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第三章 その4

そのバスにはたくさんの人が乗り込みあっという間に、すし詰め状態になった。バスはゆっくりと走り始めた。メーターを見ると50キロそこそこで走っていた。

(もっと飛ばせ)僕は心の中で叫んでいた。走っている最中ブーっと言うブザーが鳴った。次のバス停で降りるためのボタンを誰かが押した音だ。そしてバス停に止まり、50代くらいのおばさんが、大きな図体を揺らしながら、人の群れをかき分け、僕の左前にある料金箱に近づいてくる。

 すぐに降りるかと思えば、財布の中に指を突っ込み、ジャラジャラと小銭を取り出していく。掲示には450円と表示されている。小銭を一枚一枚取り出していく作業に時間がかかり、僕のイライラが溜まる一方だった。

(普通は払う小銭を目的地に着く前に出しておき、すぐ降りられるよう準備しておくのがマナーだろ)僕はそう思いながら、下唇の皮をぎりぎりと剥いた。イライラすると癖でそうしてしまうのだ

 やっと小銭すべてを取り出し、お金を料金箱に入れ、運転手に「どうも」と一言声をかけ、降りていった。

 15分くらいたち、駅に着いた。僕はお金を握りしめドアが開いた瞬間すかさずお金を料金箱に入れ、バスを飛び出した。

 30段くらいある階段を一気に上り切符を買い改札を抜けた。電光掲示板を見ると、朝木さんが乗る電車は5時3分につく。時計を見ると5時2分だ。僕は急いでホームに降りたが朝木さんの姿は見渡す限りなかった。「まもなく列車が参ります、危険ですので黄色い線の内側までお下がりください」聞き慣れたアナウンスとともに、電車が近づいてくる音が聞こえる。僕は必死で朝木さんを探した。 人の群れが僕の目的を邪魔するかのように、視界を遮る。僕は背伸びをし、精一杯体を伸ばして、朝木さんを探した。すると自動販売機の影から白い肌をし美しく黒髪の女子高生が見えた。

 僕は一安心した。朝木さんは前の電車に乗っていなかった。何とか間に合ったみたいだ。僕は朝木さんに近づいていた。

 すると朝木さんは、そのままホームにちゅうちょなく飛び降りた。僕は自分の目を疑った。周りで見ていた人が「きゃぁ」と大きな悲鳴を上げ、電車が耳をつんざくような甲高いブレーキ音を立てた。そして大きくクラクションを鳴らした。

 僕は無我夢中でホームに飛び降りた。すると朝木さんは、耳をふさぎながら目を閉じてじっとしてうずくまっていた。

 僕は急いで朝木さんを抱え、電車が通る線路から遠ざけた。

その瞬間僕達の横スレスレを電車が通り過ぎた。見慣れているはずの電車がとてつもなく大きく狂気に感じた。

 僕は少し呆然と立ち尽くしていたが朝木さんの方を見て大声で怒鳴った。「何やってんだよ!」僕の足は緊張感や恐怖や焦りやいろんな感情入り交じり、ガタガタと小刻みに震えていた。朝木さんも体全体が震えていて、声を出し泣いていた。

 駅員さんやその場で見ていた見ず知らずの人も降りてきて朝木さんを抱え、ホームへ上がるための階段の方へと向かった。

 僕は激しく混乱していた。運命の本には明日、自殺すると書いてあったのに、なぜ今日朝木さんは自殺を図ったのだろう。一日自殺が早くなってしまった。僕は頭の整理がつかなかった。

 野次馬達がたくさん集まってきてこっちをじろじろ見ている。朝木さんはずっと下を向き泣き続けたままだ。

 駅員さんは、大丈夫大丈夫となだめるように声をかけていた。

その後駅長室に入り朝木さんは横になって休んでいた。少しは落ち着いてきたが、それでもまだ泣き続けたままだった。僕はその横で駅員さんにどんな状況だったのかを説明していた。駅員さんは腕を組みながら険しい表情を浮かべて聞いていた。

 10分ほどした頃パトカーのサイレンが聞こえてきた。そしてやがてそのサイレンが近くに来ると止まり、二人組の警察が駅長室に入ってきた。

 僕はその警察にも状況を説明した。その人は細かくメモをとっていた。見ず知らずの助けに入った人にも、同じような質問をしていた。

 もう一人の警官は、朝木さんに、「大丈夫?友達が助けてくれてよかった。まだ生きているんだから、もうこんな事したら駄目だよ」と慰めている。朝木さんは声も発することができない状態なのか、何も答えなかった。

 1時間くらいたっただろうか、朝木さんも落ち着き駅員さんが出してくれたお茶を飲んでいた。警察の人は何で自殺を図ったのか理由を聞いていたが朝木さんは答えたがらなかった。そして朝木さんのお爺ちゃんとお婆ちゃんが車で駅へと迎えに来た。

「ゆいちゃん大丈夫?」お婆ちゃんが真っ先に朝木さんに駆け寄った。

「大丈夫か」お爺ちゃんもその後を追うように駆け寄った

警察の人が僕が朝木さんを助けたことなど経緯を説明すると、「本当にありがとう。」と朝木さんのお婆ちゃんが、僕の手を強く握った。

 僕は終始謙遜していた。

「お名前はなんて言うのですか?」お婆ちゃんが言った。

「吉井と言います」

「吉井君、ゆいちゃんを助けてくれてありがとうね。本当にありがとう」お婆ちゃんは涙を流しながら言った。

 朝木さんのお爺ちゃんは目に涙を浮かべながら小さな声で優しく朝木さんに語りかけた。「なんでこんな事をしようと思ったんだ?話してくれないか?ゆいちゃんはお爺ちゃんとお婆ちゃんにとって大事な大事な孫なんだよゆいちゃんが死んでしまったら、生きる意味を見失ってしまうよ」

