第6話:正と豪邸
「あれ?正の奴、どこに行った?」
俺は正と犬が向かったであろう公園へとやっとの思いで
たどりついたのだったが、どこをどう見ても少女の姿へと変貌した正の姿はなく、
もしかしてもう一つ先の公園にまで行ったのかと思う他なかった。
そのため、俺は次の公園へ向かおうと歩き出したのだが、
その瞬間ワンワンと犬が鳴いているような声が聞こえてきた。
俺が辺りを見回すと、ちょうどベンチの下にピンク色という
独特の色をした犬がまるでお昼寝でもするかのように転がっていたのだ。
犬は俺に気付くや否や、俺に向かって走り出してきた。
俺が抱きかかえてやると、そいつはなぜか嫌そうな顔をしてきた。
(まさか、この犬さっき正が言っていた言葉を理解して、こんな表情なのか。
そうだとしたらすごく悲しい。
うん?というかここに犬がいるということは正の奴もいるのか)
「なぁ、お前さ、正がどこに行ったか知らないか?」
俺は猫の手でも借りたい。いやこの場合は犬の手だが。そんなことはどうでもいい。
そんな気分に駆られて、抱きかかえていた犬に話しかけたのだが、
数秒という時間が経つにつれ、犬に話しかける青年って予想以上に痛い
という風に恥辱を感じることに。
顔にみるみる熱がたまっていくのが分かった。
犬はそんな俺を見るや否や、パッと俺の腕の中から抜け出すと、
俺の前を歩き出した。
最初、この行動の意味が分からなかったが、
犬は少し歩いてはこちらを振り返るという犬らしからぬ動きを見せ始めたことにより、
これは付いて来いってことなのかといういささか不確かな確信を持った。
(ま、このまま公園にいても埒が明かなさそうだし。ここはこいつのことを信じてみるか)
「わぁ、お兄さんの家、おっきいですね~!!」
「はは、そんなことないよ。」
琢磨が犬についていき始めたちょうどその頃、
女としての自覚があるのかないのか定かではない正は不用心にも青年の家まで来ていた。
そして青年の家は予想以上に大きく、おそらく自分たちの家の10倍はあるだろう
門を目の前にして正はただただ感嘆の声をあげていた。
門を潜り抜けた先にあったのは、まるで別世界の光景で
たくさんの花や木で覆いつくされ、さらに中央には噴水らしきものまであり、
こんな場所が家の近所にあったのかと驚くほかなかった。
(この人、もしかして御曹司か何かなのかなぁ?
えへへ、もしそうだったらすごいなぁ)
そんなことを考えている内にも青年はエスコートするかのように手を引いて、
正を目前に迫っているお屋敷の入り口まで誘導していた。
「ハルカさま、今戻りました」
しかし、正の思惑とは裏腹に青年はお屋敷に続くドアを開き、
中へと足を踏み入れた途端、なかなか大きな声で呼びかけるような発言をしたのだ。
これには正も驚きを隠せなかった。というよりもハルカ様って誰!?
という疑問の方が大きかったのかもしれない。
正はしばらく宙を見つめたまま、静止してしまった。
すると、どこからかドアが開けられた音が聞こえてきたかと思うと、
階段の上からお嬢様という表現がばっちり似合う綺麗な女性が現れ、
階段を一段一段ゆっくりと洗練された動きで降りてきたのだ。
そして彼女はそのまま正と青年の前に立つと、
ふんわりたなびかせていたスカートの裾を持ち上げ、お辞儀をしてきたのだ。
「ごきげんよう。当家にようこそおいで下さいましたね。
私の名前は紫雲院ハルカと申しますわ。」
彼女はそのままの姿勢で挨拶をしてきたのだが、
正はこんなドラマや映画でしか見たことのない場面に直面したことにより、
さっきよりも戸惑ってしまい、自分が場違いなのではということまで考えてしまった。