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第三章 その2

2時間目の歴史の時間いつものように授業も聞かずボーっとしていると、僕は周りを見渡してふと思った。ここにいる先生も含めたクラスメイト全員、運命が決められているのだろうか。実際にあんな本があったのだ。きっと決められているのだろう。どんな将来を送って、誰と結婚して、何歳で死ぬ。すべてが決められているんだ 交通事故で死んでしまうと運命で決められた人もいるかもしれない。朝木さんは、自殺して死ぬと決められている。一体だれが運命なんか決めるのだろう。

 もし神と言う物が存在し一人一人の運命を決めていたとしたら、なんと残酷な作業なのか僕はそう思った。

 発展途上国では、子供ながら食べるものさえも満足になく、飢えて死んでしまう子がたくさんいる一方で、食べ物にはもちろん困らず、何不自由のなく暮らしそれでも飽き足らずブランド物の服やゲームを与えられる子供もいる。どう言う理由で、この子たちを”差別”したのだろう。飢えて死ぬ子供と何でも与えられる子供、神はどういう理由でこの子たちの運命に差をつけたのだろう。運命が存在するとわかった今、そこに疑問を持たずにはいられなかった。でもそんなことに疑問を持ったって神に直接聞かなければわからないことでもある。なんだかとてもやるせない気持ちだ。

 神が運命を決めているとするならば、神はなんて冷徹なヤツ何だ。僕はそう思った。

 僕の将来も決めつけられているのだろう。僕がプロになれるのかなんてどんなに努力しようがなれないと運命が決まっているならば、その努力も無意味だ。なんだか人生がつまらなく思えてきた。なれようがなれまいが自分の将来を、運命という形で決め付けられたくない。これほどつまらない物はないじゃないか……

 そんなことを考えていると、いつの間にか2時間目が終わり、休み時間だ。3時間目は美術。この時間は学校の校庭内の物、たとえば花や木といった物をスケッチする時間だ。

朝木さんは学校の裏庭に咲いている菫の花を一人でスケッチしていたような気がする。裏には大きな噴水がある。その噴水は半径4メートルくらいあり結構大きな噴水だ。真ん中に先から水が出てくる円柱の棒があり水はその棒をクラゲのような膜を張るように出て、棒を包むように出てくる、そんなシャレた噴水がこの学校にはあるのだ。その噴水を囲むようにレンガでできた花壇がある。そこに菫やチューリップなどたくさんの種類の花が植えてある。そこに何人か花や噴水をスケッチしている人がいるが朝木さんはその人達とは距離をとり、1人集中してスケッチをしている。

 そのときに話しかけ、なんとか親しくなって悩みを言い合える存在になれたらなんて思っている。あまり自信はないのだが……

でも頑張らなければならない。

 僕は道具と描きかけのスケッチブックを持ち校庭に出た。

「行こうぜ」裕太が言った。

 僕は裕太と一緒に何の変哲もない木をスケッチしていたのだ。まあスケッチをしていたと言うよりもずっとくだらない話をしていることがほとんどだが。

(これはまずい裕太とスケッチしていたら朝木さんと話す時間がなくなってしまう。でも断りずらい、どうすればいいか……)

「あーと俺やっぱ違うやつ(風景)スケッチしたくなったんだよね。花とか」

「花?なんだよ急に。絵心ないヤツが急に芸術に目覚めちゃったのか?」裕太は笑いながら言った。「あの木なら簡単でいいじゃん。一緒に書こうぜ」

「いやでもなんか描きたくなっちゃったんだよね。なんか普段絵なんて描かないし、せっかくだからちょっと集中して描きたくなってさ。俺いい花ないか探してくるわ。ごめんな」そう言うと僕はそそくさとその場から逃げるように立ち去った。

「なんだよったく、あっそ。じゃあ俺鈴永と一緒に描こっと」裕太はちょっとふてくされながら言った。

 僕は朝木さんがいつも描いている裏庭へと向かった。

そこには、スケッチ道具を準備している朝木さんがいた。噴水の周りには8人くらいスケッチしている人がいるが、朝木さんはその人とは少し離れたところに一人座っていた。僕は朝木さんのいる方へと近づいていったが、朝木さんの隣に座る勇気がなく、少し離れたところに座った。