「そうだよ」お婆ちゃんも朝木さんに近寄って行き手を握って行った。

 朝木さんはすこし沈黙した後重い口を開いた。

「昔のことを吉井君に言ったの、そうしたらに昔の記憶が昨日のことのようによみがえってきて、私を津波のように飲み込んで……本当に辛くて、頭から離れなくなって、それで……」

「なんで吉井君に言おうと思ったの?」お爺ちゃんが言った。

「分からない。」朝木さんは頭を抱えた。

「何があったの?」警察の一人が僕に言った。

「悩みがあるみたいだったので、相談に乗ろうとして」

「それで」警察が言った。

朝木さんのお爺ちゃんやお婆ちゃんも僕の話を真剣な眼差しで、聞いていた。

「何か力になれるかなと思って相談に乗ったんです」僕はうつむきながら言った。

「それで相談したら昔の辛い記憶がよみがえってしまったって事かな」警察が朝木さんに言った。

朝木さんはうなずいた。

朝木さんのお爺ちゃんが「少し話がある、外で話そう」と言って僕を駅長室から出した。

「吉井君て言ったっけ」

「はい」

「ゆいは壮絶な過去があるんだ。君には想像もできないような辛い過去が。私たちもその過去には触れないように一緒に過ごしてきた。」

「はい……」

「だからもうゆいの過去をほじくり出すようなことはしないでくれ」

だが僕は放っておく事が解決方法でないことは知っている。放っておいたら朝木さんはまた自殺をはかるだろう。

「朝木さんはその辛い過去を背負い続けてもう限界まで来ているような気がするんです。だから何とか救ってあげなくてはならないと思うんです」

「君にゆいの何が分かるんだ。私たちはあの子の過去を忘れさせるために昔の話をせず時間が解決してくれることを待っていたんだ。もうゆいに関わるのはやめてくれ。君があの子と過去の話をしなければこんな事は起きなかったんだ。もうゆいに近づかないでくれ。分かったね」朝木さんのお爺ちゃんは興奮気味に言った。

 それは違う。僕が言わなくても朝木さんは明日自殺をする運命だったんだ。朝木さんの今抱えている苦しみを取り除いてやらなくちゃ根本的な解決にはならない。ただふたをして、ほおっておくだけじゃ、その辛い気持ちを閉じ込めた箱がさび付いてそこに穴が開き、真っ黒な闇が朝木さんを包んでしまうそれが明日だったんだ。

 だが僕はその箱のさび付いた部分に自ら穴を開けてしまったのかもしれない。

解決しようと、よかれと思って朝木さんが思い出したくないと言っていたことを、軽はずみに共有なんてしようとして、朝木さんの心の奥底に鍵を何十にもかけて閉じ込めていたことを、僕がその鍵をこじ開けてしまった。そして朝木さんは、昔の辛かったことをフラッシュバックさせてしまい、自殺を図ってしまったのかもしれない。

 僕は自分を責めた。僕は朝木さんの心の傷を癒やすことができなかった。そんな力がないのに無責任に入り込んでしまったのだ。 僕が朝木さんを自殺に追い込んでしまったも同然じゃないか。運命の本に書いてあることは現実としてこれから起きることだが、その運命の本に書いてあることを変えて違う現実にしてしまえばそれが唯一本物の現実になるのだ。現実は一つなのだ。

 だから僕が自殺に追い込んだと言うことだ。犯罪者も同然じゃないか。よかれと思ってやったことが全部裏目に出てしまった。

 僕は言いたいことはたくさんあったが、余計なことを言ってまた朝木さんや朝木さんの家族を苦しめてしまうんじゃないかという恐怖から何も言えずただ下を向いて返事をすることしかできなかった。

 朝木さんのお爺ちゃんは、さっさと駅長室へと戻っていった。

警察の人が一人立ち尽くしている僕の方へと近づいてきた。

「自分を攻めるんじゃないぞ。あの子の心理状況はとても複雑なんだと思う。君はやるべき事はやったんだから。自分を責めるなよ。分かったね」そう言うと僕の左腕を二回軽く叩いた。

「はい。僕もう帰ってもいいですか」

「ああ」

「失礼します」僕は朝木さんに挨拶もせず帰った。

 電車も動き始めていて、いつもと変わらない風景がそこにはあった。

 僕は朝木さんを本当の意味で救うことができなかった。これ以上僕が朝木さんの心に介入すればもっと悪い方向に進むのではないか、そんな恐怖が僕を包んでいた。

 もうよそう……

 これからは僕が朝木さんに関わらない方が、朝木さんのためになるようなきがする。自殺を止める事が出来なかった。後は家族に任せた方がいいような気がする。僕は自分自身に対する自信を完全に失っていた。

 家に帰って運命の本を見た。今日あった出来事が新たに書き換えられてある。朝木さんが自殺を図ったことや僕が止めたこともすべて書かれてあった。次のページを開くと驚きの光景が目に飛び込んできた。

 真っ白なページから、今朝木さんがしている行動が白い紙に文字となって浮かび上がってきているのだ。


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