわけでもないので、なかなかいけないでしょうねえ(笑)」
葉未「行けないは行けないで、幸せってことかもしれませんね。それでは次は、「町」の構成を少しだけ手伝ってください。町について疑問に思っていることやここをはっきりさせておいてくれれば書きやすかったというものがあれば、1つだけ質問してください。自分の方でもすぐ答えを用意できるかどうかは分かりませんが…」
結城「そうですね……町って、大体どれくらいの広さなんでしょう? 端から端まで」
葉未「そうですね…。詳細は分かりかねますが、話を見ている限り小さくはないですね。具体的には答えられませんが、町の中央にはリーネさんが泳げるくらいの噴水がありますし、時計塔や図書館もありますからね。小さくはありませんが大きすぎることもないでしょう。少なくとも、町の中の移動で馬車が必要な大きさです…ということでお許しいただきたく…(笑)」
結城「ありがとうございます(笑)」
葉未「すみません。他の作者……というか今の所自分しかいないのですが……に質問したいことはありますか?」
結城「あと何人控えていますか?(笑)」
葉未「さ、さあ…(笑) 話を書くかどうかは別として、割と容姿のイメージが固まっているのは、自分の方では…鍵屋、錠前屋、人形師、歌姫、時計屋、絶対時計、届かない血統……が、います」
結城「すでに沢山ですね(笑)新しいお話が読めるのを楽しみにしています」
葉未「有難うございます。逆に、結城さんの町の次回作なんてものの構想があったりしますか?(笑)」
結城「いずれ、郵便屋さんの話を書けたらいいなと思っています。いずれ。そのうち。もしかしたら。」
葉未「おお…!嬉しいです。有難うございます。是非是非!」
結城「ちょっとした小話も書けたらいいなと思っていますので、またキャラクターをお借りすることになるでしょう。よろしくお願いしますね」
葉未「勿論です!こちらこそ、宜しくお願いします。…では改めまして、この度は手前の舞台で物語を書いて頂いて、誠に有難うございました。『世界樹の傍の、Ⅲ』の著者、結城嬢でしたー!」
結城「こちらこそありがとうございました。少しでも皆様に楽しんでいただけることを祈っております。それでは、また、次の物語でお会いいたしましょう」
葉未「ちなみにですが、読み手の方で物書きさんがいらっしゃいましたら、結城嬢のように町を舞台にして物語を書いてくださる方をお待ちしています。よかったら遊びにいらしてくださいね。それでは、お付き合い頂きありがとうございました」