強敵(とも)と幼馴染
翌朝、軽快なリズムで刻まれる音を聞いて、その発信源である目覚まし時計を思い切りぶっ叩く。
ちなみに俺は目覚まし時計クラッシャーの異名を持っている。今まで壊した時計は数知れず、そんな俺の打撃に対応する今の目覚まし時計は強敵と書いて友と読む。
「ふぅ」
一息吐いてから……また寝た。
朝って辛いよな。俺、低血圧だし、仕方ないよな。
そんな感じで、逃避に走っていたら、カンカン、いや、ガンガンと金属で金属を打つ耳障りな音が俺の聴覚を刺激する。
「お兄ちゃん、二度寝禁止!」
フライパンとお玉を装備して俺の妹の夏美が我が聖域に侵入してくる。
てかフライパンとお玉で朝起こしに来るって昭和のママじゃないんだからやめて欲しい。ただうるさいだけだけだ。
「……あと五分」
お決まりのセリフを言うが、夏美もお決まりの布団返しをして来た。
四月下旬といえども薄めの寝衣では少々肌寒い。
そして丁度五分後、俺の意識は、
「早く起きて!」
妹のお玉による脳天直撃の攻撃で飛びそうになる。
「いてぇよ! 今、一瞬意識がブラックアウトしかけたぞ!?」
しかし、俺を失神寸前まで追い込んだ張本人はサラリと一言。
「さっさと起きなかったお兄ちゃんが悪い」
そう言って一階に降りて行った。
「ったく。もっと大事に扱えよな」
親がいなくなった当初、夏美は「お兄ちゃん起きて」と優しく起こしてくれたもんだ。
それが今となっては何だ! お玉でフルスイングだぞ! いつあいつが殺人の罪で捕まってもおかしくないくらいだ。新聞にはでっかい見出しで『妹、お玉で兄殺害。喧嘩か。』となるだろう。喧嘩の結果お玉で殺害される兄。うん。俺ダサすぎ。
そうな事を考えつつ着替えを終わらせ、顔を洗い、一階に降りる。
「降りてくるの遅いよ。早く食べて」
夏美がいるのは台所だ。今は自分の食べ終えた食器を洗っているようだ。
ちなみにテーブルの上には俺の朝食のトーストと半熟だと思う目玉焼きが置かれている。
夏美はこの家の家事を一人でこなしてしまう。正直頭が上がらない。
「今日日直あるからもう出るね。ちゃんと食器は洗って片付けてね」
「おう、行ってらっしゃい」
十五分後、俺は朝飯を食べ終え、食器を片付けた。
「さて、俺も行くか~」
そして、玄関の扉を開けた。
「おっはよー!」
目の前には笑顔の黒髪サラサラロングで同じ大園高校の制服を着ている少女が手を振っていた。
とりあえず俺は、
バタン
と、扉を閉めた。
「わー! 何で閉めるのー! 開けて開けてー!」
「うちは新聞とりませんよ」
「新聞の業者さんじゃないよ〜〜」
さっきの少女は俺の幼馴染で腐れ縁のお隣さんで、葵楓だ。二文字、実にお手軽なお名前だ。
「ゆーうーくーんーあーけーてー」
ちなみに、何故俺が扉を閉めたかというと、少し遡り中学一年の夏過ぎの事だった。それまで俺達は毎朝一緒に登校していた。
分かるだろ? そんな事をしてたらいつのまにか学年中に噂が立っていたんだよ。俺と楓が付き合っているって噂がね。
だから俺は一緒に登校するのはやめよう、って楓に言った。
なのに! 何故! 今日! 来た!
「どうした? 学校ならあっちだぞ」
俺は扉を少し開けて学校の方向を差しながら言う。
ちなみにこいつはこう見えて力が強い。チェーンロックに抜かりはない。決して俺が非力だからじゃない、こいつの力が強いんだ。俺が非力だからじゃない。大事なことだから2回言わせてもらうぞ。
「違うよ! 一緒に学校行こ!」
当たり前の様に言うな!
「何でだ!」
「え? だって中学は卒業したよ?」
「そーゆー問題じゃねぇ!」
そーゆー問題じゃねぇ!
脳内と肉声で絶叫。
いかん、落ち着け、こいつの天然ペースに巻き込まれるな。
「? どーゆー問題?」
首をかしげる仕草はかわいいけどめんどくせぇ。
俺と噂になって一番損するのはお前だろうよ……。
「はぁー。分かった今日だけな」
とりあえず折れとこう。朝っぱらから疲れた。
「えー、今日だけなの?」
「おう、今日だけだ。行くぞ」
行きながら説得しよう。絶対しよう。
それから楓と自転車を並走させて、説得をして二十分後、学校へ到着。
説得は上手くいかなかった。中々理解してくれない。
どう言えばあの天然少女を納得させられる?
そんな事を考えながら駐輪場にチャリを置いてたら、
「おはよう、桜井君。……そちらは彼女さん?」
水野先輩とバッタリ遭遇した。
ダァァァァァァァ! こうゆーのがあるから嫌なんだーーー!!
「おはようございます水野先輩。そしてこちらは彼女さんではありません」
五分後、水野先輩の誤解を解いた。
「幼馴染かぁ。部活動は何をやってるの?」
「家庭科部です。先輩は?」
「桜井君と一緒よ」
そんな話を小耳に挟みながら廊下を歩いていると、
「おはよー! さーちゃん、優雅君、それと……優雅君の彼女さん?」
ああ、今日は厄日だ。星座占い見ときゃ良かった。
その後、田端先輩も水野先輩と同様に誤解を解いてから教室に行った。
ホームルーム前に鞄の中の教科書を確認していたら、教卓の先生が、
「桜井ー、先生見たぞー。彼女と一緒に登校とか青春してんなー」
クラス中に聞こえるボリュームでそう言い放った。
クラス中の好奇に満ちた視線(主に女子)と、憎悪に満ちた視線(主に男子)の両方を受けた俺の答えは、
「ご、誤解れす」
もう呂律が回ってなかった。