第8話 正の変貌
「あら、あなた凄く似合っているわよ。これからはあんな男みたいな服を着ないで、
女の子らしい服を着た方がいいわ。あなた可愛いんだから。」
「えへへ、そうですかね~。」
可愛いという言葉でほめられたことのない正はすぐに照れて赤くなっていた。
というか、この反応を返している時点で既に女になってしまっているのだが、
そんなことは全然気にもなっていなかった。
正は自分の今着ている服装と自分を見て、蕩けるような表情をしていた。
と、その時だった。
コンコン。コンコン。とドアをノックする音が正の耳に届いてきた。
思わず、緊張してしまう正だったが、ハルカは正の肩を優しくたたくと、
「大丈夫よ。すごく綺麗だから。」と満面の笑みで呟いたのだ。
そして、正の緊張がほぐれたのを見計らうと、
ハルカはノックされていたドアを開けた。
(え・・・。)
誠一は戸惑いを隠せなかった。
ハルカは綺麗な女性であり、そんな女性と5年間も一緒にいれば、
単純にその美貌にも慣れてくる。
最初こそ、ハルカに話しかけるときには常時顔を赤くし、
緊張と照れのあまり、言葉もどもってしまい、
使用人としては全く役に立たなかったものだった。
しかしながら、月日が流れていくにつれて、
そんな態度を見せることもなくなり、元々器用であったこともあり、
使用人として十分にハルカを任せられるとハルカの父親に認められるほどだった。
一つだけ、弊害をあげるとするならば、
綺麗な女性に対しての耐性が付きすぎたということだ。
そのためか、街中で綺麗な女性を見たり、
女性の方から近付いてきたとしても何も思わなくなっていた。
正と出会うまでは。
最初に声をかけたのは純粋な親切心からだった。
汗だらけになっている女性、それもおそらく今はまだ帰ってきていない妹と
同じくらいの女性を放置していくような人間ではなかった。
だから、妹にしているようにタオルで拭いた。それだけで終わるはずだった。
だけど正のあの紅潮した表情を見ていたら、
久しく忘れていた綺麗な女性には照れてしまうという
男の本能のようなものを思い出させてしまった。
そんな中で提案したのが「家に来ないか?」という言葉であり、
内心断られるかと思っていた。だけど、正は断らず、付いてきた。
そして、この屋敷に戻ってくるまでの道中で、
誠一は何とか平常心を取り戻すべく務めた。
結果、ハルカに正を押し付けるような形で更衣室へ瞬間的に消え、
更衣室においては葛藤を繰り広げ、ハルカを捜索していたのだった。
だから、こんな展開は想像していなかったし、
もっと違う悪戯が用意されているものだとすっかり信じ込んでいた。
誠一がドアの向こうに見たもの、それは
純白のドレスに身を包み、
可愛さに拍車をかけるような化粧を施された正だったのだ。
おそらく、ハルカがここまで仕込んだのだろう。
そんな正を見た誠一の第2声は「可愛い」と一言だけだった。
ハルカは誠一の戸惑う表情と、
誠一に見つめられて赤くなっている正を交互に見ると
悪戯大成功と言わんばかりの満面の笑みを浮かべている。
しかし、当の正と誠一の二人の心中はどちらも穏やかなものではなかった。
誠一が正に対して可愛いという想いと共に惹かれていっている一方で、
正もまた誠一の着ている使用人服と彼の相性が絶妙に良すぎるがために悶えていたのだ。
(わ~。お兄さん。本当の執事さんみたいでかっこよすぎるよぉ。キュンキュンするぅ)
二人はそのまま見つめっていた。
まるで長年好きだけど、想いを伝えられないカップルのような濃厚な視線のやり取り。
それを見つめるハルカは嬉しそうな表情をしている。
傍から見れば、三角関係のようなものに見えるかもしれない。
しかし、ハルカは誠一に対しては恋心を抱いたことはなかった。
どちらかというと、彼女にとっての誠一は年上ということもあり、
兄のようなもので早く誠一にいい女の人ができないかしら。
と考えることが最近よくあり、その刹那に正を誠一が連れてきたのだ。
これはチャンスだとハルカは思い立ち、持てる全てを駆使して正を可愛くした。
そして、その機会を十分に生かせることが出来たとハルカは二人の表情を見て確信した。