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第三章 その5 第三章 (完)

日付が明日になっているページを見てもそこには何も書かれておらず真っ白だった。文字が消えてしまっていた。

 先ほどのページに戻ると朝木さんの行動がどんどん文字となって浮かび上がってくる。鼻を右手だ触るだとか、前髪を気にする仕草だとか今現在起きていることが浮かび上がってくるのだ。

朝木さんとお爺ちゃんとお婆ちゃんとの会話も浮かび上がってくる。精神科の病院に入院するようだ。

 そこで朝木さんの抱えている黒くて冷たい物が消えてくれたらいい、そう思った。

 僕にはこの本に起きていることは分からないが、もうこの気味の悪い本は必要ない僕は心からそう思った。持っていても僕には朝木さんを救う自信も無い。朝木さんを自殺に追いやったのは僕。これが現実となってしまった。もう朝木さんを救うだとか言うそんな資格はないそう思った。

 僕は最後に裏表紙の裏側を見た。そこには自殺により死亡と書かれてある。朝木さんが自殺により死んでしまう事はまだ変わらないようだ。

 運命という物は変えられないのかもしれない。確かに細かいことは変わったが、その人にとって重要な分岐点となるような部分は、何も変わってはいないのだ。朝木さんは自殺をして死ぬ、そう運命ずけられている。これが運命なのか……この運命は変えることなどできないのかもしれない。僕には諦めにも近い感情がそこにあった。

 それとも医者が朝木さんを救ってくれて、この自殺という文字が消えてくれることを願う。願うぐらいしか僕にはもうできない。

僕は運命の本を机の引き出しにしまい、少し寝ることにした。この6日間いろいろな事がありすぎた。何か今までの疲労がドッとのしかかってきた感じだ。とても疲れた。体もだるい。僕はベッドに横になり眠った。

 少しだけ寝るはずだったが起きたのは夜中の2時半だった。7時半頃寝たから、7時間も熟睡してしまった。階段を降りリビングの方へ向かった。当然ながらもうみんな寝てしまってリビングは静まりかえっている。きっとお母さんが僕のことを起こしに来たのだろうが僕は起きなかったのだろう。

 リビングの方へ行くと牛丼が作ってあった。頭がまだぼーっとしながら、冷たくなってしまった牛丼をレンジで温めて、一人で食べた。

まだ少しだるい少し咳も出ていて、おでこに手を当てると、熱があるようだ。

 そりゃそうだよな。あり得ないことばかりがこの6日間起こりすぎた。熱くらい出るはずだ。僕はそう思いながら、体温計をリビングにある薬箱から取り出し熱を測ると、37度6分くらいある。風邪薬を飲み、熱冷ましのシートをおでこに貼りまた寝ることにした。

 次の日の朝6時に起きた。いつも通り気持ちよく起きたと言うよりは、悪夢に起こされたといった方が正しい。朝木さんが線路に飛び込んだシーンがビデオを巻き戻して、再生したかのように鮮明にあの光景が夢の中でくりひろげられたのである。

 夢の最後は朝木さんが自殺を図ったのは僕のせいだと自分を責め、僕が線路に飛び込み自殺をするという夢だった。

 今まで生きてきた中で一番恐ろしい夢だ。

汗をビッチョリとかいていてすぐに違うティシャツに着替えた。

 僕はカーテンを開けた。光を欲していた。僕の心は黒い闇に覆われていた。窓から射し込む光はとても眩しく僕は目を細めた。少し太陽の光に救われた気がした。光を見て気持ちが少し晴れやかになった気がしたからだ。

 僕は体温を測った。37度2分だった。少し熱も下がっている。

熱はこんなに早く下がる。しかし朝木さんの心の傷は……

 僕は朝木さんの事を頭からかき消すように顔を横に2、3回横に振った。もう僕は朝木さんのことを考える事をやめたのだ。

 僕がまた余計なことをすれば悪い方向に行ってしまうに違いない。

 僕はリビングのソファーにへばりついたかのように横になりながらテレビを見て土日の2日間を過ごした。部活は熱があると言って休んだ。熱がなかったとしても休んだだろうが……

 こんな事ではプロになんかなれないだろう。

2日間ダラダラと過ごし、また新たな一週間が始まった。

 学校に行くといつも僕より早く来ていて、1時間目の用意をしている朝木さんの姿はなかった。朝のホームルームで先生が朝木さんは体調を崩し長期的に病院に入院することを生徒に伝えた。自殺未遂のことは言わず何が理由でどの病院に入院するのかも言わなかった。家族の意向だという。

 裕太やみそのと朝木さんのことを話していて朝木さんは何で急に入院することになったのかという話題になっても、僕は知らないふりをした。日曜日の夜、先生から家に連絡があり、言わないように口止めされていた。もちろん家族は僕が朝木さんの自殺を止めたことに驚いていたが、たまたま助けただけと僕はやり過ごした。

 今はまだ朝木さんは生きている。僕はそれだけで十分だという思いと、いつまた自殺を図るのかそして死んでしまうのではないかという恐怖とが頭の中で混じり合っていた。

 2時間目が終わり3時間目は、音楽の時間だ。休み時間音楽室へと移動している最中のことだった。1ヶ月ほど前から痛かった腰の痛みが前よりも増して痛み出し僕はうずくまってしまった。

「大丈夫か翼」裕太が言った

「いてぇ」

あまりにも痛い物だから僕は早退してそのまま母ちゃんにつれてってもらい病院へ行った。

「大丈夫翼」母ちゃんが言った。

「湿布はってりゃ直ると思ったんだけどなぁ」

「吉井さん」看護婦さんが僕を呼んだ。

診察室に入るとそこには白髪交じりの黒縁めがねをしたいかにもまじめそうな先生が座っていた。

「どうしました」先生が言った

「ちょっと1ヶ月前から腰が痛くて、そのままにしていたのですが、今日痛みが増してきて……」

「なるほどそこに横になってみて」先生が言った。

横になると先生が腰を押し始めた。

「痛む?」

「痛いです」僕は答えた。

「レントゲン撮りましょうか」

 僕はレントゲンの撮影をした後診察室に呼ばれ母ちゃんと一緒にその写真を見せられた。

「この丸い物見えますか」先生が白くて丸い部分を指さした。

「はい」僕は言った

「実はこれ悪性神経性肉腫、という物でいわゆる神経に出来る癌なんです」

「はい?」母ちゃんが言った。

僕は声が出なかった

「まさかそんな」母ちゃんは口を押さえ目から涙かこぼれていた

「実はまだ伝えなければならないことがあるんです。」先生は唇をかんでいった。「癌が全身に転移していて、手術も出来ない状態です」

二人とも声を出すことも出来なかった。信じられなかった。僕が癌なんて……

暗く深い崖の下に突き飛ばされたような感覚だった。

「通常のガン治療をしたら身体の体力を奪って死期を近づけてしまう状態なんです。だから投与する抗がん剤は治療では無く延命の為になります。余命1ヶ月です。

 僕は死の宣告を受けた。治る可能性がある物ではなく確実に死にますと言うことだ。僕は絶望した。何も考えられなかった。

 その日から抗がん剤で少しでも死期を伸ばす作業が始まった。


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