 どう話しかけたらいいかわからなかった。僕は道具を用意しながらもどう話しかけようかずっと考えていた。絵の具を出したりスケッチブックを開く、道具を準備し終えたがまだなんて話しかけたらいいかわからない。

 ここは無難に「花きれいですね」とか「暑いですね」がいいだろうか。きっと無視されるだろう。そうだ、昨日の足の怪我の話から入れば自然だ。お互いペアを組んでいた仲なのだから。

 僕は勇気を振り絞って朝木さんに話しかけることにした。ぐずぐずしてる時間は僕にはない。朝木さんは少し驚いたようにこっちを警戒するようにチラッと見た。

 僕は朝木さんの隣に座った。

「あの……」僕はこの一言しか話していないのに、体中から変な汗がふき出した。

「……足大丈夫ですか?」

 朝木さんは目は合わせず少しこちらを向き会釈をして「はい……」と言った。その後会話は続かず。しばしの沈黙が続いた。その沈黙は朝木さんの心の闇を象徴しているように思えた。

 僕はもう問題の芯をつくしかないと考えた。当たり障りのない会話をしたって朝木さんがその話に乗ってくるとは思えないからだ。

「あの朝木さんを見てると、なんかあの悩んでるような気がしてその……」自分でも自分で何言っているのかわからない。頭が真っ白な状態だ。緊張がピークに達している。

 朝木さんは僕のことなんか気にせず黙々とスケッチしている。

「もし何か悩んでいるなら僕に力になれることがあれば力になりたいんだけど……」

「…………」朝木さんは何も答えず黙々とスケッチしていた。

 完全に無視をされている僕にはその沈黙が1時間にも2時間にも感じた。

また沈黙が続いた。

「僕じゃなくてもいいし。仲のいい友達に相談し」「無いですよなにも。私スケッチに集中したいのですいません」朝木さんは僕の話を遮りスケッチしながら言った。

「あ……はい」

 僕はこれ以上何も言えなかった。これ以上しつこく言い寄ったって彼女はもっと心を閉ざすだけだと思った。やるせないが仕方が無い。でも僕がこうやって話したことによって何か朝木さんの気持ちが変わり、自殺を思い止まってくれるかもしれない。もし思い止まったなら、運命の本に書いてある文字も変わるはずだ。僕は変わる事を祈った。

 そして僕は朝木さんの隣から離れ最初に座った元の場所に戻った。

 その後何も会話もなく時間だけが進んでいった。

横目で朝木さんを見ると、朝木さんは絵に集中していて僕のことなんか一切気にしてないようだ。朝木さんは今何を考えているのだろう。 何かに悩んでいることは確かなはずなのに、僕がそのことを指摘しても何も動揺をすることもなく、黙々とスケッチをしている。僕の言葉なんて朝木さんの心には何も響いちゃいないのだろうか。むしろめんどくさいヤツが来たくらいにしか思っていないのかもしれない。

 何か消化不良だ。僕は返事がないことを覚悟でもう少し何か話しかけることにした。ウザいヤツと思われてもかまわない。

「この噴水なんかクラゲみたいでおもしろいですね」

「……」

「でも噴水の周りに花があってなんかきれいですよね。僕ここ好きなんです。何かこう心のモヤモヤを洗い流してくれているような、そんな感覚になるんです。朝木さんはどうですか?」

「……」

朝木さんは何も答えず黙々とスケッチを続けていた。

「いい天気ですね」

「……」

 俺何一人で話してるんだろう。なんだか寂しくて。むなしくて。情けない。そんな気持ちがこみ上げてきて、僕の目から涙が止めどなくこぼれ落ちてきた。自分の無力さが悔しかった。鼻水をすする音で朝木さんは僕が泣いていることに気付いたのだろう、こっちをチラチラ見ている。情緒不安定なヤツと思われたに違いない。

