第三章 その1
朝木さんは自殺するのか?16歳って言ったら今年じゃないか。朝木さんの誕生日は10月14日だ。僕は最後の文章が書いてあるページを探した。パラパラとめくり5ページぐらい通りすぎてしまった。僕は緊張しながら最後のページに向かって、1枚1枚めくっていった。最後のページにたどり着いた。僕は生唾を音が出るほどに飲み込んだ。そこに書いてあったのは、信じたくない物だった。
9月21日11時26分18秒笹ゆり駅のホームに飛び込み自殺をこころみ11時26分26分19秒電車にひかれ死亡と書かれている。詳しい死因も、死んだ後の朝木さんの状況も事細かく書かれてある。残酷な言葉が何行にもなって羅列していた。僕は頭を抱えゆっくりと深呼吸し、朝木さんがそのような状況になることを想像しないように必死で努めた。しかし胃がムカムカし始め耐えきれず吐いてしまった。
誰が朝木さんの運命をこんな残酷な物にすると決めたんだ。神だとしたら神とはなんと残酷なのだろう。
僕はなんだか怒りがこみ上げてきた。なんで朝木さんが自殺しなければならないんだ、何で朝木さんなんだよ。しかもあと4日後の事ではないか。
手が震えていた。僕は大きく深呼吸をした。まだすべての状況がは読み込めたわけではない。しかし朝木さんが自殺をしてしまうことは分かった。僕は決意した。
朝木さんを絶対に助ける、絶対に……
朝木さんの人生をこんな残酷な終わり方で終わらせはしない。
僕は夜空を睨みつけそう誓った。
なぜ朝木さんが自殺しなければならないのか、その理由が知りたかった。ここでは暗くてあまり文字も見えないので家に帰って読むことにした。僕は自宅に戻り自分の部屋に向かった。すると父ちゃんがリビングから出てきた。
「おかえり」
「ただいま」
「今日も走ってきたんか」感心しながら言った。
「まあね」
「がんばれよ」
「はいはい」いつもどおりの何の変哲のない会話をし僕は自分の部屋に戻った。
小さい頃は結構父ちゃんともフットボールをした物だが、そのころからあまり長時間父ちゃんはフットボールをしようとしなかった。フットボールはスタミナがいるスポーツなので、すでにそのころは40代にさしかかろうという年齢だった。だから体力的にもきつかったのだろう。それに父ちゃんはフットボールの経験が無く年代的にも野球少年なのだ。僕がフットボールを始める頃は野球をやったらどうだと進めてきたが、僕は野球よりもフットボールを選んだ。祐太と一緒にやりたかったからだ。今では、一緒にフットボールをすることはなくなってしまった。また一緒にやりたいな、何て父ちゃんの後ろ姿を見て思いながら、いつの間にやら白髪の増えた頭をじっと見つめていた。
僕は部屋に戻り、ベットの上であぐらをかき運命の本をむさぼるように見た。
何か朝木さんが自殺をしてしまうような悩み事は書いていないか必死で探した。しかし何しろ朝木さんが生まれてからの一挙手一投足が事細かく書かれている本だ。どこから見ればいいのか、どこに自殺する原因が書かれているのか。見つけることが大変だ。まるで字の羅列が僕をあざ笑っているかのようだ。
とりあえず僕は自殺する数時間前や数日前に何かショッキングな出来事が起こったのではないかと思いそのページを読んでみたが、自殺するような原因は書いていなかった。
しかし自殺する前日の夜一人ベットに入りながら泣く、と書かれている。朝木さんは一人で泣いているのだ。やはり何か悩みを抱えているそう思った。
何か朝木さんが悩んでいる原因が書いてないだろうか、僕は文字にしゃぶりつくように読んだ。すると少し変なところに気がついた。
母や父といったワードが出てこないのだ。
