魔王様は高校生!
気分転換に書いてみました。
本日、転校生がやってきた。
「じゃあ自己紹介してくれるか?」
「任せろ」
四月末と言う微妙に出遅れた時期に、転校生がやってきた。
「我輩の名はグレゴール=ガルモンディア=アルヴァレーゼ。気軽に『魔王様』と呼んでくれ」
呪文みたいな名前を名乗り、頭に山羊のような二本角を付け、学校指定の学ランの上に真っ赤なマントを羽織って、腕組んで仁王立ちして、自らを「魔王様」と呼ぶように言って、転校生がやってきた。
(……え、これなんてドッキリ?)
思考が追いつかない。取り敢えず、驚いて頬杖が外れた際に共にズレた赤眼鏡の位置を直す。
他の生徒も同じく戸惑っているのが空気で分かる。そりゃそうだ。先程までは転校生という大きなイベントに騒いでいたのに、実際に紹介されたら教室内は水を打ったようになってしまった。
しかし、その間にも担任教師は平然とした顔で話を進めていく。
「それじゃ席は……お、あの席が空いてるな。後ろの方だが大丈夫か?」
「ああ、問題ない。見えづらければ千里眼を使おう」
千里眼。どちらかと言えば邪気眼という見た目をしているけどなぁ。ああいう魔王的なファンタジー設定には、やはり眼術持ち設定は外せないのか。ダークサイドっぽいし頭良さそうだし強そうだし。
そんな事を現実逃避ついでに考えている間にも、魔王様は此方へと近付いてきている。
他の男子よりも高い身長、体格は細め。要は今時の男子らしいモデル体型ーーだが、歩く度にズシンズシンと非常に重量感のある足音が聞こえてきそうなのは何故だろう。
クラスメイトたちはサッと机ごと避けて、魔王様が歩く道を開けていく。ああ、私も退かなきゃ。触らぬ厨二病に祟りなし。
私は机の両端に手を掛けた。そして避けるーー前に、魔王様はどっかりと腰を下ろした。
私の隣の席に。
(……ええぇぇっ!?)
絶叫する、内心で。実際にはチラ見する程度に留め、ギリギリで叫ばなかった私を褒めて頂きたい。
と、魔王様が突然此方を向いた。視線がグサグサと突き刺さってくる。なんだなんだ、私は魔王様の癪に障ることをしただろうか。
「貴様、名は?」
「え?」
思わず振り向いてしまった。
魔王様は僅かに眉間を寄せる。あ、魔王様の目の色、ルビーみたいに赤い。カラコンかな。此処まで本気でなりきるなんて、演劇部とか向いているんじゃなかろうか。
「貴様の名は何というか聞いているんだ。この国の者は皆、名前があるのだろう?」
「あ、ああ、名前ね、名前……」
ごく普通の話題だった。拍子抜けした私は少し迷う。どうしよう。でも隣の席なのに、名前も知らないっていうのも後々気まずくなったりするかな。うーん、まあいいか。
「仙道真尋だよ」
「ふむ、センドウマヒロか」
発音が怪しかったけど見逃す。極力会話は少なくしたい。魔王様には申し訳ないけど、何か機会が無い限りはもう話したりしないだろう。出会って数分だけど達者でね、魔王様。大丈夫、君のその迫力があれば戦場でも生きていけそうだし。
これで会話はおしまいだという意思表示で、私は再び前を向いた。
「仙道、お前が転校生に色々教えてやってくれな」
「……え?」
「先生も詳しくは知らないが『イセカイ』とかいう外国からやってきたんだと。環境に慣れるまで付き添ってやってくれ」
「え、えっ? いや先生、私は」
「おっと、じゃあ一限目始めるぞー。今日はこの間やったページの続きからな」
私の声をチャイムがかき消した。
授業を始められては生徒である以上、反論を飲み込み、教科書を広げてノートを取るしかない。私は仕方なく勉強道具を机上に出した。
(クマヤンめ……今度教頭先生に、男子たちと一緒にグラビア雑誌持ち込んで読んでたこと、言ってやるんだから……)
担任の熊田大吉(愛称クマヤン、二十八歳独身の数学教師)を恨みながら、ふと隣の席に座る魔王様を見る。何かめっちゃ姿勢良いんだけど、ピッシーンてなってるよ。
癖が付いている長髪は黒から紅のグラデーション。青白い肌、切れ長な瞳、少し尖った耳。その耳の上から生えている金色の角。
見れば見るほど学生の容姿じゃない。学ランくらいしか学生要素が見当たらない。その学ランもマントの所為で隠れてるし。
それにしても、耳も角も偽物じゃなさそうだ。それに出身が「イセカイ」ってーーもしや異なる世界と書く「異世界」って? まさか本当に……なんて、そんなわけないよね?