 3時間目の終わりのチャイムが鳴った。ぼくは涙を袖でふき、かたづけを始めた。朝木さんは何事もなかったかのように先に行ってしまった。僕は朝木さんの後ろ姿をじっと見ていた。すると後ろから誰かが僕の背中を軽く拳で殴った。後ろを振り返るとモテ男の吉川がニヤニヤしながら僕を下からなめるように見て言った「お前も振られたんだろ。だからって泣くなよ。女々しいヤツだなぁ」そう言うと吉川はなんだかうれしそうに去って行った。感じ悪い男だ。どこにいるのかわからなかったが、吉川は僕と朝木さんのことを見ていたのだろう。しかし恥ずかしさすらわいてこなかった。

 結局勇気を振り絞って聞いたって一人、空周りしていただけで、朝木さんの心にきっと何も響かなかっただろう。手応えなしだった。自分の駄目さ加減にうんざりだ。

 僕は何も書かれていないスケッチブックと道具を片付け教室へ帰った。

「翼、何書いたんだよ」裕太が僕が持っていたスケッチブックを取り上げた。

「おい、やめろよ」僕は取り返そうとしたが裕太は僕を振り切ってスケッチブックを開いた。

「あれ。お前全然描いてないじゃん」

 僕は少しイライラしながらスケッチブックを裕太から強引に奪い取り、一人早足で教室へ帰る。

「おい、何かあったのか?お前今日おかしいぞ」

裕太のことを無視した。

 教室に向かって歩いていると、みそのが1人で歩いていた。

「なぁみその」僕は後ろからみそのに話しかけた。

「ん、なに?」みそのが振り返り言った。

「あのさ……朝木さんとみその仲いいよな」

「何告白するの?」みそのは笑顔を浮かべ言った。

「ちがう」僕は神妙な顔で言った。

「じゃあなに?」みそのはいつもと違う僕の雰囲気を感じ取ったのか不思議そうに僕の顔を見ていた。

「最近朝木さんに悩みとか相談されてない?」

「ないよなんで?」

「い、いやないならそれでいいや。じゃあね」

「なによそれ、気になるでしょ」

「ほんとなんでもないから」そう言うと僕は、逃げるように男子便所へと駆け込んだ。

 みそのの雰囲気からして何も相談されていないことは感じ取れた。やはり誰にも打ち明けてはいないのかもしれない。自分一人で抱え込んでいるのだ。

 僕は追い込まれていた。自分が好きな人が自殺することがわかっているのに、もしかすると止める事ができないのではないのかと。

 この日僕はずっと何をするにも上の空でぼーっとしていた。裕太が僕を気遣い馬鹿話をして笑わそうとしてくれたが、とても笑う気にはなれなかった。

朝木さんは相変わらず何事もなかったかのように友達と窓際で談笑していた。夜は泣いているくせに、4日後に自殺だって考えているくせに、なんでそれを隠しているんだ。何でいつもと変わらなく普通にしていられるんだ。辛かったら辛いって言えよ。

僕には朝木さんの気持ちが全くわからなかった。結局無力な僕は何もできず1日が過ぎた。自分の無力さに腹が立った。

 部活は調子が悪いと嘘をつきサボって家に帰った。

「今日部活はどうした?」じいちゃんが言った。

「今日は休みだった」

「そうか」

僕はそそくさと自分の部屋に向かった。急いで自分の机の引き出しを開け本を取り出した。自分が朝木さんに言ったことで朝木さんの心境が変化し自殺の文字が消えていることを期待した。

僕は少し緊張しながら裏表紙の裏側を開いた。

 僕はため息をついた。

そこには「自殺により死亡 享年16歳」と書いてある。なにも変わっちゃいなかった。自殺をする日も、時間も、場所も何も変わっちゃいない。結局僕が今日したことは何の意味も無かった。朝木さんの心には何も響いちゃいなかった。