朝木さんが家で話す相手は、お爺ちゃんやお婆ちゃんだ。全く父や母と話している所がない。朝木さんが子供の頃には、父や母と話しているところがあったのにもかかわらずだ。何かおかしい。
僕はページをさかのぼって見ていった。ページを何度もめくり、目で文字をたどっていく。こんなに早く目で文字をなぞるように読んだことはない。読むと言うよりは、父や母といった文字を探すといった方が正しい。書いてある内容は、3割くらいしか頭に入っていない。
チラリと時計を見るともう一時間もたっていた。こんなに探しているのに父や母といった文字が、全く出てこない。自殺の原因となるような文章にもたどり着かない。ただ何か悩んでいるのではないかと思わせるような文章は所々にあった。
自殺する前日にも書いてあったが、たまに朝木さんは一人で泣いているのだ。そんな部分が所々に書いてあるのだ。なぜ泣いているのだろう。理由は書いていない。出来事しか運命の本には書いていないのだ。僕は理由が書いていないことにイライラしながらねばり強くページをさかのぼって読むという作業をし続けた。
2時間、3時間と過ぎ時計は夜中の2時を過ぎている。まだ見つからなかった。わからない何で朝木さんが自殺してしまうのか。
「はぁ、くそっ」僕は疲れ果て大きくため息をつき本を前に放り投げた。そしてそのままベッドに寝転んだ。その瞬間ゴツッと鈍い音とともに後頭部に激痛が走った。
「いっつぅぅぅ」僕は後頭部をシャンプーで頭を洗っているかのように両手で激しく掻きむしった。ベッドの枕の前にある木の部分に後頭部をぶつけてしまったのだ。泣きっ面に蜂だ。
15分ぐらい後頭部を押さえながら枕に顔を埋めじっとしていた。2年前の事も3年前のことも4年前のことまで読んだがいっこうに父と母のことは書かれていない。自殺となるような原因も当たり前だが書かれていない。そのまま仰向けになりぼーっとしていた。
疲れた……僕はもう寝ることにした。
足をだらっと伸ばした僕の股の間にある運命の本を片づけようと起き上がった。開いてある本を閉じようとしたその時、何か暴力的な描写が目に入った。
僕はまたベッドの上であぐらをかき、そのページに見入った。
そこには目を背けたくなるような言葉が何行も羅列している。僕は眉間にしわを寄せながらその文章を読んだ。
2002年6月12日、朝木さんが9歳のころのことだ。
朝木さんの父、賢治に平手打ちで3回、頬をたたかれる、その後前ゲリで突き飛ばされ左腕を壁に打ち付けるとかいてある。なぜそんなことをされたのか。よっぽど悪いことでもしたのかと、前の文章を見ると味噌汁のお椀をひっくり返しこぼしたことが原因と書いてある。それだけのことでそこまで普通はしない。
次の日、13日も朝起こされるときコップに入った水を顔にかけられ起こされている。その後着替えるのが遅いとの理由であざができるほど背中を強い力でつねられ大泣きするとか書かれている。父という文字を見つけたと思ったらこれだ。
これは紛れもなく虐待じゃないか。母親は何をしているのだろう。いっこうに母親は出てこない。
次の日もその次の日も、夕食をもらえないだとか、部屋に入る時ドアの前にいる朝木さんが邪魔だからと後ろから強く押し、朝木さんは前のめりに倒れ体をかばおうとして手をつき手首をねんざしてしまったのにもかかわらず、病院へも連れて行かず放置しただとか、そんな目を覆いたくなるようなことばかりが書かれている。
そんなことが翌年の2月14日まで続いている。
当時担任の先生が朝木さんが元気がないことに気付き朝木さんに尋ねたところ、虐待が発覚したらしい。その後母方の祖母の家に引き取られ立川町に引っ越してきたと書いてある。
