第一章 その3
それはほとんど男子とは話したがらない。いわば男子に対しては、近寄るなオーラを出しているのだ。
たくさんの男子から告白もされている。しつこいぐらいするヤツだっている。
その中にはイケメンでモテ男の吉川歩もいる。彼は、中学から付き合っていた彼女に別れを告げ、朝木さんに何度も告白した。だいたい三、四回ぐらいだろうか、でも結局ダメだった。その間に何人かの女子に告白されているが全てそれを断った。朝木さん一筋だった。 でもそんな一筋な朝木さんへの思いも朝木さんの前では無意味だった。結局付き合うことは出来なかった。今では、さすがの吉川も朝木さんを諦めテニス部の鈴木雪と付き合っている。彼女も美人で僕たちからしたら高嶺の花である。本当に吉川はうらやましいヤツだ。神は人間を平等に作ったと言うがあれは嘘だ。つくづくそう思う。
朝木さんは、誰とも付き合わないどころか男子とは誰とも話さないそんな子なのだ。
だから今では花畑の片隅に静かに咲く一輪の美しい花にはミツバチ達は誰も寄りつかなくなってしまった。
男子の間では朝木さんに対していろいろな噂がある。
たとえば他の高校に彼氏がいるんじゃないかとか、そもそも自分とつり合う男子がいないと思っているんじゃないかとか、同性愛者なのではないかなんて言うヤツもいる。
ともかくなぜ朝木さんは男子を避けているか何て誰にも分からない。一般的に言えば一番恋愛をしたい年頃のはずだ。今では朝木さんの話をするヤツなんて誰もいなくなった。祐太以外は……
まだ祐太は朝木さんを諦めていないようだ……まぁ僕もだが……と言っても現実的に考えれば殆ど不可能な話だ。とてももどかしい限りだ。
祐太は自分には朝木さんと付き合える可能性があると思っているのだろうか。きっとそう思っているのだろう。本当にプラス思考なやつというか、まぁそういうところが憎めなくて好きなんだが……
「はぁやっぱり朝木さんいいなぁお付き合いしたい」裕太はため息をつきながら言った。
「お付き合いって何で”お”を付けるんだよ。やめとけってあの朝木さんだぞ吉川だって何度もアタックして振られてるのに、おまえが告白したって相手にされないって」
「そうだよなぁ俺なんて眼中にないよなぁ」
「祐太、いつまでも朝木さんを諦めないでいると一生童貞のままだぞ」
祐太は大きく息を吸い両手前髪をかき上げた「それは勘弁だなぁ」
「それよりも99%頭の中が恋愛のことでいっぱいで恋愛体質の女の子を狙った方が学生生活エンジョイ出来るんじゃないか?」
正直朝木さんのことが好きな僕が言うのも変な話だ。でもこれは恋のライバルを減らそうとかそういう感情ではない。もう誰が告白しようが朝木さんは誰にも振り向かない男子全員がそう思っているし、僕もそう思っている。僕も最初の頃に持っていた朝木さんへの思いは薄れてきている。これは祐太を思っての発言なのだ。
「でも朝木さん以上の人いるかなぁ」
「馬鹿そういう思考回路だからダメなんだよ。朝木さんより可愛い子なんているわけ無いだろ人生は妥協の連続なんだよ、ある程度妥協ってのをしないと、ホントお前孤独死するタイプだぞそれ」
祐太は顔をしかめながら頭をかいた。「だよな、おまえの言うとうりだよ。人生の悟りに到達したよ。」
僕はその場で思いついたことをただ言っていただけだがなぜか人生を悟ったような気分になった。祐太もきっとそうだろう。
「例えば中田さんはどうだ?中田さんも可愛いだろ」
「もう彼氏いる」
「えっそうなの」
たいがい可愛い子には彼氏がいるものだ。
「じゃあ川崎さんは?川崎さん巨乳だし彼氏もいないだろ」
「川崎さんかなかなか良いかも……」
祐太は少し押し黙って僕を横目でじろりと見た。
「そういえばおまえの好きな人俺知らなかったなぁ教えろよ」
急な展開に僕は動揺した。
「あぁ……」
いろいろな考えが僕の脳みそをぐるぐる回る。
朝木さんが好きなんてこの展開では口が裂けても言えない。