 僕は心に決めた。明日は僕のすべての思いを朝木さんにぶつけようと。今日は少し遠慮していた。あれじゃだめなんだ。朝木さんの心には何も響くわけがない。しっかりと朝木さんと向き合って、朝木さんの本当の思いを聞きたい。そのためには僕が遠慮していちゃだめなんだ。本当に救いたいんだって思いが朝木さんの心に届かなければ、わかってもらえなければ、朝木さんだって心を開いてくれるはずがない。絶対に朝木さんには自殺を思いとどまってほしい。

 そう思った。だって僕は……僕は朝木ゆいを心の底から愛しているから。

 ベットに入り目を閉じた。寝ようとしても眠れず目を閉じたまま運命の本の事を考えていた。

 運命の本は、内容と違うことをしようとしても何か妨害をされると言うことはなかった。たとえば運命と違うことをしたら腹痛が起きるとか、隕石が降ってくるとか。そういう不安もあったがそういうことは起きなかった。だけど結局朝木さんの運命を変えようとしても今のところ何も変わっていない。朝木さんは怪我をしてしまったし、自殺の文字だって消えない。そう簡単に運命は変えられないと言うことは間違いないようだ。

 逆に僕の運命はかなり変わっている。飯山とケンカしたり、部活を休んだり。

 でも僕の未来が変わってしまったなんて僕の考えにすぎず証拠はない僕は自分の運命が書いてある本は持っていない。だから自分の未来が本当に変わってしまっているのか何て誰にも分からない。運命の本を見つけなかったとしても、飯山とケンカをしていたかもしれない、今日部活を休んでいたかもしれない。自分の未来が変わってしまった証拠はどこにもないのだ。それでも運命の本を見つけなければこんなこと起きなかったと思う方が妥当だ。運命がわかっていて、それを無理矢理にでも変えようとすれば、変えられるかもしれない。しかし朝木さんにこの本を見せることは、正しい判断だとは思わない。朝木さんがこの本を見れば、自分は自殺をする運命なのだと悟って自殺をしてしまう。今より悪い方向へと行ってしまうのではないかと思うからだ。

 そんなことをごちゃごちゃ考えていたらいつの間にか目覚まし時計の音が僕の枕元で鳴り響いていた。いつの間にか寝てしまったのだ。眠りに就く時なんてそんな物だ。

 僕は朝の身仕度をして学校へ向かった。今日こそは朝木さんに心を開いてもらいたい。もう自殺する日にちまで時間もない。僕は焦る気持ちをおさえながら学校に向かった。

 今日は風はないが朝から土砂降りの雨だ。何で今日に限って、そうじゃなくても今日は憂鬱な日なのに。僕は傘を片手に持ち自転車をこいだ。大粒の雨が安いビニールの傘に穴を開けんばかりの勢いで強く激突してくる。バリバリというビニール傘に当たる雨音だけが僕の周りを支配していた。

 雨の日はなぜか憂鬱になる。なぜ雨は人の心を憂鬱にするのだろう。雨なんて降らなければいいと思ったことはこれまで何度あっただろうか。しかしそれは人間の身勝手な感情だ。人間にとって雨は無くてはならない存在だ。雨が降らなければ作物は育たず水不足にだってなる。そうなれば地球に人間は住んでいけない。雨ほど人間の生きる世界に必要な物はないのに。

しかし僕はそれでも雨を邪魔くさく思いながら学校へ行った。雨は僕の心の闇だ。

 朝木さんには放課後言おう。放課後が一番ゆっくり話せる。

平凡な1日が過ぎていく。僕には放課後までの1日は、今まで生きていた中で一番平凡だった。平凡すぎるぐらい平凡だった。柔道部の川中勇人が財布を無くし、クラス中が大騒ぎをした事さえも僕には平凡すぎた。財布は見つからずじまいだ。モテ男の吉川が僕が朝木さんに告白して振られたと言いふらしていると裕太から聞いた。そんな誤解もどうでもよかった。

 帰る前のホームルームが終わった。僕の心は少し高ぶっていた


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