ページをさかのぼるにつれて朝木さんの辛い過去が徐々に明らかになってくる。
なぜこんな酷いことを自分の子供にしたのか、理解できない。僕は虐待した理由を探した。
虐待は、2002年の5月24日から始まっている。その前日も前々日も、父親は朝木さんに対して虐待らしきことは何もしていない。だが相変わらず朝木さんの母親は登場してこない。
僕はその前日の21日のページを見た。そこに書いてあったのは、自分の母親の葬儀に出席し悲しみに暮れている朝木さんの姿だった。
朝木さんの母親は亡くなっていたのだ。
だから今まで読んでいたページには登場することもなく自分の夫の虐待を止めることも出来ない。死んでいるのだから。
なぜ亡くなったのだろう。病気だろうか、それとも事故だろうか。
4日前になくなっている。
朝木さんが父親から亡くなった理由を聞かされていた。亡くなった理由は、交通事故だ。
朝木さんは2002年の5月24日から2003年の2月14日までの約8ヶ月間虐待を受けていたことになる。
この長期間かなりの苦痛だっただろう。僕にはただ虐待を8ヶ月続いていたという情報だけではなく、虐待の内容まで事細かく運命の本を読むことでわかってしまう。読むことが辛かった。
何だか涙が溢れ出してきた。ただ出てきたと言うよりも、しゃくり上げながら僕は泣いた。僕の大好きな人が過去にこんなつらい目に遭っていたなんて。僕は朝木さんの父への怒りでいっぱいだった。
ただこのことは6年前のことだ。もう父親とも離れて暮らしている。直接4日後の自殺に結びつくのだろうか。僕にはわからない。
でも朝木さんが男子を避けている理由は何となくわかった気がした。昔の虐待を受けた経験からそれがトラウマになってしまい男性恐怖症になり男子を避けるようになったのではないかと思う。
実際母親が死ぬ前のページを見てみると、普通に男子と話している。
だが結局自殺の原因については、はっきりとしたことがわからない。今の悩みは何なのだろう。見当がつかない。僕はなんだか不安になってきた。朝木さんは4日後に自殺をして死ぬと言うことが運命なのだから、運命を変えられるのだろうか。
僕は今日の縄跳びの事を思い出した。僕は朝木さんが怪我をすることを知っていたにもかかわらず、結局止めることが出来なかった。あの二の舞にだけはしてはしてはいけない。そのために何とか朝木さんとうち解ける事ができれば、理由を聞き出せる一歩につながるはずなのだが、その一歩がものすごく遠いのだ。
僕は一つため息をこぼし、本を机の引き出しの中にしまい、布団の中に入った。そして天井を見上げながらどうすれば自殺する原因がつかめるのか考えた。やはり直接聞くことが一番なのかもしれない。でも聞き出すことができるのだろうか。あんなに男子と話すことを避けている彼女に僕みたいなさえない男が話しかけたって相手にされないだろう。
でも何とかして聞き出して自殺を止めなければ。僕はそう思いながら静かに目を閉じた。
「翼、翼」母ちゃんの声だ。
「う、うぅぅん」体がだるい昨日は夜中の3時まで起きていた。そのせいだ。しっかり寝ないと体が怠くなる体質なのだ。
「早く起きなさい、遅刻だよ遅刻」
「うん・・・」
「うんじゃないもう8時すぎてるよ。もう何回言っても起きないんだから」母ちゃんは僕の布団をまくり上げた。
「分かったよ」もう眠くてたまらない。僕は亀のようにノソノソと起きあがった。
「早く学校に行く準備をしなさい」
僕は制服に着替え朝食もとらず、髪もボサボサのまま学校へ言った。
僕はフラフラしながらゆっくり自転車をこいだ。また生活指導の中田の拳骨が待っている。あの拳骨で目は覚めるだろう。僕は急ぎもせずゆっくり自転車をこいだ。急いだってもう遅刻は間違いないのだから。
