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第二章 その5 第二章 (完)

僕は縄跳びを淡々と跳び始めた。本来あの本を読まなければこんな精神状態にはならなかっただろう。だから僕が飛ぶ運命だった回数よりきっと少なく飛んでいるだろう。そんな勝手な妄想をしながら僕は縄跳びを跳び続けた。

 一通りのプログラムが終わり授業の終わる5分前だったが先生は早めに切り上げ授業は終わった。

みんな校舎へ戻り始めた。

みそのと僕も一緒に校舎の方へ歩いて行った。「ゆい大丈夫かな?」みそのが心配そうに言った。

「足首とかひねることあるから気をつけてって注意したんだけどなぁ」注意したくらいじゃ運命なんて変わらない。僕はそんなことを考えながら言った。

「そうなんだぁ、それでも怪我しちゃったんだ」

「うん……」

「ゆい運動苦手だからねぇ。でも保健室の先生は骨折はしてないって、だからほっとしたけど」

僕はみそのの横顔を少しだけジーッと見つめながら言った。

「仲いいんだな」

「うん、親友だもん」

僕は前から気になっていることをみそのに聞いた。

「朝木さんてあんまり男子としゃべらないよね。なんていうか避けてるって言うかさぁ」

「ゆい今、通訳目指して英語を猛勉強しているんだって、それで今は勉強に集中したいから彼氏は作らないらしいよ」

「そうなんだ。それで男子に対して素っ気ない態度をとるんだ。」

僕は少し安心した気持ちになった。朝木さんに対しての変な噂は間違いだって事が分かったし、万が一誰かと付き合うなんて事もなくなった訳だ。まぁ僕にもそのチャンスが無くなったわけだが。僕以外の誰かと付き合うよりは良い。

「じゃあ何で裕太が好きなこと言っちゃったんだよ」

「裕太ならって思ったんだよね」

「どういうこと?」

「意外といい男だと思うんだよね、私的に。話してみると楽しいし、そんなに顔だって悪くないじゃん。だからいけるかなって、でもやっぱり裕太に悪いことしちゃったかな」

「……そんなことないよ。逆にすっきりしたって言ってたし。いつまでも叶わない恋を追いかけているより、あのことが一つの区切りになって新しい恋を探した方が祐太のためにもなると思うし……」

 なんだか自分に対して言っているような気持ちになった。変な気分だ。

「そっかならいいんだけど」みそのは少しほっとした表情を浮かべた。

 その後、朝木さんと祐太のいない1日が淡々と過ぎていった。こんなつまらない1日は今まで無かったのではないだろうか。親友と好きな人が同時に二人いないなんて、僕は1日がものすごく長く感じた。

 休み時間、他の友達と話していても何か物足りない。給食の時はいつもより弁当を食べるのがすごく早かった。友達と話している時の楽しそうな朝木さんの優しい笑顔も見ることができない。そんな教室には何のときめきもない。部活もなんだか裕太がいないと張りが出ない。

 僕は裕太や朝木さんが僕の人生をより楽しい物にしてくれていることに、今気付かされた。

 上の空だった部活の練習も終わり、またいつもの田舎道を帰った。

ご飯を練習着のまま食べまた怒られるといういつもどおりの晩ご飯も食べ終え僕は部屋に向かい1人窓から夜空を見上げながら考え込んでいた。

 運命は存在していたんだ。そもそも何であんな所に朝木さんの運命の本が落ちていたのだろう。何か理由でもあるのだろうか。それともただ単に、神様の落とし物とでも言うのか?さっぱり分からない。

 やっぱりあれは処分した方が良いんだろうか。朝木さんの知られたくない物をのぞき見しているみたいで、なにか罪悪感を感じる。例えば朝木さんは誰と結婚するのだろうとか確かに気にはなるが、知ったら知ったで、落ち込むことになるだろうし、未来のことなんて知らない方が良いのではないだろうか。

 しかも他人の未来だ。考えてみればこれは完全にプライバシーの侵害だ。僕は犯罪者じゃないか。

やはり捨てるべきだ。あの本は深夜、近くにある川へ行ってそこで燃やそう。

 今日はランニングをしよう。そのときに運命の本を燃やせばいい。まずはいつものように、筋トレをすることにした。毎日の日課だが昨日はそんなことができる状況じゃなかった。

腕立てや腹筋、背筋一つ8キロのダンベルを両手に抱えてのスクワットなど一通りの筋トレを行い終わるころは、だいたい9時半頃になっている。時計を見ると、9時28分。いつも通りのペースだ。

僕は上半身裸になり階段を降り1階のお風呂場にあるタオルで体を拭きながら、スポーツドリンクを飲み、リビングのソファーに座り家族と一緒にテレビを見た。これもいつもの習慣だ。