そんな事を思っていると、赤い瞳が再び此方を向いたので目が合ってしまった。
「センドウマヒロよ」
「な、何?」
何者も抗う事を許さない低い声。
今度は何だろう。
どんな予期せぬ事態が来るのかと身構えていれば、魔王様はゆっくりと片手を上げる。そして人差し指を立て、その指先から地獄の底から召喚した雷を私に向けて放つーー、
「それを」
「……はい?」
ーーなんていう事は無かった。
「我輩にも見せてくれ」
「え? ……あ、これ?」
魔王様の黒い爪が指さした物、それは数学の教科書だった。
「学習方法は我輩の国とそう大差無いと聞いていたので、書く物は持ってきたのだが、指南書は未だ我輩の下に届いていない」
「……そ、そっか。教科書、間に合わなかったんだね」
指南書という単語がすぐに脳内変換出来ず、数秒遅れて理解した私はその場しのぎの半笑いを浮かべた。しかしまあ、指南書ときたか。魔王設定が徹底しているなぁ。変なところを感心しつつ、私はまた少し迷った後、教科書を開いて机を寄せた。あまり関わりたくないとは言え、困っている転校生を無視できる程、私は非情ではないつもりだ。
「ノートはあるの? 無かったら購買で売ってるよ」
「コウバイ?」
「おー……えっと、この学校で必要な物を売ってるお店、みたいな」
「成る程、後に行ってみる事にしよう」
そう言うと魔王様は後ろに手を回し、マントの裏をごそごそと漁り始める。
一体何を、と見ていると、魔王様は某猫型ロボットが秘密道具を出す時のように、マントの裏から羽ペンと大学ノートを取り出した。
唐突な四次元マントの登場。更にファンタジー映画でしか見た事の無い羽ペンと自分も日々愛用している大学ノートという、和洋折衷と言うか普異混合の組み合わせ。私は驚き通り越して遂にリアクションを放棄した。
「こら仙道、授業に集中しろー」
「あ、はい」
注意されて私は我に返った。いつの間にか黒板に書かれていた計算式や要点をノートに書き写す。
ちらりと盗み見れば、魔王様もノートに羽ペンを走らせてきちんと授業を受けていた。さらさらと書き込まれていく字はなかなかに達筆だった。私より上手くないか。
衝撃が抜けきらない間にも、授業は淡々と進んでいく。窓の外で飛んでいる鳥も、よく晴れた空も、花壇の手入れをしている用務員のおじさんも。全部がいつもと変わらない。それを確認した私は思う。
(……まあ、いっか)
長い物には巻かれろ。
どんなに摩訶不思議な事があろうと、周囲が受け入れたなら受け入れよう。さっきから興味の視線が痛いけど。
学校という集団生活の場でなら尚の事。変だなんて騒ぎ立てて悪目立ちする方が余程嫌だ。魔王様の方が目立ってるけど。
それに「魔王」と言っても、どうやら自分達と大差無いようだし。角生えてるけど。
「センドウマヒロ」
おうふ、また呼ばれた。
「何? ……ていうか、仙道でいいよ」
「センドウ、か」
うーん、その発音だと「船頭」なんだよなぁ。生憎私は船頭どころか船に乗った事無い。序でだから訂正してしまおう。私は手を降下するジェットコースターのようにひょいと動かした。
「仙道、ね。発音は上から下」
「セン……、……仙道」
おお、言えた。危うかったけど言えた。
「そうそう、正解」
「そうか、……仙道」
「うん」
「仙道」
「うん、合ってる合ってる」
「仙道、仙道か。ふふ、仙道」
正解だったのが余程嬉しかったのか、魔王様はにやりと口角を上げて私の名をぶつぶつと連呼する。
その顔で名前を呼ばれると、何か「このような弱者が我に刃向かうなど身の程知らずめが……」みたいなニュアンスが含まれている気がして怖い。
(けど、嬉しいんだろうしなぁ……)
よし、飼い主の名前を覚えようとしている犬に変換してみよう。これなら可愛い。
「仙道、もう少し指南書を此方に寄せてくれ」
あ、駄目だ。百歩譲ってもドーベルマンとかだ。可愛くは無い。
早々に変換作業を諦めた私は指南書、違った、教科書を魔王様の方に寄せた。
「感謝するぞ、仙道」
「……どういたしまして」
うっかり少し感動してしまった。魔王って響きに身構えちゃうけど、こうしてお礼も言える人(人なのかも微妙だが)なら、そんなに怖がらなくても大丈夫かな。
「礼にこれをやろう」
「え? いや、そんな……」
たかが教科書くらいで大げさな。でも魔王がくれるお礼の品って何だろう。やっぱりこう、魔王と言えば闇属性っぽく、髑髏の首飾りとか髑髏の形の水晶玉とかかな。あとはカラスの羽とかしか思いつかない。
魔王様は四次元マントをまた漁ると、取り出したそれを私に差し出した。
「我輩が今日の昼に喰おうと思っていた、フロータイボールの串焼きだ」
拳大の目玉が三つ、串に刺さっている。
言葉を出せないでいると、目玉たちは三つ揃って私の方をぎょろりと見た。
「ひ、ぎゃあぁぁぁっっ!?」
驚き、椅子から転げ落ちた私は教室の硬い床に盛大に後頭部をぶつけた。ゴンッと鈍い音が響いて、目の奥で星が光って、意識が遠退いていく。
(魔王様は、やっぱり魔王だった……)
少し深入りした自分の行動に後悔しつつ、私はゆっくりと意識を手放した。
気絶する前に魔王様と、串焼き目玉ーズが私を見ていた。いや、目玉はこっちみんな。お願いだから。
これが、魔王様転校初日の話である。