それにしても結局自殺の理由がわからないままだ。これじゃあ解決のしようがない。自殺をする日に無理矢理朝木さんを縛って自殺を強引にやめさせたってそんな物何の解決にもならない。自殺を遅らせるってだけだ。
でも悩みを抱えていることは間違いない。時々朝木さんは一人の時に泣いている。親友のみそのになら何か悩み事を相談しているかもしれない。
今日学校に着いたらみそのに聞いてみよう。でも深刻な悩みだったら俺なんかには言ってくれないだろう。
今の自分の心と重なるような、ドンヨリとした雲に覆われた空を見上げながら、僕は自転車をこいだ。
学校に着いた頃はもう1時間目の授業が始まっていた。生活指導の中田も授業があるため門の前には立っていなかった。ラッキーな日だ。僕は、ダラダラと廊下に上履きの裏をすり付けながら気の抜けたように歩き、教室へと向かった。
朝木さんに悩みを聞き出せる事ができるのだろうか。僕は自信がなかった。何度もため息をつきながら、授業が始まっていて静かな廊下をダラダラと歩いた。
教室の前に来ると、生物の石田先生の授業をしている声が聞こえる。僕は教室のドアを開けた。するとみんなが一斉に僕の方を振り向いた。フットボール以外で注目されることが苦手な僕は、こういう時は一番恥ずかしい。静まりかえっている教室の中、僕は先生の方へ近づいて行き遅刻の理由を話して自分の席へ着いた。
「寝坊か?」裕太が僕の方を振り返り小さな声で話しかけてきた。
「まぁな」
「お前クマができてんぞ」少しにやけながら裕太は言った。
「ちょっと昨日眠れなくてさ。風邪は大丈夫なの?」
「何とか。なんか知んないけど熱出ちゃったんだよなぁ」
「そこ!しゃべらない。中畑君前向きなさい」石田先生が語気を強くいった。
裕太は頭をペコペコさせながら体を前に向けた。
僕は眠くてたまらなかったのでそのまま顔を伏せ居眠りを始めた。
誰かが僕の頭を拳でノックするようにコツコツ叩いている。僕は目を覚ましゆっくりと顔を上げた。叩いていたのは祐太だ。
「熟睡だったな」祐太少し笑みを浮かべ言った。
本当に熟睡だったので、しっかり寝て眠気もとれた感覚だ。僕は背伸びをしながら大きなあくびをした。「ふぁぁぁぁぁぁっと」
祐太が僕の方に顔を近づけ小声で言った「昨日朝木さん怪我しちゃったんだって」
「うん」僕は朝木さんの方を向いた。朝木さんは右足首に包帯を巻いていた。
「足びっこひきながら歩いてたぜ」祐太が朝木さんを心配そうに見つめながら言った。「痛そうだよなぁ」
僕は祐太をじっと見ていた。
「何だよ」祐太がそれに気づいて不機嫌そうに言った。
「いや別にただ……」
「ただなんだよ」
「まだ諦めきれないのかなぁなんて思って」
「そんな分けないだろ、俺の中ではもう朝木さんは恋愛対象じゃない」
「ふぅん」
「疑ってんのか?」
「疑ってねぇよ」僕はニヤニヤしながら言った。
祐太はすかさず立ち上がり僕をヘッドロックした。
「痛てぇよ痛てぇ」
「疑ってんだろ翼君」僕にヘッドロックをかけながら祐太は言った。
「疑ってません」
「本当か?」
「はい」
「すいませんでしたと言え」
「すいません」
「でしたは?」
「でした」
「最初から言い直しなさい。翼君」
「すいませんでした」
祐太はようやく頭に絡みつけた腕を放した。
僕ははっと気づく、こんなじゃれ合ってる場合じゃない。朝木さんの悩みを聞き出さなくては、そう思った。
そんな事をしてる間に2時間目の始まりのチャイムが鳴ってしまった。失敗した。祐太とじゃれ合ってる場合じゃないのに。でもまだ時間はある次の休み時間ちょっと話しかけてみよう。