「いつもいつもがんばってるねぇ絶対プロになれるよ。おばあちゃんが保証する」

「そうかなぁ」僕は少し照れ笑いを浮かべながら言った。

「がんばれ」おじいちゃんもせんべいをボリボリかじりながら言った。

15分がたちそろそろ筋トレの疲れも癒えてきたところだ。

「じゃあランニングしてくるわ」

「気をつけな」母ちゃんは僕がランニングに行こうとすると毎回この言葉を言う。母ちゃんからは、部活頑張れだとか、プロを目指して頑張れだとかは一切言われない。そういう言葉よりも、怪我には気をつけなだとか、頑張りすぎるなだとかそういう言葉がほとんどだ。僕にあまり期待していないんじゃないかとひねくれた考えを持つ一方で、成功なんかしなくてもいい、体だけ丈夫でいてくれればという気持ちが何となく伝わってくる。

とても気が楽になる思いだ。

 僕はいったん自分の部屋に戻り、ジャージに着替え、運命の本と懐中電灯を僕が持っている一番大きいバックの中に入れた。中学時代に少ないこずかいで買った3千円くらいのジッポを、ゴチャゴチャになっている机の引き出しの奥から取り出したあのころは、悪ぶりたいという気持ちから吸えないたばこを何度もむせながら無理して吸っていた。

 何も考えず、ただかっこよさだけを追いかけていたあの頃のにおいや感覚がよみがえってくる。

 懐かしいなぁ。そんなことを思いながらジッポを見つめ火がつくかどうか確認した。たばことジッポそれが中坊だった僕にとってワル(かっこいい男)の欠かせないアイテムだった。「ガキだなぁ」 僕は小さな声でつぶやいた。火はつく。そのジッポをジャージのポケットに入れランニングへと向かった。

 北の方へ500メートルほど走ると、国道に出る。いつもは明るいので国道沿いを走るのだが、今回はこの気味の悪い本を燃やす事が目的だ。僕は南の街灯もなく、森が生い茂り真っ暗な方へと向かった。少し歩くと真っ暗で前が見えない。僕は懐中電灯のスイッチを入れ前を照らしたが懐中電灯の電池が残り少ないのか、光が弱くあまり前を照らすことができない。家を出る前に確認しておけばよかった。僕は後悔しながら前に進んだ。

 なんだか小学生の時町内会の集まりでやった肝試しを思い出す。いやあれより少し気味が悪い。グチャグチャと生い茂る熱帯雨林のような森に囲まれた、整備されていない細い砂利道を抜けていく。なんだかどんどんと気味の悪さが増していく。自然と早歩きになり、その早歩きからいつの間にかいつもと変わらないランニングのペースで走っていた。

川は僕の家から300メートルくらいの距離でそんなに遠くないはずなのに、何キロにも感じるくらい遠く感じた。自分はチキンだったのか、と少し落ち込んだ。

 何とか川縁までたどり着き運命の本を取り出した。暗闇の中でその本は神秘的なまでに金色に輝いている。電池が残り少ない懐中電灯で、暗闇の中歩いてくるよりも、この本の明かりを頼りに歩いた方が周囲がもっとよく見えただろう。

 小川の流れるサラサラという音とたくさんの蛙の鳴き声が入り交じり真っ暗闇の中で一人ポツンと立っているが、なんだか大きなホールに大合唱団の講演を見に来た感覚になり一人とゆうことを感じさせなかった。ここで仰向けに寝転んで、目をつむり自然の作り上げた音色の中にずっと包まれていたい気持ちだ。

 そんなことを星空を見ながら考えていたら、ふと思い出した。僕は体育の授業の縄跳びで運命の本に書いてある回数と違う回数を飛んだ。運命の本に書いてある事と違う事をしたら、書かれていた部分はどうなるのだろう。僕は気になり本を開き懐中電灯で体育の授業の部分を探し出し飛んだ回数の部分を目をこらしてみた。そこには、前日に書いてあった回数と違う回数が書いてあった。僕は目を疑った。勝手に書かれていた文字が変化していたのである。朝木さんが怪我をする時の飛んだ回数も変わっている。

 やはりこの本は普通じゃない。朝木さんの運命が書いてあるどころか、現実が変えられたら本に書いてあった内容まで何かの力で変わってしまうのだ。やはりこんな本は普通じゃない処分すべきだ。この僕達が生きている世界に存在してはいけない。僕の中に得体の知れない者への恐怖心がわいてきた。

 僕はこの運命の本を燃やすためにジッポーを取り出した。ジッポーの火をつけると火の光と本の光が混ざり合い一段と輝きが増し周りを明るく照らす。

僕は本の角の部分に火を当て燃やした。焦げ臭いにおいとともに、煙が僕の目に入り僕は目を細め顔をしかめた。そのときフッと授業中に見た夢の事を思い出した。朝木さんが僕に助けを求めていた夢だ。

 火を当てた部分が徐々に茶色くなり焦げ始める。僕はどうもあの夢のことが引っかかり何か急に胸騒ぎを感じた。僕は火を急いで本から離し本に少しついた火を息を強く小刻みに吹きかけ消した。焦げ臭いにおいが鼻をつんざく。

 僕は運命の本を開いた。後ろのページの方をパラパラと開いたが何も書いていなく真っ白だ。何の気無しに裏表紙の裏側を見た。するとそこには目を疑うような文字が書いてあった。

「自殺により死亡 享年16歳」と書いてある。

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