第二章 その3
あいつの身の回りの全てが少女のキャラクターで埋め尽くされている。カンペンには少女ゲームのキャラクターがびっしり張ってあり、クリアファイルもそのキャラクターが描かれている。みんなあいつを気持ち悪がっている。あいつは物静かで休み時間はいつもゲームをしている。友達もいない。周りの人間は誰も近寄ろうとしない。
僕は一度話したことがあるが飯山はゲームやアニメの話ばかりで全く話がかみ合わなかった。あいつならこんな気持ちの悪い本だって書きかねない。明日あいつを問いつめよう飯山の家も学校から帰るとき猫公園を通る。やはり飯山以外に考えられない。でもあんな本を書いていたなんて回りの人間に知られたくはないだろう。あいつが白状しても誰にも言わないでおいてあげよう。そうすれば話してくれるかもしれない。
だがどういう風に聞けばいいか聞き方は難しいが。ともかく明日飯山に聞いて見よう。
いつの間にか時間は過ぎていて気付いたら10時半だ。明日は朝木さんがこの本に書いてあるとおりに8時13分38秒に来るのか確かめなくてはならない。いつも家を出るのが7時55分くらいで家から学校までは自転車で30分くらいだ。足腰を鍛えるには良い距離なのだ。
学校が始まる時間に間に合うように行くには早起きしなければならないし結構遠い距離だ。いつも僕はホームルームが始まる8時半ギリギリもしくは遅刻をしてしまうくらい朝が弱いだから今日は早く寝なければ。それに秒単位まで時間を計らなくてはならない、部屋に置いてある電波時計を持っていくことにした。少々大きいがこれなら1秒の狂いもなく秒単位でこの本に載っていることが本当なのか調べることが出来る。
僕は目覚まし時計をいつもより15分早い7時20分にセットし布団に入った。
「翼!早く起きなさい学校遅れるわよ」パッと目が開いた。
学校に遅れる?僕は目覚まし時計を手に取った。時計は7時55分を指していた、完全に寝坊してしまった。目覚まし時計をセットしていたのにもかかわらず音に気付かず寝過ごしてしまった。あの本の通りになってしまった。
こんなもんただの偶然だ、僕は自分に言い聞かせた。いつもあの厳しい生徒指導の中田先生が門の前で遅刻した生徒がいないかチェックしている。遅れた生徒は拳骨だ。あの拳はものすごく堅くて痛い。そういう意味でも最悪だ。
僕は急いで制服に着替えメモを取ったノートをカバンに入れた。1階に急いでおり顔も洗わず歯も磨かずに玄関を出た。
「翼ご飯は?って食べてる暇ないか」遅刻はいつものことで母ちゃんは慣れているので落ち着いている。急いで自転車に乗り力一杯ペダルをこいだ。こういうときにフットボールで鍛えた脚力が物を言う。風を切り僕は急いで学校へ向かった。
なんと学校へ着いたが時計を見ると8時31分だ。中田は、1分でも遅れれば容赦ない。「吉井またお前か」そういうと中田は拳を前に出した。
僕は抵抗することもなく頭を前に出す。中田はスナップをきかせ拳骨をゴツッと一発僕の頭に食らわせた。
「もう遅刻するなよ」この言葉を何回聞いたことか。
僕はペコペコしながら「はい」と返事をし学校の入り口へと小走りで向かい下駄箱で上履きに履き替え小走りで教室へと向かった。完全に遅刻だ。教室のドアを開けるとホームルームが始まっていた。
「吉井また遅刻か」
また僕はペコペコしながら小さな声で「すいません」と言った。
「吉井スクワット30回」生徒指導の中田が拳骨なら担任の鈴木は遅刻したらスクワットをさせる。みんなの前でスクワットをさせられるほど恥ずかしいことはない。僕はクスクスと笑い声が聞こえる中でスクワットを30回やり自分の席へ向かった。
一息ついたところで思い出した。教室に入る前に時計を確認していなかった。彼の本に書いてある僕が教室に入る時間をせっかくメモしておいたのに……
だが見なくて良かったなんて言うそんな気持ちもあった。もしあの本に書いてあるとおりの時間と同じ時間に入って行くことになっていたら……考えただけで背筋がぞっとする。
僕は飯山の方をじっと見るとあいつは爪を噛みながら僕の方をジロジロと見ていた。僕は気味が悪かったのでサッと目をそらした。あいつがあの気持ち悪い本を書いたに違いない僕は直感的にそう思った。問いつめて白状させてやる。
ホームルームの時間が終り1時間目の授業まで15分の休み時間がある。僕は真ん中の列にある。一番後ろの飯山の席へと向かった。
「飯山君」僕は飯山とあまりしゃべったことがないので他人行儀に言った。まぁ僕だけではないが……
「あのさ」
「ん?」相変わらず雑誌を見ながら答える。
「猫公園で本落とさなかった?」
「……」
「なぁ」
「え?なに?聞いてなかったなに?」
僕は飯山の態度にだんだん腹が立ってきた
「大事なことなんだよちゃんと聞けよ」
「なんだよ聞いてんだろ」あまり親しくない人間の高圧的な態度に腹を立てたのだろう飯山の口調が荒くなった。
「だから猫公園で本を落とさなかったかって」
「落としてねぇよ。そもそもあんなぼろ公園なんかに誰が行くかよ。用が済んだらさっさと自分の席へ戻れ」
僕は飯山の態度に頭に血が上り飯山の胸ぐらをグッと強くつかんでしまった。その瞬間クラスのみんなが僕たちの方を見た。空気が一瞬にして凍り付いてしまった。僕は我に返り冷静になれと自分に言い聞かせた。飯山が僕の手を強く振りほどいた。
僕は一つ深呼吸をして廊下に飯山を連れて行った。
「ちょっと来い」
「なんだよ、頭おかしんじゃねぇの?」飯山は小声で言った。
「お前朝木さんのことどう思ってんだよ」
「はぁ?」
「どう思ってんだって聞いてんだよ」
「別になんとも思ってねぇよ」
僕は飯山の目をじっと見た。
「何だよ」
「お前朝木さんのことつけ回してんだろ」
「はっ?いい加減にしろよ」飯山は教室に帰ろうとした。
「待てって」僕は飯山の腕をつかんだ。
その瞬間飯山の右拳が僕のあごを貫き鈍い音がひとけのない廊下に響きわたった。
「いっつぅ」僕はしりもちをついた。飯山はそそくさと教室へと帰っていった。
殴られた事には腹が立ったが、自分に色々事が雪崩のように降りかかってきていてむしゃくしゃしていた。そして飯山に高圧的な態度をとってしまった、このことは反省しなくてはならない、しかし僕はますます飯山が怪しく思えてならなかった。
必ずあいつを白状させてやる、そんな気持ちがますます強くなった。
時計は9時を指し1時間目のチャイムが鳴った。数学の時間だ。あの本に書いてあるとおりのことがおこるわけがない飯山が犯人なのだから。