「いないんだよなぁ」僕はしらばっくれた。
祐太はまた横目で僕をじろりと見た。「おまえそんなこと言って実は朝木さんのことが好きでライバルを1人減らそうとしているんじゃ無いだろうな。」
この展開は友情にひびが入ってしまいかねない最悪のパターンだ。
「え、いや」僕は焦っているのを必死で隠した。
祐太はニヤッと笑った。「何て冗談だよ」
祐太はまた僕の肩を叩いて大声で笑った。
(たく、びっくりさせんなよ)
祐太の冗談はたまに本気のかジョークなのか分からないことがある。いい加減そういうところはなおして欲しい物だ。
「ねぇねぇ何楽しそうにしゃべってるの?」
かん高い声で彼女は話しかけてきた。
髪の毛は茶髪でつけまつげをして目がぱっちりスカートはクラスでも一番短い女の子。
彼女はクラスで最も明るい女の子だ。その明るさゆえに、僕らみたいな、さえない男たちでも唯一話せる女子だ。僕たちにとって唯一の女友達の桜井みそのだ。
「い、いや別にフット・・・いやサッカーの話だよ。なぁ祐太」
「あぁもうすぐ大会だし、相手チームのこととかまぁいろいろだよ」
みそのは、朝木さんと仲が良い。みそのいわく親友と言っていた。朝木さんの話をしていたことが知られたら二人は親友という間柄だ、朝木さんの耳にすぐ届くだろう。たぶんみそのはそういう事をすぐに言ってしまうタイプのような気がする。そしたらすぐふられるにきまってる。僕の青春ははかなくも散ってしまうことになる。
僕は、朝木さんと付き合えないことくらい分かっている。でもふられれば可能性はゼロだがふられなければ0.0001%でも可能性が残っているということだ。残っていればそれは僕にとって希望の光のような物なのだ。自分でも馬鹿だと思う。裕太にだって偉そうに言えない。付き合えっこないのに心の底では、朝木さんを思う気持ちが消せないでいるのだ。だから朝木さんには僕の気持ちは知られたくない。親友のみそのにも誰にも知られたくないのだ。
「ほんと?恋バナとか何じゃないの?」
僕は平静をよそおいながら言った。「違うよ、大会も近いし本当にサッカーの話」
「本当?」
みそのは僕らをからかうかのように、ニコニコ笑っている。
「でも凄いよね。夜遅くまで毎日毎日練習だもんね。尊敬しちゃうなぁ」
「だろ、俺たちみたいに頑張ってる人間こそ女の子にモテるべきなんだよ。俺たちは前からずっとそう思っているんだよなぁ翼」
(何恋バナに話持って言ってるんだよ。これじゃ恋バナしてましたって言ってるような物じゃないか。)
「え、今祐太好きな人いるの?」
「まぁな、でもおまえだけには教えないぞ。お前に知られたらすぐに言われて一巻の終わりだっつぅの」
(祐太それ朝木さんって言ってるようなもんだぞ)もう笑うしかなかった。
僕この話には入っていかない事がベストと判断した。
「えっもしかしてそれ……ゆい?」
「ち、ちげぇよ朝木さんじゃねぇし」
勘が鈍い僕でも、明らかに祐太が動揺しているのが分かった。顔も真っ赤だ。
「絶対ゆいでしょ。ゆいかわいいもんねぇ。でもいつまでもモジモジしてたって何も始まらないぞ。そういうの私嫌いなんだよねぇ。なんか女々しいって言うかさぁ。男なんだから好きなら好きってはっきりと言いなさい。」
「いや、でもなぁ」裕太は指で右の眉毛をかいた。
「しょうがないなぁ仲いいから私言っといてあげるよ。まったく」そういうとみそのは、祐太にデコピンをして教室を出て行った。裕太は「いてっ」と声を上げデコを押さえた。最悪の展開だ。
みそのはいいヤツなんだが、おせっかいな所もある。みそのも悪気は無いのだろうが。
ふと祐太を見ると祐太は放心状態だ。
「祐太、どうすんだこのままじゃ言われちゃうぞ」
祐太はおでこを押さえながら一言「終わった」と言った。
その瞬間、1時間目の始まりを告げるチャイムが鳴った。僕にはその音が祐太の甘酸っぱい恋の終わりを告げる鐘の音に聞こえた。




